第6回
360度評価は、数あるHR施策トレンドのなかでも、1990年代に持ち込まれた比較的歴史が古い手法ではないでしょうか。
その分、日本企業での導入は進みつつありますが、一方で本来の目的を忘れてしまい、実施が形骸化している企業も散見されます。
360度評価が最初に日本に持ち込まれた時、メンバーシップ型雇用が大半の日本企業では、手法の刺激性が大いに話題になりました。
そのように、本来は実にセンシティブな情報であり、人事部門が本質的な目的を理解し運用しない限り、組織にはむしろ悪影響を及ぼすリスクもあるのです。
本記事では、今ではやや“当たり前”になりつつある360度評価の意義をあらためて考え、本来的なメリットを享受できる実践的なポイントを解説します。
多面評価とは、上司や同僚や部下など、あらゆる立場から評価をする方法です。
「タテ・ヨコ・ナナメ」の全方位の関係者を表現して「360度評価」と呼ばれることもあります。
従来の評価方法が上司による一方的な評価に依存していたのに対し、360度評価は評価対象者に対する多角的な視点を活用します。
より本人の気づきにつながるフィードバックを行うために、同僚、部下、他部署、時には外部の顧客やパートナーまでが評価に参加し、対象者の職務遂行能力、コミュニケーションスキル、チームワークなどを総合的に評価します。
360度評価はHRテックが進むアメリカで1980年代に導入され、その後世界中の企業に広がりました。
日本企業で360度評価が普及したのは、特に成果主義の考え方が人事管理で重視され始めた1990年代ごろです。
多くの企業が、従来の年功序列に基づく評価から成果やコンピテンシーに基づく評価へと移行するなかで、360度評価はこの変化を支援する有効なツールと見なされました。
個々の社員の成果を公平に評価し、個人の成長と組織の目標達成を両立させるための方法として、360度評価が注目されたのです。
また、昨今は働き方の多様化、特にテレワークやリモートワークの普及により、360度評価の持つフィードバックの有用性が一層高まりました。
物理的に距離が離れた環境で働く際、従来のように上司が部下の日々の業務を直接観察することが難しくなります。
このような状況下では、同僚や部下からの多角的な目線が活用できる360度評価のアプローチが、さらに注目されたのです。
では、日本企業での360度評価はどれほど進んでいるのでしょうか。
ある調査によると、360度評価(多面評価)を導入している企業は、年々増加しています。
2007年には5.2%、2018年には11.8%であったのに対し、2020年に実施した調査によると31.4%という結果でした。
また「今後も継続して実施する/今後実施してみたい」と答えた企業は、全体の半数(50.4%)を占めました。
参考:360度評価(多面評価)とは?活用メリットとデメリットを解説 | 人材育成・組織開発 お役立ち情報・用語集 | 人材育成・研修のリクルートマネジメントソリューションズ
前述したリモートワークやフリーアドレス、フレックスタイム制などの導入により、2020年以降、新たに360度評価を導入する企業が加速したことが想定されます。
また、近年は現場の意見を積極的に取り入れる「共創型の組織づくり」が重要視されていることも、360度評価の導入率増加に影響を与えているでしょう。
日本で360度評価が「人事評価」として活用されるのは、管理職のみなど部分的に留まっています。
評価慣れしていない一般社員の視点を、昇格や賃金に関わる人事評価に置き換えることは、抵抗がある企業がほとんどだからです。
したがって、360度評価という名称がありつつも、人事評価とは切り離して、能力開発や人材育成に活用するフィードバックツールという使い方をする企業が大半です。
また「360度調査」や「360度サーベイ」などと、あえて「評価」という名称をつけない実施形態も多くみられます。
本章ではその目的において多面的なフィードバックの効果をお伝えします。
多くの関係者、多くの視点を活用することで、結果の客観性が担保されることがメリットの一つ目です。
上司一人の評価では、得てして一方的な評価になりやすいものです。
たとえば、上司から見て当然の見解だったとしても、メンバーから見ると違和感を覚えることもあります。
上司評価と自己認識のギャップに、悩まれた経験を持つ方も多いのではないでしょうか。
