職業能力の再開発・再教育を意味する「リスキリング(Reskilling)」。
これまでも自社の人材育成・人材教育は、ほとんどの企業で何らか取り組んでいるかと思います。
それにもかかわらず「リスキリング」という言葉がこれほどまでに注目されるのには理由があります。
その一つとして、リスキリングの目的が、単なる社員のスキル開発に留まらず、厳しいマーケット環境で、企業が生き残るためであることが挙げられます。
そのような大きな目的に則ると、リスキリングを自社で展開するためには、経営・戦略レベルの視界で取り組むべきといえるでしょう。
ただし、企業によってはリスキリングを人事・人材開発部門だけが主導で取り組んでしまい、リスキリングの真の狙いや経営の本気度が社員に伝わらない状況も散見されます。
今回はリスキリングに本気で取り組む際の「経営・戦略レベル」で考えるべきテーマについて取り上げます。
今後リスキリングの実施を検討したいと思われている方はもちろんのこと、現在リスキリングを実施しているものの、社内への浸透に課題を感じている方も、ぜひ参考にしていただければ幸いです。
リスキリングは単なるスキル開発の方策ではなく、環境変化が激しいこの先のビジネス環境下でも勝ち残るための取り組みです。
そのため、経営としての意思・施策としての適切さ・スキル開発のフィット感・人事施策のフォローの3つがそろって、初めて企業の競争力を高めることにつながります。
今回の記事では、リスキリング実施のスタート地点である「経営・戦略レベル」の取り組みにスポットをあてます。
リスキリングの取り組みが単発で終わってしまう、または社員が真剣に取り組んでいないケースでは、経営・戦略レベルでの取り組みが欠けていることが多いでしょう。
経営レベルでの強いメッセージの発信や、その意思に見合ったコスト投下などがなされていないと、社員のコミットメントは生まれにくくなります。
ここからは、経営・戦略レベルで考えなくてはならない取り組みについて紹介していきます。
リスキリングに取り組もうと思う企業のほとんどが、「これまでと同じ方法・同じ人員で、この先のマーケットを勝ち抜いていけない」という危機意識がきっかけとなっていると思います。
危機意識を抱いて拙速にリスキリングの実行施策に取り組むのではなく、まずは自分たちが置かれた環境分析を行うことをおすすめします。
リスキリングは比較的最近生まれた新しい概念なため、社員はおろか経営陣の間でも「なぜリスキリングに取り組むのか?」という必然性や理由がバラバラとなる懸念があります。
そのため、リスキリングに取り組むべき背景を環境分析しておくと、関係者間で認識がすり合いやすくなります。
ここからは、市場環境を分析する3つの切り口について紹介していきます。
業界によって環境変化のスピードや中身はさまざまですが、10年前と環境変化を全く感じないという企業は少数ではないでしょうか。
多くの場合は、以下のような環境変化に心当たりがあるのではないかと想定されます。
【環境変化の例】
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以上のようなことを「この先、自社が戦っていくマーケットは、このような厳しい状況である」に力点を置き言語化します。
そのことで、よりリスキリングに取り組む必然性の説得力や客観性を、社内の共通認識とすることができます。
いくら環境変化が激しかったとしても、競合他社が何も手を打たないとしたら、もしかしたら自社もリスキリングに取り組む必要もないかもしれません。
ただし事業を営んでいる以上、競合も環境変化に何らかの対策は実施するでしょう。その動きを分析し、それなら自社はどうするのかという検討を行います。
具体的には、競合の動きについて以下のような観点で分析を行うようにしましょう。
【競合分析の観点】
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特にリスキリングの観点でいくと、新しい製品・サービスの開発などの動きに注視が必要です。
競合企業が新しい製品・サービスを開発するためには、社員のリスキリングや人材採用の動きが裏で起こっていると予想されるからです。
最後に、この先のマーケットで競合と戦っていくべく、自社についての内情を分析しましょう。
なお、リスキリングに取り組む企業の多くは、自社分析は行っているかと思います。
自社分析に加えて、外部環境分析や競合分析があることで、より相対的・客観的に自社が置かれた状況が把握することができます。
つまり、リスキリングに取り組むべき説得力や危機意識が増すことになります。
自社分析を行うには、以下のような観点で行ってください。
【自社分析例】
