第57回
2026/8/21
「正直に言います。今、日本の人事部は「二重の焦り」の中にいます」
競合がAIを使い始めているというニュースが毎日流れてきます。
経営層から「我が社もAI研修をやれ」という声が飛んでくる。
しかし人事部の中では「どのレベルのスキルを、どう評価すればいいのか」「人事制度のどこにAIを位置づければいいのか」という問いに、誰も答えられていない──。
これは貴社だけの話ではありません。
パーソル総合研究所が2025年末に発表したデータによれば、生成AIの活用方針を明文化している企業はわずか49.7%。半数の企業が「方針なき導入」に陥っています。
出典:2025年-2026年人事トレンドワード解説‐管理職の罰ゲーム化/「年収の壁」緩和/生成AIのインフラ化 - パーソル総合研究所
さらにIPA(情報処理推進機構)の「DX動向2025」は、日本企業の85.1%でDXを推進する人材が不足していると指摘。
これは米独と比べても著しく高い数値です。
出典:DX動向2025-AI時代のデジタル人材育成 | 社会・産業のデジタル変革 | IPA 独立行政法人 情報処理推進機構
問題は、AIツールの導入が遅いのではありません。
「AI時代に対応した人事制度・スキル評価の仕組み」がないまま研修だけ走らせていることが、最大のボトルネックになっているのです。
世界経済フォーラム(WEF)が2025年1月に発表した「仕事の未来レポート2025」は、1,000社超・1,400万人超の雇用者データをもとにした、現時点で最も信頼性の高いグローバル調査のひとつです。
出典:The Future of Jobs Report 2025 | World Economic Forum
このレポートが示す数字は、人事部門にとって決して他人事ではありません。
・86%の企業が「AIと情報処理技術が2030年までに自社ビジネスを変革する」と予測
・2030年までに従業員のコアスキルの39%が変化する(2023年調査の44%から改善傾向にあるが依然高水準)
・全世界の1億2000万人以上が、スキルの陳腐化により中期的に職を失うリスクがある
・77%の企業が「AIと協働するためのリスキリング・アップスキリングを最優先」と回答
そして最も重要な数字があります。
「2030年までに従業員の59%が何らかのリスキリングを必要とするが、そのうち11%は適切な機会が提供されない」と予測されていることです。
提供されない11%はどこで生まれるか──それは、研修の機会がない企業ではなく、「誰に何を、どのレベルで学ばせるか」という人事設計ができていない企業です。
IBMは2017年から社内AIエージェント「AskHR」の開発を開始し、80以上の人事業務タスクを自動化しました。2024年だけで1,150万件以上の従業員との対話を処理し、そのうち94%がAIのみで完結。人事担当者が対応したのはわずか6%です。
結果として、HR部門の運営コストは4年間で40%削減。管理職のHR関連業務スピードは75%向上しました。さらに注目すべきは、AIに定型業務を任せた人事担当者自身が年間4,500件以上のAI関連資格を取得し、戦略的な役割へシフトしたことです。
出典:IBM AskHR
IBM Institute for Business Value(2025年)の調査では、AIを活用したHR変革により生産性が35%向上、研修効果が30%改善、従業員定着率が20%上昇するとの試算も示されています。
出典:AI-powered productivity: Human resources | IBM
NTTデータグループは2024年10月に「生成AI人財育成フレームワーク」を発表。全社員を対象に生成AIスキルをWhitebelt/Yellowbelt/Greenbelt/Blackbeltの4段階で認定する制度を導入しました。
Whitebelt:生成AI基礎リテラシー・ガバナンス理解者
Yellowbelt:業務で生成AIを活用し顧客に価値提供できる実践者
Greenbelt:複雑なAI案件を成功に導くリーダー・職種別専門人財
Blackbelt:生成AIシステム開発・全社推進を担う最上位専門家
当初は2026年度末までに実践的人財3万人育成を目標に掲げていましたが、2025年10月時点でYellowbelt修了者が7万人を突破し、目標を大幅に前倒し達成。これを受け、2027年度までに全社員約20万人へ育成対象を拡大する新目標を発表しています。評価・育成・配置を一体化した先進的なモデルです。
出典:実践的な生成AI人財育成を2027年度までにグローバル全社員へ拡大 | NTTデータグループ - NTT DATA GROUP
DeNAは2025年2月の「AIオールイン宣言」と同時に、独自の評価指標「DeNA AI Readiness Score(DARS)」を導入しました。
DARSは「個人レベル」と「組織レベル」の2軸で構成され、半期の人事評価サイクルに合わせてAI活用度を数値化。重要なのは、DARSを個人の人事評価に直接連動させず、等級(グレード)における推奨要素として位置づけていること。強制でなく、学ぶインセンティブを設計している点が参考になります。
出典:全社のAIスキルを評価する指標「DeNA AI Readiness Score(DARS)」を導入開始 | 株式会社ディー・エヌ・エー | DeNA
NECは2024年度から全社員にジョブ型人材マネジメントを本格導入し、報酬を含めた人事制度の共通基盤を2025年度からグループ会社(NEC含む6社・約48,000人)に展開しました。同時に生成AIを活用したキャリア相談ツール「NEC AIキャリアトーク」を開発。キャリア理論と過去5年の相談傾向を学習したAIが、社員一人ひとりのキャリア設計を支援します。2025年10月の本格運用開始から半年で利用者は延べ7,600人を超え、従来のキャリアコンサルタント面談の年間利用者約550人と比べ、社員がキャリアに向き合う機会が大幅に拡大しました。「人事制度の変革」と「AIの活用」を同時に進めた代表事例です。
