領域が違うと見えてくる世界観が異なったりする。新しい気づきにつながることもあるが、ともすると、「何故この概念が注目されているのかわからない」と疑問を呈するケースも見られる。ならば、経営戦略を専門に研究される先生方は、近年の人事トレンドをどう見ているのであろうか。また、企業の人事にもっと身に付けてもらいたいスキルとして何を提示するのかを聞いてみようということで、早稲田大学ビジネススクールの池上重輔教授に登場してもらった。前編では、人事が戦略を理解する意義や「ジョブ型雇用」に対する印象などを聞いた。
大前提として会社はパーパスと戦略がフィットしなければいけません。それから、戦略と組織能力もフィットしていないとおかしいです。会社の存在意義であるパーパスがあって、戦略とはそれをどのように実行するかという話です。さらには、戦略と会社の組織能力も一致しなければミスマッチが起きてしまいます。
組織アーキテクチャ(構造)と組織のシステムが組織能力を作っています。どんな組織構造なのかという話とそれをどんな人が、どのように実行し管理するのかが組織の能力を形づくると私は理解しています。仮に「戦略人事」は戦略とフィットした人事であると定義するとしたら、戦略と組織能力は整合している必要があります。
その組織能力を形作る最も重要な役割、組織の機能を担っているのは人事ですよね。そうすると、その組織の能力を司る人事の方が戦略を理解していないとしたら、組織能力をフィットさせようがありません。
それから、組織戦略を作る側から「こういう戦略にする」「この組織能力を構築しろ」と一方通行で伝えるだけだと組織能力を適切に考慮しない非現実的な戦略になるリスクがあります。なので、戦略構築側も組織能力がどういうものであるかを理解していなくてはいけないのです。
そうすると、お互いに共通言語を持っていなければいけません。なので、人事の方々も戦略は何であるかを議論するための共通言語を持っているべきです。逆に言うと、実は人事だけでなく、経営戦略を作る側も組織や人事の基本的は知識を知り、状況を理解している必要があります。お互いに建設的なキャッチボールをしなければいけません。
「戦略人事」と言うと、何となく人事の人たちだけの話になるような気がしますが、戦略を作る側も実は組織を理解し、双方向で構築してゆくのが、「戦略人事」の前提なのではないでしょうか。
そのためには、人事サイドは戦略作成サイドに「組織人事の現状がこういうふうになっている、こんな意図を持っている」と相手が理解できるように説明できなければいけないのです。実際には、それが極めて上手な会社と、正直あまり上手ではない会社とがあります。そういう共通言語で議論できるようになるというのが、「戦略人事」の一つの前提だと思います。
戦略系の先生と組織系の先生とでは何から始めるかの意見が違うと思います。私は戦略系なので、“組織は戦略に従う”派です。組織系の先生は逆でしょう。私は、まずは「戦略とは何か」を学んでいただきたいと思います。そもそも戦略を作るとは何を意味するのか。これを組織内で定義付けができていなかったりします。
戦略の定義は実は様々で統一されたものはないのですが、例えば仮に“戦略とはある目的を達成するための資源配分の決定であり、その資源配分の意思決定というのは配分の対象が事業分野やドメインであったり、人・モノ・金のタイミングを意思決定すること”だと、人事の方と戦略の方が議論をする時のワーキングディフュージョンとして定義付けしておくと、少なくとも議論はスタートできます。
それから、簡単で良いので戦略の流派が大枠でどんなものがあるのかを人事の方も理解しておくことも大切です。実は、日本企業の場合には戦略を作っているサイドも良く分かっていなかったりするので、お互いに一緒に勉強してもらうと良いかもしれません。
日本の多くの会社は、戦略構築サイドを含めこれまでの延長線上でのやり方では持続性が無いのではないか、発展しないのではないかという認識を持つようになって来たようです。なので、戦略構築サイドも戦略を再考しなければいけません。できれば戦略サイドと人事サイドでご一緒に相互に勉強されてはいかがでしょうか。