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特にリスキリングに取り組む場合は、現在の社員のスキル状況を把握することがスタート地点となります。
環境変化に対応するために「どのようなスキルが必要で(あるいは不要で)」「どの社員の何のスキルに手を打てばいいのか」を検討する必要があるからです。
スキルマップがあれば問題ありませんが、スキルレベルでの社員のタレントマネジメントを展開している企業は、そこまで数は多くはないのではないでしょうか。
その場合は、社員のスキルをどのようなツールを用いて把握・管理していくかという、仕組みの構築も合わせて検討するようにしてください。
前述した3つの観点での市場環境分析を踏まえた際に、経営戦略の実現を支える人材戦略を構築することが重要です。
スキル開発を唐突に検討するのではなく、経営戦略を実現するための「求める人材像」を明確にすることが求められるでしょう。
ここで注意したいのは、求める人材像を描くのはスキルに限ったことではない点です。
スキルは発揮されて初めて効果をもたらします。
そのため社員の「自律性」や「エンゲージメントレベル」など、スキルを活用して戦って行く上で、求めたい思考や行動レベルで人材要件を描くことが望ましいでしょう。
描いた人材戦略に対して、現状そして現状とのギャップを定量的に把握した上で定期的に見直しを行うことが重要です。
これは、経済産業省の人的資本経営に取り組む提言、通称『人材版伊藤レポート』の3つの視点のうちのひとつである「As is-To beギャップ」といえます。
ギャップを埋めるために、経営戦略として優先的にセットすべきスキルを策定していくのです。
リスキリングを経営戦略として掲げるのであれば、経営陣から社員へのメッセージ発信という形で広報を行うべきでしょう。
リスキリングへの取り組み範囲にもよりますが、できれば全社総会など直接経営者が発信できる場を活用することが望ましいです。
経営陣からの広報があることで、社員にも「本気でスキル開発に取り組まなければ、自社の立場が危うくなる」という危機意識が伝わりやすくなるでしょう。
また、広報戦略は「方針レベル」と「実施レベル」で区分して組み立てをすることが推奨されます。
経営からは方針レベルの発表を行い、具体的な実施レベルでは部署単位などメッシュを細かくして、人事部門から広報を行うことが一般的です。
ここまでで紹介した経営レベルでの取り組みをスムーズに進める時に、多くの企業で障害となりがちな落とし穴についてお伝えします。
経営レベルでリスキリングに取り組むと決めたとしても、その決意表明や広報が単発で終わっている企業は少なくはありません。
リスキリングはある種の“流行り言葉”でもあるため、経営方針として掲げる企業は多いといえるでしょう。
一方で、企業の競争力を上げるほどのスキル開発は、それほどスピーディーには進められない現状もあります。特にシニア社員を対象とする場合は、リスキリングの前にアンラーニングをする必要とするケースが多いでしょう。
「アンラーニング(unlearning)」は、日本語では「学習棄却」と訳されます。
「学ぶ:learning」に否定を意味する接頭辞「un」が付いているため、「“学ぶ”の逆」という解釈になるでしょう。
新しい分野の知識を習得する際、これまでの知識・経験などを一度捨て去り、ゼロベースで学ぶほうが知識の習得に効果的とされているからです。
このように、リスキリングは現状のスキルをリセットすることを含め、中長期の長い道のりになることも想定されます。
経営戦略として方針は発表したものの、その後の進捗や成否が語られない場合は、社員も徐々にリスキリングに取り組むモチベーションは落ちていくことが予想されます。
経営レベルで取り組むと覚悟を決めたのであれば、その後も要所要所でリスキリングによる成果や、外部環境の変化からさらに開発が必要なスキルを注視しましょう。
そして、進捗や次の打ち手を社員に語り続ける必要があります。
経営陣の意思や事業戦略が絡まないリスキリングは、もはやリスキリングではなく「単なる社員のスキル開発」といっても過言ではありません。
労働力が不足している昨今、現在の社員の持つポテンシャルは最大限に発揮、あるいは倍レベルで発揮してもらう必要があります。
社員の目線に立つと、目の前にある仕事では活用できないかもしれないスキルを、今の仕事を続けながら開発するのは、大変な労力でしょう。
社員自身としても「新しいキャリアを切り拓くために」という未来志向で、リスキリングに取り組む視野も求められます。
そのため、経営からの強固な意志と強烈なメッセージ発信が、リスキリングには不可欠となるのです。
今回ご紹介した「経営・戦略レベル」の観点での取り組みを参考にしながら、会社としてリスキリングに注力できる状態を目指すようにしてください。