目標設定方法・期中の関与方法のコツ
前回の記事「結果評価(目標管理制度)の運用のコツについて」で、目標管理制度(MBO)を本来的に機能させるためには、組織・個人双方の「握手」を意識することが重要と述べました。
組織の「やってほしいこと」を押し付けるだけでもなく、個人の「やりたいこと」を主張するだけでなく、双方が「握手している」状態で、理想的な目標を立てるということです。
これはつまり、業績向上(組織側の観点)と人材育成(個人の観点)の同時実現と言い換えることもできます。
MBOは業績目標達成のためのノルマ管理の仕組みではありません。
業績目標の達成はもちろんのこと、目標を担った本人の成長も叶っていないと、本来のMBOの価値は享受できていないでしょう。
今回は、目標管理制度を「業績向上・人材育成の双方」に好影響があるような、期初・期中・期末での実践的な運用メソッドを紹介します。
部分的でも良いので、自組織のマネジメントに取り入れられそうな運用ノウハウを見つけていただければ幸いです。
1.目標設定シートの記述のコツ
まずはじめに、目標管理制度の運用の前提となる目標設定シートの記述について言及します。記述するシートは企業によって様々ですが、設定方法にはポイントがあります。
5W1Hで設定するのは基本ですが、最も大切なのは、What(何を)、Where(どのレベル)、When(いつまでに)です。Whatは、KSF(Key Success Factor)として「目標達成のために取り組むべきもの」を明確化します。
たとえば、以下のような観点で、上司とメンバーは目標設定をチェックしましょう。
- 目標の「目指すべき方向性」の確認
- 現状把握からの目標とのギャップ共有(理想と現実のギャップ)
- 埋めるべき課題の確認
- ゴールに向けて達成するためのタスクやアクションなどの「努力の方向性」
- 目標達成までの年間を通じての「マイルストーン」
上司は、メンバーと一緒にこのような点を確認して目標設定する事が望まれます。
もちろん、目標設定を完璧にするだけでなく、期中の進捗のウォッチや、期末の納得感が高い評価状況も、マネジメントには求められます。
ここからは、目標管理制度の「期初」「期中」「期末」での運用ポイントを紹介していきます。
多くの企業は期初と期末の面談は行っているものの、期中のフォローは手薄になりがちなのではないでしょうか。
特にテレワークが一般的になって働き方も多様化している昨今においては、オンライン面談も活用しながら、従来以上にコミュニケーションを密にすることが推奨されます。
2.目標管理制度の「期初」運用のコツ
期初は、目標を設定する時期です。
多くの企業で目標設定面談は行っていると思いますが、実は「目標管理制度の成否は期初の目標設定で決まる」といわれるほど、最も重要な場面でもあります。
業績向上のためのコツ
組織業績を達成するためには、所属メンバー一人ひとりが組織目標を自分ごととして捉える必要があります。個人目標にしか目が向かないメンバーだけでは、「個人は達成・組織は未達成」のような事態が起こりかねません。
数値目標がある営業部門よりも、間接部門やルーチンを扱う部門において、組織目標がメンバーに浸透していないケースが散見されます。それは「安定的に業務を遂行する」など、組織目標が曖昧な設定になっていることが要因として挙げられます。
組織目標をメンバーに“実感が伴う”状態で伝えるためには、数値化・言語化して目標を伝えることを意識しましょう。
先ほどの「安定的に業務を遂行する」を例にとって、改善ポイントを紹介します。
メンバーに響かせるためには「顧客クレームを〇件減らす」や「応対時間を〇時間削減する」など、数値でブレイクダウンすることがコツです。
さらにメンバーの視座を上げたい場合は、間接部門の目標を売上数値に紐づけて言語化をするとよいでしょう。「クレームを〇件減らす→営業部門の時間を〇時間捻出できることにつながる→売上換算すると〇円相当の貢献が期待できることになる」と、売上・業績に紐付けたストーリーテリングを行うのです。
