第12回
2025/09/26
「エンゲージメント」という言葉は、ここ数年で急速に日本企業に広まりました。
従業員エンゲージメントに無関心で良いと考えている経営・人事の方は少ないでしょう。
一方で、“流行語”的に広まったこともあり、取り組むとどのようなメリットが企業にもたらされるのか分からないと思われる方も多いようです。
そこで、本記事ではエンゲージメントを高める利点の一つとして、企業業績への影響に注目をしました。
その上で、曖昧として捉えどころがないエンゲージメントを測定するための、生成AIを活用した最新の取り組みについて解説します。
エンゲージメントが気になりつつも、具体的にどのように現状把握や改善の取り組みをすべきか分からないという方は、ぜひ参考にしていただければ幸いです。
エンゲージメントとは、社員が「自分はこの会社や仕事に貢献したい」と感じている状態のことです。
「Engagement」には「約束、契約」という意味があります。
これを企業活動の観点に置き換えると、会社と社員との強い結束がある状態をさします。
企業人事にエンゲージメントという概念が登場したのは、ボストン大学カーン教授の1990年の研究です。
当時の研究発表では「社員が仕事に心理的に没頭しているかどうかが、個人の成果や企業業績を左右するという」という見解を示しました。
その後2007年にASTD(American Society for Training & Development)でエンゲージメントに関するレポートが発表され、欧米企業を中心にしながらエンゲージメントの概念が浸透していきました。
エンゲージメントが浸透する以前、日本企業では「従業員満足度(Employee Satisfaction、略して「ES」)という言葉が一般的でした。
どちらも社員のコンディションを整えることで、社員成長と企業成果を両立する概念ではあります。
ただし従業員満足度は、働く環境や報酬など、いわゆる「外発的動機付け」の要素として、日本企業に浸透していきました。
エンゲージメントは従業員満足度とは異なり、給与などの条件にかかわらず、社員が「自分自身がやりたい」と思える内発的動機付けを促すものになります。
また、給与を大幅に上げたり、快適なオフィスに移転したりする余力が潤沢にある企業は、それほど多くはないでしょう。
そのため、人員不足に課題を抱える日本企業においては、労働条件以外で社員モチベーションを引き出す概念として、エンゲージメントが注目されてきたのです。
では、日本企業での従業員エンゲージメントはどのような状態なのでしょうか。
もともと「エンゲージメント」が日本企業で注目されるきっかけとなったのは、残念ながらややネガティブなニュースでした。
アメリカのリサーチ企業であるギャラップが2017年に調査した結果では、日本企業の「熱意あふれる社員」の割合はわずか6%でした。
当時の調査国139ヵ国のなかで、132位とほぼ最低ランクに近い順位だったのです。
参照 :【日本経済新聞】「熱意ある社員」6%のみ 日本132位、米ギャラップ調査
当時は日本にはエンゲージメントという考え方がそれほど浸透していなかったものの、この調査発表は、少なからず日本企業の経営・人事部門に衝撃を与えました。
センセーショナルなニュースの影響で、日本企業でもエンゲージメントの概念が広がったのは好材料といえます。
ですが、まだまだ具体的な取り組みは模索中といえます。
その理由の一つに、終身雇用や年功序列制度など、これまでの日本企業を支えてきた人事制度やポリシーの影響が挙げられるでしょう。
当時の日本企業では「定期昇給」「昇格のための細かい階段」などの労働条件面以外で、エンゲージメントを高めるナレッジが乏しかったからです。
エンゲージメントという概念にどう取り組むかを模索していた日本企業ですが、その動きを加速させる一つのきっかけとなったのが「エンゲージメントと業績との関係」です。
バブル経済崩壊後の日本企業では、企業業績を高める取り組みとして、顧客満足度(CS)向上などさまざまな取り組みに講じてきました。
そこで注目されたのが、従業員エンゲージメントと企業業績との調査研究です。
具体的にはウイリス・タワーズワトソン社が、「持続可能なエンゲージメント」が高い企業は、低いエンゲージメントの企業に比べて、一年後の営業利益率の伸びが3倍であったという調査結果を発表したのです。
さらに国内でも、慶應義塾大学ビジネス・スクールと民間企業の共同研究で、従業員エンゲージメントの向上は、営業利益率および労働生産性向上に寄与することが、2018年に発表されました。
参考:ニュースリリース - 岩本隆のホームページ
エンゲージメントという概念を世に広めたカーン教授の提言が、近年になって実際に定量的にあらわされたといえます。
これら、業績との相関を裏付ける調査結果を受けて、企業規模を問わず従業員エンゲージメントを高める動きは加速していったのでしょう。
エンゲージメントが企業業績につながるメカニズムを、もう少し具体例をもとにして考えてみましょう。
