「現場で実践できるリーダーシップ」をメインテーマにし、リーダーを素養や資質ではなく、望ましい行動として捉える当連載。
リーダーには発揮が望まれる行動はありますが、その範囲は広く、どの行動も完璧に実践できる人は、現実的には稀でしょう。
このようにリーダーシップの発揮を本人任せにしてしまうと、企業として優れたリーダーを安定的に生み出すことが難しくなります。
リーダー輩出で名高い企業は、本人の努力のみならず、会社として制度や教育など、必要な組織的なサポートに取り組んでいるものです。
今回はリーダーシップを発揮する社員をより多く、より加速させて輩出するための、組織として望ましいサポートを取り上げます。
自社の人事制度に紐付き、社員の教育施策や人事評価のサポートなど、全社的なHR施策は必要に応じて各社で行っているかと思います。
それら施策のなかでも、リーダーシップ開発のために必要性が高い施策を5つ紹介します。
リーダーはある日突然生まれるわけではありません。
多くの企業では「リーダーとして活躍しそうな人材」「リーダーになってほしい人材」など、いわゆる「次世代リーダー候補」をあらかじめ定めています。その候補者を選ぶ、または成長をウォッチするだめに、企業の人材を見える化した「タレントマネジメントシステム」の構築が必要となるのです。タレントマネジメントとは、タレント(社員)が持つ能力やスキルといった情報を重要な経営資産として捉え、人事戦略に反映することです。
タレントマネジメントシステムがあることで、社員と組織のパフォーマンスの最大化を目指す人材マネジメントが可能となります。多くの企業では「過去の異動情報」「人事評価履歴」などは、社員の基本的なデータベースとして現在も管理しているでしょう。 タレントマネジメントシステムはそのデータベースに、企業の人事戦略・人事ポリシーを色濃く反映したものになります。
たとえばある企業では、リーダーを戦略的に育てる場合には、どのような職務経験を積ませるかを重視しています。この企業では、単なる部署情報だけではなく、職務価値・職務特性・職務難易度に応じた情報管理をタレントマネジメントで行っていました。だからこそ、職務経験とリーダーシップ開発の関係性に気が付くことができました。
つまり、これまでリーダーとして活躍した人材の共通項を探そうと、タレントマネジメントシステムのデータを分析したところ、特定の職務経験が不可欠という結果が得られたからです。リーダー開発のために社員情報を活用するには、単にエクセルでデータベースを作るだけでは足りません。
自社のリーダー発掘・リーダー育成・リーダーとしての活躍状況など「どのような情報を管理すれば、経営戦略に寄与するリーダーが生まれるのか」を考え、その情報が管理できるシステムを構築する必要があるといえるでしょう。
リーダーの活躍をサポートするためには、リーダー本人の状況だけでなく、リーダーが管轄する組織やメンバーの状況まで視野を広げる必要があります。
そのためには、組織の状況を定期的に確認する組織サーベイの実施が効果的です。
いわば「組織の健康診断」を客観的に把握しながら、リーダーを取り巻く現状をチェックします。
そして、ネガティブな状況が確認できれば、対処策を考え、ポジティブな状況が確認できれば、要因分析を行ったうえで組織としての再現性を高める施策へとつなげます。
組織サーベイの代表的なツールとしては「従業員満足度調査」が挙げられます。米国では2000年初頭から、従業員エンゲージメントと業績の相関を示す研究が多く発表されています。その影響で、日本よりも米国企業では従業員満足度調査はメジャーな存在でしょう。
しかし日本企業で実施されている従業員満足度調査は、リーダーや組織課題を立体的にあぶり出すためには、いくつかの難点があります。
ひとつは満足度の測定対象が「給与」や「福利厚生」など、表面的な労働条件への満足度が中心という点です。
もうひとつは、従業員満足度調査の実施サイクルが年単位であることです。一年間の状態をとある時点で調査するため、タイムリーな打ち手を投じにくいという課題がありました。
従業員満足度調査の課題点を解消すべく登場したのが、パルスサーベイです。パルスは、「脈拍」という意味で、絶え間なく変化する社員の状況をタイムリーに把握する目的があります。
一般的に従業員満足度調査より項目数は少なく、短時間で回答が完了します。回答負荷が少ないため、社員の回答率を向上させるメリットもあります。
