[JOBSCOPE]教授インタビュー解説

イ・リーガル・アントレプレナーシップとは?法と倫理と企業家精神|高橋勅徳准教授

作成者: JOB Scope編集部|Oct 19, 2026, 3:37:35 AM

 

イ・リーガル・アントレプレナーシップとは、法と倫理のはざまにある市場の機会を見抜き、それを合法的な事業へと変えていく企業家精神です。東京都立大学の高橋勅徳准教授は、イノベーションの多くは合法と非合法、倫理と非倫理の境目から生まれており、法を一律に避けるのではなく、法や倫理と「どう付き合うか」という感覚が日本の経営者に欠けていると語ります。

新しい事業のアイデアを出せと言われても、その方法は体系的に教えられていません。高橋准教授は、そのヒントが、これまで経営学が正面から扱ってこなかった「法と倫理のはざま」にあると考えています。

本記事では、企業家研究を専門とする高橋准教授へのインタビューをもとに、イ・リーガル・アントレプレナーシップの考え方、欧米で広がる非合法市場研究、グレーゾーンから生まれるイノベーション、そして日本でこのテーマが研究されてこなかった理由を解説します。なお、本記事は違法行為を勧めるものではなく、法と倫理の境界を正しく理解し、社会に受け入れられる形で事業をつくるための考え方を紹介するものです。

この記事でわかること

・イ・リーガル・アントレプレナーシップとは何か

・欧米で広がる「非合法市場研究」と、その鍵となる考え方

・「キラキラ企業家」と「ギラギラ企業家」の違い

・グレーゾーンから、公共の利益とイノベーションが生まれることがある理由

・日本でこのテーマが研究されてこなかった理由と、今注目すべき理由

取材協力:高橋 勅徳 氏

東京都立大学大学院 経営学研究科 准教授(取材時)。神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了、博士(経営学)。沖縄大学法経学部専任講師、滋賀大学経済学部准教授、首都大学東京大学院社会科学研究科准教授を経て現職。専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。第4回日本ベンチャー学会清成忠男賞本賞、第17回日本NPO学会賞優秀賞を受賞。著書に『イ・リーガル・アントレプレナーシップ――法と倫理のはざまを漂う企業家精神』(同文舘出版)、『ライフスタイル起業』(大和書房)、『アナーキー経営学』(NHK出版)、『婚活戦略』など。

聞き手:JOB Scopeマガジン編集部

イ・リーガル・アントレプレナーシップとは――法と倫理のはざまの企業家精神

高橋准教授は2025年後半、『イ・リーガル・アントレプレナーシップ――法と倫理のはざまを漂う企業家精神』(同文舘出版)を含む3冊の本を出版しました。イ・リーガル・アントレプレナーシップとは、「非合法な企業家精神」を意味する言葉です。

ただし、その中心にあるのは違法行為そのものではありません。法律で禁じられたり制限されたりしている領域に眠るニーズを見抜き、それを合法的な市場の利益へと転換していく企業家精神です。高橋准教授は、法に盲従するのでも、「違法上等」と開き直るのでもなく、法や倫理と付き合いながら競争優位を築く姿勢が重要だと言います。

姿勢 起こりやすいこと
法を徹底的に守るだけ 新しい機会に手を出せず、競合に出し抜かれる
違法行為が当たり前になる 社会の信頼を失い、会社の存続が危うくなる
法や倫理と付き合う 境界を正しく理解したうえで機会を見いだし、合法的な事業として組み立てる

出典:高橋准教授への取材をもとに編集部作成

高橋准教授はこの本を、好きなことを無理なく仕事にする「ライフスタイル起業」の本と表裏一体の関係にあると位置づけています。IT業界の華やかな起業家だけが企業家ではなく、企業家精神には多様なパターンがあることを示すのがねらいです(ライフスタイル起業については、高橋准教授の過去の解説記事でも紹介しています)。