とかくコストセンターと呼ばれる間接部門は、会社業績に無関心になりがちです。ややもすると「稼ぐのは営業の仕事だ」と、自分に関係のない捉え方すらしてしまいます。
従って、間接部門では「目の前の業務は必ず会社業績につながっている」という図式を示すことが重要になります。メンバーが会社業績に関心を持ち、その視野を持ったうえで日々のルーチン業務に向かえるようになるからです。
人材育成のためのコツ
目標管理制度では、メンバーが自己申告をした目標内容をもとに、目標設定面談を行うのが一般的な流れでしょう。
目標設定面談を人材育成に活用するためには「この目標で今期はやっていこう!」とメンバーと合意することが必要です。
合意形成するための、面談での具体的なコミュニケーションのコツを紹介します。
- メンバーの意思を尊重するスタンスを崩さず、申請された目標に対して健全に意向をすり合わせする
- メンバーからの自己申告任せにしないで、マネジメント側でもあらかじめ各メンバーに対して期待目標を具体的に描いておく
- メンバーの目標申請に違和感がある場合は、鵜呑みにせずに意図を確認する。逆に、マネジャー側から一方的に目標を押し付けない
- 目標内容だけでなく、目標の達成基準も期初のタイミングで認識をすり合わせる
※少なくともメンバーのウェイトが高い目標項目についてだけでも、high(最高評価)・middle(中間評価)・low(最低評価)の基準を期初に決めておく
3.目標管理制度の「期中」運用のコツ
期中は、目標達成に向けて組織メンバーが次々と行動していきます。狙った商談が決まって奮起するメンバーもいれば、結果がなかなか伴わず中だるみするメンバーもいるでしょう。
マネジメントは、期中には個別メンバーの状況に合わせて関与することが重要になります。
業績向上のためのコツ
期中には、マネジメントは各メンバーの目標進捗状況を確認するかと思います。
業績向上のためには、進捗以外にメンバーの動き方や気持ちの浮き沈みもチェックし、要所要所で「見守っている」サインを送るのがコツです。
アメリカの古典的な心理学の実験で「ホーソン実験」というものがあります。
業務生産性には「照明」「報酬」などの物理的なインセンティブより、実験で周囲から「注目されている」という意識がモチベーションを高め、成果につながりやすいことが証明されたのです。
行動しているメンバーに「いつもあなたの動きに注目してますよ」というサインを出すことで、メンバーは安心感を抱きます。同時に、目標達成のために健全なプレッシャーを感じ、足を止めることはありません。
ただし、毎日進捗報告のための日報を出させるなどの、マイクロマネジメントは避けてください。「見守られている」ではなく「監視されている」とメンバーは認識し、窮屈に感じるでしょう。
あくまで“程よく”見守り、そのことを本人に“さりげなく”伝えるようにしましょう。
【とあるマネジメントの好事例】 パフォーマンスを安定的に生み出している組織のマネジャーは「曜日と時間を決めて、メンバーのスケジュールや様子を観察するようにして、必ず一つは良い点に着目し本人にフィードバックする」習慣があるそうです。 「あの顧客にアポイント取れたのか。すごいじゃないか」や「どんな資料を作ったか教えてくれないか?」など、内容は他愛もないものです。 ただ、これだけで本人は「見てもらえている」という嬉しさになり、さらには「気を抜けない」という心地よい緊張感が生まれることでしょう。 テレワーク下でも活用できそうな、コミュニケーションテクニックといえます。 |
人材育成のためのコツ
期初の目標設定面談と期末の目標評価面談は行うものの、期中の中間面談を行っていない企業は意外と多いようです。
マラソンでも折り返し地点では「もう少しペースを上げよう」など、監督からランナーへの指示があるかと思います。同様に、期中には中間面談を実施することが推奨されます。
中間面談の目的は「目標達成の障害を取り除く」と「メンバーのコンディションを整える」の2点です。
【目標達成の障害を取り除くポイント】
