若手の早期離職を防ぐ鍵は、焦りで狭まった若手の視野を広げる行動を促すことです。筑波大学の尾野裕美准教授は、若手が「辞めたい」と言うとき、その理由が漠然としていれば、焦りから逃れたいだけの可能性があるとして、相談の場づくりや短期目標の設定、先輩の体験談の共有を勧めています。
前編では、若者を早期離職に走らせる「キャリア焦燥感」の正体と、焦りを感じる4つの状況を紹介しました。後編では、企業が若手の焦りにどう向き合えばよいか、そして職場全体を働きやすくするための取り組みについて考えます。
本記事では、尾野准教授へのインタビューをもとに、「辞めたい」に隠れた焦りへの気づき方、視野を広げる行動の促し方、短期目標を3つの軸で立てる方法、先輩の体験談を共有する効果、男性の長期育休が本人と職場にもたらすメリット、そして「社員全員を大切にする」姿勢の伝え方について解説します。
この記事でわかること
・若手の「辞めたい」に隠れたキャリア焦燥感への気づき方
・焦りを和らげる「視野を広げる行動」と相談の場づくり
・半年〜1年の短期目標を3つの軸で立てる方法
・先輩の体験談を共有することの効果
・男性の長期育休がもたらすメリットと、「社員全員を大切にする」姿勢
筑波大学 人間系 准教授(取材時)。日本製粉株式会社(現:株式会社ニップン)の人事、株式会社インテリジェンス(現:パーソルキャリア株式会社)のキャリアカウンセラー、株式会社リクルートマネジメントソリューションズの研究員を経て独立し、大学生のキャリア形成支援に従事。横浜商科大学専任講師、明星大学准教授を経て、2023年4月より現職。筑波大学大学院人間総合科学研究科生涯発達科学専攻修了、博士(カウンセリング科学)。著書に『働くひとのキャリア焦燥感――キャリア形成を急ぐ若者の心理の解明』『個人と組織のための男性育休――働く父母の心理と企業の支援』(いずれもナカニシヤ出版)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
若手が「転職したい」「辞めたい」と言うとき、尾野准教授は焦っている可能性に気づいてほしいと言います。理由を聞いたときに、「ここがダメだから辞める」という決定的な理由ではなく、理由やきっかけが漠然としているなら、漠然とした焦りに苦しみ、そこから逃れるために辞めたいと言っているのかもしれません。
前編で紹介したとおり、早期離職につながりやすいのは追い詰められた「切迫感」です。一方で、焦りには行動の原動力になるポジティブな面もあります。焦りがあることを踏まえたうえで、キャリア支援をしてほしいというのが尾野准教授の考えです。
尾野准教授がインタビューで「キャリアに焦りを感じたとき、どんな行動をしたか」を聞くと、次のような答えが多く返ってきました。
| 行動 | 内容 | 効果 |
|---|---|---|
| ① 人に相談する | 上司、会社の同期、学生時代の友人など、さまざまな相手に相談する | 視野が広がり、焦りが和らぐ |
| ② 目標を立てて動き出す | キャリアの目標を設定し、行動計画を立てて実行する | 視野が広がり、焦りが和らぐ |
| ③ 現状や考えを書き出して整理する | 「何に焦っているのか」「なぜ焦っているのか」を書き出す | 焦る必要がないことに自分で気づける |
出典:尾野准教授への取材をもとに編集部作成
「辞めたい」と思っていた人が、相談や行動を通じて冷静になり、今の会社のよいところに目が向いて転職をやめたというケースもあったといいます。焦っているときは視野が狭まり、偏った見方をしがちです。企業には、若手がさまざまな人と会話し、刺激を受けて視野が広がる場を設けてほしいと尾野准教授は言います。
目標の設定には注意が必要です。若手は研修などで「将来の目標を立てよ」「ありたい姿を描け」と何度も求められてきました。目標がある人には苦になりませんが、多くの人にとっては簡単なことではありません。
