中小企業の成長とは、売上の規模を追い続ける「量の成長」ではなく、利益率や企業文化、人の知識や見識を高めていく「質の成長」です。九州情報大学の井上善海教授は、量だけを追えば会社は成長ではなく「膨張」してしまうとし、理念を仕組みに落とし込み、人を大切にすることで「良い会社」を目指すべきだと語ります。
「会社は大きくしなければならない」――多くの経営者が、そう考えてきたかもしれません。しかし、規模の拡大が必ずしも会社を強くするとは限りません。
本記事では、自ら事業の失敗を経験し、現場主義の経営戦略論を研究してきた井上教授へのインタビューをもとに、成長と膨張の違い、規模をあえて抑えて良い会社であり続ける事例、そして「人を大切にする経営」を仕組みとして根づかせる方法を解説します。
この記事でわかること
・「成長」と「膨張」の違い――井上教授自身の経験から
・現場に足を運び、実務と理論を往復する経営戦略論
・「量の成長」ではなく「質の成長」を目指す理由
・売上をあえて抑え、高い利益率と文化を守る会社の事例
・「人を大切にする経営」を理念で終わらせず、仕組みにする方法
九州情報大学 経営情報学部 学部長・教授、広島大学名誉教授(取材時)。神奈川大学法学部卒業後、事業を引き継いだ会社の経営、中小企業診断士としての経営コンサルタントを経て、福岡大学大学院商学研究科で博士(商学)を取得。九州情報大学専任講師、広島大学、東洋大学、法政大学の教授を経て現職。専門は経営戦略論(新事業創造・イノベーション)、中堅・中小企業研究。日本マネジメント学会会長、人を大切にする経営学会副会長、「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」実行委員会副委員長などを務める。著書・編著に『経営戦略入門』『経営情報入門』『事業創造入門』『企業経営入門』(中央経済社)、『衰退産業の勝算』(幻冬舎)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
井上教授は大学卒業後、小さな会社を引き継いで約11年経営しましたが、1990年に倒産を経験しました。井上教授は当時を振り返り、会社を「成長」ではなく「膨張」させてしまったと語ります。
その後、資金がない状態から中小企業診断士の資格を取り、経営コンサルタントとして再出発しました。さらに大学院に進むと、自分が実践してきたことが、すでに理論として体系化されていることに気づいたといいます。修士のつもりが博士課程まで進み、研究者の道を歩むことになりました。
井上教授の専門は経営戦略論で、特に新しい事業を生み出すイノベーションを研究しています。中堅・中小企業を研究の対象にするのは、大企業では組織の一部しか見えないのに対し、中堅・中小企業は組織全体を見渡しやすいからです。
井上教授は研究室にとどまらず、企業の現場に足を運ぶことを大切にしてきました。教え子にも、「研究の種は現場にある」と伝えています。社会人大学院で井上教授に学んだ人のなかからは、19人が大学の専任教員になり、100人以上が企業で活躍しているといいます。
人の体の成長は20歳前後で止まりますが、知識や見識は生涯にわたって高め続けることができます。井上教授は、企業も同じだと言います。規模の拡大は必須ではなく、知識や見識、利益率や文化といった「質」を高め続けることが、本当の成長なのです。
| 観点 | 量の成長 | 質の成長 |
|---|---|---|
| 目指すもの | 売上や規模の拡大 | 利益率、企業文化、人の知識や見識の向上 |
| 行き過ぎると | 「膨張」になり、経営が不安定になる | 「良い会社」として顧客や社員から評価される |
| 向いている企業 | 規模でコストを下げる大企業 | 中小企業 |
出典:井上教授への取材をもとに編集部作成
井上教授が紹介するのが、横浜市のリフォーム会社、さくら住宅です。
| 取り組み | 内容 |
|---|---|
| あえて規模を抑える | 売上は約10億円で横ばい。20億円に広げると利益率を保つのが難しくなるため、あえて今の規模にとどめている |
| 高い利益率と給与 | 利益率は約30%で、社員の給与水準も高い |
| 喜びを分かち合う文化 | 月の売上が1億円に達すると、社長も社員も一律で「大入」を受け取る。たまたま訪れた宅配便のドライバーにも祝儀を渡すという |
| 顧客との関係 | 営業エリアを絞り、顧客を株主に迎える仕組みをとる。顧客の愛着から紹介が生まれ、積極的な営業をほとんどせずに受注が続いている |
出典:井上教授への取材をもとに編集部作成
大企業は規模によってコストを下げる戦略をとります。一方、中小企業は「質」によって「良い会社」と評価されることを目指すべきだと井上教授は言います(規模を追わずに強くなる中小企業のマーケティングについては、岩崎邦彦教授の解説記事でも紹介しています)。
井上教授は、「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」の実行委員会副委員長を務めています。この賞は、法政大学大学院の教授だった坂本光司氏が2008年に始めた取り組みで、人を大切にする経営を実践する企業を表彰しています。
実は井上教授も、当初は「人を大切にするくらいで、経営が良くなるものか」と批判的だったといいます。坂本氏の立場は「人を大切にすれば経営は良くなる」というものですが、井上教授が重視するのは、その理念を企業の仕組みに落とし込むことです。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 理念 | 「人を大切にする」という考え方を掲げる |
| 仕組み | 評価や報酬、働き方、顧客との関係などの具体的な仕組みに落とし込む |
| 文化 | 仕組みが日々運用されることで、組織の文化として根づく |
出典:井上教授への取材をもとに編集部作成
長野県の寒天メーカー、伊那食品工業は、こうした考え方が広まる前から人を大切にする経営を実践してきた会社として知られています。井上教授は、書籍などで企業を紹介するときは、5〜10年ほど付き合ってから取り上げることにしているといいます。
人を大切にする取り組みを仕組みとして続けるには、社員の定着や働き方、人への投資の状況を継続的に把握していくことも役立ちます。
人を大切にする取り組みを見える化する
人を大切にする経営を仕組みとして続けるには、社員の定着や育成、人への投資の状況を継続的に把握することが役立ちます。DEFiDEの「HRキャピタルダッシュボード」は、ISO 30414に基づく11領域58指標で人的資本を可視化できるサービスです。
A. 「量の成長」は売上や規模の拡大を目指すことで、「質の成長」は利益率や企業文化、人の知識や見識を高めていくことです。井上教授は、量だけを追い続けると会社は「膨張」してしまうとし、中小企業は質の成長を目指すべきだとしています。
A. 井上教授は、規模の拡大は必須ではないとしています。大企業は規模でコストを下げる戦略をとりますが、中小企業は質によって「良い会社」と評価されることを目指すべきです。売上をあえて約10億円にとどめ、利益率約30%を保つ会社の例もあります。
A. 井上教授は、自ら経営した会社を「成長」ではなく「膨張」させ、倒産を経験しました。膨張とは、質が伴わないまま規模だけが大きくなる状態です。質を高めながら適した規模を保つことが、本当の成長だとしています。
A. 社員や顧客、取引先など、会社に関わる人を大切にすることを経営の中心に置く考え方です。井上教授は、理念を掲げるだけでなく、評価や報酬、働き方などの仕組みに落とし込み、文化として根づかせることが大切だとしています。
A. 研究室にとどまらず、企業の現場に足を運び、実務と理論を往復しながら経営を研究する姿勢です。井上教授は「研究の種は現場にある」とし、組織全体を見渡しやすい中堅・中小企業を研究の対象にしています。
では、中小企業が質を高めていくために、情報技術をどう生かせばよいのでしょうか。中編では、先端技術を先に理解して経営に生かす発想と、データを自社だけの「情報」に変える力について紹介します。
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