業績評価の指標は、社内で人を評価するための道具であると同時に、開示すれば競合企業の行動まで変える「戦略」にもなります。関西学院大学の濵村純平教授は、どの指標で評価するかを戦略的に選ぶこと、そして評価される側も評価の仕組みを知ることで、評価への納得感が高まると語ります。
「あの人の査定は高すぎる」「自分の評価には納得できない」――評価への不満は、多くの職場で聞かれます。その背景には、評価がどのような仕組みで決まっているのかが見えにくいという問題があります。
本記事では、管理会計の立場から業績評価を研究する濵村教授へのインタビューをもとに、業績評価の指標を開示することが競争にもたらす影響、評価の仕組みを理解して納得感を高める考え方、そしてスタートアップや成長企業で管理会計が役立つ理由を解説します。
この記事でわかること
・業績評価の指標を開示する2つの意義(説明責任と競争)
・指標の開示が競合の行動を変える仕組みと、そのトレードオフ
・どの指標で評価するかを、戦略的に選ぶ必要がある理由
・評価の仕組みを知ることが、評価への納得感につながる理由
・スタートアップや成長企業で、管理会計が役立つ理由
関西学院大学 商学部 教授(取材時)。神戸大学卒業、2017年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了、博士(経営学)。桃山学院大学経営学部講師・准教授、関西学院大学商学部准教授を経て、2025年4月より現職。専門は管理会計で、業績評価、経営者報酬、コスト・ビヘイビア、流通チャネルなどを研究。著書に『寡占競争企業の管理会計――戦略的振替価格と多元的業績評価のモデル分析』『レクチャー原価計算論』(ともに中央経済社)、『評価と報酬の経営学――アイツの査定は高すぎる?』(光文社新書)、共著に『経営者報酬の理論と実証』(中央経済社)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
前編で見たように、役員報酬については、その額をどのような方針で決めたのか、つまり経営者をどの指標で評価しているのかを開示する企業が増えています。濵村教授は、業績評価の開示には大きく2つの意義があると言います。
| 意義 | 内容 |
|---|---|
| ① ガバナンス・説明責任 | 株主などに対し、経営者をどう評価しているかを説明できる。例えば、ESG(環境・社会・ガバナンス)に関する指標を評価に入れていれば、企業がそれを重視している姿勢が伝わる |
| ② 競争への影響 | 開示した指標が、競合企業に自社の今後の戦略を予想させ、競争の構造を変える |
出典:濵村教授への取材をもとに編集部作成
一つ目の意義はよく知られていますが、濵村教授が国際学術誌『Journal of Accounting and Public Policy』に2025年に発表した論文では、二つ目の競争の視点から、数理モデルを使って業績評価の開示を分析しています。
例えば、ある企業が経営者の業績指標にマーケットシェア(市場占有率)を入れていると開示したとします。すると競合企業は、「この会社は今後、商品を大量に供給するなど、シェアを取りにくる積極的な戦略をとるだろう」と予想します。
開示は、競合に「こちらは本気でシェアを取りにいく」と示す、一種のけん制になります。競合が引けば有利になりますが、競合も引かずに互いに供給を増やせば、値崩れが起きるリスクもあります。これが、指標を開示することのトレードオフ(二律背反)です。
| 開示した場合に起こりうること | 内容 |
|---|---|
| 競合が引く | 自社の積極的な姿勢が伝わり、競争を有利に進められる |
| 競合も引かない | 互いに供給を増やし、価格が崩れて双方が損をするおそれがある |
出典:濵村教授への取材をもとに編集部作成
論文では、大企業が業績評価を開示し、他社との比較で業績を測る相対的業績評価を使うという前提を置いて分析しました。その結果、競争で不利な立場にある企業は、あえて開示しないことで値崩れを防ぐという選択が理にかなう場合があることを、理論的に示しています。
どの指標で評価するかは、社内の人の行動だけでなく、競争の構造にまで影響します。濵村教授は、だからこそ開示する指標は戦略的に選ぶ必要があると指摘します。評価の指標を決めることは、経営の戦略そのものと切り離せないのです(戦略目標を4つの視点で整理し、指標と行動をつなげるバランスト・スコアカードについては、山本浩二教授の解説記事でも紹介しています)。
濵村教授は、2025年に『評価と報酬の経営学――アイツの査定は高すぎる?』(光文社新書)を出版しました。執筆の依頼の趣旨は、評価に不満を持つ人の納得感を高めることでした。その背景には、「経営者はなぜあれほどの報酬をもらうのか」という多くの人の疑問もあります。