あとは、「我々はこんなことをやろうとしているんだ」ということを一緒に考える場を持ってみてはどうでしょうか。
逆に言うと、戦略側の人も人事に歩み寄っていき、「今後の戦略実行に向けて当社の組織能力はここは足りなくて、こういうものを構築しなければいけない。そのためにも、こういう人を採ってくる必要があるのでは」とか、「戦略目標から逆算すると評価システムもこうしては」などと入っていくという、良い意味での領空侵犯をするプロセスを人事の方と一緒にしたらと思います。最近は役員合宿等でもこうした議論をする会社もありますが、戦略サイドと人事サイドの2者でオープンに質疑をして理解を深める意義は大きいでしょう。
私が早稲田ビジネススクールである程度の規模のカスタムプログラムを提供する場合には、知見が偏らないように人事・組織系の先生と組むようにしています。
大枠では二つです。アウトサイドイン型とインサイドアウト型があります。実際は他に色々あるのですが、まず現時点はこの二つから初めていただけければよいかと思います。
まず、アウトサイドイン型はハーバードビジネススクールのマイケル・ポーター教授が説いています。翻訳版の上巻下巻で1400ページの内容を強引にまとめると「戦略とは立地選択である」という理論です。ターゲットとして利益を上げやすい業界を選ぶ、もしくは定義付けるというのが戦略で一番大事であるとするポートフォリオ・マネジメント(経営資源を適切に分配し、企業価値を最大化するフレームワーク)の流派です。
一方、インサイドアウト型はこれも大著を強引にまとめると資源立脚型なので、自分たちの持っている強みをいかに活かすかというアプローチです。それは、一所懸命の流派とも言い換えられます。自分がよって立つドメイン、企業立地をあまり変えずに、強みや資産をいかに活かすか、そこをどう頑張らせるかという話になります。
こういう二つの違う流派があって、初期的には「自社は今どちらをやっているのか」を共有するだけでも良いと思います。「うちの会社は最近段々と立地選択型になって来ているなあ」とか、「あまり立地を考えずに強みは何かというところからいつも考えているね」とか…。自社の戦略を変えているのであれば、変えていることを自覚しh理解しないと話がかみ合わなくなってしまいます。なので、初期的にはそうした話を議論する場を持つだけでも“戦略人事”が進むのではないかと思います。
ジョブ型は、僕ら経営戦略サイドからすると謎の言語です。ジョブ型って何なんですかね。多分、人事・組織側の人からすると戦略でも次々と新しいキーワードが出ていて、「何を言っているのか良く分からない」ということが多いのではと思います。同様に、戦略サイドからすると、組織・人事のコンセプトは必ずしも十分に理解できていないことが多いです。「ジョブ型雇用」という言葉の生みの親である、独立行政法人労働政策研究・研修機構労働政策研究・研修機構労働政策研究所長の濱口桂一郎さんが執筆された“ジョブ型雇用社会とは何か”(岩波新書)から始まって、ジョブ型関係の本を何冊も読んではいますが、正直ジョブ型って何だか良く分かりません。
そもそも何だかが良く分からないという話と、それは本当に意味があるのかがわかっていません。私からすると、その人事施策は結局、狙っている戦略とフィットしているかどうかに興味があります。
ジョブ型かどうかという話と組織の構造の話があります。組織の構造とジョブ型がフィットしているかどうか。僕らはどちらかというと、そちらに興味を持ちますね。オックスフォードのサイードビジネススクールのジョナサン・トレバー博士が、そのあたりをアラインメント(整合)・フレームワークとしてパターン分けしているので、それに基づいて説明していきましょう。
まずは、アラインメント・フレームワークでは、パーパスとビジネス戦略と組織能力、組織構造とマネジメントシステムは一致していないといけません。
アラインメントのフレームワークでは戦略を考察する際に、そもそもこの市場で勝つには連携性と自律性ではどちらが大事ですかを縦軸に置きます。次に、横軸として俊敏性と安定性ではどちらが大事ですかということで、この2軸で合わせて4つのパターンに分けていきます。
