JOB Scope マガジン - コラム

第3回 売上10億円の壁にぶつかるベンチャー企業で管理職が機能しなくなる理由

作成者: JOB Scope編集部|2023/10/18

第3回

売上10億円の壁にぶつかるベンチャー企業で管理職が機能しなくなる理由

部下育成とチームビルディングの本質

 

2023/10/18






01 ―――

働き方改革による管理職のあり方の変化

 

前回(その2)の最後で、売上10億円を超えるチームをつくった人事コンサルタントの話を紹介した。今回(その3)ではそのコンサルタントが私たちに話したうちで、最近の働き方改革で管理職のあり方が変わってきていることをまず取り上げる。

10億円の壁にぶつかるベンチャー企業で管理職が機能しなくなる理由の1つとして、社長や役員が結果として仕事を取り上げたしまうことを私たちは前回では指摘した。この人事コンサルタントは働き方改革の影響やプレイング・マネージャーの問題も挙げた。


最近は働き方改革の影響で、特に残業の削減によって仕事がしたくてもできない人が増えてきました。管理職は部下をできるだけ早く帰そうとしていますが、部下の残った仕事を管理職が巻き取っていることが多いのです。

プレイング・マネージャーといっても、8割以上はプレイヤーであることが多いと思います。以前から少なくなっていた部下の成長支援など、マネージャーとして本来、割くべき時間がさらに減るという問題が生じています。

部下の行動や実績の把握が一層に困難になったため、従来のような半期(半年)ごとの業績評価制度や面談が有名無実化し始めました。その解決に加え、俊敏に環境に適応して効果的に組織の目標を達成しようと、「ワン・オン・ワンミーティング」を実施する企業が増えています。

上司と部下が頻繁に話し合う場ができたことはよいのだと思います。しかし、残念ながら、効果があまり上がっていないケースが多いようです。面談だけが先行し、上司が部下を単に「詰める」だけの場になっているケースがあるのです。

「ワン・オン・ワン・ミーティング」をするならば、「本気の傾聴」「心からの承認」「成長を促す質問」の3つのスキルは心得てほしい。これらを踏まえることなく、流行に乗るかのように実施すると、組織を劣化させる副作用が生じる可能性があります。

「ワン・オン・ワン・ミーティング」の品質は、上司の力量によって大きな差が出ます。そのばらつきをなくし、上司の器量の底上げを図ることが必要になるでしょう。そのためにまずは、上司が部下から信頼されるところから始めないといけない。自分が信頼していない人の言うことは聞かないものです。

 



本シリーズの第2回目のコラムはこちらから


02 ―――

上司の器量の底上げを図ることが必要

 

人事コンサルタントは「そのばらつきをなくし、上司の器量の底上げを図ることが必要になるでしょう」と話しているが、「上司の器量の底上げを図る」ためにはどうすればいいのか。

これは実に難しい。だからこそ、10億円の壁にぶつかるベンチャー企業では社長や役員は管理職から仕事を取り上げてしまうケースがある。捉え方によっては、管理職や一般職(非管理職)を信用していないとも言える。と同時に、自分を過信しているとも言えよう。

そこで、今度は下記に、私たちが3年程前にヒアリングをした女性の経営者の話を紹介しよう。人事労務の業界で、正社員数は20人前後。売上10億円には達していないものの、最近は業績好調だ。

女性経営者は部下を育成し、チームビルディングをするためには柔軟さが必要と説く。

「私も、その意味の柔軟さがなかった時期がありました。たとえば、20代に金融機関に勤務している頃です。「自分の考えが正しい」と信じ込んでいたから、上司から注意指導を受けると、いい気はしませんでした。

その後、経営する立場になると、自分が苦しいと感じる機会が増えてきました。仕事でも経営でも私生活でも…。これほどにがんばっているのに、なぜわかってくれないの?といった思いが強くなり、イライラする日が増えてきたのです。

私は、社員に怒ることがほとんどありません。強く言えないのです。言わない、というよりは言えない。性格によるものなのでしょうね。本当は言いたい時もあるのですが、言えない。だから、一層に苦しいと感じていたのだと思います。注意もできないくらいだったのです。



03 ―――

創業経営者は、社員に仕事を任せることができない?

