組織改革/ジョブ型人事制度

変革の時代、経営者・人事に求められることとは

 

「経営学は科学であり、実学である。」これは、とある有名な経営学者の言葉です。

経営というものは、合理性が求められます。特に環境要因などの変数が多い昨今では、「なぜその経営判断に至ったのか」という根拠がないと、社内外の納得が得られません。

一方で、合理のみでの判断では、経営を支えるはずの従業員の動きが伴わないこともあります。いくら正しい判断であっても、従業員の支持がなければ、企業の成長につながらないのは当然のことです。

今回の記事では、経営者の視界や、経営判断を従業員の動きにつながる人事の役割について解説します。ぜひ自社の状況を思い浮かべながらご一読ください。

 


1.経営学の真意とは

「コア・コンピタンス経営」「デザイン経営」「人的資本経営」……。
過去も現代もさまざまな経営学や経営論のトレンドがありますが、必ず共通しているのが「人にいかにアプローチするか」という点です。

経営学は、最先端の理論を知ることではありません。
本来の経営学とは「企業、組織経営に関わるすべての物事について、どうしたらもっと良くなるか」をさまざまな角度から考えていく学問です。
つまり経営は、一人ひとり違う考えを持った人間で形成された組織の中で起こる、あらゆる現象が対象となります。

そう考えると、経営学や経営論は経営者だけが知るべき学問というわけでもないのです。

「企業の経営は経営者が考える、企業の人事は人事部門が考える、企業の新製品・サービスは開発部門が考える」
このような分断の思考が、経営者の判断を現場に伝えにくくしているのではないでしょうか。

究極の理想をいえば、従業員全員が経営者的な思考を持つことが求められます。
スタートアップ企業の創業当時は、創業メンバー全員は立場は違えど「全員が経営者」の考えが強かったかと思います。

しかし企業の成長に伴い、組織を編成し、権限を委譲するプロセスで、いつしか「経営vs従業員」や「コーポレートvs現場」などに代表される、会社が分断される現象が起こるようになるのです。

松下幸之助が経営者として終始心がけて実行してきたのが、「衆知を集めた全員経営」です。「全員の知恵が経営の上により多く生かされれば生かされるほど、その会社は発展する」と松下は述べています。

経営者としてどんなに優れていたとしても、やはり全知全能という訳にはいきません。経営者が現場の視点を持つことと同様に、従業員が経営の視点を持つことも、また必要なのです。


2.経営者がなぜ孤独になるのか

経営者がなぜ孤独になるのか「経営者は孤独である」――このようなフレーズを聞いたことがある方は多いでしょう。
当記事の読者には経営者や人事部門の方もいらっしゃるかと思いますが、あらためて経営者の孤独の理由を考えてみたいと思います。

最終決定は自分一人だから

経営者は、企業としての決断を最終的に行う役職です。

事業が順調な時は、投資ジャッジや新規のサービス開発など前向きな判断が多いかもしれません。しかし現代のようなマーケット全体が冷え込んでいる状況では、時にシビアな決断も余儀なくせざるを得ません。

どれだけ優秀な能力の従業員が潤沢にいる会社でも、最終的に決定を下すのは、意思決定権がある経営者です。

経営者が経営判断を誤れば、たとえ順調であった会社でも雲行きが怪しくなる可能性があります。会社が傾けば、大切な従業員の生活を保障できなくなってしまうため、日常的にプレッシャーを感じている経営者も多いでしょう。

「自分が正しく判断しなければならない…」という考えによって、経営者は孤独を感じやすくなるのです。

経営相談をできる相手が少ないから

経営者の中には、相談できる相手が少ないことから、孤独感を抱える人が多くいます。

欧米を中心にエグゼクティブコーチングが普及しているのも、社内に相談相手がいないことが理由の一つでしょう。

経営者は、経営に関するさまざまな判断を下すため、ときには「本当にこれで良いのだろうか…」と悩むこともあるでしょう。
しかし、経営に関する悩みを従業員に話すと、経営の細かいことが分からない従業員を必要以上に不安にさせてしまいます。そのため、経営者は誰にも相談をしないまま決断を下すことが多くなります。

ただし、相談をすることと、判断の根拠・理由を示すことは別です。
経営者が一人で決断し、何も語らぬまま施策を実行してしまうとどうなるでしょうか。仮に企業存続のために、合理的な人事制度を導入したとしても、従業員からは「退職勧奨」「コストカット」など、不信な捉え方をしてしまいかねません。

会社を守るため断腸の思いで下した決断すら従業員に受け入れられず、ますます経営者の孤独は深まることになるのです。


3.変革の判断が求められる昨今の環境

経営者の孤独を深める要因の一つが、昨今のビジネス環境にもあります。
ビジネスは判断の連続ですが、経営者が判断するのは会社の業績を左右する事項ばかりです。

経営者は日々精神を張り詰めながら、重要な経営判断を下し、事業を前に進めようとしています。
過去を遡っても、さまざまな企業が業績の改善や持続可能な成長の促進に向けて、オペレーションの大掛かりな見直しを行ってきました。

かつてはこうした大きな変革は、市場センチメントや大幅な人員退職など、ある種の“非常事態”が絡んだ時のみでした。

しかしここ数年、変革の本質や間隔に、ある種の“地殻変動”が生じているのです。
CEOに対する調査でも、市場ディスラプションは頻度・インパクト共に増大していると、82%もの経営者が回答しています。

