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東京都立大学大学院 経営学研究科 准教授インタビュー(後編)/高まる人事の危機 旧来の人事の役割に逆戻りしている

作成者: JOB Scope編集部|2023/11/6

近年、人的資本経営や戦略人事が注目されており、上場企業では2023年3月期決算から、人的資本開示が義務化された。開示情報にどのようなストーリーを持たせるか、どのような数値を開示するかなど、企業は悩みながら対応している。こうした人的資本経営の高まりの中、「人事部のポジショニングが低下してきているのでは」と危惧する人事研究者がいる。東京都立大学 准教授の西村 孝史氏だ。その意味合いを探るとともに、人事が経営側にも従業員側にも寄り添うためにはどうしたら良いのか。西村氏の研究領域を踏まえて考察していく。後編では、CHRO育成に向けたポイントや経営者へのメッセージなどを語ってもらった。(前編はこちら

01戦略人事を実践できる
CHRO像を解明する

西村先生は、以前のインタビュー記事で「今後力を入れて研究したいのは、『戦略人事を実践できるCHROや人事部長はどういう人なのか?』というテーマであると語られていました。その意味合いをご説明いただけますか。

本当はアンケートを作って研究を進めないといけないのですが、今は忙しくて停めてしまっている状態です。元々何故そういうことを思ったのかというと、要は「戦略人事になりなさい」と言われても、そもそもそれができる人とできない人がいます。そういう発想というか、組織変革を実行できるようなCHROは何が違うのかと考えるに至りました。それでCHROの中でも戦略人事が実践できる人は、どのような出来事を経てその出来事から何を学んでいるのかをリーダー開発論という学問体系から分析したいと考えています。

リーダー開発論とは、経営者になった人は経営者になるまでにどういうイベント、つまり出来事があって、そこから何を教訓(レッスン)を得ているのかを積み重ねていくアプローチです。例えば、課長のときに海外経験を積んだとか、そのことによって修羅場経験をしたとか、海外の政府とやり取りをしたとか…。そこでタフさとか異文化理解を身に付けたりします。要はそれの人事版を調査することで戦略人事にうまく波に乗れるような人とそういうことができなかった人の差は何なのかを明らかにすることができるのではないかと考えています。それはひいては、先ほどの人事の危機感もそうですし、人的資源経営ともリンクして、一つの突破口になるのではということで関心があります。

リーダー開発論の研究対象はCHROだけですか。

CHROと並行して手掛けているのが、日本経済新聞に定期的に掲載される「私の課長時代」という記事のテキストマイニングです。この記事はご存じの通り、今社長になっている人たちが、課長のときに何をしていたのかという話です。そうすると、課長になったときが1960年代の人もいれば、2000年代の人もいます。時代ごととか、あるいは業種とか、色々な切り口で見たときに、実は先ほど申し上げたイベントは均一には存在していないと考えているので、それを今テキストマイニングで分析しているわけです。

ただ、少しずつ様子が見えてきてはいるものの、新聞記事なので対象人数がどんどん増えてしまっていて、それをデータベース化するのが今追いついていません。まだ100人強ぐらいのデータベースに留まっています。

02CHROには
俯瞰的な視点が欠かせない

どうすれば戦略人事をリードできるCHROを育成していけるとお考えですか。

これはとても難しいご質問です。外資系のCHROと日系企業の人事部長とお話をして良く思うのは、帰納法と演繹法みたいな違いです。外資系のCHROは、何となく官僚みたいな感じがあります。官僚は数年ごとに部局異動をします。ただ、適応力が高いので部局が変わっても必要な要素を抽出して迅速に業務内容を理解し行動に移すことができます。その意味で演繹的です。それに対して、日本の古典的な人事部長は、どちらかというと帰納法です。現場からの叩き上げでディテールから積み上げていき、計画を練るという立場になっている人達が多いように思います。逆に言うと、とても人に優しいという特徴があります。

例えば組織再編をしなければいけないとなったときに、「ここの部署の誰々さんは息子が2人いる」といったディテールの情報はすごく掴んでいるものの、でもそれによって逆に大局観的なストラクチャーを組むことにバイアスが入ってしまったりします。何かもう少し俯瞰できる能力が必要だと思います。

