組織改革/ジョブ型人事制度

ジョブ型人事制度の導入の壁と、機能を最大化させる運用ポイントとは

 

ジョブ型人事制度の重要性を頭では理解しつつも、なかなか導入に踏み切れないという企業は多く存在します。

ジョブ型人事制度は、従来日本で行われてきた柔軟な人事配置や職能資格制度と、相いれない部分があるのも事実です。そのため導入にあたっては、人事制度の骨格のみならず、社内風土の刷新など事前の対策が必要となります。

同時に、ジョブ型人事制度の導入は前向きに捉えつつも、運用がイメージできないという声もよく聞かれます。人事部門としては最終的に制度の理念が根付くまでのデザインも、不可欠な観点でしょう。

今回は、ジョブ型人事制度の導入における課題と、スムーズに導入するための運用ポイントについて解説します。

 


1.ジョブ型人事制度の導入障害となる課題とは
【導入前の準備編】

ジョブ型人事制度を導入しようとすると、従来型の日本の雇用制度で弊害になる要素があります。ジョブ型人事制度の導入を阻む課題を紹介するので、自社でどの程度対処できそうかを考えながらご一読ください。

  1. 職務記述書を明確に書けない
    日本型の職能型人事制度では、良くも悪くも業務の可変性が高く、業務の定義が曖昧になりがちです。

    ジョブ型人事制度を導入する場合、対象となる業務の仕事内容や業務フロー、成果責任などを「職務記述書」として明確に定義する必要があります。

    人事部門では、組織名称は理解していても、現場業務の標準的な仕事内容を細かく把握できていないケースも少なくありません。現場の管理職に協力を仰いだ場合でも、管理職によって業務範囲やミッションの捉え方が異なっている可能性もあります。

    また、日本企業では「手が空いているなら、別従業員の業務を手伝う」という風土もあり、さらに職務内容を曖昧にしてしまっている状況があります。

    職務内容が曖昧なまま職務記述書を作り始めるのではなく、まずは現状の業務の可視化を進める必要があるでしょう。

  2. 働く側のスペシャリスト意識が乏しい
    ジョブ型人事制度を導入するということは、従業員には一定範囲での専門性を高めてほしいとのメッセージとなります。

    ただ、従来日本では新卒採用の慣習があり、入社後はジョブローテーションを経ながら、ゼネラリストを育成してきました。
    そのため、「特定領域のプロフェッショナルである」という自覚が、働く側の従業員に備わっていない場合もあります。

    結果として、目指す人材像が異なるジョブ型人事制度へ移行しようとしても、従業員の意識が追いつかないケースもあるでしょう。

  3. 評価制度が整っていない
    日本では、従業員の職務遂行能力を基準として社内ランクを決める「職能資格制度」を採用している企業が大半でしょう。

    ジョブ型人事制度においては、職務基軸で労働対価に対して評価されるランクの仕組みにする必要があります。その際、等級制度や賃金制度を変更したとしても、評価制度にまで着手できず、苦心してしまう企業もあります。

    職能資格制度化における評価制度は、往々にしてプロセス寄りになりがちです。「上司に好かれる人が高評価を得る」「長時間働いた従業員の評価が上がる」など、属人的な評価がまかり通っているケースも散見されます。
    しかし、ジョブ型人事制度では、職務内容ごとに明確で客観性が高い評価基準を設けることが必要となります。

    等級制度や賃金制度を整えたとしても、評価制度が旧態依然のままでは、従業員の日々の動き方や注力ポイントは変化させられません。

  4. 職務変化・降格への対応が整っていない
    ジョブ型人事制度の思想に則ると、職務に求められる成果に満たない従業員は、残念ながらジョブチェンジすることになります。
    また、本人責任以外の事業再編や撤退などの外部要因で職務がなくなった場合は、雇用そのものが失われることが一般的です。

    ただ、そこまでドライに運用するのは、あくまで海外企業のケースです。
    日本では労働基準法で解雇の条件が厳しく規定されているため、雇用側の事情で人を辞めさせることはできません。仮に降格をしてもらう場合も、本人への通達は慎重なフローを踏む必要があります。また次のポジションの用意など、社内再配置の仕組みも不可欠でしょう。

    「職務がなくなった場合の対応を決めていない」「ジョブチェンジやキャリア転身制度が未整備」という状態でジョブ型人事制度を導入すると、運用でほころびが出るリスクがあるのです。

  5. 管理職のマネジメント力が物足りない
    ジョブ型人事制度に限らずですが、人事制度の運用は管理職の力量に左右されるといっても過言ではありません。

    現実的に従業員の気持ちや行動を変化させるのは、現場の管理職のマネジメント力に委ねられるためです。また、職務内容が変わった場合や、ポジションに空きが出た場合は、職務記述書の更新も管理職に依頼する必要があります。

