先の読めないビジネス環境の昨今、企業規模や業種を問わずに、変革の必要性を感じている企業が大半です。
既存路線を進むだけでは生き残ることも難しいため、新たな成長戦略を模索していることでしょう。
どのような成長戦略を採択したとしても、企業の成長を支えるのは、その企業にいる社員一人ひとりの成長に他なりません。
仮に斬新な新規事業開発を進めたとしても、その事業に関わる社員はごく一部です。あるいは、新規事業の発案が自発的に生まれるような、風土形成や社員の意識醸成も必要でしょう。
その観点で、全社員にもれなく前向きな刺激を与えるものもあります。
それは人事制度の変革です。
人事部門が、HRビジネスパートナー(HRBP)として経営変革を促すために、人事制度をどのように変化させていけばいいのでしょうか。
本記事では、人事が企業成長に寄与するための、人事制度変革の3つのステップをお伝えします。
「グローバル競争」「VUCAの時代」などの言葉が飛び交う昨今のビジネス環境では、会社が同じ場所に留まり続けるだけでは、淘汰されるリスクがあります。
会社そのものの成長のためには、その成長を加速させるような人・組織が不可欠です。
これまでの日本企業は、「安定」や「成熟」に適応する組織を作ってきました。
年功主義や長期雇用を前提とした、いわばメンバーが固定された大きな家族のような組織といえるでしょう。
安定した環境の中で育てられ守られた社員は、会社のために一生懸命働くことで貢献を果たします。このような人を軸に組織をつくる「メンバーシップ型」と呼ばれる人事制度は、高度経済成長期からバブル期にかけては非常によく機能し、企業成長に寄与してきました。
メンバーシップ型人事制度は、安定に至る前の状態である、シード・アーリー期のスタートアップなど若いベンチャー企業であっても、多く取り入られてきました。
創業時期は、やりがいや創造の躍動感、カリスマ的な経営者とビジョンなどを共有しながら、企業は急スピードで成長していきます。多少不安定な組織であっても、社員は強力にコミットして、さまざまな課題に体当たりで挑んでいくはずです。
ただし組織の拡大に伴い、体当たりでは解決できない課題が現れます。
創業フェーズから成長フェーズに入ると、社員から不平・不満が増えたり、カルチャーが対立したりと、組織がギクシャクする現象が勃発するでしょう。
こうした矛盾を打破するために、経営の舵取りが重要になるのはいうまでもありません。さらには、経営の舵取りをサポートできる人事制度に変革する必要があります。
すなわち、これまでの「安定」型の人事制度では勝ち抜けないビジネス環境なのであれば、その環境で通用するような人事制度に、人事主導で変えていかなくてはならないのです。
それでは日本の人・組織はどのような方向に舵をきるべきなのでしょうか。
その中心となるキーワードが「ジョブ」です。
スピーディな技術革新を背景に、めまぐるしく変わる現代のビジネス環境では、組織にも常に変化と成長が求められます。
かつての時代は、企業の内部にある情報だけで、社員は仕事を進めることができました。しかしインターネットが発達した現代では、会社の外にずっと多くの情報があり、もはや以前のように、会社の枠組みの中だけで成長を推進するような人材を育てられません。
そんな時代に求められるのが、かつてよりずっとワイルドで広い世界に通じ、社内にはない専門性を持った人材です。一人ひとりが明確な役割を持ち、自律的に協働するようなプロ集団であることの重要性が増しています。
プロフェッショナル人材は、「この会社に自分が担うべき仕事(ジョブ)があるか」という観点で、自社のことも他企業のことを判断します。
ただしメンバーシップ型組織では、ジョブの概念が曖昧になりがちなので、外部のプロフェッショナルには「魅力がある企業」と見なされないリスクがあるでしょう。
外部からの人材採用だけではなく、メンバーシップ型組織では、既存社員の成長も促しにくくなります。
社員が育つとしたら、当然ジョブを通じて成長機会を得ることになるでしょう。それにもかかわらず、人事制度にジョブの概念がないとしたら、何も拠り所がないまま社員に成長を要望しているようなものです。
ただしメンバーシップ型人事制度の企業が、突然ジョブ100%の人事制度に変更することは、これまで日本企業が持っていた良さも消滅しかねません。
これまでは「会社のためにがむしゃらに頑張ろう」という姿勢だった社員が「会社の成長のために、このジョブを担えるように頑張ろう」と、考え方を変えることが重要です。
人材とジョブの関係性が可視化され、常に社員と組織がループしながら成長をしていく。
これこそが現代のビジネス環境で求められる一つの在り方でしょう。
メンバーシップ型人事制度を採択している企業がジョブを中心とした人事制度へ移行するには、さまざまなプロセスやステップが存在します。
企業の状況によって必要なステップは異なりますが、本章ではどのような企業でも必要となる3つの王道ステップを紹介します。
日本企業の多くでは、組織に必要なすべてのタスクとその価値が把握できていません。
前述したように「人」基軸のメンバーシップ型制度を採択していると、「人が変われば仕事も変わる」が当たり前となってしまっています。
