領域が違うと見えてくる世界観が異なったりする。新しい気づきにつながることもあるが、ともすると、「何故この概念が注目されているのかわからない」と疑問を呈するケースも見られる。ならば、経営戦略を専門に研究される先生は、近年の人事トレンドをどう見ているのであろうか。また、企業の人事にもっと身に付けてもらいたいスキルとして何を提示するのかを聞いてみようということで、早稲田大学ビジネススクールの池上重輔教授に登場してもらった。
後編では、オールドパラダイムから脱却できない人事の実態や日本に求められる将来戦略などを聞いた。(前編はこちら
それが、まさに前編
ネットワーク型組織が良い時もあればフィットしない時もあります。決して、1本の絶対的な正解があるわけではありません。場合によります。どんな戦略で勝とうと思っているのかによって、必要な組織形態も変わってきます。連携性が大事な業界であれば、それにウェートを置いた戦略を取らないといけませんし、安定性が大事であるなら、それに重きを置いた戦略を取らないといけません。そしてそれに組織能力がフィットしている必要があるのです。
企業を取り巻く環境が変わっていくわけですから。戦略も常にこれが良いというものはありませんし、組織も常にこういう組織が良いというものでもないのです。もちろん、「場合によります」だけだとあまりにも無責任な発言になってしまうので、前編で申し上げたような軸で場合分けをしたというのが、ジョナサン・トレバー博士のアラインメント・フレームワークです。
必要なリーダーシップも場合によるわけです。効率を上げるには皆が一つの方向に一気に行くんだとすると、リーダーもカリスマ的な「俺の後について来い」型の方が良いかもしれません。
いやいや、もう自律的に皆が色々と素早く動くことが大事だとすると、リーダーが全部をコントロールするわけではないので、皆が動きやすい環境を作ってあげられる、いわゆるサーバント的なリーダーの方が良い場合もでてくるでしょう。
僕も、人事の方が柔軟性を持ってオープンに考えられる必要性は、極めて大きいと思います。オープンイノベーションだとか、新しいことに挑戦だと言っているものの、結局のところ人事が企業変革のストッパーになっている企業も時折見かけます。
社長はこう変えたいと思っている、周りもそういう人が段々増えているにも関わらず、人事が会社を守って行くのは自分たちであるという強い責任感をお持ちで、極めて善意でそういった変革を止めてしまっている場合があるのです。
その時の人事は、会社をよくしたいという善意で行動しているように見えます。大抵そうした人は、真面目で能力も高くて周りからの信頼もあり、経験も豊富であったりします。ただし、人事である程度えらくなる人は既存のパラダイム(考え方)の中で成功してきた人なので、その基本的な価値観が既存の古いパラダイムに染まっていることが少なくありません。勉強熱心なので、新しいキーワードも知ってはいるのです。だけど、自分が持っている基本的な価値観と言うのは自分自身では見えないので、自分の意思決定や行動が極めて古い価値観・考え方で意思決定し行動していることに気づかないまま、ただただ会社のために善意を持って自分が思うベストな行動をしている結果、ストッパーになってしまっている場合もあるように見えます。
なかなか難しいです。急ぐのであれば、多分、ある程度のリスクを承知で人事担当者を入れ替えてしまうことが必要な気がします。その際、外部招聘ならだれでもよいのではなく、自分たちにとってこうしたいと思うような組織人事が実行できている会社から人材を引っ張って来るのが良いのではと思います。一方で、エッジが利きすぎていると入社後、職場で浮いてしまうので気をつけないといけません。
それに、一人や二人を迎え入れたぐらいでは、結局社内に染まってしまいかねません。なので、社内の価値観を多少なりとも変えられるぐらいの人数で重層的に人を入れ替える必要があります。
もしくは、多少時間がかかるかもしれませんが、一定期間で社内人材を社外に修行に出すことです。良く人事が他流試合と言いますが、人事の方が色々な会社でどっぷりと他流試合をするようなトレーニングプログラムや実践的学びの場があっても良いと思います。それも短期だと良く分からないので、できれば1年ぐらいの期間で行って帰ってきて、自分たちが慣れ親しんでいる社内の常識が世間ではどのぐらい非常識なのか、それとも常識なのかをすり合わせができるような他流試合をしながら帰って来るとかすると良いと思います。人事は社員を他流試合に送り込むことが多くても、自分が行くという人は少ないような気がしますね。
国外の資源を活用するインバウンド・ビジネスです。これはインバウンド・ツーリズムだけでなく、海外からの企業や不動産への投資なども広く含みます。何故かと言うと消去法でした。それ以外に恐らく多くの日本の企業や地域が、今後持続的に発展できる方法論がないのではという消去法です。もちろん、グローバル企業で海外にどんどん伸していける会社はそれで成長・発展していっていただければ良いと思います。実際には、そうではない会社や地域の方が遥かに多いですよね。なので、インバウンド・ビジネスかなということです。
実際、僕は色々な企業や地域の研修・育成プログラムに関わっています。これまで、日本のトップ企業の内の数十社の経営幹部と1年前後の期間を掛けて講義をし一緒に将来戦略を議論したりしています。そこで分かったのは、国内で利益を伴って成長できる事業分野が極めて少ないということです。
