組織改革/人事制度設計

人事制度が企業にもたらす価値とは

 

「総額人件費管理」「同一労働、同一賃金」などの言葉に代表されるように、人事制度の効能は、主に社員への賃金管理面でクローズアップされがちです。

もちろん、適正な賃金配分を行うことは、人事制度に求められる機能のひとつです。
ただしより広い視点で考えれば、人事制度の最大の特徴は、社員一人ひとりの行動や生活に影響を与えることといえます。

つまり良い人事制度であれば、社員の望む人生や仕事のパフォーマンス向上に寄与することができます。一方で望ましくない人事制度の場合は、社員の動きは鈍化し、結果的に企業業績も伸び悩むことになるでしょう。

今回は、あらためて人事制度が企業にもたらす価値について、企業視点だけでなく社員視点からも解説します。
ぜひ自社の社員一人ひとりの顔を思い浮かべながら、ご一読ください。

 


1.人事制度を考える2つの視点

人事制度を考える場合、人件費のコントロールなど経営管理上の効果と、社員の言動に与える効果の双方を考える企業がほとんどでしょう。

しかし多くの企業では、経営管理上の事情が全面に出ており、社員への効果は“お題目的”に捉えるケースも少なくはありません。
仮に新しい人事制度を導入する場合も、構想段階では「社員のモチベーションに寄与するか」は考えるでしょう。しかし賃金テーブルなど詳細の制度設計に入った途端、社員の視点が薄れる傾向があります。

人事制度でめざすべき姿は、企業ミッションやパーパスにむけて、経営・事業戦略の方向性と、社員の動きを同じベクトルに向けることにあります。

社員にとって、企業で過ごす時間は決して少なくはありません。
そんな一人ひとりの社員には、仕事だけでなく望ましい生活や叶えたい人生があります。そのベクトルに合致する人事制度であれば、社員は持っているポテンシャル以上のものを発揮する可能性があるのです。

具体的には以下の図で左側の企業視点で語っている要素を、右側の社員視点に置き直す必要があります。

人事制度が企業にもたらす価値イメージ

2.企業側の観点

そもそも企業は「営利を目的とした経済活動を行う経済主体」ですが、ただお金儲けのために存在しているわけではありません。

日本には古来「三方よし(売り手によし、買い手によし、世間によし)」の精神があります。これは、商売において売り手や買い手が満足するのはもちろん、世間(社会)にも喜ばれるべきだという考え方です。

2015年以降は国連で採択されたSDGs(Sustainable Development Goals)の影響で、企業は社会貢献活動により力を入れるようになっています。
社会貢献の観点が薄い企業は、今後は社会から取り残される可能性が高まっているでしょう。

社会に何を貢献するかを、より自社視点で語ったのが「企業が存在する目的や意義(パーパス)」であり、そこに紐づいた「実現したい未来(ビジョン)」「日々果たすべき使命(ミッション)」「事業活動を貫く信念(バリュー)」などとなります。

これらは企業の存在・尊厳に関わる概念なので、基本的にはよほど大きな事業転換などがない限りは、永続的なものです。

ただし、変化が激しいマーケットで事業推進するためには、ミッションやビジョンを果たすために、注力すべき事項は半年・一年などある期間で変化するはずです。

そのため、年間など一定期間で注力するポイントを定めた「経営戦略」や、その実現のための「経営計画」と、ブレイクダウンされていくのです。
もちろん、経営計画は各部戦略など下位組織へと展開されていくため、企業活動の指針となっていくでしょう。

日々追うべき目標に注力することは重要ですが、その先に何を実現するのかという意識を持つことはより重要になります。

例えば、提携先企業の判断場面を例に取ります。
提携を締結すれば、今期の業績目標にはプラスに働きます。しかし提携先との新しい事業分野は、企業ミッション実現にはやや翳りをもたらすリスクがあるとします。
そんな時に「そもそも自社は、何を通じて社会に貢献することを目指しているのか」という視点があれば、誤った判断を回避できる可能性があります。

