昨今、企業や組織の風土を語る上で「心理的安全性」という言葉を見聞きする機会が多いのではないでしょうか。
数あるHRトレンドのなかでも、昨今は企業コンプライアンスやメンタルヘルス問題など、ややネガティブな要素を抑制するようなテーマが旬となっています。
そんな中、心理的安全性はそのようなネガティブを生み出しにくい風土改革として注目されてきました。
ただし、やや言葉が漠然としすぎて、具体的に経営や人事が取り組もうとすると、どのような施策が必要か分からないという声も聞かれます。
本記事では、改めて「心理的安全性」の中身を紐解きながら、現場でも実践できる心理的安全性を高めるノウハウを解説します。
「心理的安全性(psychological safety)」とは、会社や組織の中で、社員が自分の意見や気持ちを誰に対しても安心して表現できる状態をさします。
例えばビジネスシーンでは、自分の発言によって上司や同僚との関係性が気まずくなったり、拒絶や批難をされたりすることがない、との確信を社員が持っていることです。
もともと心理的安全性を提唱したのは、組織行動学者でハーバード大学のビジネススクールで教鞭を執るエイミー・C・エドモンドソン氏です。
エドモンドソン氏は1999年発表の論文「Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams」にて、以下のように心理的安全性に言及しています。
Team psychological safety is defined as a shared belief that the team is safe for interpersonal risk taking. (心理的安全性とは、対人関係でのリスクのある言動に対して、安全であるという気持ちがチーム内で共有されている状態と定義される) 参照:論文「Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams」 |
ビジネスパーソンは、会社という集団において、評価や序列の対象となります。
「無知」「余計なことを言う」存在だと思われる可能性のある行動は、ある意味避けたいと思うはずです。
それでも「このチームなら大丈夫だ」と信じられ、誰もが安心して発言や行動ができることは、心理学的安全性が確保された職場環境といえるでしょう。
心理的安全性が注目されるきっかけは、Googleによる「プロジェクト・アリストテレス」です。
このプロジェクトでは、チームの生産性について、チームワークの観点に着目して調査しています。
最終的に「チームや組織の生産性向上には、心理的安全性が重要である」と結論付けたことをきっかけとし、世界の多くの企業が心理的安全性に注目し始めました。
プロジェクト報告のなかでは「効果的なチーム」をつくる要素として以下が挙げられています。
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なお、心理的安全性は「チーム内」と「チーム間」の2種類があります。
各々の違いを、この先で説明していきましょう。
チーム内の心理的安全性とは、メンバーが安心して発言や行動ができる状態です。
具体的には、チーム内のメンバーが誰に対しても恐怖や不安を感じず、伸び伸びと発言・行動できる状態をさします。
組織の上下関係に関係なく、誰もが発言しやすい環境であれば、他メンバーから学びの機会が増え、業績向上につながります。
社員が働きやすくなるだけでなく、組織業績にもメリットがあるのです。
また、先述したGoogle社のプロジェクトでは、心理的安全性の高いチームのメンバーについて以下のような特徴があると報告されました。
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つまり、チーム内の心理的安全性向上は、社員や組織の成長を促すといえるでしょう。
前章の「チーム内の心理的安全性」は、チーム内のメンバーに対する安心度によって決まります。
一方「チーム間の心理的安全性」は、部門間やマネジメント間の心理的安全性によって決まります。
チーム内の人間関係がいくら良好でも、縦割りの部門間や隣同士のマネジャー間での心理的安全性が低い状況は珍しくありません。
