第2回
売上10億円の壁にぶつかる企業がチームビルディングをするべき理由
~部下育成とチームビルディングの本質~
2023/10/16
01 ―――
売上10億円の壁にぶつかる企業がチームビルディングをするべき理由
本シリーズの前回(1回目)で、売上10億円の壁にぶつかるベンチャー企業は課長や部長、マネージャーなどの管理職が機能不全になっていることを取り上げた。本来、果たすべき部下の育成やチームビルディングをほとんどしていない、若しくはできないケースが目立つ。その理由の1つには、社長や役員らが管理職の仕事をしているからだ。
確かに大企業のように社長や役員と管理職の間に明確な境界線を設けることは難しいはずではある。ベンチャー企業は管理職とはいえ、大企業のそれに比べると総じて年齢が若く、経験も浅い。まして、社員の定着率が低いために在籍する社員の大半がいずれは管理職になる場合もある。管理職の教育研修もできていないケースが少なくない。これではおそらく、部下を育成しようとしても問題が続出するだろう。社長や役員はたまらず、管理職の仕事をしてしまうのではないか。それが、ある意味で責任とも言えよう。
その状態が長く続くとその部署は事実上、管理職不在ともなる。指揮命令系統が混乱し、チームとして機能しない。管理職や一般職はしらけてしまい、退職するかもしれない。残ったとしても、覇気のない職場になる可能性がある。これでは、売上は5~8億円を維持するのが一杯だろう。10億円を超えるためには、1人でも多くの社員が懸命に仕事に取組み、適度に刺激し合い、競争をするような仕組みをつくらないといけない。
創業メンバーである社長や役員、一部の管理職が懸命に仕事をしたところで10億円を超えるのは相当に難しい。超えたとしても、5年以上継続するのはほとんどないだろう。日本には、売上が10億円以下の中小企業が無数にある。その大半は、売上が10億円以下だ。かつてはそれを超えようとしたのだろうが、できなかった。力尽きて、今は名もなき中小企業に甘んじている。
だからこそ、10億円の壁にぶつかるベンチャー企業はチームや部署を早急につくる必要がある。エネルギーや時間はかかるのだが、取り組むべきだ。スムーズに進むことはないのかもしれないし、苦難の道かもしれないが、10億円を超えた企業のほとんどが力を注いだことである。
⇨本シリーズの第1回目のコラムはこちらから
02 ―――
完全な機能不全になる仕組み
管理職が機能していない状態をこのシリーズを読む読者と共有するために、一例を挙げよう。これは、数年前に私たちの編集部のメンバーであるAが直面したケースである。
結論から言えば役員が部長の仕事を結果として取り上げてしまい、指揮命令系統が錯綜し、部署が機能していない。
舞台は社員数70人の教材編集制作会社で、売上が8億円。小中学校の算数や国語のドリルをつくる企画編集部で、部員は10人。40代の部長(課長兼務)の下に9人の一般職(非管理職)がいる。
担当の役員は温厚で紳士的であるが、マネジメントになると人が変わる。部下たちを常に抑えつけないと気がすまないようになる。
すぐ下には、優秀な男性の部長がいた。中堅企業に15年程勤務し、中途採用を経て入社。部下の育成などのマネジメントも、高いレベルに入る。部内では当初、役員よりも部長に敬意の念を抱く非管理職が多かった。
しだいに役員は嫉妬したのか、部長を非管理職のように扱う。部長は失態やトラブルをしてない。むしろ、順調に仕事をこなし、部下たちの心を掌握しようとしていた。
役員が頭越しに、それぞれの非管理職に報告を求めるようになった。役員と部長との間で役割分担や権限と責任についての取り決めはないようだった。互いにけん制し合い、深くは話し合わない。
非管理職である9人が部長を飛び越え、役員に直接報告をする。結果として「部長バッシング(部内全員で無視をする)」となり、陰湿ないじめになっていく。非管理職たちの多くの仕事が役員のところでストップする。つまり、判断待ちになる。完全な機能不全なのだ。
03 ―――
役員が部署を機能しないようにしている
Aは、あるプロジェクトをすることになった。部内でその仕事の経験が豊富なのは、メンバーAだけであったため、部長の指示で担当する。
Aがプロジェクトの一員でもある女性社員に教えようとすると、役員は介入する。ここでも指揮命令系統が錯綜し、機能不全となる。
役員は経験がないにも関わらず、指示をする。その意味がわからず、女性社員がAに尋ねる。役員はそれをさえぎる。常に自分が中心となり、あらゆる権限や情報が集中していないと気がすまないようだ。
役員は、いわゆるチームビルディングができていない。たとえば、部長との間で話し合いをして役員と部長のそれぞれの担当する仕事とその権限、責任を決める。そのうえで部員たちの仕事には、常に部長を通じて指示や命令をする。せめて、このくらいのことはしないとチームはつくれないはずだ。だが、役員は絶対にしない。