そのために何をしたら良いのかと言えば、最も典型的な方法は、経営者候補に入れて、今のポジションよりも高い視座の経験を与えることです。例えば、出向して関連会社の1段階、2段階高いポジションを任せてみるという話はわかりやすいと思います。そういう経験を積ませることも一つのアイデアだということです。

あとは、経営層の年齢がどんどん若返ってきています。2005年に実施した調査だと、事業部長になっている仕上がりの年齢が55、56歳でした。その10年後の2015年だと、それが大体10歳ぐらい若返っていて45歳くらいになっていました。さらに5年ぐらい経ったら、外資系だと40歳前半ぐらいまでに早まっています。日本企業もそのスピード感で育てていかないと、何か不確実性の中では育たない、上手くやっていけないのではないかと考えています。

ズバリ言って、日本企業におけるCHROの育成ぶりをどう評価されますか。

他の経営幹部人材と比べるとCHROが少ない気がします。それだけに、一部の名物CHROがすごく存在感を発揮しています。その人たちが人事に発破をかけていて、色々な媒体に出ている半面、逆にそれ以外の人たちがなかなか現れないという状況なのではないでしょうか。

03エビデンス志向と
現場重視の姿勢を期待

西村先生は、若手人事人材の育成にも取り組まれています。人事が企業内でもっとリーダーシップを発揮していくためには、どうすれば良いとお考えですか。

大きなポイントが二つあります。一つは、やはりエビデンスベースという話ではないですが、データを使う、あるいは使いこなすようにしてほしいということです。特に今だと、エクセルベースでも無料で分析ができるツールも登場しています。社内のさまざまなデータを駆使して、エビデンスを見せた上で現場に働きかけるようなデータ分析力やデータリテラシーを持ってほしいと思います。

ただ、気をつけないといけないこともあります。データを駆使して分析できるようになると、トンカチを持つと何でも叩きたくなるような状態になってしまうのと同様に、データに溺れてしまう人がいます。データを振りかざして現場を置き去りにして欲しくはないです。

二つ目のポイントとしては、現場にも目を向けてほしいです。実際に海外の研究でも、現場との繋がりを持つ、それこそ人事が現場と「ソーシャル・キャピタル」を持っていることで、人事と現場で言語や知識が共有化されて、結果として離職率が下がるといった研究があります。従って、若手だからこそ逆に現場に行って何が起きているのかとか、あるいは現場の人とのコネクションを作って、肌で感じてほしいです。

だからデータを駆使しつつも、そのデータだけで人を判断するのではなくて、現場に行って実際にどういうことが起きているのかを自分の目で見てもらいたいです。その二つを上手くハイブリッドに組み合わせてほしいというのが若手人事への期待です。

他にも、先生は初任配置と人事部の役割や限定正社員と転換制度も研究テーマとされています。こちらは、どのような研究をなされているのですか。

初任配置は本人にとって、その後のキャリアに対して一番アンカー(錨)が掛かります。だから、すごく重要なのですが、それが人事サイドとしてどういうふうに、どのタイミングでなぜその仕事に就かせているのかの研究がほとんどないのです。そこで、調べてみたいということでアンケートを取っています。また、別調査も実施予定です。

限定正社員も同じような話です。いわゆる、限定正社員と呼ばれている人がどういう条件だと無期転換したいと思うのか、あるいは会社全体の人材の割合をどういうふうに考えれば良いのか、最適な人材の構成比みたいな話との関わりで実証研究を行っています。人的資本経営でも出てきていますが、いわゆる人材ポートフォリオと呼ばれる領域です。

さらには、AIや機械化などの自動化をどう活用するかといった話も出てきています。ただ、例えば、機械学習も結局は過去のデータの蓄積をもとにデータベース化されているものなので、新しいことに踏み出すためのモデルには適さないんです。先ほどのリーダー開発論は経営人材の育成を考える際、既存のビジネスを回す人材の選定には適していますが、従来とは違うビジネスモデルや新規事業を手掛ける人を作り出すことには向かない理論枠組みなのです。同様に初任配属を過去のデータに基づいて決定することも、従来のビジネスを回すという意味では一定の合理性がありますが、そうではない場合には、有効とは必ずしも言えません。

