既存の人事制度を変更する場合、細かい変更ケースを除き「社員向けの説明会」という広報施策を行う企業がほとんどです。
多くの人事の方は、新しい人事制度を広報する際、社員からの反応が不安になることでしょう。
「反対意見が多い場合、どうしたらよいのか」「困った質問が出たら、対処できるのだろうか」などの心情になるのも無理はありません。
もちろん各種ケースを想定した上で、細部に渡って広報の準備をすることは必要です。
一方、全社員が納得・満足するような人事制度そのものがないのも現実です。
そんな時は、正確で詳細な情報だけではなく「人事としての本気度」が重要になります。
「入念な準備」と「本気度という熱量」があれば、たとえ制度施行時は反対意見があったとしても、きっとどこかで折り合いがつくはずです。
今回は、人事制度設計後に現場に広報を行う「説明」の場面を取り上げました。
社員を「同志」「顧客」と見なすバランス感覚を大事にしながら、新しい人事制度のお披露目について、場面設計を考えていただければ幸いです。
新しい人事制度の広報は、社員からのさまざまな反応が予想されます。
人事部門としては、人事制度を定着・浸透させるためにも、広報戦略は入念に検討する必要があるのです。
多くの場合では、人事制度の説明については「人事制度の変更決定時」「人事制度の運用決定時」の2段階を中心として組み立てを進めているでしょう。
人事としては人事制度構築が終わった時点で一段落つきたいところですが、人事制度が社員に受け入れられるためにも、説明の場面まで気を抜かないことが重要になります。
人事制度に限らず、社内システムの何かを変更する場合は、社員に周知徹底するための説明は不可欠でしょう。
特に、所属部門を問わず全社員に等しく影響を及ぼす人事制度に変更を加えた場合は、丁寧な理解を促す仕掛けが必要です。
たとえば、等級制度を職能ベースからジョブ型ベースに変更することを例に挙げましょう。
このような人事ポリシーの根幹に該当する変更を行う場合は、変更の方針が決定した時点で、第一弾の社内広報が望まれます。
具体的には、全社総会など全社員が集う場で、経営者からポリシーの変更の意図などを説明することが求められるでしょう。
この段階では細かい制度の説明より、制度変更に込めた想いを伝えることが重要です。
「自社がどのように未来を切り拓きたいのか」「そのために人事制度をどう機能させたいのか」など、制度変更のコンセプトを十分に理解してもらうことに重きを置くべきです。
もちろん実際に制度が施行される前には、人事制度の詳細の説明会も実施する必要があります。
ただ、人事部門は制度設計時に細かい検討に入り込み過ぎて、人事制度のコンセプトの浸透は意外におろそかになるケースもあります。
詳細な説明ももちろん重要ですが、経営陣を巻き込みながら、人事制度をどう社員に浸透させるかというストーリーテリングも忘れてはならない観点でしょう。
ここからは、人事制度を変更すると決めた時に社員に伝えるべき3つの観点について、解説します。
現在の人事制度のままで、今後も外部マーケットを勝ち抜ける見通しがあれば、人事制度改定の必要はないでしょう。
人事制度を変更するということは、外部マーケットで自社が生き残るために「社員一人ひとりの意識・行動を変更する必要がある」という場合がほとんどです。
先の見通しがききにくいVUCAの時代になったといわれてから久しいものがあります。
そんな環境変化を受けて、人事制度を改定する企業には、たとえば以下のような環境変化のケースが散見されます。
自社の事情だけでなく、外部環境の変化を伝えることで、新しい人事制度の必然性が社員に伝わりやすくなるでしょう。
前述した外部環境の変化に伴って人事制度を変更するということは、人事ポリシーが変化したと見なせます。
社員目線で具体的に考えると「会社に褒められるポイントが変更になる」ということになります。
特に老舗の製品・サービスがあったり、古い商慣習に強かったりする企業では、人事ポリシーの変化は最優先して社員に浸透させる必要があります。
先ほどの4つの外部環境変化例に応じて、人事ポリシーの変化を例にとって説明しましょう。
社員にとっては、「今までと同じやり方ではダメ」と、見方によっては不安感が強まる人もいるかもしれません。
ただし人事ポリシーはそれほど頻繁に変わるものではありません。 人事制度の説明の際には、会社としてのメッセージの変更は、矜持を持って社員に伝えるようにしましょう。
この辺りの説明から、説明は経営陣から人事部門にバトンチェンジすることがほとんどでしょう。
ここで注意したいのが、人事の専門家である人事部門が説明を担当すると、とにかく「細かく」「正確に」説明したがることです。
