実践共同体とは、共通のテーマについて、仲間とともに活動しながら学び合う「学びのコミュニティ」です。関西学院大学の松本雄一教授は、自律的な学びが求められるなかで、学びが個人任せになり、人が孤立していると指摘し、自宅でも職場でもない「学びの第3の場所」として実践共同体を加えることで、個人と組織の学びがつながると語ります。
「自分で成長しなさい」「自律的に学びなさい」――そう言われても、何をどう学べばよいのかわからず、一人で抱え込んでしまう人は少なくありません。学びが苦しいものになり、続かなくなってしまうこともあります。
本記事では、実践共同体による人材育成を研究する松本教授へのインタビューをもとに、実践共同体の意味と3つの要素、個人と組織をつなぐ「学びの第3の場所」という考え方、そして一人で学ぶことの限界を超える意味を解説します。
この記事でわかること
・実践共同体とは何か――「学びのコミュニティ」の意味
・実践共同体をつくる3つの要素(領域・共同体・実践)
・自宅でも職場でもない「学びの第3の場所」という考え方
・個人と組織の学びのずれを埋める「3つの輪モデル」
・一人で学ぶ限界と、既存の研修に実践共同体を「アドオン」する発想
関西学院大学 商学部 教授(取材時)。博士(経営学)。北九州市立大学経済学部経営情報学科助教授、関西学院大学商学部准教授を経て現職。専門は経営組織論、人的資源管理論。実践共同体による人材育成、組織における技能形成を研究。著書に『実践共同体の学習』(白桃書房、2019年度日本経営学会賞〈著書部門〉研究奨励賞)、『学びのコミュニティづくり――仲間との自律的な学習を促進する「実践共同体」のすすめ』(同文舘出版)、『組織と技能――技能伝承の組織論』(白桃書房)、『ベーシックテキスト 人材マネジメント論Lite』『ベーシックテキスト 人材開発論Lite』(同文舘出版)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
松本教授の研究の中心は人材育成です。そのスタンスは、「一人で勝手にやらせず、みんなでやろう」というものです。
自律的な学びが求められる一方で、学びが個人任せになり、それが人の孤立を生んでいる――これが松本教授の問題意識です。互いに成長させ合う環境や考え方をつくることが、人的資源の質を高め、その力を生かすことにつながると考えています。
松本教授が人材育成の研究に進んだきっかけは、大学院で師の加護野忠夫氏に勧められたことでした。経営学の人材育成の基本的な枠組みは、仕事を通じて学ぶOJTと、研修などのOff-JT、自己啓発です。そこに、心理学や教育学の知見をもっと取り入れるべきだという指摘を受けたといいます。
原点には、学生時代の演劇部での経験もあります。部員はそれぞれ自己流で後輩を育てており、松本教授は「もう少しうまいやり方があるのではないか」と感じていました。モットーは「どうせ仕事をするなら、楽しくやろう」です。
実践共同体とは、学びのために集まって活動するコミュニティで、「学びのコミュニティ」と言い換えることができます。英語では「コミュニティ・オブ・プラクティス(Community of Practice)」と呼ばれ、1990年代に教育理論家のエティエンヌ・ウェンガーらが提唱した概念です。2000年代の初めには、知識や技能を共有する仕組みとして経営の分野でも広がりました。
実践共同体の特徴は、単に知識をやりとりするのではなく、共通の活動に取り組み、実践を共有する点にあります。
| 3つの要素 | 内容 |
|---|---|
| 領域 | 共通のテーマについて学び合う。テーマは最初から決まっていなくてもよい |
| 共同体 | メンバーが交流し、影響し合いながら学ぶ。学びへの意欲が生まれる |
| 実践 | 一定の活動に一緒に取り組み、何らかの成果を生み出す |
出典:松本教授への取材と、Wenger, McDermott & Snyder(2002)をもとに編集部作成
松本教授は、野球部で3年間一緒に練習した仲間との間に「一生ものの絆」が生まれるように、一緒に活動することで関係が深まると言います。参加する人が「ここはとても大事な場所だ」と感じられるコミュニティが理想です(人と人とのつながりを組織の力に変える考え方については、西村孝史准教授の解説記事でも紹介しています)。
松本教授は、実践共同体を「学びの第3の場所」と位置づけています。これは、米国の社会学者レイ・オルデンバーグが提唱した「サードプレイス」の考え方に由来します。
