人的資本経営/リスキリング

リスキリングが進まない日本企業の課題とは?

 

企業のみならず、一般用語としても浸透しつつある「リスキリング」。

「少子高齢化の影響で、労働力が足りない」「DX化を担えるIT人材がいない」などは、昨今どこの企業でも聞かれる、代表的な課題のセリフです。

そんな状況の救世主になる可能性があるのが、社員の職業能力の再開発、再教育を意味するリスキリング(Re-skilling)でしょう。

日本企業を取り巻く「待ったなし」の状況を考えると、どのような企業でもリスキリングに取り組むべきにもかかわらず、あまり実態が伴っていないのはなぜでしょうか。

今回はリスキリングに取り組みたくても、それを阻む日本企業独自の課題を取り上げます。
歴史的、あるいは風土的な背景もあるため、一筋縄では解決が難しい課題もあります。

しかしどのような課題であっても、克服するためには現状に目を向ける必要はあります。
一歩一歩でも自社で抱えている課題を解決し、真のリスキングを進めたいという方は、ぜひご一読ください。

 


1.日本企業におけるリスキリングの取り組み状況

リスキリングの日本企業での取り組み状況をまずは確認していきます。

「リスキリング」という言葉の認知度を尋ねたところ、「知っている」との回答は36%でした。

日本企業におけるリスキリングの取り組み状況

参考:日本の企業・組織におけるリスキリング実態調査 報告書

企業のリスキリングへの取り組みが急がれている状況にある一方、リスキリングという言葉の認知度は4割弱にすぎません。
企業規模や業界によっては、まだまだリスキリングの浸透には課題があるといえるでしょう。

リスキリングという言葉の認知状況にかかわらず、リスキリングへの取り組み状況について尋ねたところ、以下の回答でした。

  • 「すでに取り組んでいる」との回答が11.5%
  • 「今後取り組む予定がある」が5.5%
  • 「取り組むことを検討中である」が28%
  • 「現在取り組んでおらず、取り組む予定も今はない」が32.5%

リスキリングに取り組んでいる企業は1割強にとどまるも、「予定がある」「検討中」とした企業を合わせると、リスキリングに対して積極的な企業割合は半数弱となりました。

日本企業におけるリスキリングの取り組み状況

参考:日本の企業・組織におけるリスキリング実態調査 報告書

この結果は単に「日本では1割程度の企業しかリスキリングに取り組んでいない」ことを示しているだけではありません。
注目すべきは「取り組む予定・検討中」の企業を含めると、日本企業の約5割が何らかの形でリスキリングを実施していく可能性があるという点です。

「まだ1割の企業しかリスキリングに取り組んでいないので、急がなくていいか」と安心してしまうと、今後約5割の企業に遅れを取る可能性があることを示唆しているのではないでしょうか。


2.企業側の取り組み姿勢の課題

徐々に注目が集まりつつあるリスキリングですが、日本企業では浸透を阻む壁がまだまだ多く残っています。
風土的な課題も含めて、日本企業を取り巻く課題を取り上げます。

人材投資の消極性

人的資本経営の考え方では、人材を「資産 (Human capital)」と見なして投資対象と認識しています。

しかし従来の日本企業は、社員を「資源(Human resource)」と捉え、採用や教育費などは「費用」とする考え方が大半でした。

資源という言葉の通り、社員が身に着けた能力を、いかに効率的に「消費」するかという解釈になります。そのため、人材に投じる資金はコストとして捉えられ、いかに支出を抑えるかが経営マネジメントの主眼になりがちでした。

事実、人材に対する人材開発や能力開発の投資は、日本は先進国の中で最低レベルです。

reskilling-img_04

pillar26_02_2

なお「教育研修費」「社内向けイベント費」などは、企業業績の雲行きが怪しくなると、広告宣伝費とともに削減対象になりやすい費用でしょう。

それでも経営や人事が強い意志を持ち「社員への投資は続ける」姿勢を貫くことが、今後の日本企業には求められているといえます。

乏しい人材競争力

人材への投資が低い結果、日本企業の人材競争力も世界各国と比較しても最低水準にとどまっています。

企業側に人材のマーケット価値を高めるような投資の姿勢がないため、魅力的な労働環境と認識されないことが一因でしょう。

reskilling-img_03

また人材競争力の低さは、職能資格制度に代表されるような「社員に優しい」日本の人事制度も関係していると想定されます。

自らのスキルを上げて、価値が高い(労働対価が高い)職務に就くジョブ型人事制度が当たり前の欧米諸国からすると、日本の労働環境では自己研鑽できないと思われてしまうのです。

3.個人側の学ぶ意識の課題

働く個人側の立場でリスキリングを考えても、課題は山積しています。
日本の企業人を取り巻く代表的な課題を二つ紹介しましょう。

自己研鑽が苦手な日本人

日本の社会人が、どの程度学ぶ時間を確保しているかご存じでしょうか。
実は、日本の社会人は学ぶ時間が圧倒的に少ないと言わざるを得ません。
総務省の調査では、社会人の1日の平均勉強時間はわずか6分でした。しかも、95%以上の社会人が「勉強時間は0」と回答しているのです。

参考:平成28年社会生活基本調査

日本は長時間労働の傾向が高いため、仕事で1日の大半の時間が取られてしまい、自己研鑽する時間が捻出できない状況なのかもしれません。

会社を離れて、社外で自己啓発をしているかどうかという観点でも、残念な調査データがあります。
先進各国と比べても、圧倒的に日本人は「何もやっていない」という回答比率が高いのです。

※以下の表は、横スクロールして表の続きを確認できます。

reskilling-img

これら個人側の問題点を考えると、ますます企業側から学びの環境を整える必要性がご理解いただけるのではないでしょうか。

 

個人間での差が開きつつある

前述した「1日6分」というのは、あくまで社会人の平均値です。

一方、興味深いデータとして年収別の勉強時間を調べたところ、年収1000万以上の方は、社会人全体と比較すると突出して学びの時間が長いことも分かっています。

個人間での差が開きつつある

参考:年収1,000万円以上稼ぐ人の1週間の勉強時間は?いつ勉強している?

