ゴミ箱モデルとは、組織の意思決定が、問題・解決策・参加者・選択機会という4つの流れの偶然の結びつきによって行われると考える組織論のモデルです。鹿児島大学の安藤良祐助教は、先行きの見えない時代ほど組織の意思決定は合理的に進まなくなるとし、その非合理さを前提に組織の「決め方」を考えることが重要だと語ります。
会議で議論を尽くしたはずなのに、肝心の問題が解決されないまま何かが決まっていく。逆に、重要なはずの案件がいつの間にか立ち消えになっている――組織で働く人なら、一度はそうした場面に出合ったことがあるのではないでしょうか。
本記事では、鉄道会社とコンサルティング会社での実務を経て経営組織論を研究する安藤助教へのインタビューをもとに、限定合理性の考え方、ゴミ箱モデルの仕組みと3つの意思決定のパターン、意思決定の属人性、そして問題を解決しない「見過ごし」「やり過ごし」が組織にもたらす意外な効用を解説します。
この記事でわかること
・組織の意思決定が合理的に進まない理由(限定合理性)
・ゴミ箱モデルとは何か――「組織化された無政府状態」と4つの流れ
・「問題解決」「見過ごし」「やり過ごし」という3つの意思決定のパターン
・VUCA・BANIの時代に、ゴミ箱モデルが改めて注目される理由
・問題を解決しない決定が、組織の資源を節約するという研究の視点
鹿児島大学 法文学部 法経社会学科 助教(取材時)。1985年宮崎県生まれ。北海道大学理学部物理学科卒業、同大学院理学院宇宙理学専攻修了(原子核理論)。2010年に九州旅客鉄道(JR九州)に電気技術系総合職として入社し、信号通信設備の保守などに従事。デロイト トーマツ コンサルティングでシステム開発のプロジェクトマネジメントに携わった後、鹿児島大学へ。九州大学大学院経済学府産業マネジメント専攻修了(MBA)。2024年より長崎大学大学院経済学研究科博士後期課程に在籍。専門は経営組織論。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
安藤助教は大学・大学院で物理学を学び、原子核理論を研究していました。その後、鉄道会社で信号通信設備の保守に携わり、コンサルティング会社ではシステム開発のプロジェクトマネジメントを担当します。こうした実務のなかで目の当たりにしたのが、組織の意思決定が、必ずしも合理的な手順どおりには進まない「カオティック(混沌)」な姿でした。
なぜ組織は、合理的とはいえない意思決定に至るのか。安藤助教は社会人大学院で経営学修士(MBA)を取得し、修士論文では「組織が不合理な意思決定に至るプロセスの解明」に取り組みました。この論文は学内で賞を受けており、現在の研究の出発点になっています。
伝統的な経済学は、人間を、あらゆる情報を集めて最適な選択をする合理的な存在として想定してきました。これに対し、経営学者のハーバート・サイモンは、人間の情報処理の能力には限りがあり、「合理的であろうとはするが、その合理性には限界がある」と考えました。これが限定合理性です。
安藤助教は、人間の判断の偏りを扱う行動経済学の知見を組織論に取り入れ、組織の意思決定を分析しています。一人ひとりの合理性に限界がある以上、その集まりである組織の意思決定も、教科書どおりの合理的なプロセスでは進まないと考えるのが自然です(意思決定のやり方を状況に応じて変えられる組織については、高田朝子教授の解説記事でも紹介しています)。
| 観点 | 合理的な意思決定の想定 | 限定合理性から見た実態 |
|---|---|---|
| 情報 | あらゆる情報を集められる | 集められる情報にも、処理できる量にも限りがある |
| 選択肢 | すべての選択肢を比較して最適なものを選ぶ | 満足できる水準の選択肢が見つかった時点で決めることが多い |
| 好み(選好) | 一貫していて、時間がたっても変わらない | 人によって異なり、時間とともに揺れ動く |
出典:安藤助教への取材をもとに編集部作成
限定合理性の考え方を、組織全体の意思決定に広げたモデルの一つが、1972年にマイケル・コーエン、ジェームズ・マーチ、ヨハン・オルセンの3人が発表したゴミ箱モデルです。
ゴミ箱モデルが想定するのは、「組織化された無政府状態」と呼ばれる組織です。何を目指すのかがはっきりせず、どうすれば成果が出るのかもわからず、意思決定に関わる人が入れ替わる――そうした状況では、意思決定は目的から逆算して行われるのではなく、ばらばらに流れてくる要素が「ゴミ箱」の中で偶然に出合うことで行われると考えます。
| 4つの流れ | 内容 |
|---|---|
| 問題 | 組織の内外で生じ、誰かが気にかけている課題 |
| 解決策 | 問題とは無関係に存在し、使われる機会を待っている答えやアイデア |
| 参加者 | 時間や関心の範囲で、意思決定の場に出入りする人 |
| 選択機会 | 会議や決裁など、組織が何かを決めることを求められる場面(「ゴミ箱」にあたる) |
出典:安藤助教への取材をもとに編集部作成
ゴミ箱モデルでは、選択機会で行われる意思決定を、次の3つに分けて捉えます。
| パターン | 内容 | 安藤助教の分類 |
|---|---|---|
| 問題解決 | 選択機会に持ち込まれた問題を、実際に解決して決定する | 能動的な決定 |