制度改定の決定タイミングで細かく説明をしすぎると、重要な事が社員の記憶に残りにくくなるリスクがあります。
前述の経営者からの説明で、外部環境の変化・人事ポリシーの変更までの理解が社員に進んだとしましょう。
この次の段階で伝えるべきは「新しい人事制度における最大の変更点」です。
細かい賃金レンジや評価のタームの変更などを伝えたとしても、社員の理解が追いつかない可能性があります。
それどころか、大事な制度の幹(コンセプト)が伝わらず、枝葉の情報だけが伝わり、社員の混乱を招きかねません。
人事部門としては、社員に影響が大きい数項目に絞って伝えることが推奨されます。
などです。
くれぐれも現象にとらわれず、前段の制度変更の必然性や人事ポリシーに絡めて「なぜこの変化になるのか」を浸透させることを心がけましょう。
人事制度の概要の説明とは別に、運用についての説明も重視すべき広報施策です。
新しい人事制度下では「いつ」「何をして」「誰が」「どんなツールを使って」など、詳細な運用プロセスを社員に周知徹底していきます。
人事制度のコンセプトは理解したものの、社員にとっては「日々の言動がどう変化するのか」という運用面は関心が高い事項です。
この段階の社員広報は、熱量や概念だけでなく、社員目線に立った具体的な説明が求められるでしょう。
ここからは、人事制度の運用についての説明で、留意すべき事項を2点紹介します。
運用に関しては、できれば管理職と一般社員層と分けて、広報施策を考えることが望ましいでしょう。
管理職は自らの言葉で、新しい人事制度の狙いをメンバーに浸透させる役割を担います。
ただし、現場管理職は決して人事の玄人ではありません。
従って、社員に制度を施行する前に、管理職のみを集めて、新しい人事制度について具体的な運用の流れをレクチャーする必要があるのです。
メンバーがいない場面では、管理職も分からないことは遠慮なく質問できるはずです。
場合によってはロールプレイング形式で、管理職によりリアルな場面を想定してもらいながらのディスカッションをすることも効果的です。
別途新しい人事制度に対しての評価者教育を施す場合は、そのアナウンスを行うと、管理職の運用不安も消えやすいでしょう。
いずれにしても、新しい人事制度を現場で生きた形で浸透させるには、管理職の言動が生命線となります。
人事部門としては、管理職全員が自部門で新制度を展開できるために、運用の疑問・懸念をなくすことを最優先して説明を行うべきでしょう。
人事制度の社員への浸透の難しい部分が「森の説明(制度の狙い・大きな運用の流れなど)」と「木の説明(具体的な運用手法や使用ツール)」のバランスです。
総論では賛成していたとしても、社員は日々の慣れ親しんだ行動がどう変わるのかが気になるものです。
一方で、HRの専門家でない社員に「等級基準が云々」「コンピテンシー評価」などの専門用語を羅列しても、記憶に定着しにくいでしょう。
従って、対面での情報提供と、説明後の情報提供を分けて考えることが重要です。
直接対面して話す場面では、制度の狙いや運用の流れをシャープに伝えることを意識してください。さらに、細かい制度の運用については、社内のイントラネットなどに詳細を閲覧できる仕組みの構築が効果的です。
閲覧できる情報は、人事制度の運用はマニュアルのような形式にし、分かりやすさを意識しましょう。
イメージとしては新入社員や中途社員が入社した際に、きちんと理解できるイメージを持ってください。
QAコーナーなども設け、社員から実際に生じた質問と返答をアップデートすることもおすすめです。社員の声を反映しながら常に更新を施し、最新の状態に保つことも考慮しましょう。
情報の仕組みが整えば、地方拠点にいる社員でも本社同様の情報が入手できることになります。
また、人事制度に関して情報説明・開示がきちんと行えていることは、人材採用場面でのアピール材料にもなるでしょう。
冒頭で説明したように、新しい人事制度のお披露目は、人事としては緊張感が高まる場面です。
人事制度の構築場面で、どれほど検討や議論を重ね最適と思われる人事制度であっても、全社員からの反応は予想がつかないものもあるでしょう。
だからこそ、人事部門という所属を取り払ってでも、社員の目線に立つことが重要になります。同志であり顧客である社員に、もっとも伝わりやすい説明が求められるのです。
極端な例ですが、同じジョブ型人事制度であっても、「人件費の総額管理のコントロールをしたい」と伝える場合と、「厳しい環境下でも、全社員の人的資本力で勝っていきたい」と伝えるのでは、全く印象が異なります。
時には経営陣と対立することも辞さず、“社員代表”の視点を持ちながら、人事制度の広報戦略を練るようにしてください。