同書は、業績評価を軸に、評価がどのような仕組みで行われているのかを解説しています。内容は管理会計が中心で、人事制度の見直しのための実務書ではなく、評価される側の人が、評価の仕組みを知るための本だと濵村教授は位置づけています。
| 同書のねらい | 内容 |
|---|---|
| 仕組みを知ってもらう | 評価がどのような考え方と仕組みで決まっているのかを、評価される側の人に知ってもらう |
| 考える道具を渡す | 学術的な知見に名前を付け、自分の評価を考えるための「道具」として使ってもらう |
| 管理会計を身近にする | 数字を多用せず、管理会計を面白いと感じてもらう |
出典:濵村教授への取材をもとに編集部作成
どの指標で、どのような過程を経て評価が決まるのかが見えれば、たとえ結果に不満があっても、その理由を考えることができます。評価への納得感を高めるには、評価の基準と過程を共有することが出発点になります。
評価の基準と過程を見える化する
評価への納得感を高めるには、職務ごとの役割や目標、評価の基準と過程を、評価する側とされる側で共有できる仕組みが役立ちます。DEFiDEの「JOB Scope」は、職務定義から目標管理、評価までを一元的に運用できるクラウドサービスです。
濵村教授によれば、スタートアップに関する研究では、管理会計の仕組みを導入している企業とそうでない企業との間に差が見られることがわかってきています。
組織が大きくなり、経営者が部下に権限や責任を任せるほど、経営者の目が直接届かない部分が増えていきます。そうした目に見えない部分を数字で把握し、管理する仕組みとして、管理会計が役立つのです。ただし、何を導入し、どう運用するかは、組織の形に合わせて考える必要があると濵村教授は言います。
経営者のなかには、「会計は苦手」「税理士に任せている」という人も少なくありません。濵村教授は、管理会計という分野があり、業績評価や組織運営の仕組みが研究されていることを知ってもらうだけでもよいと言います。困ったときに「そういえば、管理会計というものがあったな」と思い出し、調べたり本を開いたりするきっかけになれば十分だというのです(管理会計の基本と財務会計との違いについては、山本浩二教授の解説記事でも紹介しています)。
濵村教授は、原価計算の教科書『レクチャー原価計算論』(中央経済社、2025年)も執筆しています。自身の授業で使うことを目的に、既存の教科書では省かれがちな計算の過程を省かず、原価計算の実践規範である原価計算基準をもとに解説しています。公認会計士試験の受験者を念頭に置きつつ、簿記2級の学習者が読み飛ばしてよい箇所も示すなど、学ぶ人がつまずきやすいところに配慮した一冊です。
A. 濵村教授は2つの意義を挙げています。一つは、株主などに経営者をどう評価しているかを説明するガバナンス・説明責任の意義。もう一つは、開示した指標が競合企業に自社の戦略を予想させ、競争の構造を変えるという意義です。
A. 例えばマーケットシェアを業績指標にしていると開示すると、競合は積極的な戦略をとると予想します。競合が引けば有利になりますが、引かなければ互いに供給を増やして値崩れが起きるおそれがあります。濵村教授の研究では、競争で不利な企業はあえて開示しないことが理にかなう場合があると示されています。
A. 自社の業績を、他社など比較対象の業績と比べて評価する方法です。市場全体の好不調など、経営者の努力では左右できない要因の影響を取り除きやすくなります。濵村教授の論文は、大企業が相対的業績評価を使い、それを開示するという前提で分析しています。
A. 濵村教授は、評価される側が評価の仕組みを知ることが大切だとしています。どの指標で、どのような過程を経て評価が決まるのかが見えれば、結果に不満があってもその理由を考えることができます。著書『評価と報酬の経営学』は、その仕組みを知るための本として書かれています。
A. 濵村教授によれば、スタートアップの研究では、管理会計の仕組みを導入している企業とそうでない企業の間に差が見られます。組織が大きくなり権限を委譲するほど、目に見えない部分を数字で管理する仕組みが役立ちます。ただし、何をどう導入するかは組織の形に合わせて考える必要があります。
前編で見た経営者報酬も、後編で見た業績評価の指標も、「誰を、何で、どう評価するか」という管理会計の問いにつながっています。評価の仕組みを知ることは、評価する側にとっても、される側にとっても、組織を動かすための出発点になります。
評価の仕組みを、実際の画面で確かめる
目標の設定から評価、育成までを一貫した仕組みで運用できれば、評価の基準と過程を組織で共有しやすくなります。DEFiDEの「JOB Scope」では、実際の画面を見ながら説明を受けられる個別オンラインデモを行っています。
▶ 前編:経営者報酬はどう決まる?日本と米国の差が縮まらない理由と、中小企業の経営者保証を踏まえた報酬設計(内部リンク)
▶ インタビュー全文:管理会計は意外と面白い(後編)(JOB Scopeマガジン)