経営者報酬は、経営者の業績をどう評価するかという仕組みに加え、経営者の労働市場の大きさや、経営者が背負うリスクによって決まります。関西学院大学の濵村純平教授は、日本の経営者報酬は米国並みにはならないと見ており、中小企業では経営者保証のリスクも踏まえた報酬設計が大切だと語ります。
「なぜ経営者は、あれほど多くの報酬をもらえるのか」――役員報酬の金額が報じられるたびに、そうした疑問を持つ人は少なくありません。一方で、日本の経営者報酬は米国に比べて低いともいわれます。
本記事では、管理会計の立場から業績評価と経営者報酬を研究する濵村教授へのインタビューをもとに、役員報酬の開示が広がった背景と研究の方法、日本と米国の経営者報酬の差が縮まらない理由、そして中小企業の経営者報酬を考えるうえでの経営者保証の視点を解説します。
この記事でわかること
・経営者報酬が、業績評価という管理会計のテーマである理由
・役員報酬の決め方の開示が広がった背景と、報酬の決まり方の研究
・日本と米国の経営者報酬の差が縮まらない4つの理由
・経営者報酬を上げるなら、従業員の給与とセットで考える必要があること
・中小企業の経営者報酬と、経営者保証のリスク
関西学院大学 商学部 教授(取材時)。神戸大学卒業、2017年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了、博士(経営学)。桃山学院大学経営学部講師・准教授、関西学院大学商学部准教授を経て、2025年4月より現職。専門は管理会計で、業績評価、経営者報酬、コスト・ビヘイビア、流通チャネルなどを研究。著書に『寡占競争企業の管理会計――戦略的振替価格と多元的業績評価のモデル分析』『レクチャー原価計算論』(ともに中央経済社)、『評価と報酬の経営学――アイツの査定は高すぎる?』(光文社新書)、共著に『経営者報酬の理論と実証』(中央経済社)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
会計というと、「細かい」「ケチ」「複雑」といったイメージを持たれがちです。しかし濵村教授は、その数字を誰が、何のために使うのかに目を向けると、会計の面白さが見えてくると言います。
濵村教授が主に研究しているのは、管理会計のなかの業績評価、つまり会社のなかで人をどう評価するかというテーマです。業績評価の研究は、数字を使って意思決定や組織の運営を円滑にすることを目的としています。そして、組織の頂点に立つ経営者をどう評価し、どう報いるかを扱うのが、経営者報酬の研究です。
濵村教授は大学院で、事業部門の間で取引するときの価格である振替価格を研究テーマとし、そこから業績評価の研究へと広げてきました。管理会計のために作る数字は、財務会計と違って作成が任意で、作成や測定にもコストがかかります。どの数字を、どこまで作るかも、管理会計の大切な論点です(管理会計の基本的な考え方と財務会計との違いについては、山本浩二教授の解説記事でも紹介しています)。
日本では、会社法やその関連の内閣府令、コーポレートガバナンス・コードなどの見直しによって、役員報酬に関する開示が広がってきました。報酬額だけでなく、その額をどのような方針と算定の過程で決めたのかを開示するルールもできています。
ただし、濵村教授によれば、2019年ごろでも有価証券報告書で詳しく開示していない企業は少なくなかったといいます。そこで濵村教授らは、多くの企業の開示データを使い、日本企業の経営者報酬がどのように決まっているのかを推し量る研究を進めてきました。その成果は、共著『経営者報酬の理論と実証』にまとめられています。
濵村教授は、経営者報酬や業績評価の研究方法を、次のように整理しています。
| 研究の方法 | 内容 |
|---|---|
| 実証研究 | 経営者報酬などの大規模なデータを分析し、データから言えることを導く(帰納的なアプローチ) |
| フィールド研究 | ケース・スタディやアンケートなど、現場から得た情報をもとに分析する |
| 実験研究 | 実験(オンライン実験を含む)で、人の判断や行動を確かめる |
| 数理モデル | 前提となる条件から、論理的に結果を導く(演繹的なアプローチ)。濵村教授の研究の中心 |
出典:濵村教授への取材をもとに編集部作成
濵村教授は、経済学を「人の行動を予測するための道具」と捉え、数理モデルを軸にしながら、データの収集や分析は共同研究者と分担しています。役員報酬の仕組みを説明する際には、心理学や社会学の理論も取り入れているといいます。
濵村教授は、研究者として将来を予測することには慎重な立場をとりつつも、日本の経営者報酬は多少は米国に近づいても、米国並みにはならないと見ています。その理由として挙げるのが、次の4点です。
| 理由 | 内容 |
|---|---|