360度評価では違った立場の人間がそれぞれの視点で評価することで、評価に客観性が生まれやすくなります。
また上司自身も「自分がメンバーのすべての場面を見ているわけではない」と不安に感じることもあるでしょう。
従って、実施済みの多面評価の結果も参考にしながら、総合的に人事評価を行うマネジメントも多いようです。
このように、360度評価はダイレクトに人事評価には使われなかったとしても、結果の客観性から「間接的に」人事評価に影響を与えていることもあります。
360度評価はさまざまな人から評価を受けるため、自覚がなかった「気づき」を得られやすいメリットがあります。
多くの関係者に全て等しく満点の対応をできればいいでしょうが、そのような人間はなかなか存在しません。
例えば「傾聴力」のような項目で、メンバーからの評価は高いものの、同僚からの評価が低いとします。
そんなとき「メンバーには育成視点で関わっているため話は聴いているが、同僚とはどちらかというと交渉モードで接しているかもしれない」と、心当たりを探るような気づきが得られます。
このように、結果の高低に一喜一憂するのではなく、「結果に凸凹はある」前提で自身の行動を顧みることが360度評価のフィードバックのポイントです。
サーベイ実施の際に、フリーコメントも記入する形式にすれば、より本人の気づきにつながりやすいでしょう。
評価項目を会社のビジョンやミッションをブレイクダウンしたものにすれば、行動レベルで会社の方針が浸透しやすくなります。
多くの場面や多くの人に評価される良い意味での緊張感から、社員はさまざまな場面で望ましい行動を意識するからです。
極端な例ですが、上司のみの一方向の評価だけであれば、上司とのコミュニケーション場面のみ行動を意識する社員も生まれかねません。
上司の前だけで‟良い顔”をする社員が、高い評価を得て昇格や昇給をすることは、周囲は不全感や不公平感を抱いてしまいます。
ややもすると、上司自身への評価眼へも疑念が生まれてしまうでしょう。
「こんな行動を会社として推奨したい」という方針を明確にし、360度評価の項目に反映することで、社員はあらゆる場面で行動改善の努力をするはずです。
苦手分野の行動改善は少し窮屈かもしれませんが「意識する」「行動してみる」のサイクルを繰り返すことで、いつしか自然に行動が定着する効果も期待できるでしょう。
360度評価は、メンバーシップ型雇用を前提としている日本企業では実は馴染みにくく、失敗しているケースも散見されます。
本章では、よく陥りがちな失敗のケースを2つお伝えします。
360度評価を導入すると、上司がメンバーからの評価を過度に意識してしまうあまり、日頃の指導が甘くなる現象があります。
例えば、「指導力がない」と思われたくないために、本来必要な注意喚起や指摘を控えるようになったり、成果に対する評価を甘くしたりすることで、結果としてメンバー育成に支障が出てしまうことが考えられます。
具体的には、指導すべきミスに目をつむったり、遅刻などの問題行動を放置したりすることで、パフォーマンスが下がることにつながる可能性があります。
上司が必要な指導力やリーダーシップが発揮できないことで、メンバーモチベーションや士気にも悪影響を与えるため、大きなリスクといえます。
そのため360度評価を導入する際は、特にメンバーから評価されることに抵抗感を持つベテラン層やマネジメント層には、注意点を丁寧に説明する必要があるでしょう。
360度評価では、評価者と被評価者の間で人間関係が悪化してしまう可能性があります。
例えば自身への評価が低かった場合、評価した人が誰であったかを考え、周囲に不信感を抱いてしまうことが考えられます。
「誰が悪い評価をつけたのか」と周囲の同僚を疑うことで、日頃のコミュニケーションに支障が出たり、些細なことでビクビクしたりする人も少なくはありません。
評価者側も、自分が厳しい評価を行ったことがばれたくがない余り、本来すべき回答ができなくなるリスクもあります。
逆に、対象者に対して自分が行ったフィードバックが改善されないと、360度評価の効果を疑問視する社員もいるでしょう。
このような社内の雰囲気が悪化してしまうと、360度評価の結果そのものの客観性や信頼性が損なわれてしまいます。