例えば、ヘルスケアや介護はボリューム的には伸びます。ただ、高齢人口が増えるから事業としては伸びるのですが、そこに投入されるお金の総量は、順調には増えません。どちらかと言えば、減ってゆく可能性が高いです。今の状況で税収が激増するわけではありませんから。すると、一人あたりに投入される金額は自ずと減っていくわけです。
そのビジネスモデルを海外に適用して稼ぐという方向性はありそうですが、国内では量的に成長する事業が、必ずしも儲かるビジネスになるとは言えません。もちろん創造性と工夫次第で新たなビジネスチャンスは出てきますが、現時点の日本企業でそうしたビジネスチャンスを開拓することに長けた企業は少ないようです。
それから、海外に行けば良いと言いますが、国内で地方創生に携わる各地域の人にしても海外に本当に出て行きたい人は極めて少ないです。もしくは、海外に出て行って何年かコミットするような人は極めて少ない。ではグローバル企業なら海外事業にコミットする人がたくさんいるかと言えば、本当に海外でコミットを継続してくれる人は、グローバル企業でも少ないです。感覚的には2割いないように思います。それであれば、外から来ていただくのが良いのではということで、インバウンド・ビジネスなのです。それが、消去法での結果です。
ただ、その消去法のインバウンド選択において一つポジティブなのは、インバウンド・ビジネスの起点になるツーリズムで、日本は世界でも最も競争力が高いと客観的に評価されていることです。ダボス会議を主催している世界経済フォーラムが出しているランキングレポートにトラベル&ツーリズム・デベロプメント・インデックスがあり、国際的なツーリズムの潜在性を含んだ競争力調査で日本は世界第一位になっています。極めて高く評価してくれているわけです。
それであれば、インバウンドにフォーカスして日本の将来を掘り下げる以外に道はないのではと思っています。
「リアライン: ディスラプションを超える戦略と組織の再構築」というタイトルの本で、今年8月に出版されました。筆者は、オックスフォード大学のサイードビジネススクールで教鞭を執られているジョナサン・トレバー博士です。僕は聞き手と翻訳の監訳を務めています。内容としては、シンプルに言えば、時代環境が大きく変わりゆくなか、事業戦略や組織の体制を「リアライン(Re:align)≒再構築」することの重要性を説き明かし、具体的な解決策を提示しています。
出版への経緯としては、「分断されているのは不幸である」と言う気付きがありました。例えば、学問の世界だと戦略は戦略の先生、組織は組織の先生、システムはシステムの先生といった具合に分かれています。実は会社もそうなっています。CSO(チーフ・ストラテジー・オフィサー:最高戦略責任者)とかCFO(チーフ・フィナンシャル・オフィサー:最高財務責任者)、CHRO(チーフ・ヒューマンリソース・オフィサー:最高人事責任者)などと沢山のCxOがいます。本当はそれらがすべて整合していないといけないのですが、誰が全体の整合を取るかというと社長だけになってしまいがちです。
それをどうやって整合を取ったら良いのかという方法を皆さんはあまり知りません。なので、混乱してしまっているんです。この問題を提起しようと思ってずっと模索していた時に、その分野の第一人者であるジョナサン・トレバー博士と出会い、仲良くなったので本を出版したという次第です。
池上先生が監修された最新刊本『リアライン: ディスラプションを超える戦略と組織の再構築』が、今年8月に出版されました。(詳細はこらら
社員一人ひとりを良く観察してほしいです。一部の例外があるものの、一般論として中堅企業の人事はどうしても大企業より人材採用力が弱いです。なので、どちらというと「べき論」で、「こんな人を採用できたら良いな」ではなく、今在籍している人をいかに使うかが重要になって来ます。いわゆる、リソースベストな人事戦略にどうしてもなります。
そうすると、僕は中堅・中小企業も色々お付き合いがあるのですが、見ていて思うのは今いる人をどうやって承認してあげるかが重要ということです。ただ、承認が下手な人事や経営者は少なくないようです。
承認とは、何でもかんでも褒めるという話ではありません。相手が褒めてほしいところを良く見る必要があります。観察です。
自分がサプライヤーロジック(作り手最適な考え方)で人事をしていないか自問自答しつつ、「しっかりと一人一人を観察する」ことが必要でしょう。もちろん皆さん、相手をどうやって承認するかは大事だとわかっていると思います。「観察をした上で適切な承認を」いうのが僕からのメッセージです。特に、中堅・中小企業では人事評価の仕組みを入れた途端に観察が薄くなる事例は少なくありません。仕組みを作らないといけない時がありますが、そこでこそしっかりと社員を見ることが大事なポイントになってきます。
池上 重輔氏
早稲田大学大学院 経営管理研究科 教授
2008年一橋大学博士(経済学)。日本学術振興会特別研究員(PD)、東洋大学、ハーバード大学国際問題研究所日米関係プログラム研究員などを経て、2019年より学習院大学准教授。2020年より現職。現在は、中央省庁における複数の委員や東京大学エコノミックコンサルティングのアドバイザーを務めている。