人事制度は、この企業活動の望ましいフローを、よりスムーズにつなげられるかどうかという視点で設計を進める必要があるのです。


3.社員の観点

一人ひとりの社員も、企業側と同じようなメカニズムを経たうえで、日々の行動を取っています。

出発点はライフビジョンです。
「どのような人生を歩みたいか」「自分自身は将来どのような姿でありたいか」というもので、仕事に限らない人生の目標です。

ライフビジョンを踏まえた時に、次に仕事を自分の人生にどう位置づけるかを考えるはずです。
具体的には、「仕事を通じた将来的な目標やゴール(キャリアビジョン)」「どのようなキャリアのステップで歩むか(キャリアパス)」「時間も含めて具体的にいつどんな行動を取るのか(キャリアプラン)」などです。

ライフと仕事を合算させて、一人ひとりの「ライフプラン」が出来上がります。

例えば30歳のある社員を例にとって、ライフプランの説明をします。
「40歳にはマイホームがほしいので、〇〇円ほどの収入が欲しい。ただし今の職種では、上位等級に上がったとしても目標賃金に満たない。それならば、35歳までに専門性が高い△△の業務を担いたい。そのために33歳ごろまでには業務が担えるスキルを身に着ける必要がありそうだ」のようなものがライフプランです。

企業のベクトルと社員のベクトルは、車の両輪のような関係です。
社員側のベクトルと合致した企業のベクトルであれば、モチベーションにつながりやすくなります。日々生き生きと働く社員が増えれば、企業戦略の推進を後押ししてくれます。

どれだけ精緻で立派な企業戦略を掲げても、結局社員の行動が変化しなければ意味がありません。
その意味でも、企業戦略のみならず、社員のベクトルを後押ししやすい人事制度なのかどうかは、必ず確認が必要なポイントといえるでしょう。


4.企業と社員のベクトルが合うメリット

企業と社員のベクトルが一致するイメージ「企業と社員のベクトルが合う」とは、具体的にどのような状況が生まれるのでしょうか。ここでは期待できるメリットを2点お伝えします。

社員に寄り添ったコミュニケーションが取れる

多くの企業では、マネジメント層はメンバーと定期的に面談を行っているかと思います。
この際、社員側の視点のフレームがあれば、個人のキャリアをもとにしたコミュニケーションが可能となります。

前述の図では「社員側の視点」と一括りにしていますが、自社に在籍している全員は、一人ひとり異なる視界を持っています。
個々人の価値観やライフビジョンは異なるため、いかに優れた人事制度であっても、全ての社員を満足させることは難しいでしょう。

ただしこの社員側の視点のフレームがあることで、例えばマネジメントが「自メンバーはどこの部分にギャップがあるのか」などと考えながら会話することができます。

同時に、キャリアの意識が特になかった社員に対して、企業の目指す未来を示しながら、そこにどう関与するのかという、個人のキャリア意識も刺激することができるでしょう。

企業風土へと昇華させられる

社員側の視点を持つ最大の狙いは、人事制度を企業風土・企業文化へ根付かせることにあります。

日本は、企業に人格を付与する「社風」という独特の企業風土の文化があります。
「なぜかA社の社員は、誰に会っても同じ雰囲気だ」「B社の社員は、必ず購入後のフォローを手厚くしてくれる」という現象に思い当たる方は多いでしょう。

これは元々同じ感性を持っている人を採用している効果だけでなく、日々の行動に人事制度が浸透することで起こりやすくなるのです。

企業が向かいたい方向に合致した行動を全社員が取ることは、人事制度の細かい規定以上の効果があります。

むしろ風土にまで昇華すれば、社員が自律的に望ましい言動を取るようになるため、人事制度上での細かい規定や制約は不要となるでしょう。


まとめ

終身雇用制度に代表されるように、従来より日本企業は社員に優しい人事制度を採択する傾向がありました。

ただし、優しい人事制度こそが社員のモチベーションやパフォーマンスに貢献するかを考えると、少々疑問が残ります。
めざすべきは、優しさや厳しさも含めて、企業・個人の向かう先に合意が得られている状態です。

雇用を守られるより、「あえて競争の激しいレッドオーシャンに挑戦を挑む」戦略の方が、持てる力を発揮する社員もいることでしょう。
逆説的に考えると、雇用を守ってほしい保守的な考えを持つ社員は、自然淘汰される可能性もあります。

このように、人事制度は『強く、優しく』機能させることが、本来あるべき姿でしょう。多少の軋轢が予想されても、人事部門は企業も個人も向かいたい未来に進められる制度を、貪欲に追及してください。



JOB Scope編集部

著者: JOB Scope編集部

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