第14回
2025/10/10
生産年齢人口の減少が止まらない日本企業にとっては「採用した社員が、いかに自社に留まるか」という定着率は、喫緊の課題です。
特に若手世代の戦力が乏しい状況を勘案すると、新卒社員の早期離職は何としてでも食い止めたいでしょう。
ただしジェネレーションギャップの問題もあり、若手社員がなぜ自社を辞めようと思うのかが分からないと、頭を抱える人事担当者の方も少なくはありません。
かつてほど、人事やマネジメントに余力がないため、若手社員のわずかな離職意向を見逃してしまうというお悩みもよく耳にします。
今回は、そんな状況でも若手のネガティブ感情の芽生えを察知するために、生成AIを活用した最新の取り組みについて解説します。
従来型の感性のみで若手社員の不満を探ろうとすると、良かれと思っても不満の種にもなりかねません。
初期の退職シグナルを仕組み的に感知し、対策パワーに人手を割きたいとお考えの方は、ぜひ参考にしていただければ幸いです。
定着率は「入社した人が一定期間を経過した際、どれだけ在籍しているか」という指標です。
その「一定期間」が注目されたのは、昨今話題になっている新卒社員の「3年3割問題」でしょう。
メンバーシップ型雇用が多い日本企業では、現在でも「新卒採用」という人材獲得イベントがメジャーです。
ビジネスマナーすらおぼつかない新卒社員に対し、企業人事や現場マネジメントは、ある意味手塩にかけて育成を施します。
3年目といえば、ようやく一人立ちが期待できる時期です。
これから会社の中堅社員として企業成長をリードしてほしいという時期に退職されてしまうのは、企業にとっては非常に痛手です。
むしろここ数年世間を賑わせている「入社数日で退職代行サービスに依頼して辞める新卒社員」の方が、考えようによっては企業ダメージは軽微かもしれません。
なお厚生労働省による雇用動向調査によると、日本企業における近年の定着率は85%前後で推移しています。
出典:令和4年雇用動向調査結果の概況 - 厚生労働省
企業全体の定着率を考慮しても、新卒の「3年3割」問題は、見過ごせません。
今の若手世代に特に注目し、対策をとる必要があることがご理解いただけるでしょう。
「定着率が低くて良い」と思っている企業は稀かと思います。
しかし「本人が辞めたいと言っているならしょうがない」と、組織的な対策を諦め気味な企業も少なくはありません。
ただし企業を動かしている3大資源の「ヒト」に関する領域なので、定着率の低さはさまざまな観点で問題視する必要があります。
本章では、単なる表面上のデメリットだけでなく、定着率の低下が招く真のリスクについて、お伝えします。
定着率が低下すると、退職社員の補充のために新たに人材を確保するためのコストが発生します。
リクルートが調査・発行している「就職白書2020」によると、2019年度の新卒採用における1人あたりの平均採用費用は93.6万円でした。
出典:就職白書2020
同調査ではこの調査以降は採用費用はリサーチしていませんが、売り手市場が続く昨今では、より採用コストは増加していることが予想されます。
もちろん、採用後も社員が仕事を遂行できるようになるための教育や研修のコストも発生します。
特に就業経験がない新卒採用の場合、最初の3年間はかなりのコストやパワーが発生しているはずです。
利益確保のために無駄なコストをカットしたい企業が多い昨今、新卒社員が早期に退職することによるコスト増は、できれば回避すべきでしょう。
新卒社員の早期退職は、周囲にいる他社員のモチベーション低下を招いてしまいます。
人事担当はもちろんのこと、現場の教育担当者や職場メンバー全員にネガティブな心理影響を及ぼすでしょう。
特に本人からのサインに気がついていない場合は「元気そうにしていたのになぜ!?」と、周囲がショックを受けるケースも多いようです。
そうなると「この会社は若手にとって魅力がないのかもしれない」と、他の若手社員も懐疑的に会社を眺めるようになります。
下手をすると「若手の退職ドミノ」のように、新卒社員の退職がきっかけとなり、若手社員の退職が続く現象にもつながりかねません。
新卒社員の定着率が低い場合、企業イメージ全体が悪化するリスクもあります。
特に昨今は「SNS採用」など、ソーシャルメディアでの口コミは若手世代では当たり前です。
定着率が低い状況が、インターネットを通じて社外に知られるようになると「社員の扱いがひどい会社」など、悪い企業イメージが世間に広がってしまいます。
例えば通常の業績目標を課していただけなのに「ノルマが厳しい」との噂が広がると、若い世代からの積極的な応募が減少してしまいます。
