自社の従業員を企業競争力の源泉につなげようと考えた場合、従業員視点でどのような組織が魅力的に感じられるかは、欠かせない視点です。
しかし経営や人事が描く「魅力的な組織」と、従業員が「この組織のために貢献したい」という点は、かなりのギャップが生じているケースがあります。
今回の記事では、従業員視点に徹底的に寄り添った際、人がどんな場面で力を発揮しやすいかを具体的に考えてみます。
さらに現場のマネジメント層で実践できるエンゲージメント向上施策も紹介するので、参考にしていただければ幸いです。
目次
元来、日本企業は顧客満足に徹する姿勢が強い傾向があります。
顧客の要望に応えたい商人精神が功を奏し、高度経済成長下では日本が誇るモノづくり文化が形成されていきました。
しかしバブル崩壊後、日本企業は競合との顧客獲得争いに晒され、顧客へのサービス合戦が過熱していきました。その結果、一部の業界でサービス残業や超過勤務などが発生し、ついには顧客第一主義が従業員を犠牲にする弊害が起こったのです。
時を同じくして、経済低迷期の日本企業はアメリカで主流となっていた「従業員満足度」を人事施策に取り込もうとしました。
ただし不況下で人材獲得競争が過熱している日本企業において、従業員満足は主に良い条件で優秀な人材を獲得する目的で広まっていきました。
つまり、給与や福利厚生などの待遇面や職場環境を整えることで、従業員満足度を高めようとしたのです。
結果的に、仮に執務環境に満足したとしても、従業員が積極的にアイデアを出したり、主体的な行動に結びつかなかったりするジレンマに陥りました。
そこで注目されたのが「従業員エンゲージメント」でした。
従業員エンゲージメントは、人事や組織開発の分野では、従業員の「会社のビジョン・目標達成に向けての自発的な貢献意欲」という意味合いで使われます。
人事管理の分野へエンゲージメントの概念を最初に導入したのは、ボストン大学カーン教授の1990年の研究です。従業員の仕事への心理的な没頭度合いが、個人業績や企業業績を左右するという見方を示しました。
その後2007年のASTD(American Society for Training & Development)で組織に対するエンゲージメントに関するレポートが発表され、欧米で従業員エンゲージメントの概念が浸透していきました。
日本で急速に従業員エンゲージメントが注目されたのは、米国の調査会社ギャラップ社が2017年に実施した従業員エンゲージメント調査です。
この調査では、日本企業は「熱意あふれる社員」の割合がわずか6%であり、139ヵ国中132位と最低ランクに近い順位であることがわかりました。
この衝撃的な調査は日経新聞でも報じられ、日本企業でも従業員エンゲージメントは広く認知されるようになりました。
報酬や仕事への単なる満足を越え、従業員自身の「やりたい」を引き出すエンゲージメントは、多くの日本企業では目新しい概念だったのです。
エンゲージメントを構成する具体的な要素は、学術的にはさまざまなフレームが存在します。
当記事ではどのような企業でも活用しやすい4つの要素を用い、現場マネジメントで展開できるエンゲージメント向上施策について説明していきます。
会社に対するエンゲージメントとは、会社の発展性への期待や掲げたビジョン・ミッションへのエンゲージメントのことです。
日常的に業務遂行をしている際には、あまり意識しない観点かもしれません。
しかし、仕事でのトラブルや急激な外部環境変化など、いわゆる“何かの事件”があった際、従業員個々人のふんばりは会社エンゲージメントに左右されます。
経営トップが会社の目指す姿を日常的に語っている企業は、会社エンゲージメントが向上しやすいです。
目先の財務目標だけを語るのではなく「業界でこんなポジションを担いたい」、ひいては「業界全体をこのように改革したい」など、自社が目指すビジョンに言及することがポイントです。
また、経営トップのビジョンが、中間管理職層に浸透・連鎖していることも重要なポイントです。
経営トップの声が従業員全員にまで直接届く企業規模でない場合は、むしろ中間管理職層が会社ビジョンを理解しているかどうかが、従業員の会社エンゲージメントに影響を与えます。
経営トップがビジョンではなく、直近の財務目標や業績のみを語ると、会社エンゲージメントは低下しやすくなります。
もちろん事業体である以上、業績を上げることは重要です。
しかし従業員が聞きたいのは、読めば分かる数値情報だけではなく「なぜその目標なのか」という根拠や「なぜその目標を目指したいのか」という理由や背景情報です。
特にコロナウィルスや円安などの外部環境で否応なく業績悪化している局面では、従業員は「この会社に勤め続けて大丈夫だろうか」と考えるものです。
そんな状況で、自社が何を目指すのか、あるいは何だけは譲れないポイントか、などの強烈なメッセージを打ち出さないと、従業員の離反を招きかねません。
サービス業に代表されるような、チームのシナジーが必要とされる業態では職場エンゲージメントは重要といわれています。
Brown&Lam(2008)やWhitman et al.(2010)のサービス業に特化したエンゲージメント研究では、個人よりも組織単位のエンゲージメントの方が組織成果との相関が強いと立証されています。
