自社の社員が持つ能力(タレント)に着目し、人事マネジメント施策全般に活用していくタレントマネジメント。
1997年にマッキンゼーが提唱した『ウォー・フォー・タレント』という概念を起源として、日本企業にもタレントマネジメントが広がっていきました。
ただし「タレントマネジメントシステム」という言葉に代表されるように、単に人事情報を集約する仕組みという認識で止まってしまっている方も多いようです。
人も仕事も、ビジネス環境も常に変化しています。ある「一時点」の情報を集約しただけでは、現代社会ではあまり意味はありません。
常に運用を通じて情報をアップデートしていく「サイクル」の概念が、タレントマネジメントが成功するポイントになります。
今回はこの「タレントマネジメントサイクル」に注目して、具体的にどのような人事マネジメント場面で、どのように活用をしていくべきかを解説していきます。
タレントマネジメントとは、「タレント(従業員・社員)」の持っているスキルや能力を最大限生かすための、戦略的な人材配置や育成等を行う人事マネジメントのことを指します。
それら人事マネジメント情報を集約したものを、タレントマネジメントシステムと呼びます。
従来の日本企業では終身雇用制や年功序列が根強く、人材の流動性は高くありませんでした。このような人事制度下では、人材をどう生かすかよりも、社員自身がどう会社に合わせるかが重視される傾向がありました。
そのため、タレントマネジメントは日本企業で広まる前に、海外の企業で先行して導入が進みました。
一方、昨今は日本でも価値観の多様化や労働市場の流動化が進む状況となり、従来型の人事制度よりも、タレントマネジメントが注目を集めるようになりました。
タレントマネジメントは、企業ミッション・ビジョンを達成するための経営戦略を、人事面から支えて実現させることを目的としています。
なかには次世代リーダー育成など特定の人材を対象にすることもありますが、本来的には全社員を対象として、すべての社員がパフォーマンスを発揮できることを目指します。
今後も少子化による労働人口の減少やグローバル競争の激化により、少数精鋭で事業成果を達成することが求められるため、タレントマネジメントの重要性は増していくでしょう。
タレントマネジメントそのものは「システム」の名称の通り、一つの仕組みです。
前述したように、経営目標のために人の成長を促す仕組みとして機能させるためには、システムを回していく「サイクル」が重要となります。
以下はタレントマネジメントサイクルの概念図です。
サイクルを回し始める前に、サイクルの真ん中にあるような「何の情報をもとに、サイクルを回していくのか」ということを決定しなければなりません。
この情報は企業理念や経営戦略、または人事ポリシーによって、各企業でさまざまです。
例示したような「等級制度」「人事評価制度」「賃金・報酬制度」という、いわゆる人事制度の三本柱は、多くの企業で取得対象となる傾向にあります。
それ以外に、ジョブ型人事制度導入企業では職務情報やタスク情報、それを担える人材スキル情報も対象になるでしょう。
また、チームワークで成果を出すような企業では、チームメンバーの組み合わせなどのチームビルディング情報が対象になることもあります。
つまり、タレントマネジメントサイクルの出発点は、「企業成長のために、人材に関するどのような情報が必要になるのか」を見極める、経営としての意思決定といえるでしょう。
その前提で、次章からはサイクルを回すコツについてお伝えしていきます。
企業に所属している社員は、必ず組織図上のどこかの組織に所属しています。
ただし、それは「ある一時点での配置」情報であり、成果創出や育成観点を踏まえて、戦略的に可変させていかなくてはなりません。
特にゼネラリスト人材を好む日本企業では、頻繁にジョブ・ローテーションが発生する特徴があります。
「本人が希望しているから」「上司との相性が悪いから」などの属人的な情報だけでなく、組織的に配置を考える必要があるでしょう。
その検討のために必要となるのが、社員のスキルや知識を見える化したキャリア管理情報です。
あるポストや職務を担える人材を探す際に、都度現場マネジメントにヒアリングしながら「誰が担えるのか」を探すのは非効率です。
あらかじめタレントマネジメントで社員のスキル情報が最新化されていれば、候補者を効率的に探し出すことができます。
社員の能力同様に職務側にも「○○業務には△△のスキルが必要」という情報がまとまっている必要もあります。
職務マッチングは、イスとそこに座る人のような関係で例えられます。
イス(職務)には誰が座るかは関係なく、ある程度不変的であり普遍的でもある価値が決まっています。したがって、そのイスに座ることができる人材が自ずと決まっています。
ただし、イスそのものの価値は固定されたとしても、イスに座ったあとの成果は、座った人次第です。
したがって、この職務と担う社員がきちんとマッチングできることが、このサイクルの目指す状態といえるでしょう。
ある日突然、飛躍的に成長を遂げるビジネスパーソンはごく稀で、多くの人は日々の目の前の業務を通じた習熟を重ねることで、結果的に「成長」状態に到達します。