将来の目標がない若手に無理にイメージさせようとするよりも、「なくても大丈夫だよ」と言ってあげてほしいのです。
――尾野准教授
今の中堅・ベテラン社員も、若いころは将来の目標を持っていなかった人が多いはずです。仕事を頑張っているうちに、いつの間にか目標が見えてきたという人も多いでしょう。そこで尾野准教授が勧めるのが、半年〜1年というイメージしやすい期間の短期目標です。次の3つの軸で考えると立てやすいといいます。
| 軸 | 考え方の例 |
|---|---|
| ① どんな仕事をしたいか | 長期的にはイメージできなくても、今の仕事を出発点に、半年後・1年後にどんな仕事をしていたいかを考える |
| ② どんな人間関係を築きたいか | 上司とどんな関係を築きたいか、接点のない他部署の人と交流したいかなど |
| ③ どんな自分になりたいか | 10年後でなくてよい。半年後・1年後に自分のどこをどう変えたいか |
出典:尾野准教授への取材をもとに編集部作成
それでも難しければ、3つのうちイメージできるものだけでよいとハードルを下げます。そして、明日からできること、今すぐできることを具体的に考えて動き出す。動かないから気持ちばかりが焦る。行動するとネガティブな焦りは和らいでいく――それを促すことが大切だと尾野准教授は語ります。
短期目標を立てて行動し、上司と振り返る――そのサイクルを回すには、目標や対話の記録を本人と上司が共有できる仕組みが役立ちます。
短期目標と上司との対話を、仕組みで支える
半年〜1年の短期目標を立て、行動し、上司と振り返る。そのサイクルを続けるには、目標や面談の記録を本人と上司が共有できる仕組みが役立ちます。DEFiDEの「JOB Scope」では、実際の画面を見ながら説明を受けられる個別オンラインデモを行っています。
尾野准教授が企業にもう一つ勧めるのが、先輩の体験談を若手と共有することです。若手から見た先輩は、すでに仕事ができる姿になっています。しかし誰でも若いころは失敗ばかりし、同じように焦って苦しんでいたはずです。
仕事ができる先輩も、昔は自分と同じだったと知るだけで、若手は安心します。何かをやってみれば苦しさから解放されることもわかります。視野が狭いときには転職しか目に入らなくなりがちですが、先輩の体験を参考に目標を立てて行動を起こせば、視野が広がり成長が促されると尾野准教授は言います(新人の定着を促す支援については、竹内規彦教授の解説記事でも紹介しています)。
尾野准教授は、男性の育児休業も研究テーマにしています。きっかけは、自身の出産・育児の大変さでした。18年ほど前、男性の育休取得率はわずか0.5%程度で、夫が育休を取る選択肢は浮かばなかったといいます。その後、国が男性の育休を推奨し始めると、実績づくりのために1日や1週間だけ取らせる企業が多く見られました。
尾野准教授は、それは本質ではないと考え、1カ月以上の長期の男性育休を研究してきました。なお、男性の育休取得率は2024年度に40.5%まで上昇しています(厚生労働省「令和6年度 雇用均等基本調査」)。
| 対象 | 長期育休がもたらすメリット |
|---|---|
| 育休を取った男性本人 | 育休中にキャリアを考え直し、復職後に主体的にキャリアを考えるようになる(キャリア自律の促進)。マルチタスクができ、効率的に働けるようになる。仕事の理屈が通じない育児を通じて、職場の信頼関係を大事にする働き方になる |
| 職場・上司 | 上司が業務を調整し、協力して働く体制をつくることで、業務の効率化や生産性向上につながる |
| 組織全体 | 従業員全体の意識が変わり、ワーク・ライフ・バランスが実現しやすくなる。子育て中の社員への理解が深まり、子どもがいなくても休みやすい雰囲気になる。コミュニケーション力やアイデアの広がりで組織体制が強化される |
出典:尾野准教授への取材、尾野裕美『個人と組織のための男性育休』をもとに編集部作成