04能力と意欲の計算式に
人事施策で働きかける

2022年に刊行された共著『1からの人的資源管理』で、西村先生が読者に最も伝えたかったテーマは何でしたか。

ものすごく簡単に言うと、「個人の成果=能力×意欲×方向性」です。モチベーション理論だと究極的には個人の成果=能力×意欲なのです。人の能力が高くて、その能力を会社のために傾けてくれる意欲を持った人がいれば、当然成果が高く出るという話です。この式を考えたときに、その両方、もしくは一方に、人事施策で働きかけるものが人的資源管理なのです。単純にそのことを言いたいというのが通底しているメッセージです。

逆に言うと、その二つに働きかける。例えば、意欲なのか能力なのかと考えたときに、能力の高い人を採ることに特化すれば採用になりますし、入社後に能力を高めるのであれば、能力開発施策を充実させることになります。もう一方の意欲については、評価とか処遇みたいな話になります。ただ、近年は特に、メンタルヘルスや健康経営などわりと人のソフト面というか、福利厚生面として企業が従来あまり力を入れてこなかった部分にまで範囲が及んでいる気がします。『1からの人的資源管理 』では、安全衛生の健康経営・安全衛生という形で盛り込んでます。従って、『1からの人的資源管理』では、成果=能力×意欲の式を頭に思い浮かべながら、「この章の話は式のどこについての話なのか」を意識するとより頭に入りやすくなると思います。

新刊のご予定もございますか。

来年の2月に「企業内のソーシャル・キャピタルきずな形成と人材マネジメント-(仮)」と人材マネジメントとソーシャル・キャピタルに関連する本を出す予定です。今回は共著ではなく、単著です。私にとってど真ん中の研究テーマに従って、人材マネジメントが「ソーシャル・キャピタル」の形成に与える影響を色々なデータを使い実証分析をしていくという内容です。結論から言うと、やはり長期雇用は大切であるということと成果主義が意外にも「ソーシャル・キャピタル」を作るプラス方向に作用しているという話になっています。

新刊も楽しみです。最後に本コンテンツのメイン読者である中小、中堅企業の経営者や人事責任者へのメッセージをお願いいたします。

3つほどあります。一つは、人事制度は真空には存在しないということです。色がつくんですね。例えば、成果主義が導入された当時は不景気でした。「なぜ成果主義が入ったんだろうか」と人々が勘ぐったときに、会社は建前的には「社員のやる気や頑張りに報いたいから」と言っていたとしても、本音では「コストの削減のためなのでは」と取られてしまいがちです。

関連して最近だと「帰属」が問題になっています。人事施策がどういう意図で導入されているのか(帰属)の違いによって、同じ会社にいる人でも「頑張りに報いるためにこの制度が導入されている」と捉える人もいれば、「いやいや労働者から搾取するためだ」と捉える人もいます。当然、モチベーションや満足度は変わってきます。だから、そこの意識によって「帰属」が重要になってきます。

二つ目は、施策のタイムラグです。人事施策のタイムラグは施策によってまちまちです。要は人事施策を導入してから効果がすぐ出るものと出ないものがあります。それをどこまで忍耐強く待てるかが、実は中小企業の経営者の腕の見せ所なのです。だから「二、三年入れたからもうこの施策は駄目だ」と諦めてしまうと収穫の果実が実る前に撤退することになり、すごくもったいないです。ですから、その果実がなるまでじっと待ってもらいたいです。

三つめは、産学連携です。最近人材マネジメントの研究者も企業と共同研究を行うことが増えています。研究者が企業からデータをお借りして現状を分析したり、因果関係を推論して企業にフィードバックします。他方で、研究者は企業名を伏せて個人情報に配慮した上でなら学術論文を執筆することができるので、win-winの関係を構築できます。もし研究者とのコラボレーションに興味をお持ちでしたら、私に限らず研究者にコンタクトを取られることをお勧めします。


西村 孝史

東京都立大学大学院

経営学研究科 准教授

2020年度-2023年度: 東京都立大学 経営学研究科 准教授
2018年度-2019年度: 首都大学東京 経営学研究科 准教授
2016年度-2017年度: 首都大学東京 社会科学研究科 准教授
2013年度-2015年度: 首都大学東京 社会(科)学研究科 准教授
2011年度-2012年度: 東京理科大学 経営学部 准教授
2009年度-2010年度: 徳島大学 大学院・ソシオ・アーツ・アンド・サイエンス研究部 准教授

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