| 見過ごし | 問題が持ち込まれる前に、さっさと決定してしまう | 受動的な決定 |
| やり過ごし | 持ち込まれていた問題がほかの選択機会へ移っていった後で、決定する | 受動的な決定 |
出典:安藤助教への取材をもとに編集部作成
つまり、組織の意思決定の多くは、問題を解決しないまま行われていることになります。一見すると非効率に思えますが、後で見るように、安藤助教はここに組織の意外な知恵があると考えています。
変動が激しく、不確実で、複雑で、あいまいな状況を表すVUCA、さらに、もろく、不安で、非線形で、理解しがたい状況を表すBANIといった言葉が使われるようになりました。安藤助教は、目的も手段もはっきりしない状況こそ、ゴミ箱モデルが想定する「組織化された無政府状態」に近いと考えます。
先行きが見えないなかで、計画どおりに合理的な意思決定を積み重ねることは、ますます難しくなっています。だからこそ、組織の意思決定が非合理に進むことを前提にして、その仕組みを理解し、設計することに意味があるのです(変化に応じて素早く判断を回すOODAループについては、原田勉教授の解説記事でも紹介しています)。
安藤助教が注目するのは、意思決定を行う人の好み(選好)の属人性です。同じ情報を前にしても、何を重視し、いつの成果を優先するかは人によって異なります。誰が意思決定の場にいるかによって結果が変わるのであれば、組織の意思決定は、制度や手順だけでなく、そこに参加する人の特性からも影響を受けることになります。
意思決定の質は、仕組みと人の両面から決まります。誰がどの範囲の判断を担うのか、役割や権限の分担を見直すことも、組織の決め方を整える一歩になります。
組織の「決め方」と役割分担を見直す
誰がどの範囲の判断を担うのか、役割や権限、評価の仕組みを整理することは、意思決定の質を高める土台になります。DEFiDEでは、人事制度や組織づくりの課題について相談を受け付けています。
1972年に発表されたゴミ箱モデルは、当時のプログラミング言語FORTRANによるコンピューター・シミュレーションで示されました。安藤助教はこのモデルを、一人ひとりの参加者を個別に動かすマルチエージェント・シミュレーションとして再構築し、組織の意思決定を分析しています。
その研究から見えてきたのが、受動的な決定が、組織の資源の効率に役立っているという視点です。すべての問題を正面から解決しようとすれば、時間も人手もいくらあっても足りません。重要度の低い案件を「見過ごし」たり「やり過ごし」たりすることで、組織は限られた資源を節約しているとも考えられるのです。
上司の指示をすべて真に受けず、優先度を見極めて「やり過ごす」ことの組織的な意味は、経営学者の高橋伸夫氏も著書『できる社員は「やり過ごす」』で論じています。
| よくある見方 | ゴミ箱モデルから見た捉え直し |
|---|---|
| 問題を解決しない決定は、組織の怠慢である | 重要度の低い問題に資源を使わずに済ませる、組織の知恵でもある |
| 意思決定は、合理的な手順で行うべきである | 非合理に進むことを前提に、決め方の仕組みを設計する |
| 誰が決めても、結果は同じになるべきである | 参加者の選好によって結果が変わるため、人と仕組みの両面から考える |
出典:安藤助教への取材をもとに編集部作成
A. 1972年にコーエン、マーチ、オルセンが発表した組織の意思決定のモデルです。組織の意思決定は、目的から逆算して行われるのではなく、問題・解決策・参加者・選択機会という4つの流れが偶然に結びつくことで行われると考えます。
A. 人間の情報処理の能力には限りがあり、合理的であろうとしてもその合理性には限界があるためです(限定合理性)。安藤助教は、目的も手段もはっきりしないVUCA・BANIの時代ほど、組織の意思決定は合理的な手順どおりに進まなくなると考えています。
A. 「見過ごし」は問題が持ち込まれる前に決定してしまうこと、「やり過ごし」は持ち込まれていた問題がほかへ移っていった後で決定することです。どちらも問題を解決しないまま行われる決定で、安藤助教は「受動的な決定」と位置づけています。
A. 安藤助教は、受動的な決定が組織の資源の効率に役立っているという視点を示しています。すべての問題を正面から解決しようとすれば資源が足りなくなるため、重要度の低い案件を見過ごしたりやり過ごしたりすることで、組織は限られた資源を節約していると考えられます。
A. 同じ情報を前にしても、何を重視し、いつの成果を優先するかといった好み(選好)が人によって異なることです。誰が意思決定の場にいるかによって結果が変わるため、組織の意思決定は制度や手順だけでなく、参加する人の特性からも影響を受けます。
では、意思決定を行う人の「時間の好み」は、組織の意思決定をどう変えるのでしょうか。後編では、目先の利益を過大に評価する「双曲割引」が組織にもたらす影響と、期限超過を防ぐルール、制度に「ゆらぎ」を持たせる戦略的余白のつくり方を紹介します。
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▶ 後編:双曲割引は組織の意思決定をどう変える?期限超過を防ぐルールと、制度に「ゆらぎ」を持たせる戦略的余白のつくり方(内部リンク)
▶ インタビュー全文:戦略的余白が強い組織づくりのポイント(前編)(JOB Scopeマガジン)