導入の趣旨や目的を社員に説明するとともに、建設的なフィードバックを徹底することで、心理的安全性を確保しながら実施できる状況をめざしましょう。
前章のような失敗ケースに陥らないよう、ここからは360度評価で必須となるフィードバックのポイントを2点お伝えします。
360度評価を社員の自己啓発や能力開発に利用する場合は、丁寧なフィードバックは不可欠です。
多くの場合、360度評価はさまざまな視点から評価されるため、厳しい結果も含まれるでしょう。
結果を見た人は自信を失って、モチベーションが低下するリスクも考えられます。
フィードバックは、以下のような観点で丁寧に行うことが重要です。
一時的にはショックを受けるかもしれませんが、ある意味「痛み」を得ることが、ダイナミックに行動変革する起爆剤にもなります。
結果に一喜一憂するのではなく、「ではどうするのか」と今後につなげる建設的なフィードバックは不可欠でしょう。
また「人事評価や給与待遇に反映するのではないか?」と懐疑心を持つ社員もいるかと思います。
そのため、人事評価や処遇決定の時期と異なる時期に行うなどの工夫も必要です。
フィードバックの結果を受けて内省するだけではなく、明日以降の行動改善につなげるのが成功の秘訣です。
360度評価はさまざまな関係者からの声が集約されたものなので、単に「自己理解」に留めるだけでは効果が限定的になるからです。
人事で結果をフィードバックした際に、本人がアクションプランを考えるようなワークシートを用意するのも効果的です。
例えば、職場単位で対象者が結果をどう受け止め、どう今後の行動改善につなげるかという発表の場を設ける取り組みを行っている企業もあります。
どのような評価も、結果のフィードバック時は真摯に受け止めるものですが、時の経過とともに行動改善を忘れがちになるものです。
結果のフィードバックだけではなく、アクション改善のプランニングまで考えてもらうことで、実践が期待できるようになるでしょう。
前章までで360度評価の注意点や成功ポイントを紹介しましたが、出発点になるのが「どのように実施するのか」という設計になります。
初めて360度評価を実施する場合は、すでに他社で実績がある汎用的なサーベイを実施して、そこから自社に必要な設計を検討するのがおすすめです。
特に「メンバーから評価されるのは抵抗がある」のようなネガティブ反応は、多くの企業で聞かれる声です。
そんな際は、実績があるHRのプロフェッショナルである企業が設計したサーベイを使うことは、社員の説得材料にもなります。
JOB Scopeでは、能力開発に特化したサーベイを独自に設計し、ご本人の強み・弱みを客観的に把握しやすい「360度調査」を提供しております。
現場での能力開発はもちろんのこと、人事部門が社員の育成ポイントを把握する効果も期待できるでしょう。
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360度評価は、フィードバックを前提としているため、社員の「回答のしやすさ」「結果の受け入れやすさ」が重要です。
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今回は、従来型の一方向評価とは大きく異なる360度評価について取り上げました。
360度評価が日本企業に持ち込まれた当初は「部下が上司を評価するなんて!」と、やや刺激的な要素にスポットライトが当たったこともありました。
そのセンセーショナルな面にばかり注目されてしまいましたが、実は心理学的にも他者の視点を自己理解や能力開発につなげることは意味があることなのです。
心理学者のジョセフ・ルフト(Joseph Luft)氏とハリントン・インガム(Harrington Ingham)氏の両名が、1955年に考案した概念として「ジョハリの窓」というものがあります。
具体的には、自身の特性を「4つの窓」(開放、盲点、秘密、未知)に分類したものとなります。「自分による自分の分析結果」と「他人による自分の分析結果」を統合して、該当する窓に当てはめていくことで完成させるものです。
このモデルによると、他人は分かっているが、自分は分かっていない「盲点の窓」を、360度評価では見つけやすくなります。
360度評価を活用することは、多くの関係者と協働して成果を出す「会社員」ならではの、成長支援なのではないでしょうか。