月日が流れた今、Aは役員の心には、もしかするとこんな思いがあったように感じなくもないという。
「自分を脅かす、優秀な部長や生意気な部下であるAを認めない」「常に、自分中心で組織を動かしていたい」
企業社会を広く見渡すとここまでのケースは少ないにしても、役員が部署を機能しないようにしているケースは特に売上10億円の壁にぶつかるベンチャー企業には少なくない。
04 ―――
部下を潰す人の2つのパターン
Aは退職後に50代のベテランの人事コンサルタントに事例を説明し、「なぜ、役員は部署を機能不全にしたのか。どうして部長やAをはじめ、部下たちの育成をしようとしなかったのか」と尋ねたことがある。
人事コンサルタントが答えたのは、次の通りだった。
その役員は下記の2つのパターンのいずれか、あるいは双方に該当するのではないでしょうか。
- 指揮命令系統に沿ってコミュニケーションしなければならない、という組織運営の基本原則を知らない
- 基本的に権限委譲する(任せる)ことが苦手である
一定程度の規模の組織で実務的な訓練を受けていないと、1のような組織的無知の管理職や組織感受性のない管理職が生まれることがあります。特に売上10億円いかの場合は多い。
2のタイプは、数多くいると思われます。管理職に任命される前に優秀なプレーヤーとして活躍していた人ほど、他者に任せる(=口を出さない)ことが苦手です。しかし、それでは仕事の範囲を広げることができません。
05 ―――
部下をやっつける3つの理由
Aは「役員が、部長やAの仕事を取り上げたり、介入をしたりと理不尽と思われる程度にやっつけてしまう」理由についても尋ねた。人事コンサルタントはそのようなタイプとして、主に次の3つを挙げた。
(A)やっつけてしまうことが、部下の育成につながると勘違いしている
(B)やっつけてしまうプロセスを通して、自身の優越感を覚え、自己満足している
(C)自分を脅かす優秀な部下を抑え付けようとしている
人事コンサルタントは、こう説明をした。
(A)と(B)が混じっているようなことが多いと思われます。(A)は部下を育成しようとしているのでしょうが、結果としては部下を潰してしまいます。つまりは、育成が下手なのです。
(B)はその上司が知らず知らずのうちに快感を得ている場合が多く、「自分は苦労して育成している」という気分におそらくなっているのでしょう。(C)は組織人として、論外です。
(B)と(C)は組織の利益というよりも自己の利益のために動いているのであり、そこのところを心得ていないと、このような問題は解決しないし、部下の心は収まらないでしょう
06 ―――
部下育成が下手な上司の2つのパターン
人事コンサルタントは、「部下育成が下手な上司には、少なくとも2つのタイプがある」とも指摘した。
1つは重箱の隅をつつくかのごとく、実に細かいところにまで仕事の指示・命令をするタイプ。もう1つは、プレイング・マネージャーとして部下の育成・指導をするものの、プレイヤーとしての仕事が一杯となり、部下の育成に手が回らない人たち。
前者のタイプは、たとえば、部下が考えた企画の論理の矛盾を指摘し、返答ができないようにして追い詰めていく傾向があります。部下が何もいえなくなると、勝ち誇ったようになる人もいます。「これはダメだ」「あれもダメ」と回答の出口を1つずつふさぎ、反論ができないようにすることもあります。「どうするんだよ!」「誰が責任をとるんだ!?」と追及することすらあるのです。
これでは、部下は答えようがないでしょう。部署も機能しない。今の時代ではパワハラとなり、否定されるべきです。
07 ―――
「10億円の壁にぶつかるベンチャー企業の実態を知らない」
1~6を読むと、「10億円の壁にぶつかるベンチャー企業の実態を知らない」といった反論があるかもしれない。確かにこのレベルのベンチャー企業では新卒、中途ともに採用で大企業やメガベンチャー企業で活躍するような人材がエントリーする可能性は低い。定着率も概して低い。こういう中で優秀な人材が生まれる可能性は高い、とは言い難い。
創業メンバーである社長や役員はしびれを切らし、自分たちで仕事をしてしまうのもわからないでもない。しかし、10億円を真剣に超えようとするならば、その意識を大きく変えるべきなのだ。10億円を突破できないのは自分たちのほうが優れていると思い、仕事を取り上げているからではないか、と問いたい。ややシビアなとらえ方かもしれないが、部下をもち、育成する責任がある現実から目を背けていないだろうか。
08 ―――
「部下は上司にとって自分の鏡」
