人事制度の設計フェーズで、真っ先に検討するのが「何の等級制度を採択するか」ということでしょう。
ただし人事業務に携わっていない方は、等級制度の種類や違いにすら、あまり関心がないかもしれません。
たとえば、昨今注目をされている「ジョブ型人事制度」ですが、「職務によって賃金が決まること」と、やや誤解されている方も多いようです。
最終的にはこの認識で間違いではないのですが、賃金を決めるためには「この職務は難易度がこれくらいで、このような特徴があり、この程度の成果が求められる」を定義した、等級が前提となるのです。
今回は知っているようで知らない「等級制度」について取り上げます。
等級制度を誤解したまま人事制度設計を進めてしまうと、どこかで歪が生じたり、検討が頓挫したりすることにもなりかねません。
特に、職務等級を始めとした新しい等級制度への転換を検討されている方は、参考にしていただければ幸いです。
「等級制度とは何ですか?」
この問いに答えられない社会人の方は、意外と多いのではないでしょうか。
「等級制度」とは、社員をその能力・職務・役割などによって区分・序列化し、業務を遂行する際の権限や責任、さらには処遇などの根拠となる制度です。
等級制度は、いわば人事制度の「骨格」です。
人事評価や賃金などの外的報酬の基準は、等級という骨格の上に組み立てられています。
特に転職をしてきた人は、前職企業の等級の考え方にひきずられていて、転職後に混乱するケースが多いようです。
等級が誤解されているのは、その組織の中では前提となってしまっているため、日常考える機会が少ないからです。人間が骨の形を知らなくても生活に困らないようなものです。
等級を分かりやすく説明すると「人を何かの基準によって、ランキングするもの」です。
相撲の番付表に横綱もいれば大関もいるように、企業における等級とは社員に格差をつけるためのものです。
「フラットな組織」「公平な人事評価」などと謳われる昨今では、「格差」というワードはやや違和感があるかもしれません。
では、なぜ等級というランキング基準が必要なのでしょうか。
前述の「格差」という言葉を好む人は、それほど多くないと思います。「人に上下はない」と考えるのも無理はありません。
しかし、実際の賃金や処遇は、企業の中にいる社員によって異なっているのが現実です。
その格差が「何の基準で」ついているかを示すのが等級です。
フラットを推奨しながらも、必ず格差がついているのであれば、その格差の基準を明言する企業の方が誠実であるでしょう。
「人事は正解のない世界」ということは、当コラムを通じてお伝えしている通りです。
だからこそ「自社は、こんな基準で社員の序列をつける」という人事にポリシーを、現実の人事制度構築に反映したものが、等級とみなすことができます。
年齢、勤続年数、役職、職務、能力、成果、過去の貢献……。
どの基準を使用するかに正解はありません。前述の転職による等級の違いに混乱するのも、企業の人事ポリシーによる違いが要因です。
だからこそ、自社の人事ポリシーを具現化したものとして、等級が存在するのです。
人事制度には、さまざまな要素が複雑に絡み合っています。
これらを等級によって有機的につなぐことで、人事制度の一貫性が保たれ、経営戦略を支える機能を保てます。
等級が人事制度間の整合性を保つことは、経営戦略をスムーズに社員の動きにつなげる要となるのです。
参考:『図解 人材マネジメント入門 人事の基礎をゼロからおさえておきたい人のための「理論と実践」100のツボ』をもとに、編集部にて作図
働く社員の立場から考えても、「何によって等級が変化するのか」を知らないまま働くのは、自分のキャリア形成上、非効率ともいえます。等級制度において社員を序列化する基軸には、大きく「能力」「職務」「役割」の三つの軸があります。
日本企業の等級制度の導入状況をみると、「職能資格制度」は72.0%、「役割等級制度」は59.7%、「職務等級制度」は50.3%となっています。
「職能資格制度」が安定的に7割前後で推移し、日本企業では最も導入率が多い状況です。「職務等級制度」は5割前後の導入率で、「役割等級制度」は2013年を底に増加傾向となり、近年導入企業が増えている状況がうかがえます。
選択率を見ると、複数の等級制度を組み合わせている企業も多いようです。
つまり、日本企業では職能資格制度をベースとしながら、職務等級や役割等級を組み合わせる運用をしている状況がうかがえます。
昨今、政府の呼びかけもあり注目を浴びている職務(ジョブ)型人事制度ですが、上記調査結果からも分かる通り、職務100%の等級制度は馴染まないのも事実です。
例えば、新卒採用文化がある日本では、職務価値に応じて等級を決めてしまうと、就労経験がない新入社員は著しく低い等級・賃金になってしまいます。
若手社員は、習熟に応じて安定的に等級が上がる職能資格制度をベースにしながら、ある職種やある年次から、職務等級制度を導入する企業がほとんどでしょう。
(もしくは、新卒採用対策としては、最も低い職務等級の賃金を、大卒初任給の水準に合わせる方法もあります。)
企業の人事ポリシー次第ですが、どのような形で職務(ジョブ)の概念を日本企業の等級制度に馴染ませていくかは、今後しばらく模索が続くでしょう。
職能資格制度は、研究者楠田丘が1970年代に提唱した等級制度です。
