人的資本経営/リスキリング

リスキリングに取り組むための「人事施策レベル」の観点とは

 

職業能力の再開発・再教育を意味する「リスキリング(Reskilling)」。

”流行り言葉”的に普及したため、リスキリングに取り組んでいる企業数は増えつつあります。

一方で、単発のスキル開発施策で終わってしまって、企業としてリスキリングが継続できない、または風土として定着しないなどのお悩みの声も聞かれます。

自律的にキャリアを捉える社員ばかりであれば、リスキリングは進みやすいかもしれません。ただし現実には、「目の前の仕事で手がいっぱいだ」「シニア社員の自分に今さらスキル開発は無理だ」など、さまざまな状況・考え方の社員がいるでしょう。

そのような一律ではない社員にリスキリングを浸透させるためには、人事施策・人事制度のフォローが不可欠です。

社員の自主性だけに学びを任せていると、いつまで経ってもリスキリングが企業の成長に結びつかなくなります。

今回の記事では、リスキリングを一過性の取り組みで終わらせないための、人事施策や制度のポイントについてお伝えします。

社員の日々の行動や意識レベルの変革、さらには企業の風土改革まで見越してリスキリングに取り組みたいとお考えの方は、ぜひ参考にしてください。

 


1.リスキリングの定着が左右される「人事施策レベル」の観点

リスキリングは単なるスキル開発の方策ではなく、環境変化が激しいこの先のビジネス環境下でも勝ち残るための取り組みです。

そのため、経営としての意思・施策としての適切さやスキル開発のフィット感・人事施策のフォローの3つがそろって、初めて企業の競争力を高めることにつながります。

1.リスキリングのスタート地点は「経営・戦略レベル」の観点

今回の記事では、リスキリングの促進や定着を分かつ「人事施策レベル」の取り組みにスポットをあてます。

多くの企業では、リスキリングは「人材開発」レイヤーでの取り組みと認識されています。しかし開発したスキルを仕事で実践するためには、フォローのための人事施策や制度が必要となります。

リスキリングを単発の施策ではなく、企業の成長力につなげるためには、リスキリングの結果を配置転換や賃金の増減に反映するような人事施策もセットで整えることが重要です。

しかし、人事制度を改変することは大がかりすぎて躊躇してしまい、結果的にリスキリングが根付かないケースも散見されます。

今回は、リスキリングが定着・加速するための人事施策や人事制度のフォローについてお伝えしていきます。

※以前公開したブログでは、「リスキリングの前に日本企業がすべき事は何?」をご紹介しています。こちらも、併せてご覧ください。
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日本企業と米国企業のアンケートの経年変化、最新動向、国内DX事例の分析に基づいて、DXの取組状況やDX推進の課題などが書かれた「DX白書2023」が2023年2月に公開されました。その中の「第4部デジタル時代の人材」のアンケート結果が示唆に富むものでしたので、本ブログで、幾つかご紹介したいと思います。

2.リスキリングの必要性を人事ポリシーに絡めて発信する

リスキリングを実施するなら、全社的な観点として今後の事業戦略をふまえて従業員にリスキルの必要性を発信する必要があります。

全社として学びに関するメッセージを伝えていくことは、大げさだと思われるかもしれません。しかし、リスキリングとは企業成長の要請であるため、本気度を伝えるために経営陣と人事部門で連携を取ってメッセージを検討してみましょう。

この際、組織の要請を一方的に訴えるのではなく、人材マネジメントポリシーに照らして、会社として従業員に約束することも共に伝えていくことが肝要です。

人材マネジメントポリシーとは、「会社は社員とどう向き合うか、そしてどう生かしていくか」という、会社の人材に関する考え方です。会社と社員の関係性を示すものであり、人事制度設計方針を固める前提となる「背骨」「よりどころ」です。

主に人事ポリシーは人事制度の設計方針や「求める人材像」の説明で活用するものですが、リスキリングの必要性を発信するという観点でも、親和性が高いでしょう。


3.現場に定着するための「学習サイクル」を構築する

次に人材開発施策として、現場にリスキリングが定着するメソッドについてお伝えします。

単発のスキル開発コンテンツ提供にとどまらず、社員の認知や自律的なキャリア形成を促す学習サイクルを構築していくイメージです。

学習サイクルの構築というと、人事部門主導の研修や学習コンテンツの提供が手段として考えられることが多いかと思います。

しかし、それだけでなく、異動・配置も含めた各種人事施策が、職場での実践を促しながら学習サイクルを後押しするものになっている状態が望ましいでしょう。

たとえば、リスキリングを「認知・選択・開発」のフェーズに分けた場合、このような仕組みによる支援が考えられます。

3.現場に定着するための「学習サイクル」を構築する

ここからは各フェーズの具体的な内容について解説していきます。

認知フェーズ

このフェーズでは、リスキリング推進のうえで望ましい行動や能力開発を、人事評価制度に反映します。

評価制度は社員の言動の指針となるものなので、リスキリングに向かう行動や姿勢が社員に伝わりやすくなります。

さらに能力開発の現状・目標・結果をタレントマネジメントで管理していけば、全社的なリスキリングの進捗も可視化できるでしょう。

選択フェーズ

リスキリングの選択フェーズでは、毎期毎期の目標管理制度(MBO)を活用することが推奨されます。

当期の担当業務や目標(Must)を設定する際、メンバーが大事にしたいことや今後の展望(Will)と、現状の能力・スキルの現状(Can)を上司・部下ですり合わせるよう機能させましょう。