ここで、私たちが数年前にヒアリングをしたある60代の元役員の話を紹介したい。この企業の売上は、すでに10億円を超えている。原動力となったのが、役員が管理職であった頃に意識を大きく変えたことだ。
管理職や経営者として部署の責任者をした頃を振り返ると、部下に対して「使える・使えない」といった言葉を使う場合はありました。原因はいろいろあるのでしょうが、実はその管理職が「使えない人を生み出している」のだと思うようになりました。
管理職は、突き詰めれば「自分の都合」で部下を「使える・使えない」と判断し、レッテルを貼っているように思えるのです。管理職が部下を思うままに動かしたいというのはごく普通の感情です。私が見てきた範囲では、「使えない」と言われていた部下が他の会社に転職すると活躍するケースが多々ありました。これを知ると、前の会社や部署では、さまざまな理由でたまたま適合しなかっただけでないか、と思えてきます。
管理職が「使えない」というレッテルを貼ると、職場で即時に伝染します。同じ部署の他の社員もそのように見るのでしょう。本人も、「自分はダメだ」と思い込むようになります。この伝染が怖い。「使えない」という固定観念が組織的に強くなります。「使えない」というレッテルは、間違いなく伝染するのです。
他の部下が、上司に「彼はそんなことはないと思います」とはなかなか言えないですね。言えるのは、ごく限られた人でしょう。特に補佐的な仕事をしてくださる方の中に、ほかの社員の仕事ぶりを見る目が鋭い人がいます。たとえば、「あの人はきちんと仕事をしていますよ。“使えない”なんてことはないです」と教えてくれます。上司はこういった意見を積極的にかつ真剣に受け止める必要があると思うのです。
実は、私も部下に同じようなレッテルを貼ってしまったことがあります。信頼している監督職から「あの人は問題が多い。なんとかして下さい」といった訴えを額面どおりに受け入れていたのです。
今、振り返ると、訴え(監督職にとっては真実ですが)に囚われていました。当時の私は、人の多様性を受け入れることができなかったのだと思います。自己採点をすると、30点くらいでしょうか…。人を受け入れる器量も狭かったのかもしれません。
そのためか、かつては多くの部下が辞めました。私に合う人は残り、合わないと思える人が辞めていきます。入退職が頻繁で、人材の自転車操業的な面がありました。それががんばっている部下にも負担をかけさせてしまったのではないか、と思います。次々と辞めていくからゼロから組み立て直しつつ、会社の業績を維持し、拡大していくのはなかなか辛いものがありましたね。
多くの部下が辞めていく直接の理由は、育成や成長への支援をはじめ、人材マネジメントが十分にできていなかったことにあると思います。つまりは、私の力不足です。結局、部下からの信頼がなかったのでしょうね。
たいした支援もせずに「使える・使えない」と部下にレッテルを貼っていたので、逆に部下からその反射(思ったことが跳ね返ってくる)があったのでしょう。部下が私を「使える・使えない」と判断していたのだろうと思います。そして「使えない」と判断して退職したのではないでしょうか。これは、部下に限りません。相手にレッテルを貼れば、逆に自分も貼られるものなのです。
部下を「使えない」と言っている上司には、反射が必ずあります。部下は上司にとって自分の鏡ですから、自らの弱さがモロに出ることがあります。自分が嫌なところや触れられたくないところが、部下を通じて出てくるのです。ゆえに、どこかのタイミングで部下がそのような問題を起こします。たとえば、本来するべきことから逃げていると、部下も同じように責任回避の問題を起こしたりするのです。
しかし、ある時期から考え方が変わりました。「すべての人は程度の違いはあれ、仕事に対してやる気を持っている」と痛感することがありました。私がレッテルを貼り、使えない人材を生み出していることに気づかされたのです。それからは、自身の思いや言動をあらためようとしてきました。その結果、定着率が次第に上がり、いわゆる人材の自転車操業的状態から抜け出すことができたのです。
今は、いや、本当ははるか前から信頼できる優秀な人材が大勢そろっています。20年前は私の人材マネジメントの力は自己採点で30点程度でしたが、役員定年で経営者を退任する頃は70点くらいにはなっていたのではないかと思います。今は相談役として、組織(部署)としての点数をさらに上げるように努めています。
私たちはこういう声を大切にしながら、売上10億円を超えようとする企業を支援している。
著者: JOB Scope編集部
新しい働き方、DX環境下での人的資本経営を実現し、キャリアマネジメント、組織変革、企業強化から経営変革するグローバル標準人事クラウドサービス【JOB Scope】を運営しています。