チーム間の心理的安全性が低いと、部署をまたいだプロジェクトや、マネジャー同士の調整が必要な場面において、保守的、または挑戦的になりがちです。
その結果、「声の大きい人の意見に引っ張られる」「現状維持バイアスがかかり、必要な改善が進められない」といった状況に陥りやすくなります。
企業全体で良好な風土をつくるためには、チーム内だけでなくマネジャー間の心理的安全性の担保も必要といえるでしょう。
心理的安全性を高めることに異論を唱える方はいないと思いますが、そのメリットを漠然と捉えているだけでは、具体的な施策に展開しにくくなります。
事実「言葉だけは知っているものの、心理的安全性を意識した施策をしている」という企業は、あまり数が多くありません。
本章では、「企業の観点」「社員の観点」で具体的なメリットを紹介していきます。
まずは、経営層や人事部門など企業観点における、心理的安全性を高めるメリットを3点お知らせします。
社員がのびのびと働ける環境になれば、生産性の向上が期待できます。
クレアモント大学院大学の経済学・心理学・経営学教授であるポール・J・ザック氏は、書籍『トラスト・ファクター~最強の組織をつくる新しいマネジメント』で、組織への信頼が業績に与える影響について言及しています。
同氏の研究によると、信頼関係が高い企業で働く人は、築けていない企業に比べて、生産性が50%、業務へのモチベーションが106%、業務へのエンゲージメントが76%高くなっています。
また自分の個性を発揮できる職場であれば、社員は仕事に責任感を感じ、モチベーションも高まります。
組織全体の生産性が向上すれば、人的コストや残業時間の削減にもつながるでしょう。
心理的安全性が高まると、社員の離職防止にも効果があります。
人は自分の意見を自由に言えない、社員同士で気軽に会話ができないような職場では、息苦しさを感じてしまいます。
そのような状態が続くと「自分はいてもいなくても同じである」とネガティブな感情を抱き、離職意向を持つおそれもあります。
誰もが安心して発言や行動ができる職場環境では、社員はピュアな気持ちで仕事に向き合えます。
社員同士の気軽なコミュニケーションが進むことで、チームビルディングや働きやすさも向上します。
心理的安全性が高い職場づくりによって離職のリスクを回避し、人材の定着率を高められるでしょう。
職場に開放的な雰囲気が広がれば、既存事業とは違う観点でのイノベーションが生まれやすくなるメリットもあります。
自由に発言できる環境が整えば、社員から素朴な意見や個性的な意見や考えが出やすくなるからです。
個々人で異なる価値観や考えのもと出された意見から、革新的なアイデアが生まれる可能性もあります。アイデアを出し合う風土があれば、日常的にイノベーションのヒントが見つかるかもしれません。
近年、社会や市場ニーズの変化は加速しており、不確実性が高まるビジネス環境を実感している企業は大多数です。
特定のマーケットでシェアを占める企業でも、こん同じ状況が続くとは限りません。
企業として発展し、市場で優位性を保つイノベーションを生み出すために、心理的安全性は不可欠といえるでしょう
次に、心理的安全性が担保されることで、社員個人にどのようなメリットがあるかを解説します
リラックスできるチームであれば、自ずと社員間の情報交換やコミュニケーションが活発になる効果が期待できます。
無知と思われる不安が少ない環境では、「こんなことを言っていいのだろうか」という構えが減り、社員は自由に意見を発言できるからです。
例えば新入社員とベテランが混在するチーム内でも、質問や相談が増えれば、メンバー間でノウハウを共有する機会が増えます。
高い専門性をもつメンバーの知識が広く共有されることで、ほかのメンバーの知識やスキルも底上げも期待できるでしょう。
安心して発言できる環境では、社員が困りごとや悩みも発信しやすくなります。
仕事に関する些細な悩みはもちろんのこと、プライベートな悩みも話せる職場であれば、
社員は一定のメンタルコンディションを維持しやすくなります。
また、心理的安全性が確保されている職場であれば、たとえ具体的な相談がなくとも、同僚の少しした顔色や態度の違いにも気がつきやすいでしょう。
メンバー同士のコミュニケーションが増え、お互いをサポートする風土が広がれば、チーム連携の効果も望めるでしょう。
不安がない環境で自分の持てる力を発揮できることは、すなわち業務のパフォーマンス向上も期待ができます。
