企業の成長のためには、内部視点だけでなく外部環境に目を向けることは、欠かせない観点でしょう。
自社の状況だけを見て、100点と思える戦略を採択したとしても、競合他社が120点の戦略を採った時点で、マーケットでは負ける確率が高まるからです。
終身雇用制度に代表されるように、日本企業は内部に優しい企業が多いといえるでしょう。
もちろん結束力強化や雇用の安定性などのメリットもありますが、従業員に報酬を払うためには、最終的には外部のマーケットで勝ち抜かないと意味がありません。
今回の記事では、VUCAに代表される昨今の外部環境に着目します。そのうえで、いまの外部環境を勝ち抜くためのヒントを紹介します。
見慣れていたはずの内部環境も、外部の視点で再点検をすると新たな発見があるかもしれません。
目次
1.経営資源が負債になりかねない社会環境の変化先行きが不透明で、将来の予測が困難な「VUCAの時代」に突入して、久しく時が経過しました。
経済やビジネス、個人のキャリアに至るまで、ありとあらゆるものが複雑さを増し、将来の予測が困難な状態にあります。
こんな状況下で、「企業資産の負債化」という、経営資源が足枷となる現象があちらこちらで起きています。
これまで企業は「設備投資をする」「必要な人材を雇用し育成する」などを行い、それらを固有の資産とし、競争優位を築いてきました。
しかし、テクノロジーの著しい進化によって、経営資源として抱えていたものが意味を持たなくなるような製品・サービスが次々と生まれています。
経営資源は、即座に組み替えることは不可能です。
例えば、「過剰だから」という理由で従業員を半分解雇とするような英断は、ほとんどの企業では難しいでしょう。
そうこうしている間に、新興企業は新しいビジネスモデルでマーケットバランスを揺るがしはじめます。そして、既存プレイヤーの破綻や撤退が起き始めてしまうのです。
今まで「常識」だと思っていたものが「非常識」に、今まで「非常識」だと思っていたものがこの先の「常識」になっていく……。
このような時代では、変化に対しての対応力は企業に否応なく求められるでしょう。
VUCAの言葉が広がりだした2010年ごろに、世界ではどのようなことが起こっていたのでしょうか。変革の引き金となったいくつかの象徴的な潮流を、あらためて確認していきます。
今の経済の流れに大きな影響を与えているのが、グローバリゼーションです。
国内にとどまらず、インターネットを通して世界中の企業が競合となり、ビジネスシーンの競争はより激化しています。
とりわけ、覇権国家であるアメリカの弱体化と、中国の「一帯一路構想」による世界進出により、世界のパワーバランスは不均衡になりました。
米国シリコンバレーをベースとするIT企業「GAFA」に、中国深浅で生まれた「BATH」が猛攻したのが象徴的な例ではないでしょうか。
また環境問題も、グローバリゼーションを進める大きな課題です。
地球温暖化によるかんばつ、サイクロン、大規模な山火事といった気候変動や、新型コロナウィルスなど正体不明の疫病が世界で多発しています。
今まで以上に予測不能なリスクに、世界が混迷する事態となっているのです。
近年は完全自動運転、IoT、5Gなど新しいIT技術が次々と登場し、その技術に関連するビジネスが誕生しています。
最近はIT技術の発展に伴う企業課題は「DX(デジタルトランスフォーメーション)」という言葉に集約されつつあります。
DXは2004年にスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授らが、はじめて提唱した概念です。その後、2015年代にアメリカのシリコンバレーで、Fin-TechやEd-TechというxTechという多くのスタートアップが誕生しました。
その企業群は、デジタル技術を使って既存業界に新風を吹き込むというトレンドへと発展します。老舗のIT企業がベンチャー企業に負ける事態が話題になり、一気にDXという言葉が全世界に広がりました。
日本はDX後進国と呼ばれていますが、2018年に経済産業省が発表した「2025年の崖」以降は、企業でも急速にデジタル化の波が押し寄せました。
先進国、特に日本においては、超高齢化社会が喫緊の課題です。
死なないリスクではなく生きてしまうリスク、いわゆる「人生100年時代」を見越した人材マネジメント、経営戦略が必要になるでしょう。国内では、生産年齢人口(生産活動に従事しうる15歳〜64歳)の減少も影響し、労働力不足はどの企業でも課題となっています。
自社の勝てる戦略を描いたとしても、それを実行する従業員がいないと意味がありません。
労働力不足を補うためには、外国人労働者、シニア人材、個人事業主、時短勤務者など、雇用のポートフォリオを組みなおす必要もあるでしょう。
これまでのように「新卒採用の正規雇用者」だけに頼っている企業は、人材観に対して根本的なトランジションが求められる時代なのです。
VUCAは前章のように、さまざまな変革の波を受け、一般企業にまで広がった言葉です。
Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の4つの単語の頭文字をとった造語です。
VUCAをわかりやすく解説すると、取り巻く社会環境の複雑性が増し、次々と想定外の出来事が起こり、将来予測が困難な状況を意味します。
もともとは1991年にアメリカ陸軍戦略大学校「US Army War College」で提唱された軍事用語です。ロシアとアメリカが対立していた冷戦が集結し、二分構造からより複雑で混沌とした時代を迎えることを予想した言葉でした。