    そのため、管理職にはジョブ型人事制度の知識のみならず、メンバーに働きかけるコーチングやリーダーシップのスキルは不可欠でしょう。

    管理職のマネジメント力が不足している状態でジョブ型人事制度を導入してしまうと、運用で従業員からの不満が噴出する事態も招きかねません。

  6. 減給に対して心理的な抵抗が強い
    ジョブ型人事制度の思想は「同一労働・同一賃金」となります。そのため、本人の責任でなかった場合でも、職務内容変更に伴い、給与が下がってしまう従業員が出る可能性があります。

    あまりにも大幅な減給は、「労働契約法第9条の不利益変更」に該当するリスクもあります。労働条件に変更が生じる場合は、対象となる従業員と面談を実施の上、必ず同意を得なければなりません。

    複数の従業員から減給に対する反発を訴えられると、場合によってはジョブ型人事制度の導入が頓挫してしまうことも考えられます。

    事前に賃金シミュレーションを行ったうえで、どの程度の従業員に影響が出るかを把握し、対応を検討する必要があるでしょう。

2.ジョブ型人事制度の導入はスタート地点

ジョブ型人事制度の導入はスタート地点

課題を乗り越えてジョブ型人事制度を導入したとしても、制度構築そのものは終わりではありません。

企業を形成しているのは組織であり、組織を形成しているのは一人ひとりの従業員です。
組織開発の研究者エドガー・シャインは「共通の目的や目標を達成するために、分業や職能の分化を通じて、多くの人々の活動を合理的に協働させること」と、組織を定義しています。

組織の名称の通り、その中にいる従業員は「組む(目的を共有している)」「織りなす(協働している)」活動を通じて、組織業績に貢献しているのです。

つまり、制度という仕組みを構築しただけでは、仕組みで狙った成果が出るわけではないのです。

人間の根源的なやりがいを示唆する事例として、第一次世界大戦後の好景気に沸く1920年代のアメリカで行われた「ホーソン実験」というものがあります。
 
ホーソン実験では様々な実験を行っていますが、組織の人間関係が、生産性や製品の品質に影響を及ぼすという結論が導き出されています。
この結果は、心理的安全性がチームの生産性を高める重要な要素であるといった直近の組織学の動きと関連性があるといえます。

このように人事制度は単なる箱・骨組みであり、そこに魂や血を通わせるには運用する人間次第なのです。

仮にジョブ型人事制度へと改定した場合、人事部門は制度変更の従業員説明会を実施して「ようやく終わった」と、運用を現場に丸投げしてしまうケースも少なくはありません。

ジョブ型制度が従業員の成長に寄与させるためには、運用が要となります。制度の狙いに応じて、日々の動きを変化させるまでの運用を視野に入れましょう。


3.ジョブ型人事制度を機能させるためのポイントとは
【導入後の運用編】

ジョブ型人事制度を本来的に機能させるためには、どのようなことを意識すればよいのでしょうか。運用で重要となる7つのポイントについて解説します。

  1. 経営者自らがメッセージを発信する
    人間は既得権益の観点から「現在手にしている利益を守りたい」という心理があります。そのため、たとえ良い制度であっても、新しいものに対しては抵抗を示す傾向があるのです。

    ジョブ型人事制度を導入する場合も、内容の良し悪しにかかわらず、不満や不安を訴える従業員は一定数存在するでしょう。

    従業員の心理的なハードルを乗り越えるためには、経営者が自分の言葉で強いメッセージを発信することが要諦になります。

    「会社の未来のために、なぜジョブ型人事制度なのか」「従業員にとってどのようなメリットがあるのか」を、何度も語る必要があるでしょう。
    場合によっては、ジョブ型人事制度で大きな影響を受ける従業員には、経営トップ自らが面談をすることも効果的です。

    特に制度を変更すると決めた初期段階に、経営者が従業員にメッセージを発信することで、無駄な軋轢を防ぎやすくなります。

  2. 部分的な範囲から導入を進める
    いきなり全社的な人事制度改定を進める影響が読み切れない場合は、部分的な範囲でジョブ型人事制度を導入するのも一手段です。

    職種や部署によっては、「流動性が高く、明確に職務内容を規定しにくい」「若手が多いためメンバーシップ型人事制度の方が適しやすい」などの事情もあるでしょう。

    例えば、専門性が明確な開発・研究職やIT職などで、先行的にジョブ型人事制度を導入する方法が挙げられます。

    経営に近い管理職層から導入を進めるのも、メッセージ性が強まる方法といえます。管理職自身も自らジョブ型人事制度を体験することで、メンバーに伝えるイメージ醸成に役立つでしょう。

    最終的なゴールは全社的なジョブ型人事制度導入だとしても、自社の状況に合わせてマイルストーンを組むことも重要です。

  3. メンバーシップ型とジョブ型を“ハイブリッド”で運用する
    ジョブ型人事制度を導入することは、必ずしもメンバーシップ型人事制度と完全に入れ替えることではありません。

