第22回
2025/12/05
近年、世界中の職場で進行する「見えない危機」が注目を集めています。
たとえば、職場で「進んで辞めないけれど、心が限界を迎えている」という状態を指す新造語として注目される「quiet cracking(静かな崩壊)」です。
この言葉には、現代のビジネスパーソンが抱える、深刻なストレスや諦めの姿を鋭く映し出しています。
また、あるグローバル研究では、2025年の時点で転職を検討している若手(Gen Z)の7割以上が、主な理由に「バーンアウト(燃え尽き)」を挙げているという結果も報告されています。
参考:Three-quarters of Gen Z is looking to switch jobs for this reason|NEW YORK POST
こうした不穏な傾向は、単なる若者のワガママではなく、職場構造そのものが抱えるメンタルヘルスの課題を映しています。
さらに日本国内でも、長時間労働やパワーハラスメントが原因として、精神疾患で労災認定される件数が初めて1,000件を突破しました。
いよいよ働く人々のストレスや不調による被害が、統計としてはっきり現れる状況になっているのです。
参考:令和6年度「過労死等の労災補償状況」を公表します|厚生労働省
このような背景から、現代社会のストレス対策は「個人ケア」だけでは済まされません。
社員一人ひとりが抱える心理的な浮き沈みは、組織の生産性を左右する戦略的課題へと変貌しているのです。
本記事では、メンタル不調の兆候をいかに「早期に察知し」、そして「適切に対応するか」に焦点を当てます。
そのうえで、単なる理論ではなく実態とトレンドを踏まえた解決のヒントもお伝えするので、参考にしていただければ幸いです。
企業の生産性向上を阻む大きな要因の一つが、社員の「ストレス」と「メンタル不調」です。
企業で実施するストレス対策は「社員ケアのためだ」というご意見はよく聞かれます。
もちろん社員のためなのは間違いはないのですが、実はまわりまわって企業のためでもあるのです。
なぜならストレスを抱えた状態の社員は、本来発揮できるはずのパフォーマンスが出せない可能性があるからです。
表面化しづらい心理的負荷が、日々の業務成果に大きく影響を及ぼしていることを示す調査もあります。
厚生労働省の調査によれば、「職場におけるストレス等により、メンタルヘルス不調になったことがある」人は全体の58.3%にのぼっています。
参考:厚生労働省 令和5年「労働安全衛生調査」https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/r05-46-50.html】
この調査からも、働く人の多くがストレスを抱えたギリギリの状態で、日常業務をこなしていることがわかります。
一見すると問題なく業務を遂行しているようでも、「決断の遅れ」「創造力の低下」「報連相の希薄化」など、目に見えない部分で業務効率は確実に損なわれています。
この状態が慢性化すれば、離職や休職といった事態にもつながり、チーム全体に波及的な悪影響を及ぼす可能性があるのです。
つまりストレスを「個別社員のケア」と捉えるだけでなく、組織的に取り組み、企業業績に及ぼす影響を最小限に抑える必要があるといえるでしょう。
企業業績のみならず、心理学の視点からも、職場のストレスは個人だけの問題にとどまらず、組織全体に連鎖するリスクが指摘されています。
たとえば、米国の心理学者エレイン・ハットフィールドが提唱した「感情の伝染(Emotional Contagion)」という理論では、職場におけるネガティブな感情は、周囲に影響を及ぼしやすいことが明らかになっています。
ストレスを抱える社員の態度や言動は、職場のムードを重くし、チーム全体の士気を下げます。
それがさらに他のメンバーのストレスとなり、組織全体としての活力が失われていくのです。
こうした連鎖的悪循環を防ぐには、早期の兆候を的確に捉え、適切な介入を図る仕組みが不可欠でしょう。
つまり、個人のストレスが組織パフォーマンスを下げることは、アカデミックな観点でも検証されている点は見逃せないポイントです。
では、組織業績にも影響を及ぼすストレスをどのように見つければいいのでしょうか。
実は、ストレスや不安が明らかに表出する前に、組織内では何らかの予兆・サインが見られるケースは少なくありません。
具体的には、「会話の減少」「仕事の進捗遅れ」「有給休暇の取得頻度増加」など、ちょっとした行動の変化として現れます。
ところが、このような予兆を現場のマネジャーが察知し、適切に対応できるケースは限られています。