働きにくい会社という印象が広まってしまうと、影響は人材採用に留まりません。
取引先や株主から積極的なアプローチが減少するリスクをも、抱えてしまうでしょう。
社員の定着率を上げるためには、まずは退職意向を感じる要因を突き止める必要があります。
本章では、新入社員・若手社員に特有の退職原因を3つお伝えします。
これまで働いたことがない新卒社員にとっては、自分が描いていた理想と現実のギャップが退職意向につながりやすくなります。
このようなギャップは「リアリティショック」と呼ばれます。
リアリティショックでの働くモチベーション低下は、新卒社員の比較的早期の離職を引き起こす原因として考えられます。
「思っていたより仕事へのフィット感がなかった」「希望していた部署に配属されなかった」など、理想と現実のギャップはいくつかの場面で発生します。
特に採用コミュニケーションの際、自社メリットだけを伝えるような採用PRを行っていた場合には、理想とのギャップは注意が必要でしょう。
労働条件や労働環境の不満も、若手社員の退職原因で多い理由です。
具体的には「給与が安い」「残業が多い」「休暇取得が難しい」「休日出勤が多い」などの条件面が、代表的な不満です。
若手世代は、インターネットが当たり前の環境で育ってきた世代です。
労働条件や人事制度に対する不満があると、ネットで企業の口コミを調べたり、他企業の労働条件を収集したりして、自社と比較をします。
さらに、入社後に社内の様々な事情が見えてくると、「どれだけ頑張っても先輩の給与は越えられない」などの年功序列制度への不満も、若手社員独特の不満です。
転職が当たり前になっている世代なので、人事制度要因で自分のキャリアアップが見えない場合、他社で働く道を模索します。
第二新卒扱いとして他社でステップアップできる可能性がある場合は、離職の道を選択してしまうでしょう。
会社に費やす時間が多くなると、若手社員は社内の人間関係によるストレスが苦痛になってきます。
具体的には「上司や先輩社員とスムーズにコミュニケーションが取れない」「社内の人間関係がギスギスしていて相談しにくい」などの人間関係のストレスも、新卒社員の退職意向を高めやすい原因として挙げられます。
当初はそれほど問題でなかったとしても、多くの時間を過ごす職場でのストレスは、本人が気付かないストレスに発展しかねません。
あまりにも不安な状態が続きすぎると、メンタルヘルス不調にもつながってしまいます。
深刻な状態になると休職や離職にも発展してしまうため、社内の人間関係には配慮する必要があるでしょう。
社員の定着率向上には、ある程度共通のセオリーがあります。
個別社員の事情には配慮すべきでしょうが、会社として押さえておきたい定着率向上の施策について、本章では3点お伝えします。
前述の「リアリティギャップ」のような、入社初期のギャップによる退職を防ぐためには、採用活動時点でミスマッチを防ぐ必要があります。
入社初期の労働条件や仕事内容のギャップは、多くの場合採用段階におけるミスマッチによる影響だと考えられます。
人材獲得のために、ある程度はアピール過剰になることもやむなしですが、あくまで人材採用はスタート地点で、人材定着がゴールです。
採用活動では自社実態の透明性を高めながら開示して、それでも自社にフィットしそうな人材を探すべきでしょう。
労働環境や人事制度など、システムとして見直せる点があれば、改善をすべきでしょう。
環境や制度に不満がある場合、よほど仕事へのモチベーションが高くない限り、じわじわとしたストレスが溜まっていきます。
できればシステムに留まらず、運用にも目を向けることを推奨します。
例えば「1on1ミーティングの実施」のような仕組みがあったとしても、実際にその仕組みが若手社員にどのように受け止められているかに気を配りましょう。
同様に、OKR・タレントマネジメントなど、やや“流行り”的な仕組みを導入して、安心してはいけません。
システムや制度を見直した際は、サーベイなどでその影響を確認しながら、本来の目的に照らして効果があるかどうかを探るべきでしょう。
昨今の若手社員の指向に注目すると、キャリア開発の視点は退職率に大きな影響を与えます。
向上心が高い新卒社員には、スキルアップやキャリアパスのための人材開発施策を提供すると、会社への満足度を上昇させることが可能です。
具体的には、キャリアデザイン研修によるキャリア支援や、中長期の働くビジョンを描く面談を実施し、キャリアの相談に応じる方法が効果的です。