| ① 経営者の労働市場が小さい | 日本の大企業では、社内で昇進して役員になる人が多く、経営者が会社を移る市場が小さい |
| ② 引き抜きが起きにくい | 外部から経営者を引き抜く動きが少ないため、他社と比べて報酬を引き上げる必要性が生まれにくい |
| ③ 高額な報酬が批判されやすい | 経営者の高額な報酬は、社会から批判を受けやすい |
| ④ スキルに報酬が払われにくい | 経営のプロフェッショナルとして育つ雇用が少なく、経営者のスキルに対する上乗せ(プレミアム)が払われにくい |
出典:濵村教授への取材をもとに編集部作成
では、日本で経営者報酬を上げるにはどうすればよいのでしょうか。濵村教授は、従業員の給与を上げたうえで経営者の報酬も上げ、両者の報酬格差(ペイ・ギャップ)を一定に保つ方法しかないのではないかと言います。経営者だけの報酬が突出して上がれば、社内外から納得を得ることは難しいからです(日本企業の稼ぐ力と人への投資の関係については、保田隆明教授の解説記事でも紹介しています)。
中小企業の経営者報酬を考えるうえで、濵村教授が挙げるのが経営者保証です。経営者保証とは、会社が金融機関から融資を受ける際に、経営者個人が連帯保証人になることをいいます。
経営者が会社の借り入れについて個人としてリスクを負う以上、その分だけ報酬が多くなることは正当化できると濵村教授は言います。ただし、その前提として、従業員の理解を得ることが欠かせません。
| 観点 | 大企業の経営者 | 中小企業の経営者 |
|---|---|---|
| 任期 | 任期が見えていることが多い | 任期が定まらず、長く務めるほどリスクを負う期間も長くなる |
| 生活の保障 | 保険や固定の報酬で生活が守られやすい | 経営者保証により、会社のリスクを個人で負うことがある |
| 従業員との距離 | 距離があり、報酬の差も比較的大きい | 距離が近く、報酬の差を大きくしにくい |
出典:濵村教授への取材をもとに編集部作成
実際の中小企業では、部長クラスの報酬の何倍という形で経営者の報酬を決めている会社もあれば、保証に備えて報酬を多めに受け取り、蓄えておく経営者もいるといいます。濵村教授は、将来のリスクを見据えて報酬を設計することが重要だと指摘します(中小企業の経営に財務の視点を生かす方法については、中井透教授の解説記事でも紹介しています)。
経営者の報酬をどう決めるかは、従業員の給与や評価の仕組みと切り離して考えることはできません。報酬の差に納得してもらうためにも、社内の報酬制度全体を見渡しておくことが大切です。
経営者と従業員の報酬の考え方を整理する
経営者の報酬に納得してもらうには、従業員の給与や評価の仕組みと一体で考えることが欠かせません。DEFiDEでは、人事制度や報酬制度の課題について相談を受け付けています。
A. 経営者の業績をどう評価するかという仕組みに加え、経営者の労働市場の大きさや、経営者が背負うリスクによって決まります。日本では役員報酬の開示が広がり、報酬額だけでなく、その額を決めた方針や算定の過程も開示するルールができています。
A. 濵村教授は、経営者の労働市場が小さく社内昇進が多いこと、外部からの引き抜きが起きにくいこと、高額な報酬が批判されやすいこと、経営のプロとして育つ雇用が少なくスキルにプレミアムが払われにくいことを理由に挙げ、米国並みにはならないと見ています。
A. 濵村教授は、従業員の給与を上げたうえで経営者の報酬も上げ、両者の報酬格差(ペイ・ギャップ)を一定に保つ方法しかないのではないかとしています。経営者の報酬だけが突出して上がると、納得を得ることが難しいためです。
A. 会社が金融機関から融資を受ける際に、経営者個人が連帯保証人になることです。濵村教授は、経営者が個人としてリスクを負う分、報酬が多くなることは正当化できるとしつつ、その前提として従業員の理解を得ることが欠かせないとしています。
A. 中小企業の経営者は、任期が定まらず、経営者保証で会社のリスクを個人で負うことがある一方、従業員との距離が近く報酬の差を大きくしにくい立場にあります。濵村教授は、将来のリスクを見据えて報酬を設計することが重要だとしています。
では、経営者を含め、組織の人をどのような指標で評価すればよいのでしょうか。後編では、業績評価の指標の選び方と、指標を開示することが競争にもたらす影響、そして管理会計で「評価の仕組み」を理解する意義を紹介します。
経営と人事の最新の知見を受け取る
JOB Scopeマガジンでは、経営学の研究者へのインタビューや、人的資本経営・人事制度に関するコラムを発信しています。新着記事やセミナーの情報は、メールマガジンでお届けしています。
▶ 後編:業績評価の指標はどう選ぶ?指標の開示が競争を変える理由と、管理会計で「評価の仕組み」を理解する意義(内部リンク)
▶ インタビュー全文:管理会計は意外と面白い(前編)(JOB Scopeマガジン)