出典:NEC、社員の自律的なキャリア形成を促進する新たな施策を開始 (2025年10月20日): プレスリリース | NEC / いつでもどこでも相談できる「NEC AIキャリアトーク」 キャリアを考える機会拡充 : NEC Stories | NEC
Ciscoが主導しGoogle・IBM・Microsoft・Accenture等が参画する「AI Workforce Consortium」は、2025年9月にG7全7か国を対象とした第2回レポート「ICT in Motion: The Next Wave of AI Integration」を発表しました。G7各国の求人データを分析した結果、分析対象のICT職種の78%でAIスキルが必須要件となり、最も成長速度が速い上位10職種のうち7つがAI関連職種(AI/MLエンジニア、AIリスク&ガバナンス専門家、NLPエンジニア等)であることが明らかになりました。
またコンソーシアム加盟企業は今後10年間で全世界9,500万人のリスキリング・アップスキリングを実施することを共同でコミットしています。
出典:AI Workforce Consortium Finds 78% of ICT Roles Now Include AI Technical Skills, While Human Skills …
先進事例を横断すると、人事制度にAIを組み込む成功パターンは以下の3ステップに集約されます。
STEP 1:AIスキルを「三層」で定義する
AIスキルは一枚岩ではありません。次の3層に分けて設計することが重要です。
・ツール操作層:ChatGPT・Copilot等の基本操作・プロンプト活用(全社員対象)
・業務活用層:自部門の業務改善にAIを応用・提案できる力(中堅・リーダー層)
・開発・推進層:AIシステムの設計・MLOps※・全社展開を担う力(専門人材)
各層に「レベル1〜4」程度の習熟度定義を設け、具体的な行動指標(ビヘイビア)とセットにすることで、主観的なばらつきを防いだ客観評価が可能になります。
※MLOps:機械学習モデルの開発・テスト・本番運用・監視・改善までのサイクルを、継続的かつ効率的に回すための仕組みや運用プロセスの総称です。
STEP 2:「評価への組み込み方」を設計する
人事評価にAIスキルを反映する手法は、現在グローバルで2つのアプローチが主流です。
①コンピテンシー評価に追加:「DX・AI活用力」をコンピテンシー項目として追加し、等級別の期待水準を明文化。管理職昇格要件に「AIリテラシー認定」を必須化する企業も増加しています。
②MBO(目標管理制度)に落とし込む:半期目標に「生成AIによる業務改善○件」「AI資格取得」を設定し、期末に達成度を評価。KPIとして「AI活用率」「作業時間短縮効果」を設けると継続的な改善サイクルが回ります。
STEP 3:「学習・評価・配置」を一体で設計する
研修だけ、評価だけでは機能しません。「学んだら評価に反映され、AIスキルが高い人材は適切なプロジェクトに配置される」という循環を設計することで、組織全体の自律的なアップスキリングが加速します。
IBMのデジタルバッジ制度やPwCの全社GenAIアップスキリングプログラムは、「受講→認定→バッジ取得→AIプロジェクト参画」という循環を構築した好例です。
① 自社のAI活用「現状診断」を実施する
まず「誰がどのレベルでAIを活用しているか」を把握することが出発点です。定性的な感覚論ではなく、スキルマップと簡易アセスメントを用いた現状可視化が不可欠です。
② 人事制度における「AI位置づけ」を経営と合意する
AI活用を個人の自主性に任せるのか、評価制度に組み込むのか——この経営的決断を先送りにする限り、現場の混乱は解消されません。経営層を巻き込んだ人事戦略の再設計が急務です。
③ 段階的なロードマップを「見える化」して全社に示す
「今期は全社員のリテラシー底上げ、来期は職種別スキル認定」という段階的な計画を可視化し、経営・現場・人事が同じ絵を見られる状態を作ることが、変革の最初の一歩です。
WEFの調査が示すとおり、86%の企業がAIと情報処理技術によって2030年までに自社ビジネスが変革されると予測し、77%の企業がAIと協働するためのリスキリング・アップスキリングを優先戦略として掲げています。
出典:86% of companies expect AI to transform their business by 2030. Here’s how employers are preparing.
しかし数字の裏にある本質は、「研修を実施すること」ではありません。
生成AIのインフラ化が進む中、人事にはAI活用を前提とした仕事そのものの再設計に向けた中心的役割が求められます。
出典:2025年-2026年人事トレンドワード解説‐管理職の罰ゲーム化/「年収の壁」緩和/生成AIのインフラ化 - パーソル総合研究所
生成AIは「特別なスキルを持つ一部の人が使うツール」ではなく、電気や水道のように業務インフラに組み込まれていく存在です。
そのとき、組織の中に「AIを学ぶ理由」と「AIを使った成果を正当に評価される仕組み」がなければ、研修はいつまでも定着しません。
人事制度の設計こそが、AI時代の競争優位の源泉です。
今こそ、「研修の企画」から「人事制度の再設計」へ。
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