この連携性と自律性はトレードオフ(両立できない関係性)になり、同時にやるのは難しいでしょう。安定性と俊敏性も同様のトレードオフです。だとすると、この市場で本当に優位性を構築しようと思ったら何が一番大事なのかということを明確にしようというのが戦略のスタンスなわけです。
4軸の全て全部やろうというと中途半端になってしまい、明確な優位性が無くなります。連携性と安定性で勝つのか、もしくは自律性と俊敏性で勝つのか。これをしっかりと考えようというのが、パーパス(企業目的)から戦略までの話です。
実は戦略に応じて適切な組織の構造も違ってきます。最近は「ヒエラルキーの明確なピラミッド型組織はもう古い、これからはネットワーク型にシフトすべき」と言う話をよく耳にする気がします。しかし、これも場合によって変わってきます。安定性と自律性が必要な場合にはエフィシエンシー・マキシマイザーという戦略となり、官僚型の階層的なピラミッド組織の方が合っています。この場合は、多分メンバーシップ型と俗に言われる仕組みの方が人事的には合っていて、ある部分にプロフェッショナル人材を置くと良いかもしれません。
次に、連携性と安定性が大事なポートフォリオ・インテグレーターという戦略になります。この場合、組織としてはマトリックス型がフィットしていて、外部と上手く連携できるバウンダリ―・スパナ―人材が必要になってきます。その際には、もしかしたらジョブ型の仕組みをはめるのが良いかもしれません。
逆に、連携性と俊敏性が必要な場合はネットワーク型の組織が良いでしょう。そのネットワーク型の組織に必要な人材は、もしかしたらスポットで変わってくるかもしれないのでそういう専門人材をジョブ型の仕組みで採用することがあり得るかもしれません。
だから、もしかしたらジョブ型やメンバーシップ型が採用評価の仕組みだとすれば、前提となる戦略や組織構造によってどちらがフィットするのかは変わってくるでしょう。
戦略に合わせてどんな人材が必要になるかを考えるならば、安定性と自律性を必要とする場合には、やはり固定化された役割やルーティンとして業務をきっちりとやってくれる人が求められます。ある技術に特化した高度な専門性になってくるので、そうした人材を採ってエラーを回避したり、生産効率を高くするために必要な組織能力を担保してくれる人事の仕組みであれば、ジョブ型であろうが何型であろうが、それで良いわけです。
連携性と俊敏性が必要なネットワーク・エクスプロイターの場合も、非常にアントレプレナーシップを持っていて、ネットワークの仲介能力も兼ね備えている方が来てくれる仕組みがあれば、それで良いです。
なので、ジョブ型がしっかりと理解できていない私からすると、最初に仕組みだけを作っているように一見見えてしまいます。
そのように見えます。色々な企業の人事の方と接点はあり、ジョブ型の話も聞くのですが、会社によって定義や適用の仕方がかなり違うので、僕は混乱してしまいます。
ジョブ型を何となく採用評価のあるツールで限定したものに置いている場合もあれば、組織全体をジョブ型というもので再構築しようとしている会社もあるようです。そうかと思うと「うちの会社はメンバーシップ型のジョブ型の折衷型です」と言う会社もありますが、その折衷型も聞いて見るといろいろなバリエーションがあるようです。
「その折衷型っ何ですか」と聞くと、ある会社は「基本線は終身雇用、メンバーシップで育成しています。その中である階層からジョブ型で」と説明してくれ、別の会社は「表面的にはジョブ型という呼称で一部の専門職のみジョブ型で違う評価ですが、実態はほぼメンバーシップ型です」と教えてくれました。まあ、色々だということのようです。
池上先生が監修された最新刊本『リアライン: ディスラプションを超える戦略と組織の再構築』が、今年8月に出版されました。(詳細はこらら
池上 重輔氏
早稲田大学大学院 経営管理研究科 教授
2008年一橋大学博士(経済学)。日本学術振興会特別研究員(PD)、東洋大学、ハーバード大学国際問題研究所日米関係プログラム研究員などを経て、2019年より学習院大学准教授。2020年より現職。現在は、中央省庁における複数の委員や東京大学エコノミックコンサルティングのアドバイザーを務めている。