障害を取り除くためには、目標達成が危うい目標について「どうなったら達成できそうか」という具体的な要望をメンバーから引き出してください。
障害がどうしてもネックとなる場合は、目標の期中修正を行うことになります。
目標修正は上や横との調整が必要となるため、メンバーから修正に値する根拠をきちんと聞き出す必要があります。
根拠が曖昧なままメンバーが期中修正を求めてきた場合は、メンバーをきちんと説得できる厳しさも時には必要でしょう。
【メンバーのコンディションを整えるポイント】
メンバーの状況を整えるためには「半期動いてみた本人の感触」と「残り半期、何に注力するか」を確認します。
少し目標とは距離を置き、メンバーの育成観点でコミュニケーションを取るのもおすすめです。
あまり形式的にする必要はないため、メンバー自身がモヤモヤしていることを吐き出させる場と捉えるとよいでしょう。
きっちりとしたミーティングでなくとも、最近メジャーになりつつある1on1のような「気軽で・こまめな」面談もおすすめです。
4.目標管理制度の「期末」運用のコツ
いよいよ期が終わりました。
「今期が終わった……」だけで次の期に移るのではなく、この節目のタイミングをうまく業績向上と人材育成のために活用するようにしましょう。
業績向上のためのコツ
目標が達成できた組織も未達成だった組織も、期末を迎えるとホッと一息つくことでしょう。この「ホッと一息」という空気感を活用し、組織力強化のためのナレッジマネジメントを行うと効果的です。
メンバー全員の底上げが叶えば、一過性の達成ではなく、組織として目標達成の再現性が高まります。
たとえば、今期メンバーが作った資料の共有会などが代表例でしょう。
期初の緊張感が高い時期や、期中の走っている最中では、ナレッジマネジメントのような「重要度は高いものの、緊急度は低い」取り組みは難しいものです。
あるメンバーが汎用性高く良質な資料を作っていれば、組織の他メンバーに共有することで組織知化することができます。
「〇〇さんの資料は他メンバーにも活用できそうだから、共有のための勉強会を開催しよう」など投げかけをしてみましょう。照れるメンバーがいたとしても、むしろカジュアルな内輪の場でプレゼンテーションする訓練にもなります。
ゆくゆくは「月に一回程度、メンバー持ち回りで勉強会を開催する」とルーチン化する、あるいは「データベースに業界ごとの資料を入れ全員で共有する」とシステム化していくと、より組織力向上につながりやすいでしょう。
人材育成のためのコツ
期末の評価面談は、ほとんどの企業で行っていると思います。
しかし、期初や期中で目標内容や達成基準をきちんとすりあわせていれば、期末の面談は単なる結果の振り返りだけなので、実はものの数分で終わるものです。
人材育成のためには、期末の面談を「メンバーの振り返りの場」という定性的なリフレクションの場として活用するとよいでしょう。
その際、「ここは良く出来た」「ここがまだ足りない」とマネジメントが一方的にフィードバックするのは、メンバーの考える力を弱めるので避けてください。本人の認識を引き出すことを重視し、そのうえでマネジメント側からの見立てを伝えてください。
コミュニケーションの際は「ジョハリの窓」というフレームが参考になるでしょう。
メンバー自身が「ここは効力感があった」「この場面ではもっと粘るべきだった」という「自分が知っている」本人の姿を述べます。そこに照らして「私もそう思う」や「私からはこう見えていたよ」というマネジメント(他人)の窓を重ねていくイメージです。
まとめ
目標管理制度の運用は「面倒が増えた」「管理されている」というネガティブな反応を示す方も少なくはありません。しかしそれは、目標管理制度の本来的な意義を誤解しているからです。
今回ご紹介したように、多くの企業では期初・期中・期末と一年中何かしらの目標管理制度の運用をしていることになります。
それであれば、“やらされ感”だけで運用するのではなく、制度をポジティブに活用した方が得策なのではないでしょうか。
同じ制度・ツール・仕組みでも、組織の活力や底力につなげられるかどうかは、まさに使い手(運用)次第といえるでしょう。