リーダー発掘に積極的な欧米の企業では、パルスサーベイを活用して、従業員のワーク・エンゲージメントの把握、施策の実施、施策のモニタリングをスピーディーに進めている事例が多くあります。
リーダーシップを強化するためには、企業として戦略的な人材開発施策を展開することも必要です。
たとえば、管理職に就任した際に「マネジメント初級研修」のようなマネジメントの基礎教育しか施していないとしたら、なかなか実践を通じたリーダーシップ開発は難しいでしょう。
組織を適切に管理するマネジメントと、ビジョンにむけて組織をリードするリーダーでは、求められる役割が違うからです。
担当組織の予算管理や部門間調整などに長けているマネジメントと、VUCAの時代で前例がないチャレンジに挑むリーダーとでは、鍛えるべき筋力も変わってきます。 また、昨今のリーダーシップには「サーバント・リーダーシップ」や「オーセンティック・リーダーシップ」など、さまざまなスタイルの違いもあります。
自社の経営課題においてどのようなタイプのリーダーが必要かをまずは設定し、そのうえで必要なリーダーシップを開発できるような教育メニューを用意してください。
手法としても画一的な集合型研修以外にも、昨今はバラエティーが広がっています。 アクセラレータープログラム、異業種参加型のイノベーション創出ワークショップなど、リーダーとして生きた知識が身につく手法を選ぶようにしましょう。
次世代リーダー育成で多くの企業が頭を悩ますのが「若い段階で経営としての視座を養ってほしいが、社内に機会・ポジションがない」というものです。
人員・予算管理の権限があり、リーダーが組織としての意思決定ができる新規事業プロジェクトなどがあればいいのですが、そのような機会を潤沢に用意できる企業も稀でしょう。
職務等級制度を入れている企業では、意図的なリーダーの配置転換は職能資格制度の企業と比べて、幾分やりやすいかと思います。
現状担当している職務よりも難易度の高い職務に、戦略的に配置換えなどがしやすいからです。 また昨今は「在籍型出向」など、人材育成目的で活用できる仕組みも増えてきました。
在籍型出向は、自社に籍を残しながら、一定期間他社の社員として働くことです。 かつてはコロナ禍で余剰人員の雇用先を用意する目的の仕組みでしたが、刺激的な環境で大きく成長できる点が注目を浴びています。
自社よりも小規模の企業にリーダー候補を出向させることで、今よりも責任・裁量が多いポジションの経験ができる可能性があるため、積極活用してみるのも一手段でしょう。
リーダーにとっても、メンバーにとっても好影響が期待できるのが「1on1面談」に代表されるような、小まめでライトな定期面談の機会です。
リーダーはメンバーのモチベーションを丁寧に把握し、変化する環境に応じたフォローを行う役割を担っています。
人事評価面談のような制度の一環としての面談は、評価のフィードバックやMUSTでやるべき内容が多いことに加え、面談機会は限られています。
どちらかというと人事評価面談はマネジメントとしての能力が問われるのに対し、1on1ミーティングのような型にはまらない面談機会は、リーダーとしての臨機応変力やメンバーの識別眼が問われるといえるでしょう。
そのため、優れたリーダーは1on1やチャットツールなど、働き方のトレンドにあわせた方法で、日常的にメンバーを動機付けするよう心がけています。
そのことで生きたリーダーシップスキルが開発できることはもちろん、フォローを受けたメンバーも、より仕事に前向きに向かう効果も期待できるでしょう。
またメンバーのフォローのみならず、繰り返しチームビジョンを語って浸透させる目的においても、1on1のような面談の方が相性がよいのです。
さらに、昨今はオンライン1on1ビデオ面談機能に、AIを活用して自動的に会話内容をテキストデータ化し、重要ポイントを要約するできるHRTechもあります。 1on1を現場任せにせずに、より組織的なサポートがしやすいツールの活用も推奨されます。
リーダーシップ開発は本人の努力はもちろん必要ですが、組織で戦略的にリーダーを育てようとすると、企業側からのサポートも必要となります。
組織的なサポートが整っていれば、もともとリーダーシップを発揮する素地がある方の成長を加速することはもちろんのこと、リーダーシップの素養がなかった方も意外な才能を発揮することにもつながります。
まだまだ日本企業では、リーダー育成に組織的な投資をして取り組んでいる事例は少ないでしょう。
経営戦略や人事戦略レベルで抜本的にリーダーシップ開発に取り組めば、中長期目線ではリーダーが自律的に育つ組織風土にも昇華しやすいのではないでしょうか。