組織改革/人的資本

中小企業ならではのヒト基軸の戦い方

 

“健康経営”や“ワークライフバランス”が叫ばれる昨今、従業員をないがしろにして良いと思っている経営者や人事の方はいないでしょう。

とりわけ、少数のメンバーで事業運営を回している中小企業にとっては、従業員一人ひとりの力は影響が大きいことでしょう。しかし、目先の業績に目が奪われるあまり、従業員ケアはついつい後回しにされがちなテーマでもあります。

一般的に業績に距離が遠いと思われがちな従業員の満足ですが、実は企業が持続的に収益を上げ成長してていくためには、欠かせない要素なのです。

今回はヒト(従業員)を基軸とした戦い方が、なぜ中長期的に企業競争力を上げることにつながるかを、過去の歴史を紐解きながら解説します。

コロナや経済不安などの外部要因で業績が振り回されがちな今こそ、あらためて内部資本であるヒトに目を向けてはいかがでしょうか。

 


1.なぜ、いまヒトを中心とした戦い方が望まれるのか

スタートアップ企業や中小企業は、優れた製品・サービスを世に投入することで成長戦略を描くことが多いかと思います。その一方で、その製品・サービスを生み出し、届ける役割の従業員に改めて目を向ける企業が近年増えています。

2022年版中小企業白書・小規模企業白書によると、経営者が着目する点として、人的資本をはじめとする無形資産やブランド構築が挙げられています。注目すべきは、中小企業経営者が重視する経営資源は「ヒト」を第一としていることです。

参考:2022年版中小企業白書・小規模企業白書

参考:経済産業省の外局である中小企業庁の中小企業白書

日本の中小企業にとっては、「ヒト・モノ・カネ・情報」の4大経営資源の中で、最も施策を投じやすく、かつ抜本的な効果が期待できるのが「ヒト」と認識されているのです。

さらに経済産業省が提唱した「人的資本経営」などの潮流の影響もあり、ヒトを資源ではなく資本と捉えた企業こそ、企業競争力に磨きをかけているのです。


2.ヒトが動く源泉とは

ヒトが動く源泉とは

 

ヒトに着目した時に、多くの企業が陥りがちなのは「良い労働条件があれば、人は動くのだろう」という誤解です。

人が動く源泉は、自分の内から湧き出る“やりたい”という気持ちです。

19世紀にアメリカの心理学者であるフレデリック・ハーズバーグは、仕事における満足要因と不満足要因を明確にした「二要因理論」を発表しました。

この二要因理論によると、「給与」「福利厚生」などの【衛星要因】は満たされていないと不満を感じるものの、満たされたからといって行動促進には影響を及ぼしません。逆に「承認される」「成長したい」などの【動機づけ要因】は、人の行動を促進します。

極端にいえば、給与が上がった現象そのものでは人の行動にはドライブがかかりません。給与が上がった理由や背景に納得して、初めて「もっと頑張りたい」と内側から動機が湧き出し、行動を突き動かすのです。

ただし自分自身でWILLを設定できる人はそう多くはありません。
とかく職能資格制度のもとで、先輩に教えてもらいながら“他律的”に成長してきた日本の組織人は、他者など外部からの関与がない状況で“自律的”な行動変容は苦手とされています。
だからこそ、企業として従業員のやる気を引き出す「仕組み」や「仕掛け」を用意する必要があるのです。


3.日本でのヒト(従業員)の捉え方の軌跡

前述したように、昨今は中小企業でヒト(従業員)に着目する企業は増えてますが、一昔前はそうではありませんでした。ここでは従業員満足に着目し、日本企業でどのように従業員満足の概念が広がっていったか、その歴史を少し遡ってみます。

顧客第一主義の弊害

かつての日本企業は、従業員に対してのケアという概念が薄かったといわれています。その理由のひとつに、多くの日本企業が掲げた「顧客第一主義」の存在があります。

松下幸之助の『お客様大事の心に徹する。』に代表されるように、日本企業には古くから顧客満足に徹する姿勢が強くありました。それは江戸時代の塩原多助という炭売りが、貧しい人々のために炭を一俵単位で売ったエピソードなど、古くから日本人に受け継がれる“商人の心”ともいえます。