「無知と思われたくない」「邪魔をしたくない」というネガティブ感情に支配された社員は、自身のポテンシャルを介抱しにくくなります。
その点、心理的安全性が確保された環境においては、社員は目の前の仕事や組織ミッションに集中することができ、パフォーマンスの向上が見込めます。
実際にGoogleも心理的安全性の高いチームの特徴として以下を挙げています。
物理的な「業績達成のインセンティブ」などの制度を高めるより、実は心理的安全性が確保できるような風土を醸成する方が、組織パフォーマンスに貢献するのではないでしょうか。
前章で心理的安全性のメリットをお伝えしましたが、ここからは実践のポイントをお伝えします。
風土改革は時間はかかるものの、実は施策や工夫はどのような企業でも取り組めるものばかりです。
ぜひ参考にしていただければ幸いです。
立場にとらわれず、誰もが発言しやすい職場であることは、メンバーの積極的な発言を促します。
声が大きい人の意見ばかりが採用されるような環境は、平等とはいえません。
チームメンバー皆に等しく発言の機会があり、どの発言も等しく受容されていると実感してもらえる環境が重要です。
自発的な発言に慣れてもらう機会をつくることも重要です。
1on1ミーティングなど、少人数で発言する機会を設けて、心理的安全性を感じてもらうとよいでしょう。
また仕事に関わる内容ではなく、勉強会など発言ハードルを下げた場を設定するなどして、発話機会を設けることも効果的です。
チーム内にポジティブ思考を浸透させることも、心理的安全性を高めるうえで重要ポイントです。
仕事をする上では、自分ではコントロールできない環境要因などで、危機に陥る状況もあるかと思います。
そんな状況でも、上司やメンバーが「どうやったら乗り越えられるかな?」や「みんなで協力しよう」と前向きな姿勢でいれば、精神的なダメージが軽減できます。
メンバーがものごとをポジティブに捉えられるよう、リーダーが率先して前向きな意見や行動を示すことが推奨されるでしょう。
人事評価で個人成果のみを評価対象としてしまうと、メンバー同士が「協力」ではなく「競争」という関係性になるリスクがあります。
ひどいケースでは、失敗を恐れ、ミスの隠蔽をすることも考えられます。
そのため、個人成果のみの人事評価だけではなく、チームやプロジェクト単位で評価をする、不公平感が少ない評価基準を用意しておく必要があります。
昨今であれば「360度評価」のような多面評価であれば、立場を問わずに風通しが良い職場形成に効果があるでしょう。
心理的安全性は目に見えないので、雰囲気だけで判断しがちです。
そこで組織的に心理的安全性向上に取り組む大きな武器になるのが、サーベイでしょう。
なぜなら、心理的安全性のコンディションチェックをするためには「現状確認」→「施策実行」→「効果確認」→「次の施策検討」という、数値による可視化サイクルが不可欠だからです。
心理的安全性の測定において非常に有名かつ有効なのが、エイミー・C・エドモンドソン教授が提唱する「7つの質問」です。
エドモンドソン教授は、チームの心理的安全性がどれくらいかを測るために、以下の7項目をチームメンバーに尋ねるといいます。
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ただし、心理的安全性を確認するには、社員にサーベイでヒアリングするだけではなく、結果の分析や時系列や部門別で比較するアウトプットが欠かせません。
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今回は、知っているようで実は知らない「心理的安全性」を取り上げました。
実は心理的安全性が“流行言葉”的に広まると、各種メディアで「ぬるま湯組織になる」などの警鐘を鳴らす動きもありました。
特に、メンバーシップ型雇用制度を採択してきた日本企業にとっては、社員に優しい心理的安全性は親和性が高い概念だったのかもしれません。
しかし本記事でも取り上げた通り、社員が安心して働けても、企業の成長がなければ意味がないのも確かです。
企業としてはジョブ型雇用など「頑張った人が適切に評価される」ハードシステムを構築した上で、そのシステムが機能できるような心理的安全性を高めるソフトな仕組みに取り組むことが推奨されるのではないでしょうか。