体的なMBOの期初・期中・期末での関与もお伝えします。

期初・期中・期末のサイクルでの関与ポイントリスキリングのサイクルをきちんと運用していくためには、マネジメントの理解・協力を得て、日常の関わりを通じて社員に意図が伝わるようにしていくことが重要です。つまり、日常の業務推進サイクルと成長支援サイクルを同期させ、職場の中で認知・選択・開発の機会をつなげることが有効となります。

具体的な関与イメージ

【期初】
目標設定面談を行い、遂行する業務を設定するとともに、本人のスキル開発についての認知・選択を確認します。

【期中】
マネジメントによる業務支援+スキル開発支援を行います。その促進のために、全社人事施策としては人材開発委員会、各種サーベイ等の実施も考えられるでしょう。

【期末】
振り返り面談を行い、結果を確認したうえで、次の目標設定につなげます。

もし自己申告制度が整備されている場合は、部署をまたいだリスキリングもスムーズに進みやすくなります。

メンバーは自分の現状や今後の異動希望をもとに申告を出すため、今の業務にとらわれず人事や他部署の上席者との相談も可能になるでしょう。

開発フェーズ

開発フェーズでは、実際のスキル開発のための学習を、会社として一定のルールで支援します。

カフェテリアプランのメニューの拡充や、社外スクール・研修参加の補助が代表的な施策でしょう。


4.スキルに応じてジョブがセットになる人事制度にする

リスキリング施策を定着させるためには、人事制度の下支えも重要となります。

具体的には、リスキリングによってスキルアップした社員には、価値の高い職務に配置しなくてはなりません。そのうえで適正な人事評価を行い、マーケット競争力が高い報酬を支払う人事制度に整える必要があります。

多くの企業でその障害になるのが、人の能力を基軸とした職能資格制度でしょう。
職能資格制度では、スキルアップして等級は上がったとしても、ダイレクトに仕事の変化は起こりません。

一方、ジョブ型人事制度であれば、社員のスキルに応じた仕事のマッチングが可能となります。

ジョブ型の人事制度の導入だけではなく、制度を運用するためのツールや仕組みも重要です。全社員のスキル開発状況と、社内の全てのジョブをマッチングさせる作業を、手運用で行うのは、かなり負荷が高いからです。

一般的に人事施策は、ソフト面だけでなくハード面まで視野に入れて、初めて運用がスムーズにいくものです。
人事制度改定というソフト面を整えたのであれば、人事制度を運用できるツールやプラットフォームも導入検討すると良いでしょう。

DX人材育成のためにリスキリング施策を実施したにもかかわらず、人事業務がDX化していなければ、本末転倒のような事態も招きかねません。



5.人事施策レベルで陥りがちな落とし穴

5.人事施策レベルで陥りがちな落とし穴

ジョブ型人事制度の導入に代表されるような制度改定は、多くの企業にとって英断が必要なことでしょう。

そのため、人事制度の骨組みは変更せずに「運用で何とか乗り切ろう」と考えてしまう企業も少なくはありません。

たとえば職能資格制度を継続したままで、リスキリングを進めるようなケースです。
前述したように、スキル開発後は新しいジョブを付与することが必要です。しかし、職能資格制度では能力と仕事の関係性が曖昧なため、客観的な説明がつきにくくなります。

その結果、唐突な配置転換などの社内異動を繰り返すなどして、スキルとジョブをつなげる運用に陥りがちです。

社員としては仕事が変更になる基準が分からず、会社の制度運用に不信感を抱き始めます。その結果、リスキリングに向かうモチベーションも低下します。

運用で乗り切ろうとすることは、人事部門にも負担が及びます。
現場へのヒアリングや異動をスムーズに実現するための根回しに奔走し、人事としてのスキルアップすら怪しくなるでしょう。

制度を変更することは、一時は痛みや混乱が生まれますが、その後の運用は透明性を担保することができます。
一方運用でカバーする時は、中長期的な負荷や社員の不信感を生んでしまいかねません。

もしリスキリング施策実行後の理想的な運用を考えた際に、今の人事制度で実現しにくい・説明ができない懸念がある場合は、人事制度の改定も検討した方がいいかもしれません。

人事制度ほど大掛かりな施策が難しいとしても、他にも人事施策でフォローできることはあります。

たとえば誰がどの分野のリスキリングを推進しているかを公開されているだけで、社員のモチベーションは上がるかもしれません。インセンティブなどを付与すれば、さらに奮起する社員が増えるかもしれません。

リスキリングを加速させるためのフォローできる人事施策を考えないと、リスキリングの形骸化が進んでしまうリスクがあります。


まとめ

リスキリングの効果が確認できるのは、スキル開発そのものではなく、スキル開発した社員が新しい業務を開発した時点でしょう。

さらには新しい業務が会社の競争力につながることが実感できれば、社員一人ひとりが「自分も会社の成長のために、スキル開発をしよう」と奮起する可能性があります。

これだけ一般化したリスキリングなので、リスキリングそのものに反対する社員はそれほどいないかもしれません。

しかしリスキリングの本当の意義を確認し、自分の言葉で必要性を語れるレベルになるには、今回紹介した人事施策のフォローが必要になるでしょう。

リスキリングを現場社員に任せきりにせずに、会社としてのフォロー体制を整えられるかは人事のメインミッションです。

部分的にでも自社に取り入れられるものがあれば、参考にしていただければ幸いです。


JOB Scope編集部

著者: JOB Scope編集部

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