2010年代に、ダボス会議やASTD (米国人材開発機構)などで頻用されるようになり、その後、徐々にビジネスシーンでも用いられるようになりました。
先の読めないVUCAの時代において、スピーディーに意思決定をするためのフレームワーク「OODA(ウーダ)ループ」が注目されています。
OODA(ウーダ)ループは、アメリカの軍事戦略家であるジョン・ボイド氏が、晩年に提唱した意思決定プロセスのことを指します。
戦時下においては、予定された計画に従順するだけではなく、自らその状況に適応し、迅速に判断し、次のアクションを起こすことが求められます。
今では、予測不可能な状況でも成果を出す意思決定方法として、ビジネスシーンで活用されています。国際的な競争力が問われるビジネスはもちろん、現場の業務や私生活、スポーツなどあらゆるシーンでの改善に役立つ考え方です。
日本では、成果管理は主にPDCAサイクルが用いられますが、PDCAサイクルとOODAループの決定的な違いは前提条件です。
PDCAサイクルは、あくまで想定外の出来事が起きず、状況が変わらないことを前提としたフレームワークです。現状を打破し革新する、先読みできない事態を進む際には有効な手法ではありません。
その点、OODAループは人間的要素を重視する、汎用性の高いフレームワークで、計画や手順より機動性や柔軟性がある思考法です。
簡単にOODAループの中身を紹介しましょう。
観察し、状況を判断します。
客観的なデータを集めたうえで、自社の状況、他社の状況や社会情勢を把握します。PDCAのような中長期計画ではなく、あくまでフラットに事象を見つめることがポイントです。
観察(Observe)によって得た情報をもとに状況判断し、仮説を立てます。
間違った仮説にならないよう、慎重に、論理的に、客観的に構築します。仮に実行(Act)段階で仮説が間違っていたと分かれば、再度、仮説を組み立て直します。
仮説構築ができたら、次に意思決定のフェーズです。
仮説をもとに、どのようなプランで進めていくかを決めていきます。さまざまな選択肢が出てきた場合は、将来描くビジョンに対し、最速でたどり着ける選択肢を選ぶと良いでしょう。
選択したプランを実行します。
意思決定(Decide)の段階から、外部や内部の環境が変わっていることもあり、実行したことが上手くいかないケースもあるでしょう。
OODAループは、何周もまわることを前提とした意思決定プロセスのため、失敗を憂慮しすぎず、大胆に実行することが大切です。
VUCAの時代では、具体的に個人、経営者、組織、人事はどのような変化を求められるのでしょうか?前述のOODAループを思い浮かべながらお読みください。
これまで「会社が定年まで養ってくれる」と考えていた従業員は、まずはマインドセットをする必要があります。
自分自身も含め、テレワーク、時短勤務など、常に新しい働き方を実践し、働き方の相互理解を深めることが大切になります。
他の業界で得た知識をまた自分の業務に活用し、循環を作ることが求められるでしょう。
変革の時代では、経営者も変化が求められます。
今までの勝ちパターンは一度リセットし、ゼロベースで自身の経営スタンスを見直すようにしましょう。
先の読めない中では、企業の進むべきビジョンを明確にすることが大切です。今何が求められているかではなく、「どんな世界を作りたいか」を追求することが重要でしょう。
せっかく良い事業計画ができても、気がついたら競合が先に開発を済ませていた、市場ニーズが消滅していたということにもなりかねません。
必要以上にシナリオや計画を策定せず、プロトタイプを市場に出すことを優先しましょう。ビジネス環境に合わせて、正しく軌道修正ができます。
アジャイルは、英語で「俊敏」「機動性のある」という意味です。つまりアジャイル型組織とは、迅速な意識決定、そして素早い改善サイクルを回せるフラットな組織を指します。
アジャイル型組織では、現場に権限を与えることが重要で、失敗や軌道修正を容認します。失敗を責めるのではなく、カルチャーとして育てていくことができるかが定着のカギになります。
最後に人事に求められるパラダイムシフトについて考えていきます。
人事業務を執り行うCHO/CHROという役割が、ベンチャー企業を筆頭に増えているように、VUCAの時代では、フレキシブルに動ける”緩衝材”のような人事が求められます。
経営の基礎知識を学び、人事視点から経営課題を発見するような、プロフェッショナルな提案が期待されます。
従来の人事業務は、バックオフィス的な人材マネジメントが主でした。
しかし変化の激しい環境下では、企業のビジョンを達成するために、現場を変革する強さが求められます。
経営のビジョンをブレイクダウンし、それを明確な方向性でもって遂行するグリット力も必要になります。
VUCAの時代で全く先が予測できないのは、どの企業も同じです。予測できないからと、理想やシナリオを放棄するのではなく、ビジョンを掲げそれを実現する思考がこれからの人事には求められるでしょう。
今回は不確実性が増す時代の思考方法や、求められる動きに焦点をあてました。
業種によっては、まだ外部環境の変化に実感がない企業もあることでしょう。
ですが、変革の波が来た時に何も準備をしていなければ、成すすべなく渦に巻き込まれてしまいかねません。今のうちから危機感をもって「自社ならどう対応するか」をぜひ考えてください。
ただし、経営者一人が変化するだけでは企業全体で競争に勝つことはできません。
今回紹介したように、従業員、経営、人事が各々変化の対応力をつけ、企業競争力につなげる観点を失わないようにしましょう。