男性の育休を推進することは、育休を取る男性だけでなく、組織で働く全員が恩恵を受けられる、働きやすい職場づくりにつながるのです(男性育休と女性活躍の関係については、川口章教授の解説記事でも紹介しています)。
最後に尾野准教授は、中小・中堅企業の経営者と人事責任者に向けて、「辞める若手が悪い」という考え方はもう終わりにしたいと語ります。辞める人を非難する会社には誰も行きたくありません。人生100年時代、転職は当たり前です。次の目標に向かう人は温かく送り出すくらいの気概が必要であり、そうした会社には出戻って活躍する社員もいるといいます。
難しいのは、若手の早期離職を防ぐために若手を優遇すると他の社員から不満が出たり、男性の育休を手厚く支援すると「なぜ男性だけなのか」「自分にしわ寄せが来て不公平だ」という声が出たりすることです。
そこで大切なのが、施策を通じて「特定の人だけでなく、社員全員を大切にする」という会社の姿勢を伝えることです。そうすれば、自分が対象でなくても納得し、サポートするようになると尾野准教授は言います。育児だけでなく、介護、病気、学び直しなど、社員はさまざまなタイミングで課題を抱えます。
| バランスをとる2つの要素 | 内容 |
|---|---|
| 緊張感 | 難しい仕事に挑戦し、成果を出さなければならない。挑戦と成長がやりがいにつながる |
| 安心感 | 何かあったときにはサポートしてもらえる |
出典:尾野准教授への取材をもとに編集部作成
サポートとは、社員を楽にさせることではありません。成果を出す緊張感と、支えてもらえる安心感のバランスが重要だと尾野准教授は語ります。
A. 尾野准教授は、焦りで狭まった若手の視野を広げる行動を促すことが鍵だとしています。さまざまな人と相談できる場を設けること、半年〜1年の短期目標を立てて行動を促すこと、先輩が若いころの体験談を共有することなどを勧めています。
A. 尾野准教授は、将来の目標がない若手に無理にイメージさせるより、「なくても大丈夫」と伝えてほしいとしています。そのうえで、どんな仕事をしたいか、どんな人間関係を築きたいか、どんな自分になりたいかの3つの軸で、半年〜1年の短期目標を立て、今すぐできる行動につなげることを勧めています。
A. 若手から見た先輩はすでに仕事ができる姿のため、若いころの苦労を想像しにくいからです。尾野准教授は、先輩も若いころは焦って苦しんでいたこと、どう行動して見方を変えたかを知るだけで若手は安心し、行動を起こすきっかけになるとしています。
A. 尾野准教授の研究では、1カ月以上の長期育休を取った男性はキャリア自律が促され、効率的な働き方や職場の信頼関係を大事にする働き方になる傾向が見られました。職場でも業務の効率化が進み、組織全体で休みやすく働きやすい雰囲気が生まれるなどの成果が報告されています。
A. 尾野准教授は、施策を通じて「特定の人だけでなく、社員全員を大切にする」という会社の姿勢を伝えることが大切だとしています。育児、介護、病気、学び直しなど、誰もが課題を抱える可能性があり、成果を出す緊張感と支えてもらえる安心感のバランスをとることが重要です。
若手の焦りは、健全に成長しようとしている証でもあります。その焦りに寄り添い、視野を広げる機会をつくり、社員全員を大切にする姿勢を示すこと。それが、望まない早期離職を防ぎ、誰もが働きやすい職場をつくる道です。
若手が定着し、全員が働きやすい人事制度を
若手の成長を支え、育児や介護などで支援が必要な社員も含めて全員が活躍できるようにするには、役割や評価、支援の仕組みを公平に整えることが大切です。DEFiDEの「JOB Scope」は、人事コンサルティングと人事クラウドの2軸で、経営に直結する戦略人事の制度設計から組織への定着までを支援します。
▶ 前編:キャリア焦燥感とは?若者が早期離職に走る心理と、30年変わらない「3年以内離職率」の実態(内部リンク)
▶ インタビュー全文:若者はキャリア焦燥感から早期離職に走る(後編)(JOB Scopeマガジン)