本章では、そのプロセスを1990年にハーバードビジネススクールのJ.L. Heskettが提唱した「SPC(サービス・プロフィット・チェーン)」を参考にしながら解説します。
■SPC(下図)……従業員のコンディションが企業業績に関係を及ぼすプロセスをモデル化したもの
仮に今まで年功序列で、どれだけ社員が成果を上げても賃金に変化がなかった企業があったとします。
そこで、経営や人事が社員のエンゲージメントを測るサーベイを導入して、人事制度への社員の不満を察知しました。
その後、思い切って人事制度をジョブ型雇用に改定し、成果に応じた労働対価を支払う制度を導入しました。
すると、若手社員を中心として、より高い成果や成長を志向する社員は、徐々にモチベーションを上げていきます。
その他、全社員が「この会社は自分の努力に応えてくれる会社だ」と愛社精神が芽生え、これまで以上に目の前の仕事に頑張るようになりました。
社員のモチベーションが上がれば、顧客に対しての工夫など能動的な変化が現れます。
プロダクトの力だけで差別化が難しい現代マーケットにおいては、顧客は「この企業ならでは」の体験を重視します。
例えば同じような製品・サービスを販売していたとしても、顧客はより自分の嗜好を理解してくれていたり、親身に相談に乗ったりしてくる企業を選ぶでしょう。
いつしか顧客エンゲージメントも向上し、多くの広告宣伝費を投入せずとも、顧客自らが自社を選ぶ状態になるのです。
顧客エンゲージメントの高まりによって、リピート購入やクロスセルが進み、徐々に安定的な業績基盤が生まれていきます。
業績への直接的な好影響だけでなく、SPCサイクルが円滑に回り始めると、企業の中長期の成長やブランディングにもつながります。
このサイクルをさらにパワフルに回すために、利益を人材開発や人材採用にフィードバックすることで、企業の永続的な成長につながるでしょう。
これまで紹介したように、エンゲージメントは最終的に企業業績につながるため、人事施策としては無視できない観点といえます。
ただし、エンゲージメントが把握しにくいのは、個々人によって何がモチベーションリソースになるかが異なるからです。
単に給与などの労働条件のみの理由で働く社員ばかりであれば、「給与に満足しているかどうか」をヒアリングするだけで済みます。
また、昨今は新型コロナウイルスの影響でリモートワークが浸透したこともあり、社員のエンゲージメントがますます捉えにくくなりました。
非対面の働き方で、個々人の「働く動機」を把握するような取り組みが、今後のエンゲージメント対策では急務となるでしょう。
前章までで、エンゲージメントが企業業績に影響を及ぼすメカニズムと、エンゲージメントを把握するポイントを紹介してきました。
昨今は、このような背景をもとに社員エンゲージメントを丁寧に把握するような取り組みが、日本企業にも広まっています。
サーベイによるエンゲージメント測定も、企業規模をまたいで積極的に広がっているようです。
ただし、エンゲージメントとは「人間の内側から湧き上がる」ような捉えようがないものです。
前章で紹介したような「給与に満足しているか?」という画一的な質問では、むしろ社員のエンゲージメント低下も招きかねません。
エンゲージメントが高まっていない社員にとっては、「こんな画一的な質問で、自分の心情を測ろうとする会社はどうなのだろうか?」と思われてしまうからです。
そこで推奨されるのが、社員個々人の状況に合わせて質問がチューニングされる生成AIを駆使した、エンゲージメントが把握できるツールです。
社員の入社歴や現在のコンディションに応じて、AIは対象者が回答しやすい質問を投げかけることが可能となります。
そのため、回答者はまるで心理カウンセラーと会話をしているような自然な流れで、回答することができるでしょう。
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※当連載では、なぜ現代マーケットで生成AIによるエンゲージメント把握が有効なのかについて、今後もお伝えしていきます。
従来型の従業員エンゲージメント把握サーベイでは限界を感じている経営・人事部門の方は、ぜひ引き続き今後も記事をお読みください。
今回は、エンゲージメントと業績の関係を取り上げ、エンゲージメントを把握しやすいAI活用という最新の道筋を紹介しました。
AIと聞くと「無機質」「システマチック」のようなイメージで、人事施策に取り入れることに抵抗がある方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、Artificial Intelligence(アーティフィシャル・インテリジェンス)という言葉が示すように、AIは人間の言葉や認識、気持ちを推論する知的行動です。
従って、社員個々人によって異なるエンゲージメントを把握するには、最適な技術といえます。
今も、昔も、一人ひとりの社員を大事に扱う土台が強い日本企業にこそ、AIは取り入れるべきテクノロジーではないでしょうか。