このようにキャリアに対するサポート施策を拡充させることで、「この会社は自分の未来を考えてくれている」と会社への愛着心につながるでしょう。
前述したような対策も含めて「果たして、何をすることが定着率向上につながるのか」を見つける仕組みをいれるのが、対策の第一歩といえます。
具体的には、社員のワークエンゲージメントを測るサーベイ実施が代表的な施策です。
ワークエンゲージメントとは、社員が仕事に対して持つ情熱や意欲、組織への誇りや献身度合いを示す概念です。
実際、ワークエンゲージメントが高い組織では、離職率が約40%も低下したという報告もあります。
引用元: Gallup, "State of the Global Workplace Report" (2017)
引用元: Gallup, "State of the Global Workplace 2023 Report"
引用元: Gallup, "The Relationship Between Engagement at Work and Organizational Outcomes"
サーベイが推奨される理由のひとつは、一人ひとりの不満や不安に合わせた対応ができる点です。
何によって不満が高まったり、退職意向を持ったりするかは、社員個々人によって異なるからです。
前章で社員が「不安を抱くポイント」や「退職を検討するポイント」は人によってさまざまだと述べました。
従来型のサーベイでは、人事や経営が「給与水準は離職意向に関係があるだろう」など、ある意味決め打ちをして、その項目に対する回答を収集していました。
ですが、その仮説があてはまらない社員の場合「なんでこんなことを人事はヒアリングするのか?」と、むしろモチベーションダウンになってしまいます。
こんな事態を避けるためには、生成AIを活用したサーベイが効果的です。
AIであれば、個別の職場や社員に最適化した質問が作成されます。
例えば、会社の業種や社員の所属年数に応じて、AIが最適な質問項目を自動で生成するので、誰にとっても違和感を抱かせない質問が可能です。
さらに回答終了時に、AIが本人のインサイトをもとに、個別のアドバイスもしてくれます。
退職意向がまだ“芽”の段階では、カウンセラーのように自分に寄り添うやり取りができれば、心理的なフォロー効果が期待できるでしょう。
もちろん、「退職意向の芽・サイン」は人事やマネジメントも把握できるので、回答後の個別フォローにもつなげられます。
生成AIによって新卒・若手社員の退職インサイトを可視化し、 適切なフォローに集中する新戦略を! |
・JOB Scopeは、エンゲージメントを可視化する『生成AIワークバリュー・スコア分析』をリリース
▶▶『生成AIワークバリュー・スコア分析』の詳細はこちらをご覧ください |
※当連載では、なぜ現代マーケットで生成AIによるエンゲージメント把握が有効なのかについて、今後もお伝えしていきます。
従来型の従業員エンゲージメント把握サーベイでは限界を感じている経営・人事部門の方は、ぜひ引き続き今後も記事をお読みください。
今回は、多くの日本企業を悩ます「新卒・若手社員の定着率向上」というテーマを取り上げました。
離職を決めるプロセスは、実はいくつかの「きっかけ」が積み重なるものです。
いくら転職が当たり前になっている新卒・若手社員層であっても、ある日起こった一つのきっかけだけで、離職を決めることは稀でしょう。
自分で選んだ企業でもあるため、なるべく前向きになる要素を見つけて、会社に留まる道を模索するはずです。
ただしそのような「ネガティブなきっかけ」となる“芽”がいくつか積み重なることで、転職という決意に発芽してしまうのです。
日本のビジネスパーソンは、あまり自分の心情を周囲や上司に吐露する傾向にないため、マネジメントとしては、その芽の積み重ねに気付くことができません。
そしてある日、退職意向を告げられると「突然」と感じてしまうのです。
「なんで相談してくれなかったんだ」「なんで自分は気がつけなかったのか」と後悔の念に駆られる方も少なくはありません。
しかし複数人の部下を管理するマネジメントが、一人ひとりのメンバーの小さな芽に気付くことは、現実的には難しいと考えられます。
退職意向の「芽」を初期に察知する役割をAIによるサーベイに委ねれば、マネジメントによる「人によるフォロー」が、より的確にメンバーリテンションに注ぎ込めるのではないでしょうか。
※JOB Scopeは、デフィデ株式会社の登録商標です。
※生成AIワークバリュー・スコア分析は、デフィデ株式会社の登録商標です。