欧米で広がる「非合法市場研究」

このテーマの背景には、欧州を中心に広がってきた非合法市場研究があります。高橋准教授がこの分野の決定版として挙げるのが、ドイツの社会学者イェンス・ベッカートらが編集した『The Architecture of Illegal Markets』(2017年)です。欧米ではこの10年ほどで、非合法市場研究が大きな研究分野に成長したといいます。

その鍵となる考え方が、非合法な市場を生み出し、それを合法的な市場の利益へと転換していく企業家精神です。

有名な企業家の出発点にも、グレーゾーンがあった

高橋准教授は、世界的な企業家の出発点にも、法と倫理のはざまがあったと指摘します。例えば、スティーブ・ジョブズは若いころ、長距離電話を無料でかけられる装置を仲間とつくって売っていたことで知られています。高橋准教授は、その発想が後の音楽配信を中心とする事業の仕組みにもつながっていったと見ています。

ベンチャー企業の歩みは、自社の技術を特許で守る「順法の闘い」と、他社の特許をぎりぎりで回避する工夫の連続でもあります。高橋准教授は、日本の経営者が「ダメなものはダメ」と最初から手をつけなかったことが、新しい技術の分野で欧米に後れをとった一因になったと考えています。

「キラキラ企業家」と「ギラギラ企業家」

IT業界などの華やかな起業家を「キラキラ企業家」とすれば、法と倫理のはざまで機会を探す人たちは「ギラギラ企業家」と呼ぶのがふさわしいかもしれません。

高橋准教授が執筆の場にしている繁華街の喫茶店では、周りにそうしたギラギラした人たちがいるといいます。彼らは、自分の事業に関わる法律に非常に詳しいのが特徴です。違法にならないように守りを固めながら、どこに事業の余地があるのかを考えています。

観点 キラキラ企業家 ギラギラ企業家
イメージ IT業界などの華やかな起業家 法と倫理のはざまで機会を探す企業家
法律との関係 法律を意識せずに済む領域で事業をすることが多い 事業に関わる法律に非常に詳しく、境界を正確に把握している
機会の見つけ方 新しい技術やアイデアから 「禁止されている=ニーズがある」という発想から

出典:高橋准教授への取材をもとに編集部作成

「禁止されている」は「ニーズがある」の裏返し

高橋准教授は、法律で禁止されているということは、裏を返せば、そこにニーズがあるということだと言います。

例として挙げるのが、高橋准教授が学生時代を過ごした北九州で身近だった「角打ち」です。酒屋の店先で、買った酒をその場で飲める文化です。居酒屋とは異なる形で営まれ、法的にはグレーな面もあります。しかし、店が客の様子に目を配れる分、路上で飲まれるよりも、町の治安や公衆衛生にとってはむしろプラスになりうるという見方もできます。

一律に「違法だから処罰する」とすれば、かえって悪質な人だけが地下で利益を得ることにもなりかねません。グレーゾーンから始まり、公共の利益も生むビジネスから、イノベーションが生まれることがある――高橋准教授はそう考えています。

なぜ今、イ・リーガルなのか

高橋准教授は、このテーマを今取り上げることには時代的な必然があると言います。若い世代は、SNSで募集される「闇バイト」や、合法と非合法の境目を狙う商法に、日常的に触れるようになっています。

例えば、投資などのノウハウを「マニュアル」として販売する商法は、元手がほとんどかからず、売れた時点で利益が確定し、失敗したときのリスクも小さい仕組みです。なかには著作権法などに触れるものや、違法な手口そのものをマニュアルとして売る詐欺事件まで起きています。高橋准教授は、違法な要素を取り除くと、その構造はライフスタイル起業のビジネスモデルと重なると指摘します。動画配信やオンラインサロンなどのプラットフォームビジネスも、イ・リーガルと表裏一体の面を持っているといいます。