そのため、業務の成果管理をする目標管理制度を、社員成長につなげるように運用する必要があります。
なかには目標管理制度が単なるノルマ管理のように形骸化しているケースもありますが、それでは本来のタレントマネジメントサイクルの思想には馴染みにくくなります。
本来は目標管理は仕事を通じて「社員がどのような力を鍛えるか」まで含めて、運用をすべきでしょう。
そのために、期初の目標設定だけではなく、期中の1on1ミーティングなどを通じた、マネジメントからの成長支援や動機付けが必要となります。
期中にこまめにメンバーとコミュニケーションをとることは、メンバーサポート以外に、納得感が高い期末評価にもつながります。
環境変化が激しい昨今においては、半年や1年の、もしくは3ヶ月のスパンで目標に影響を及ぼす要因が発生することもあるでしょう。
期中にこまめにメンバーとやり取りをすれば、目標項目の変更や難易度のすり合わせが行えます。
その都度メンバーも認識を更新できるため、期末評価は納得感があるだけでなく、非常に短時間で済ますことができます。
その分、期末面談の時間は今期評価の話題ではなく、来期にむけての話をする時間にも活用できるでしょう。
期中にコミュニケーションをとらず、期末に結果評価をしてしまうことは、ある意味「後だしジャンケン」のようなものです。
結果が不服なメンバーにとっては「期中に何もサポートしてくれなかった上に、結果の納得感がない」と感じてしまい、この上司のもとで自分が成長できるのかを不安視してしまいます。
目標管理制度の人事評価制度上における目的は、組織目標を達成に向かわせ、評価結果に応じて人件費を配分するために機能させることです。
ただし、その目的以外に目標達成を通じてメンバーの成長を促すことを志向すれば、業績達成とメンバーの育成の両立が叶うことになるでしょう。
タレントマネジメントサイクルの中で、唯一「地点」として捉えるのが、社員エンゲージメントや満足度の確認ステップです。
社員エンゲージメントのレベルは、ある種の「経営の通信簿」のようなものです。
「会社」「制度や職場環境」「所属組織」「上司・同僚」など細かく区分したエンゲージメントを確認し、経営としての改善ポイントを探ります。
改善ポイントは、もちろんエンゲージメントサイクルの各所にも反映していきます。
例えばある組織での上司エンゲージメントが低かった場合は、評価サイクルでの上司の関与などを確認し、必要に応じて運用改善を促します。
エンゲージメントを確認する頻度は特に決まりはありません。
昨今は大がかりなサーベイ実施は半年や一年に1回にし、日常的な社員の状態はクラウドでのパルスサーベイでライトに確認する企業も増えています。
社員の不満やネガティブ感情は、積もり積もった状態になってしまうと、改善施策の効果が薄れることもあります。
そのためパルスサーベイで小まめに社員の状態をチェックし、日常業務を通じた速やかな打ち手を投じると、負の影響が最小限に抑えられるでしょう。
このサイクルでは、等級制度や人事制度結果に応じ、社員の処遇を決めて行きます。
ジョブ型人事制度を導入している企業では、この処遇決定のタイミングで、職務価値の見直しを行うケースがあります。
環境変化や人材需給度などを加味して、大きく職務価値が変動した業務はジョブランク(職務等級)を変動させます。
もちろん職能資格制度を導入している企業においても、どこかの等級に見直すべき点がないかチェックすべきでしょう。
ただし「職能」の言葉があらわしているように、等級を変更すべきなのか、人の能力発揮状況が変化したのかどうかは、なかなか見極めが難しい実情もあります。
そのため、職能資格制度の等級は硬直化しやすく、社外環境や社員状況とのギャップが生じやすい点がデメリットでしょう。
処遇の結果と合わせて、能力開発や配置転換のような社員への施策も同時に考えます。
大がかりな社員の能力開発をしないと業務がまわらない状況では、組織的なリスキリングやアップスキリングも検討します。
さらに、社員の能力開発や配置転換だけで間に合わない場合は、外部からの人材採用計画に反映させます。
求めたいスキルや担わせたい職務難易度に応じて、どのような処遇条件を用意し、自社の何をアピールするかを検討するようにしましょう。
タレントマネジメントと聞くと「効率的に人的資源を活用すること」と、ドライな捉え方をする方もいるでしょう。
ただし本記事で解説してきたように、最終的には社員一人ひとりがポテンシャル以上の成長を遂げ、そのことで仕事成果のみならず、社員本人のキャリアの幅が広がることが、望ましい状態といえます。
経営計画の達成も企業ミッションの実現も、突き詰めれば社員一人ひとりが目の前の業務に少しでも良いコンディションで向かうことに他なりません。
仮に今後タレントマネジメントサイクルに取り組むという場合は、システムの導入以前に、社員に向けて「一人ひとりの成長を支援するために導入する」という目的を浸透させるようにしてください。
それだけで、社員の受け止め方は「管理システム」という“組織に使われる”見え方から、「自ら成長するため」という“自分が活用する”視点に変化するでしょう。