| 場所 | 学びの特徴 |
|---|---|
| 第1の場所:自宅 | 一人で学ぶことになりがち |
| 第2の場所:職場 | 仕事をしながら学ぶのは大変 |
| 第3の場所:実践共同体 | 仲間と一緒に学べる。自宅と職場での学びも活性化させる |
出典:松本教授への取材をもとに編集部作成
個人が学びたいことと、職場が求める学びは、重なる部分もあれば、重ならない部分もあります。松本教授の「3つの輪モデル」では、個人の輪と職場の輪に、実践共同体の輪を重ねることで、両者の学びのずれを解消すると考えます。
一人の人が、複数の実践共同体に同時に参加することもできます。実践共同体は、個人と組織の架け橋になるのです。
多くの人が「成長しなければならない」というプレッシャーを感じていますが、その方法は「自分で考えなさい」と言われ、一人で取り組むしかない状況に置かれています。その結果、学びを苦しいものだと思い込んでいる人も少なくありません。
| 学びから遠ざかる理由 | 内容 |
|---|---|
| 「勉強は大学で終わった」という思い込み | 社会に出たら、もう勉強はしたくないと考えてしまう |
| 一人で学ぶことへの疲れ | 一人でインプットを繰り返すうちに意欲が失われ、一人での学習が嫌になる |
出典:松本教授への取材をもとに編集部作成
その解決策が、学びたい人同士が集まって、一緒に学ぶことです。楽しさや、「みんながやっているから」という仲間との関係から生まれる動機も、学びを後押しします。
松本教授は、OJTや研修、eラーニングといった既存の育成の仕組みをやめる必要はないと言います。それらは残したまま、実践共同体を「アドオン(追加)」するのです。一人で嫌々学ぶことの限界を打ち破る方法として、実践共同体に注目する意味があります(仕事に自分なりの工夫を加えて働きがいを高める考え方については、高尾義明教授の解説記事でも紹介しています)。
学びたい人が集まる場をつくるには、まず社員一人ひとりが仕事や成長に何を求めているかを知ることが出発点になります。
社員が仕事や成長に求める価値観を把握する
学びの場を設計するには、社員一人ひとりが仕事や成長に何を求めているかを知ることが役立ちます。DEFiDEの「生成AIワークバリュー・スコア分析」では、従業員が仕事に求める価値観を分析し、育成や配置を考えるヒントを得られます。
A. 学びのために集まって活動するコミュニティで、「学びのコミュニティ」とも言い換えられます。英語では「コミュニティ・オブ・プラクティス」と呼ばれ、単に知識をやりとりするのではなく、共通の活動に取り組み、実践を共有しながら学び合う点が特徴です。
A. 共通のテーマについて学び合う「領域」、メンバーが交流し影響し合いながら学ぶ「共同体」、一定の活動に一緒に取り組み成果を生み出す「実践」の3つです。領域となるテーマは、最初から決まっていなくてもよいとされています。
A. 社会学者オルデンバーグの「サードプレイス」に由来する考え方です。一人で学びがちな自宅(第1の場所)、仕事をしながら学ぶのが大変な職場(第2の場所)に加え、仲間と一緒に学べる実践共同体を第3の場所と位置づけ、自宅と職場の学びも活性化させます。
A. 自律的な学びが求められる一方で、学びが個人任せになり、人が孤立していることが背景にあります。松本教授は、一人で嫌々学ぶことの限界を打ち破り、仲間と共に成長する方法として、実践共同体に注目する意味があるとしています。
A. 松本教授は、OJTや研修、eラーニングといった既存の仕組みをやめる必要はなく、それらを残したまま実践共同体を「アドオン(追加)」することを勧めています。研修は全員が受けるもの、実践共同体は学びたい人が自ら集まる場として、両方を用意する考え方です。
では、企業の中で実践共同体をどう立ち上げ、育てていけばよいのでしょうか。中編では、実践共同体がもたらす3つの効果と、「小さく始めて長く育む」進め方、人事と経営層の役割、そして構築の7原則を紹介します。
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▶ 中編:社内の学びのコミュニティはどうつくる?実践共同体の3つの効果と「小さく始めて長く育む」進め方、構築の7原則(内部リンク)
▶ インタビュー全文:孤立する学びを超えて――実践共同体が切り拓く人材育成と組織変革の新潮流(前編)(JOB Scopeマガジン)