 
 女性経営者は、こうも言っていました。

「苦しかった時期から、コーチングの先生に何年もレッスンを受けてきました。その場で「私の考えのどこがいけないのですか?」「間違ったことを言っている?」などと、何度も尋ねてきました。しだいに、考えを変えるようになってきたように思います。

たとえば、意見や考えが異なる人と仕事をする時でも、「ああ、こういう考え方もあるのだな」と言い聞かせ、受け止めるようになりました。今でも、繰り返し言い聞かせるようにしています。様々な意味で隔たりが大きい場合でも、言い争うことなく、“負けるが勝ち”と引き下がるようにもなりました。心の余裕が多少なりともできたのかもしれませんね。

10年以上前から組織づくりをしてきました。組織づくりは、弊社のような小さな会社ではすぐにはできません。少なくとも3∼5年が必要だと思います。

その場合、問題になるのは社長や役員が個々の社員を信用して、仕事を任せることができるか否か、です。小さな会社の特に創業経営者には、社員に仕事を任せることがなかなかできない方がいます。あらゆる仕事が社長に集中するようになっている場合もあります。打ち合わせや休日にも、社員から頻繁に電話が入るそうです。

このような状況では社員が育たないし、仕事がおもしろく感じないのではないかな、と私は思いました。ですから職員たちには可能な限り、権限を委譲し、仕事を依頼しています。1人が退職したとしても、ほかの職員がすぐにフォローできる仕組みをつくってきました。この仕組みで残業時間削減や有休休暇消化促進ができるようになったのだと思います。

仕事を社員に任せることができない社長や役員、管理職は「どうせ、(部下は)できない」と思い込んでいるのか、完ぺきなものを強く求めすぎているように私は思います。今は、「戦力にならないから切る(労働契約を解除する)」といった時代ではありません。戦力になるようにしていくしかないのです」
 



04 ―――

役員とは何ぞや?

 

女性経営者の「完ぺきなものを強く求めすぎているように私は思います」を、さらに違う観点から考えたい。

そもそも、社長や役員でありながら管理職の仕事をしていること自体に問題があるのではないだろうか。管理職が毎月受け取る給与には、管理職手当が含まれている。それを受け取りながら、部下を育成していない。

さらに社長や役員の報酬は通常、社内で最も高いはず。それにも関わらず、管理職の仕事をしているようでは採算が合わないだろう。これでは、10億円を超えるのは難しい。

厳しい見方かもしれないが、役員とは何ぞや、といった定義が社内であいまいであり、社長以下役員らで共有できていない可能性がある。

そこで役員の定義について私たちが4年程前に、人事コンサルタントであり、大学教授でもある60代の男性に「役員は何をするべきか」をテーマにヒアリングをした一部を次に紹介したい。




05 ―――

経営をする人を選ぶ、という意識が社長、役員に希薄

 

「役員ならば、少なくとも自社のビジネスの価値を語ることができないといけない。たとえば我々のビジネスはこういうところで、これほどに優れている。こんな顧客に、こういう価値をこのようにして提供できる。それで利潤を得る、というように。

さらに言えば、ビジネスの根幹をなす商品、サービスの市場や今後の動向、それらに対しての効果的な戦略、例えば、価格やそのあり方を次々と語ることができて当然なのです。いずれにも説得力があり、ビジネスとして実現をさせるだけの戦略がないといけない。

だが、このようなことを明確に語る役員は少ない。それどころか、経営について深く考えてこなかったと思える人がいる。管理職の延長線上のことをしていれば、役員として職務を果たしていると言い切る人もいる。

この認識は、誤りだ。日本企業では、役員は社員の昇格の「上がり」(ゴール)になっています。部長や本部長から役員を選ぶときに、経営を心得ているかどうか、という目で選んでいない。たとえば、「本部長のときに、こういう業績があった……」として選んでいます。経営をする人を選ぶ、という意識が社長、役員に希薄なのです」


 