だからこそ、合法と非合法の境界を正しく理解しておくことが、若い世代にも、新しい事業を担う人にも欠かせなくなっています。

こうした変化のなかで新しい事業を切り開くには、ルールを理解したうえで機会をつかみ、組織を率いていくリーダーの力が問われます。

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日本でこのテーマが研究されてこなかった理由

欧米では非合法市場研究が大きな分野に育つ一方、日本では、犯罪心理学や社会学の一部を除き、ほとんど研究されてきませんでした。

分野 これまでの扱い
経営倫理の研究 関連する唯一の分野だが、「やってはいけない」事例の分析が中心。日本では企業不祥事の研究に位置づけられることが多い
企業家研究 企業家の起源をたどるとグレーゾーンの話に行き着くが、学会誌の査読を通りにくく、学会報告の「余談」として扱われる程度

出典:高橋准教授への取材をもとに編集部作成

高橋准教授は、ベンチャー企業に勤めていた研究者仲間から、社長がグレーな形で始めた事業を、法務担当者が一つずつ合法化していった話を聞いたことがあるといいます。その過程がなければ事業は成り立たなかったはずですが、学術的に取り上げられたことはありませんでした。

そこで高橋准教授は、規範的になりがちな学術論文ではなく、価値中立的に扱える一般向けの書籍という形を選びました。理論と事例を組み合わせ、法と倫理のはざまで事業を組み立てる「経営技術」を解き明かそうとしたのです。

よくある質問(FAQ)

Q. イ・リーガル・アントレプレナーシップとは何ですか?

A. 「非合法な企業家精神」を意味する言葉で、法律で禁じられたり制限されたりしている領域に眠るニーズを見抜き、それを合法的な市場の利益へと転換していく企業家精神を指します。高橋准教授は、法に盲従するのでも違法を開き直るのでもなく、法や倫理と付き合いながら競争優位を築く姿勢が重要だとしています。

Q. 非合法市場研究とは何ですか?

A. 欧州を中心にこの10年ほどで大きく広がった研究分野で、非合法な市場がどのように生まれ、どのように合法的な市場へと転換されていくかを研究します。高橋准教授は、ベッカートらが編集した『The Architecture of Illegal Markets』(2017年)を決定版として挙げています。

Q. なぜイノベーションはグレーゾーンから生まれるのですか?

A. 高橋准教授は、法律で禁止されているということは、裏を返せばそこにニーズがあるということだと指摘しています。世界的な企業家の出発点にもグレーな領域があり、グレーゾーンから始まって公共の利益も生むビジネスから、イノベーションが生まれることがあるとしています。

Q. 「ギラギラ企業家」とは何ですか?

A. IT業界などの華やかな「キラキラ企業家」に対し、法と倫理のはざまで機会を探す企業家を指す表現です。高橋准教授によれば、彼らは自分の事業に関わる法律に非常に詳しく、違法にならないよう守りを固めながら事業の余地を探しています。

Q. なぜ日本ではこのテーマが研究されてこなかったのですか?

A. 日本では、関連する経営倫理の研究が「やってはいけない」事例の分析に偏り、企業家研究でもグレーゾーンの話は学会誌の査読を通りにくかったためです。高橋准教授は、価値中立的に扱うために一般向けの書籍という形を選んだとしています。

まとめ:法と倫理を避けるのではなく、正しく理解して付き合う

  • イ・リーガル・アントレプレナーシップとは、法と倫理のはざまにある機会を見抜き、合法的な事業へ転換する企業家精神
  • 欧米では、この10年ほどで非合法市場研究が大きな研究分野に育っている
  • 「禁止されている」は「ニーズがある」の裏返し。境界を知る企業家ほど法律に詳しい
  • グレーゾーンから始まり、公共の利益も生むビジネスからイノベーションが生まれることがある
  • 日本ではこのテーマがほとんど研究されず、法や倫理と付き合う感覚が経営者に欠けてきた

では、法と倫理のはざまにある機会を、どうすれば合法的な事業として組み立てられるのでしょうか。中編では、法規制の「不均衡」から隠れたニーズを読む経営技術と、若手や管理職にこそこの知識が必要な理由を紹介します。

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