顧客ニーズに応える商人精神が奏功し、高度経済成長下では日本の誇るモノづくり文化が醸成されていきました。

しかしバブル崩壊後は、日本企業は競合企業との顧客獲得争いに晒されたのです。特に製品そのもので競合差別化が難しい業種で、顧客へのサービス合戦が熾烈を極めました。

その結果、一部の業界で行き過ぎた超過勤務などが発生し、顧客第一主義が従業員を犠牲にする弊害が起きたのです。

従業員満足への注目

時を同じくして、バブル崩壊後の経済低迷時代に日本企業は“強いアメリカ経済”を人事制度に取り込もうとしました。アメリカに影響を受けた2つの制度が「職務主義」と「従業員満足主義」です。

前述の顧客第一主義の弊害で、たとえサービス残業などがあったとしても、それまでは日本独特の「職能資格制度」があり、必死に頑張って働けば定期昇給する等級・賃金制度で何とかバランスを保っていました。

しかし不況に伴い、人件費を厳密に管理しようとした日本企業が取り入れたのが、アメリカで主流になっていた「職務資格制度」です。

従来型の“人”に賃金が付く職能主義から、“椅子(ポスト)”に賃金が付く職務主義への転換がはかられました。日本企業で職務を中心とした「成果主義」が広まるにつれ、従業員もプロセス(努力)より結果(成果)に力点を置くようになりました。この変化は、従来のように会社のために身を削ってまで頑張る理由がなくなったともいえます。

過熱する成果主義と同時に、アメリカの「従業員満足主義」が日本企業に刺激を与えました。

例えば1973年の創業以来、黒字経営を継続させていたサウスウエスト航空などの存在が挙げられます。「お客様第二主義、従業員第一主義」という従業員満足を優先する企業ポリシーにもかかわらず成果を上げ続けている企業の存在を知ると、「顧客第一主義」から「従業員満足主義」に軸足を移す日本企業が増えていきました。

労務行政研究所の『人事労務管理諸制度の実施状況調査』の従業員満足度調査の実施率によると、2001年には従業員満足度に関する調査項目すら存在していなかったのですが、2004年には14.2%、2018年には30.9%と、従業員満足度が徐々に注目をされているのが分かります。

参考:従業員満足度調査をめぐる状況|日本の人事部


4.従業員満足と業績・企業成長との関係

こうした過去の歴史での「顧客第一主義vs従業員満足主義」の構図に一石を投じたのが収益(業績)との関係です。

1990年にハーバードビジネススクールのJ.L. Heskettなどサービス・マネジメント研究者により「SPC(サービス・プロフィット・チェーン)」という画期的なモデルが提唱されました。

SPCは、従業員満足(Employee satisfaction, 図ではESと略)、顧客満足(Customer satisfaction, 図ではCSと略)、収益の因果関係を示したフレームワークのことです。

SPC(サービス・プロフィット・チェーン)の7つのステップつまり従業員満足度を高めると、顧客満足度、そして業績向上などの成長サイクルが回っていくのです。

SPCの関係が成立するということで、これまで業績を上げるために顧客向けのエクスターナル・マーケティングだけに目を向けていた企業も、従業員に対するインターナル・マーケティングに取り組み始めたのです。


まとめ

「ヒトを企業競争力の源泉と捉える」考え方は古くて新しいようなテーマです。
日本企業では“社風”という、企業に人格を付与するような独自の価値概念があります。

今回歴史を振り返ってきたように、江戸の商人の精神に始まり、時代の変遷を受けながら、日本独自の社風文化は形作られてきました。

企業各社、社風である“自社らしさ”は異なります。
そしていつの時代であっても、“らしさ”の礎を支えているのは従業員といえます。

外部環境に翻弄される昨今だからこそ、自社がこれまで“らしさ”を築いてきた従業員の可能性に目を向けるのは、企業競争力を上げる一助になることでしょう。



JOB Scope編集部

著者: JOB Scope編集部

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