パーソル総合研究所の調査によると、管理職自身の約75.6%は「部下の細かな変化に気づいている」と自己評価しています。
一方で、部下側がそのように感じているのは51.1%にすぎず、24.5ポイントもの大きなギャップが存在しているのです。
参考:職場のメンタルヘルスマネジメントについての定量調査|パーソル総合研究所
こうしたデータは、マネジメント層の察知力は本人の感覚に依存しており、構造的なフォローが不足している可能性が高いことを示しています。
つまり、現場には予兆があっても「気づけない」「対応できない」構造が存在しており、それがストレスの“重症化”を招いているのです。
次章では、ストレスが見えにくくなる要因について、さらに深掘りしていきます。
具体的に社員のストレスを見えにくい要因を、本章では紐解いていきます。
拙速に対処策に走る前に、「なぜストレスの予兆を見逃してしまうのか」を理解しながら、対応策を考えるようにしましょう。
ストレスを抱えていても、本人がそれを自ら表現しない・できない場合が多く、周囲が気づきにくいことは、往々にして発生します。
日本のビジネスパーソンは、自己犠牲的な働き方を評価されがちな文化の中で、育っているといわれています。
そのため、「弱音を吐くこと」や「調子が悪いと訴えること」に対して、無意識のうちに忌避感を持つ傾向があります。
とりわけ責任感が強い真面目な社員ほど、「自分が崩れてはいけない」というプレッシャーを抱え込みがちです。
ある調査によると、若年層のビジネスパーソンほど「拒否回避志向(怒られたくない、人目を気にする、受け身の姿勢、失敗への恐れ、対立回避)」が強い傾向が観られました。
参考:若手従業員のメンタルヘルス不調についての定量調査|日本の人事部
ここには「周囲に迷惑をかけたくなかい」「評価に影響するのではないかと不安」など、ストレスを抱える社員の心理や本音が見え隠れしているのではないでしょうか。
このように、“サインが出ていないように見えても、実際は内面で蓄積されている”という前提で対応すべきであり、受け身の察知力だけでは限界があるのです。
たとえ本人がストレスを抱えているサインを行動や態度で示したとしても、周囲がそれを“ストレスの兆候”と認識できるケースは多くありません。
特にリモートワーク下では、対面でのやりとりが減ることで、こうした変化がより見えにくくなります。
実際、多くの企業の人事部門やマネジメントからは「在宅勤務の社員に異変があっても、Zoomでの表情や話し方だけでは判断できない」と悩む声が上がっています。
これは「沈黙している=安定している」と誤認する認知バイアスも関係しています。
心理学では、人の異変を察知するには「認知資源」と「観察機会」が必要とされます。
「認知資源」とは、人間が同時に注意を向けたり、情報処理を行ったりできる、脳の容量のようなものです。
日々の業務疲労やストレスがあると、それだけで察知能力が低下します。
一方の「観察機会」は、相手の表情や声のトーン、行動パターンなどを直接目にする時間や頻度のことを指します。
しかし業務に追われる中では、他者への注意が後回しになりがちです。
なおかつ、物理的な接点が減っている昨今の働き方では、その「兆候」を見逃しやすくなっています。
つまり、他者のサインをよほど意識しない限り、周囲は気づけない構造があるため、仕組み化による可視化が求められるのです。
仮にストレスの兆候に気づいても、「どう対応すべきか」が明確でない場合、何もしない、あるいは後手に回るリスクがあります。
産業医への相談や、人事部門との連携が制度化されていない企業では、結果としてストレスのサインは放置されがちです。
多くの中小企業やベンチャー企業では、産業医との連携や人事主導のケアフローが未整備である場合が多く、メンタル不調者への対応が「現場の判断任せ」になりがちです。
これは、責任の所在が不明確なまま、属人的対応に委ねられているともいえます。
ある企業では、上司が「大丈夫ですか?」と声をかけるにとどまり、人事や専門機関につなげられなかった結果、社員が長期離脱したケースも散見されました。
結果として職場全体の士気にも悪影響を及ぼすことにもなり、対処方法や相談フローが明文化されていれば、防げた可能性が高い事例です。
したがって、“気づいた後”の対応プロトコルが整っていなければ、ストレスの連鎖的な悪化は避けられないといえるでしょう。
前章の3つの要因は、単独ではなく相互に絡み合って、ストレスの“不可視化”を助長しています。
たとえば「本人が言い出せない」状態に対し、「上司も気づけない」「制度も整っていない」では、サポートの糸口が完全に失われてしまいます。
このような背景を受け、企業では社員のコンディション把握のためにストレスチェックやエンゲージメントサーベイの導入が進んでいます。