この結果からは、自律的に自己研鑽の時間を確保している方は、価値の高い仕事に就き、年収を上げていることが分かります。

価値の高い仕事に高収入を支払う企業へキャリアチェンジしていることも考えられるため、仕事によって報酬に差がつかない企業は、このような人材を獲得することは困難でしょう。

ただしリスキリングの目的のひとつは、自律的な人材以外の「普通のスキルを持った社員」の底上げをすることです。

いきなり高度なスキルセットを狙うのではなく、企業は一般社会人の現状に沿った、着実なスキル開発プログラムを考える必要があるといえるでしょう。


4.人事制度の課題

さらに悩ましいのが、日本企業独自の制度やシステムのハード面の問題です。
この課題は一朝一夕で解決するようなものではありませんが、自社を点検する観点でお読みいただければと思います。

職能ベースの人事制度

日本の大半の企業が、人事制度は「人の能力」ベースの職能資格制度を採択しているでしょう。

リスキリングの要諦は、新たに獲得したスキルによって、新たな仕事を開拓することにあります。職能資格制度では、スキルアップして等級は上がったとしても、仕事の変化は起こりません。

スキル開発しても同じ仕事をしているのであれば、リスキリングではなく「アップスキリング」になります。

社員の視点としても「何のためにスキルを高めるのか」と疑問に思い、真剣にリスキリングに取り組まなくなるでしょう。

多くの企業では施策レベルでリスキリングは行うものの、人事制度改定にまでは踏み切れず、結果的にリスキリング施策が社内に浸透していない状況があります。

人事業務のDX化の遅れ

日本はIT・DX後進国と呼ばれていますが、2018年に経済産業省が発表した「2025年の崖」以降は、企業でも急速にデジタル化の波が押し寄せました。

ただ、そのなかでもHR関連は特にテクノロジーに関する進化が遅れている領域といえます。

HR総研による「HRテクノロジーの活用」に関するアンケートによると、日本企業でHRテクノロジーを導入している企業は2割程度にとどまり、とりわけ300名以下の中小企業ではさらに導入率の低さが目立ちます。

pillar25_02

pillar25_03

リスキリングを適切に運用するには、「社員のスキル×社内の仕事」のマッチングが必要になります。

社員がどのようなスキルやキャリア志向を持っているのかというタレントマネジメントと、社内のジョブ管理を紙やExcelで行うのは、人事部門にかなりの負荷が生じます。

仮にリスキリングのスタート地点でマッチングマップを作っても、日々変化するスキルやジョブの更新にまでは手が回らないことが予想されます。

このようなHRテクノロジーの仕組みが整っていないため、本腰を入れたリスキリングに取り組みにくい状況にあるといえるでしょう。


5.リスキリングの導入事例

リスキリングの導入事例

最後に、リスキリングを実際に導入している先行事例を2社お伝えします。

ある程度組織力や資金力に余力がある大手企業の取り組みになりますが、自社でリスキリングに取り組む際に、部分的にでも取り入れられそうなところがあれば、参考にしてください。

富士通株式会社

DX企業への変革を加速している富士通グループは、いち早くリスキリングを導入しています。

2020年度の経営方針では「今後5年間で5,000~6,000億円の投資をおこなう」と発表。社内変革を推進する「フジトラ」プロジェクトの一環として、約13万人のグループ社員全員に、「デザイン思考」「アジャイル」「データサイエンス」の分野において実践的なスキル習得を目指した講座を開発・提供しました。

【参考】
価値創造に向けた人材・組織の変革|富士通

日立製作所

日立グループでは、「デジタル対応力の強化が経営戦略において必須」「ジョブ型人財マネジメントの推進」から、リスキリングへの投資をおこなっています。

主な対象としては、社会イノベーション事業のグローバルリーダー育成です。この事業では、データサイエンティストをはじめとした、DXを実装実践するエンジニアが大量に必要です。
そのため、「デジタルリテラシーエクササイズ」という基礎教育プログラムを提供し、学びの習慣化を促進するコンシェルジュ機能などを通じて延べ16万人が受講しています。

【参考】
DX時代の新・人材育成戦略「リスキリング」とは|日本の人事部


まとめ

職能資格制度という「人の能力」基軸の人事制度をとりつつも、実は日本企業はこれまで人材への投資に消極的であったと言わざるを得ません。

ただそれは、スキル開発の目的が曖昧だったからというのも一要因です。
ややもすると「教育費をかけて社員を育成しても、他に給与が高い他社に転職されそうだ」という風潮がある企業も少なくはありません。

今後リスキリングが日本企業で普及するかどうかは、ジョブチェンジまでの実践ができるかどうかにかかっているでしょう。

したがって、リスキリング単体で施策を考えるのではなく、経営戦略や人事戦略もセットにして、「自社が生き残っていくために」という大きな視界で検討を進めることが望まれます。

 

JOB Scope編集部

著者: JOB Scope編集部

新しい働き方、DX環境下での人的資本経営を実現し、キャリアマネジメント、組織変革、企業強化から経営変革するグローバル標準人事クラウドサービス【JOB Scope】を運営しています。