社員の能力の発展段階を「職能資格等級」として区分し、社員をいずれかの資格等級に格付けます。
職能資格制度の特徴は、全社一律共通の「能力」基準という点です。
職種や地域の違いで差が生じないため、公平性の担保や協力し合う風土醸成や、柔軟な異動配置による組織の流動性の担保というメリットがあります。
職能資格制度は「過去の蓄積」が重要視されます。
多くの企業では、今の等級要件を満たすと一つ上の資格に昇格できる「卒業方式」を取り入れており、降格はほとんど起こりません。
そのため職能資格制度=年功序列制度のような運用となっている企業の数は、実態としてかなり多いでしょう。その点で、外部労働市場での人材獲得力の低下や、総額人件費管理のしにくさがデメリットといえます。
年功序列のような運用になっている要因の一つが、等級基準が曖昧な企業が多いことも挙げられます。
仮に「ミドルマネジメント4等級~5等級」のような等級があったとします。この4~5等級の能力レベルの違いが、明確に提示されている企業は少ないのではないでしょうか。
等級基準が曖昧なことで「能力がついたため4から5等級へ昇格する」ではなく「40歳になったからそろそろ5等級に昇格する」というような、年齢による運用になってしまうのです。
いずれにしても、若手を育成し、調和を重んじる日本企業において、一定比率で職能資格制度は残り続ける可能性は高いでしょう。
少なくとも、等級基準を明確にすることで「どうなったら、次の等級に昇格するか」を開示できる運用が望まれます。
職務等級とは、現在従事している職務(ジョブサイズ)によって等級が決まる制度です。
1964年のアメリカで施行された「新公民権法」により、差別リスクが大きくなったことから普及しました。
職務等級のメリットは、職務レベルと賃金レベルが直結している(「同一労働・同一賃金」)という、合理性の高さにあります。
外部の労働市場に合わせた職務ごとの賃金を提示できるため、人材を採用しやすいことも大きな特徴です。
デメリットとしては、日本企業特有の「助け合い」や「育成」の文化に馴染みにくい点でしょう。仕事が変わると等級も変化するため、本人責任でない環境要因による人事異動がしにくい点も、日本企業には悩ましい課題といえます。
職務等級の定義について 職務等級を導入する際は、大前提として職務の定義が必要です。 職務の定義は「職務記述書」を作成することになります。 業務が流動的な日本企業においては、この前提となる「職務記述書」が作成できるかどうかという点も、制度導入への大きな課題となりがちです。 自社のみで職務記述書を作るのが不安な場合は、必要に応じて外部のHRプロフェッショナル企業の支援を得ながら、客観的な視点で職務の洗い出しをするのも推奨されます。 |
会社が付与する期待役割の大きさによって等級を設定するのが、役割等級制度です。
役割等級は、職務等級で細かく定義された職務の粒のうち、似た属性の粒を大括りにして箱にしたイメージです。
例えば「経理課長」「総務課長」「人事課長」という3つの仕事を括って「管理系マネジャー」を作るのが、役割等級です。
役割等級は、職務等級の日本企業への馴染みにくさを解決するために生まれました。
職務記述書による細かい職務定義を前提にしていないため、「記述書に書いていない仕事はやらない」という状況が起きにくくなることがメリットです。
役割等級は、職能資格制度の企業が“職務フレーバー”を注入したい時にメリットがあるため、導入企業が増えています。
しかしその運用は、各社試行錯誤の段階といえます。同じ箱の中での処遇の基準、上下の箱の間での昇格降格、横の箱の間での異動などの基準も各社さまざまです。
せっかく職務の概念を持ち込んだのに、運用で職能資格制度に戻ることがないよう、あらゆるケースを考えたうえで、運用ルールを決めることが必要でしょう。
高度経済成長期の日本では、多くの企業が職能資格等級を導入してきました。
頑張っている社員を高く遇することができ、次々にポストが変わる組織の柔軟性にも対応できたからです。
現代の日本企業は「過去の宿題」に直面している状況といえます。
企業の成長が踊り場になりつつある今の時代、過去の職能資格制度(あるいは年功序列制度)で曖昧に滞留させた社員を、どう扱うかに苦慮している企業は多いのではないでしょうか。
企業には説明責任があります。
等級において説明がつく形を求めると、合理的な職務等級を今後志向する企業が増えるのは、当然の流れでしょう。
一方、働く個人の観点でも「自分は何の階段(等級)」を登っていきたいのかについて、自覚的であることも求められます。
自社の等級制度、他社の等級制度を知り、自分の人生を主体的に選択するキャリア開発の考え方を身につける必要もあるでしょう。
冒頭で説明した通り、等級制度は、人事制度の骨格となるものにも関わらず、あまり意識している方は多くない現状があります。
会社が成長するためには、会社の成長に合わせた社員の成長が不可欠です。
社員の成長を促すためには、等級をもとにした期待の明示が大前提となるでしょう。
「とにかく努力して上の等級に行こう」という旧来型のコミュニケーションでは、若手世代を中心に持てる力を発揮できるか疑問です。
等級制度そのものの改定が難しい場合でも、「社員に期待を明示しやすい等級となっているか」の運用チェックは行うようにしましょう。