実際、日本企業のうち、直近3年以内の従業員満足度調査の実施率は69.2%となっています。
別の調査にはなりますが、2019年度は30%程度の実施率という結果もあるため、ここ数年で日本企業では急速にサーベイ実施が進んでいることになります。
一方で課題として「アンケート結果の分析が不十分」「有効な人事施策の優先順位検討材料として活用できていない」と回答した企業も半数にのぼっています。
参考:「従業員満足度調査」に関する調査結果|NTTコム オンライン・マーケティング・ソリューション株式会社
多くの企業で行われているサーベイは、半年や1年に1回の定期実施が多いかと思われます。これでは、個人レベルの異変や日々の変化をリアルタイムに把握するには不十分です。
ストレスに着目すると、サーベイ実施サイクルが来る前に社員の日常的なストレスが限界に達し、ややもすると離職や休職に至ってしまうリスクがある状態です。
また、回収されたデータも「平均値」「部署別集計」といったマクロ視点での分析にとどまり、現場のサポートに生かされにくいケースも散見されます。
このような、多くの企業でのサーベイの実施方法を踏襲してしまうと、日々変化する社員のストレスマネジメントとしては、残念ながら不十分といえるでしょう。
こうした従来型サーベイの限界を補う手段として、注目を集めているのが生成AIによるサーベイを活用した、コンディション分析やカウンセリングです。
特に自然言語処理の進化によって、社員の回答や回答の変化から、感情状態や思考傾向を解析し、ストレスや不調の予兆を抽出できるようになっています。
具体例としては、サーベイ回答から以下のような状態を読み解くことが可能です。
・「責任が重い」と繰り返す表現 → 負荷過多の兆候のサイン
こうしたデータを、生成AIが客観的に解析・スコア化することで、属人的な観察に頼らずに、組織内の潜在的リスクを発見することができます。
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生成AIによって社員のストレスの芽を察知し、 心理的安全性が確保された職場に! |
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・JOB Scopeは、日々蓄積していくストレスの変化を可視化する『生成AIワークバリュー・スコア分析』をリリース
・従来型の画一的なサーベイ設計ではなく、社員個々人の立場や心情に寄り添いながら、社員のコンディション把握が可能
・メンタルヘルス対策はもちろんのこと、定期的かつ自然に自分の感情を表出することで、社員自身の感情のリフレッシュにも効果あり
▶▶『生成AIワークバリュー・スコア分析』の詳細はこちらをご覧ください |
※当連載では、なぜ現代マーケットで生成AIによるエンゲージメント把握が有効なのかについて、シリーズ記事でお伝えしていきます。
従来型のサーベイでは限界を感じている経営・人事部門の方は、ぜひ引き続き今後も記事をお読みください。
現代のビジネス環境における社員のストレスは「気合いや根性」で乗り越えるものではなく、構造として予兆を捉え、ケアする対象です。
もし、ストレスの蓄積によって生産性の低下や離職が起きているとすれば、それは「本人の努力不足」ではなく、「組織が兆候を見逃していたこと」に原因があるかもしれません。
いま、多くの企業が、生成AIの技術を活用したサーベイ活用で、日常的なストレス予兆の可視化と対話型ケアの自動化に取り組みはじめています。
「社員自身も声にならない不安をすくい上げ、予防につなげる」
そんな新しいマネジメントの実践が、これからの企業のスタンダードになっていくでしょう。
つまり、今後は社員の精神的なケアは「特別な対応」ではなく、日常業務の一部としての習慣化が求められるようになるでしょう。
アメリカのフィットネス起業家・栄養学者 Bill Phillips(ビル・フィリップス)は “Stress should be a powerful driving force, not an obstacle.”と述べています。
「ストレスは障害ではなく、強力な推進力となるべきだ」と。
本来は健全なストレスは仕事の原動力にもなり得るものです。
無風の丘にある木よりも、ある程度雨風がある木が大きく育つようなものです。
日常的にストレスに配慮できる仕組みや風土があれば、いざという時にはあえて成長のためのストレスを戦略的にかけられる、チャレンジングな組織に近づくのではないでしょうか。
※生成AIワークバリュー・スコア分析は、デフィデ株式会社の登録商標です。