そのため仕事も流動的なものと見なされ、ある時点でのタスクを明文化することに意義を見いだしにくい状態だからです。
少なくとも、文書で明確にジョブを定義している企業はあまり見かけません。
その結果、仕事の内容と評価は大ざっぱであいまいになり、社員は不満を抱きやすくなってしまいます。
人事は求める人材像が見えず、属人的・主観的な基準で採用をしてしまいます。また社内でも何でもやる「いい人」に負担が集中し、社員は何をどこまでがんばればよいか困惑するでしょう。
そのため、「既存社員」の前提を一度取り払って、タスクを再構築する必要があるのです。
具体的には中長期経営戦略などの企業が向かいたい方向性をもとに、本来的に必要なタスクを文書で明確に定義していきます。
この過程を通じて、誰かがやっていた隠れたタスク、本来は必要だけれど手が付けられていないタスク、軽んじられていたけれど実は価値の高いタスク、などが見えてきます。
人事と経営陣で必要なすべてのタスクが可視化されるプロセスを経ることにも意味があります。
人事は経営観点でタスクの優先順位を考える意識が身につきます。または、経営陣で優先順位が異なる場合は、議論を通じて目線をオーソライズできる効果もあるでしょう。
見えなかったタスクが透明化されてはじめて、経営者は適切な経営判断ができるのです。
人材を固定して、その人材に合わせてジョブを割り当てるのが、旧来型の日本の人事制度での考え方です。
既存社員のスキルやキャパシティに合わせて、ジョブが増えたり減ったりするため、どこかに無理が偏ったりするリスクが生じます。
いわば経営課題の解決より、既存組織や既存社員の都合が優先されている状態です。
ジョブ型人事制度では、経営課題を解決するために必要なタスクを、すべて職務(役職)にひも付ける状態を目指します。具体的には、職務ごとの仕事内容を明文化し、経営戦略を実行する上で必要な職務を定めて組織をつくります。
その上で職務に対して、人材を割り当てていくという順序で組織を組むのです。
一般的なメンバーシップ型と対称的に、ジョブ型人事制度では職務が固定され、人材は流動的です。
組織の中で対応できる能力が足りなければ、社員のスキルアップを図ったり、新規採用を強化するなど、適切な対策を打ちます。
職務が流動化することで、健全な代謝も生まれやすくなります。
社員も決して「会社にしがみつく」ことがなく、しなやかな組織を目指せるでしょう。
従来的な人材育成では、会社が社員を囲い込み従属させて、その会社流のスキルや考え方を育ててきました。
伝統的な「階層別研修」に代表されるように、ある種の画一的な教育メニューを人事部門で用意します。これら教育を施すことで、新卒社員から始まり一定階層まで均等かつ一律な能力開発を促してきました。
しかし、いまのビジネス環境で経験したことがない高い壁を超えるには、この内部目線の育成方法では限界が来ます。経営者や上司の指示や指導を受けるまでもなく、社員が自律的に協働・共創し、どんどん価値を生み出していく必要があるからです。
ジョブ型人事制度では、社員が職務遂行に必要なスキルを自発的に身に付けるための土台ができるようなものでしょう。
社員は社外でも通用するスキルを得て市場価値を高められるため、転職マーケットでの需要も増します。育った人材が社外へ流出するのは企業の損失のようですが、成長できる環境がある実績は、労働市場で評価されます。
人材を囲い込む以上に、事業を持続的に成長させる企業価値を得ることになります。
このステップまで見越すことで、自律した専門家が集まる強い組織ができるのです。
ジョブを中心とした人事制度設計は、ともすると「社員の代謝促進」や「成果主義の徹底」など、これまでの日本企業が持っていた長所と逆行する捉え方をされてきました。
しかし本来的にジョブを中心とした人事制度が狙うのは、社員の成長促進です。
社員の成長を通じて企業成長を成し遂げることに真の目的があるのはもちろんのこと、社員一人ひとりの幸福にも寄与する可能性があります。
「自社流のやり方」しか知らない社員は、今の時代では充実したビジネスパーソン人生を歩めないリスクがあるからです。
ジョブを中心として社員に成長を求める人事制度があることで、社員は「自分は何のスキルをどこまで高めなくてはいけないか」が明確になります。
社員個々人がスキル開発をし、そのノウハウをチームに還元することで、組織の強化がはかられます。
組織が強くなることで、企業としてはこれまでとは違う次元の目標や壁にチャレンジできる状態になるのです。
もちろんスキルが向上した社員個人の市場価値も高まるので、自社にこだわらずより主体的なキャリア選択が可能になります。
このようなサイクルが自然に回り出すことを描きながら、ジョブ型の人事制度に踏み切るとよいでしょう。
人事は経営と社員の成長を同時実現する唯一無二のミッションです。
ジョブ型人事制度の導入は、今現在は先見の明がある一部の企業を中心に進んでいます。
しかしあと数年もすれば、ジョブ型の人事制度に舵をきる動きは多くの企業のメインストリームになるはずです。
日本のマーケット全体でこのようなムーブメントが広がれば、「弱体化」が叫ばれる日本企業全体の活性化にもつながるのではないでしょうか。