参考:「EY Global Board Risk Survey 2021」

つまり企業は、ビジネス環境の変化スピードに適応していくために、以前にも増して頻繁に変革を行うようになっているのです。

しかし結局は、その意思決定に従業員がついてこないと、本来的な変革は叶いません。
経営陣が思う変革の意気込みと、従業員の行動を一致させるには、従業員の実感が伴う形で変化を表現しなくてはなりません。

人事制度がもっとも分かりやすい例でしょう。
経営者は、新規事業に代表されるビジネスモデルの変革などは積極的に行います。しかし人事制度が旧態依然とした年功序列制度の場合、従業員はどのように受け止めるでしょうか。

いくら経営者がイノベーションを推奨したとしても、現実として評価され報酬が上がるのはアイデアを出した若手社員よりも、ルーチン業務を行うベテラン社員だったとします。

こうなると、経営者の英断は末端の従業員には本気度が伝わりにくくなってしまうでしょう。

 

4.経営者の関心事とは

日本能率協会が1979年から企業経営者を対象にしている「当面する企業経営課題に関する調査」をもとに、昨今の経営者の視界をさらに紐解いていきましょう。

参考:2021年度:当面する企業経営課題に関する調査【一般社団法人 日本能率協会】

中長期目線での経営課題は「人材の強化」

まず「現在の課題」の優先順位を確認しましょう。
当面する経営全般の課題としては、「人材の強化」「売り上げ・シェア拡大」が昨年より上昇しています。

 「現在」の課題(上位項目)の過去3年間の推移


コロナ禍が続くなか、当面は、売上を回復させ新たな成長軌道を描くこと。そして、その担い手となる人材を強化することが重視されていることがうかがえます。

注目すべきは、中長期目線での「3年後の課題」です。
3年後の課題については、「人材の強化」が第1位(36.9%)となっています。次いで、「新製品・新サービス・新事業の開発」(29.4%)が続きます。

 「3年後」の経営課題


経営者の視界としては、人材の強化は3年後の企業成長に大きな影響を及ぼす課題と認識されています。しかしながら、上記「現在の課題」項目では、収益性の向上の方が選択率が高いのです。

頭では人材強化は大きな課題と認識しつつも、現在は目先の収益に手がいっぱいで、着手できないもどかしさを抱えているのではないでしょうか。

「人事制度の見直し」が急務に

この調査では、組織・人事領域の機能別の課題も聞いています。
課題として想定される20項目に対して、特に重視しているものの選択率を確認すると、第1位は昨年同様に「管理職層(ミドル)のマネジメント能力向上」(34.2%)となりました。

この調査で着目したいのが、「人事・評価・処遇制度の見直し・定着」の比率が昨年の29.5%から33.8%へと増加し、第2位に上昇している点です。

組織・人事領域で重視する課題(上位項目)の過去3年間の推移


政府主導で、ジョブ型人事制度の導入や、新卒一括採用の見直しなど、いわゆる日本型雇用システムの見直しに向けた議論が広がっていることが背景にあると考えられます。

人事制度改革という大きな課題に着手する英断をする企業/しない企業で、今後大きく競争力に差がつくことが予想されるでしょう。


5.人事のプロとして経営者に寄り添う

経営者の中心にある課題が、人材の強化や人事制度の見直しにあることはご理解いただけたかと思います。
この状況で、人事はどのように経営に関与すべきでしょうか。

そのヒントとなるのが、企業の経営戦略と連動した人事戦略を意味する「戦略人事」です。数年前から海外企業や大手企業での戦略人事の事例が、HR関連の書籍やメディアに登場していることで、注目されているワードです。

戦略人事とは「戦略的人的資源管理(Strategic Human Resources Management)」のことです。企業の経営戦略の目的達成を目指して、人的マネジメントを行っていくことを意味します。

企業の経営目標や経営計画の実現と人的マネジメントを関連付ける人事であることから、従来の人事部門の業務にはない視点だと、多くの日本企業に刺激を与えました。

もともと戦略人事は、1990年代に米国ミシガン大学の教授 デイビッド・ウルリッチが提唱した考え方です。彼の著作である『MBAの人材戦略』には、戦略人事の中身についてまとめられています。

ウルリッチの定義による「人事の4つの役割」

「戦略人事」の考え方では、人事部門は管理業務に留まらず、経営者のビジネスパートナーとしての役割まで担っています。企業目標の達成のために、積極的に経営に参画する位置づけです。

前述の調査結果のように、経営者が人事制度改革を課題と感じているなら、戦略人事は不可欠な考え方でしょう。
とりわけ、経営戦略と連動した人事戦略を描く「戦略実現パートナー」、さらにはたとえ痛みを伴う変革であっても力強く推進する「変革推進エージェント」が重要になります。

人事の役割は、労務管理や給与支払いなどの実務だけではありません。
経営者が大きな改革を推進しようとしているなら、今こそ人事のプロとして経営者の英断に寄り添うべきではないでしょうか。


まとめ

今回は経営者の視点に焦点をあてながら、企業の競争力を上げるためのポイントを紹介しました。

ビジネスはロジカルに出来ているように思えますが、最終的には人が人を動かすことで成立しています。
冒頭で紹介したように「経営学は科学であり、実学である。」の真理は、ここにあります。

経営者は一人の人間であり、会社を形成している従業員もまた人間です。
「人事」の言葉を分解すると、“人を通じて事を成す”となります。不確実な時代こそ、経営と従業員の橋渡しを、人事部門が担うべきではないでしょうか。



JOB Scope編集部

著者: JOB Scope編集部

新しい働き方、DX環境下での人的資本経営を実現し、キャリアマネジメント、組織変革、企業強化から経営変革するグローバル標準人事クラウドサービス【JOB Scope】を運営しています。