06 ―――

かつての経験を語るものの、経営を語ることができない

 

「言い換えると役員とは何か、と深く議論をしていない。役員の定義、評価、報酬があいまいで、明確なルールが浸透していない。

この10数年は役員の数を減らす企業は、増えています。一方で執行役員を設け、その数を増やしている場合があります。しかし、双方の位置づけや役割があいまいで、経営と執行機能がきちんと分離されていない。

結果として、たとえば「役員会に誰を残すか、誰を専務にするか、執行役員から誰を役員会に入れるか」といった社内バランスで判断していることが多い。

最近は、チェック機能として社外取締役をおく企業が増えました。経営を語り、その会社にふさわしい価値を見据え、議論ができる人も確かにいます。一方で、かつての経験を語るものの、経営を語ることができない人も多数います。盛んに、不必要な議論をする人もいます。「使えない社外取締役」は、本当に多い」

売上が10億円の壁にぶつかるベンチャー企業では、社長や役員はプレイヤーとしては極めて優秀なのだろう。そうでないと、5~8億円には達しない。だが、経営層として10億円を超えるだけの事業戦略を描く力は伸び悩んでいるのかもしれない。仮にその力があるならば、10億円を突破している。

もしかしたら、「かつての経験を語るものの、経営を語ることができない人」なのかもしれない。それでも現在の事業戦略のままでの乗り越えようとする。ところが、行き詰まる。いつしか、管理職の仕事をしているといった状況になる場合もあるのではないだろうか。



07 ―――

経営やビジネスについて深く考え、深く語ることができる

 

この人事コンサルタントは、次のようなことも私たちのヒアリングで話していた。

大企業で言えば、総合商社や一部のメーカーなどの事業部制の会社に勤務し、ローテーションのもと、様々な上司に仕え、幅広い分野の仕事をして、高い実績を残してきた人は相対的に優秀な人が多い。その場合の「優秀」とは、経営やビジネスについて深く考え、深く語ることができることを意味します。考える力があるのです。

事業部制では、1つの事業部が1つの会社のようなものです。特に本部長や部長などの管理職は損益を真剣に考え、責任をもちます。マネジメント能力を磨かざるを得ない。中小企業の社長のような、ある意味での厳しさを持つのです。

市場などの環境変化が激しいと、商品やサービス、価格、コスト、ヒトなどについて常に深く考え、結論を素早く導かないといけない。グローバル化が進めば、なおさらのことでしょう。

こういう厳しい中、管理職どうしで激しい競争をします。おのずと優秀な人が生まれる可能性が高くなる。少なくとも、製造、営業、管理などと機能別組織の会社に長くいる本部長や部長よりは、経営やビジネスについて鋭い議論ができます。

機能別組織では、横の部署への人事異動が少ない。製造、営業、管理などからそれぞれのエースが役員会に入ります。彼らは「機能の専門家」であったとしても、「経営ができる人」とは言い難い。大企業で、環境の変化があまりない会社では今なお、こういうことが行われています。




08 ―――

役員の定義をあらためて考え直す

 

これは大企業についての言及ではあるが、実は10億円の壁にぶつかるベンチャー企業にも言えることでないか。つまり、経営やビジネスについて深く考え、深く語ることができるか、考える力があるのか否か。

これらの力がないまま、役員をしていると結局、管理職の仕事をせざるを得ないようになる。結果として、誰が役員で誰が管理職であるのか、はっきりとしない。指揮命令系統が錯綜し、部署が機能しない。チームビルディングも上手くはいかない。それで10億円を超えようと、創業メンバーの社長や役員、一部の管理職だけで必死に仕事をする。これが、災いする。本シリーズや前シリーズで再三述べてきたことだ。

10億円の壁にぶつかるベンチャー企業の経営層は、役員の定義もまた、あらためて考え直す必要がある。状況いかんでは、役員を変えることも必要だろう。人事コンサルタントが述べていたように、「役員会に誰を残すか、誰を専務にするか、執行役員から誰を役員会に入れるか」といった社内バランスで判断することは避けるべきだ。





著者: JOB Scope編集部
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