    メンバーシップ型人事制度には、「ゼネラリストが育ちやすい」「人材の定着率が上がりやすい」など、一定のメリットがあるのも確かです。

    そのため、メンバーシップ型人事制度の概念を残しながら、"ハイブリッド(掛け合わせ)"で運用する方法もあります。

    たとえば、若年層はメンバーシップ型で幅広い部署での経験を積ませ、管理職・中高年層にはジョブ型で専門性を磨いてもらうような導入方法です。

    また、賃金制度においても職能給・職務給の比率を調整することで、従業員の給与変動の影響を押さえることが可能です。

    メンバーシップ型人事制度の課題を補う形でジョブ型人事制度を取り入れると、従業員からのスムーズな受け入れが期待できるでしょう。

  4. 評価制度は透明性を高めて運用する
    ジョブ型人事制度で従業員が最も気にするのが、評価や報酬への影響で、運用で問題が生じやすい部分といえます。

    特に評価制度の運用を通じて、従業員はジョブ型人事制度の理解を進めるケースが多いため、評価制度の透明性は不可欠でしょう。

    たとえば、あらかじめ職務等級ごとに評価基準を可視化して、全社に公開する工夫が挙げられます。期中にも、実際のメンバーの行動と評価基準を照らし合わせ、基準を定着させる方法も効果的です。

    また、目標管理制度(MBO)を日常的な動きにつなげることも大切です。仕事の成果への納得度を高めることで、ジョブ型人事制度の導入後に従業員のモチベーション向上もはかりやすくなります。

  5. キャリア自律の風土を醸成する
    ジョブ型人事制度では、全従業委員への一律の教育が難しいケースもあるため、従業員の自主的な学びに委ねる思想を持つことになります。

    また、ジョブ型人事制度下で昇格をめざすためには、従業員一人ひとりが自らの専門性を磨き続ける姿勢が欠かせません。そのため、ジョブ型人事制度の導入をきっかけとして「キャリア自律」の風土を醸成することが重要です。

    現在キャリア自律の風土が希薄であれば、教育制度としてキャリア開発系のプログラムを組み込みます。徐々に、自分のキャリアは会社ではなく、自ら切り開く意識に転換が期待できるでしょう。

    従業員の自律性を育めば、組織で出来ることを自ら発見・発信する企業風土にもつながりやすくなります。

  6. 管理職のマネジメントスキルを向上させる
    ジョブ型人事制度を円滑に運用するには、管理職のマネジメントスキル開発は重要な観点です。

    管理職もジョブ型人事制度の影響を受ける一人の人間なので、自分の言葉で制度の意義を話せるまでのフォローは必須となります。
    例えば、管理職に評価者研修を受講させ、評価面談における適切なコミュニケーションを学ばせるのも有効でしょう。

    また、管理職は人事のプロではないため、ジョブ型人事制度の基礎理解を促す場を設けることも重要です。

    管理職自身の自覚と、メンバーをマネジメントできるスキルが備わることで、現場にジョブ型人事制度の思想が浸透しやすくなるでしょう。

  7. ポストオフへの対応を整える

    前述したように、ジョブ型人事制度では、職責を果たしきれない従業員はポストオフの対応を取らざるを得ません。

    厳密にジョブ型人事制度を運用するためには、ポストオフ対象従業員の再配置についての仕組みが必要となります。たとえば、欧米企業では馴染みがある「PIP(低業績者に一定期間の指導を行う業務改善計画)」や「リスキリング(職業能力の再開発、再教育)」などが考えられます。場合によっては、社外転身も視野に入れた再就職支援制度も必要かもしれません。

    メンバーシップ型人事制度の企業では、風土として従業員へ降格を伝えることに不慣れな場合が大半でしょう。ただ、痛みが伴ったとしても、経営や人事が強い意志を持って、ジョブ型人事制度を運用することが求められるのも事実です。

    確固たるビジョンを描いて、会社や従業員の望ましい方向へと進む覚悟を忘れないようにしましょう。


まとめ

人事制度導入後の状態を明確に描くイメージ人事制度には一定のトレンドがありますが、流行りに乗るだけでは企業の競争力につなげることはできません。

ジョブ型人事制度に限らずですが、従業員全員に影響が及ぶ制度変更は、イマジネーションが何より重要になります。

ジョブ型人事制度を検討している際には、制度の導入そのものを目的とするのではなく、導入後の状態を明確に描くことが重要です。そのうえで、自社にとって必要な部分から徐々に導入を始める姿勢が大切でしょう。

今回の記事はあくまでひとつの提案に過ぎません。ぜひ自社に置き換えて、ジョブ型人事制度の導入障壁や運用イメージをリアルに考えていただければ幸いです。



JOB Scope編集部

著者: JOB Scope編集部

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