組織内の風通しが良く、健全なコミュニケーションが起こっている場合は、職場エンゲージメントが向上しやすいです。
リモートワークの状況下においても、職場メンバーへの信頼感があり、ちょっとしたコミュニケーションが取れる環境であれば、所属組織へのコミットメントは高まります。
「心理的安全性(psychological safety)」の言葉に代表されるように、組織の中で自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態が理想でしょう。
単純なコミュニケーションだけではなく、職場の課題解決についてメンバーで意見を出し合うよな、仕事面で結束し合う場を演出することが効果的です。
従業員個々人が黙々と別の作業に従事して、チームで同じミッションに向かっている感覚がないと、職場エンゲージメントは低下しやすくなります。
ただし、現在職場の雰囲気が悪い場合は、いきなり「みんなで考えてみよう」というチーム全体への投げかけは逆効果になりかねません。
少し手間はかかりますが、改善のためには従業員個々人へのヒアリングから始めてみましょう。不満を聞いてもらえた時点で、おそらく本人の気持ちも前向きになるはずです。
個々人からのヒアリングをもとに、改めてチーム全体の場で「ここが問題だと考える」や「今後、チームでここだけは一緒に取り組もう」という改善案を提示するようにしてください。
仕事エンゲージメントとは、現在の仕事において従業員がどれくらい充足しているのかを表した指標です。
特に仕事経験が少ない新入社員~若手社員は、学生時代に想像していた仕事と現実の仕事のギャップが生じやすいゾーンといわれています。
仕事そのものの適性は、本人が職業を選択している以上、ある程度セルフスクリーニングがなされています。
例えば、Holland(1976)の研究によると、サービス業に従事する労働者は、もともと社交的で積極的な人格が多いとされています。
つまり、自ら望んでその仕事に就いている可能性が高いため、よほど不向きな職種に挑戦していない限り、仕事不適応はおきません。
仕事エンゲージメントを考えるにあたり注視したいポイントは、仕事そのものではなく“仕事のプロセス”でしょう。
たとえば“営業職”という職種であったとしても、業務プロセスは各社各様です。
従業員の声を聞き入れ、売上目標に到達するため納得感が高いプロセスを構築している会社は、仕事エンゲージメントが上がりやすい傾向にあります。
従業員は仕事を通じて、会社の風土や今後の働き方などさまざまなものを見ています。
今現在の仕事にはそこそこ満足していたとしても「もっと効率の良いやり方があるのに」や「みんなで知恵を出し合う風土が欲しい」など、“進め方”に関する不満があるとします。
そのような不満に目をつぶり「とにかくこれまでと同じやり方でやれ!」と従来型のプロセスを押し付けると、結果的に従業員の仕事エンゲージメントは低下します。
とくに若手層であればあるほど、自分と仕事との適性が分からないため、上司や職場メンバーの仕事の進め方が、仕事エンゲージメントに与える影響が大きくなります。
従業員である以上、処遇をはじめとした制度・条件は気になるのが当然でしょう。
しかし、処遇や条件面などのスペック条件は、エンゲージメント向上には寄与しにくい“衛生要因”といわれています。これはアメリカの臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグが提唱した二要因理論の動機づけ・衛生理論です。
つまり、衛生要因である制度・条件面をどれほどリッチにしたとしても、やる気の源にはならないのです。
従って、制度エンゲージメントのポイントとしては、いかに従業員が共感しやすい制度を導入し、いかに従業員が納得できる運用ができるかどうかになります。
端的に述べてしまうと、従業員の関心は「自分が何に頑張れば評価される(=報酬に反映されるか)」に尽きます。
従って、等級‐賃金‐評価制度の中身が開示され、各々の関係性まで分かりやすく従業員に説明されている会社は、制度へのエンゲージメントは高まりやすいでしょう。
運用面での工夫も必要です。
同じ制度や条件にもかかわらず、組織によって雰囲気や活気に差が出ることもあります。具体的には、“賃金の決め方”や“どうすれば昇格できるのか”など制度の運用プロセスについて透明性を確保する工夫が、マネジメントには求められます。
制度運用について丁寧に説明している部門は、たとえ同じ制度・条件であっても従業員の納得が得られやすいのです。
注意したいのが、いくら開示されているといっても、そもそも従業員からの共感が得られない制度ではエンゲージメントが高まらない可能性があります。
例えば年功序列制度のように「長く働いた人が賃金が高い」制度であれば、若手社員は「目の前の仕事をどう頑張っても、歳を取らない限り報われない」と感じてしまいます。
加えて、制度や条件に対して従業員の不満があっても、現場マネジメントが「制度は変えられないからしょうがない」というスタンスでいると、制度エンゲージメントはさらに低下する傾向があります。
従業員側も制度は変えにくいと分かっていて不満を表明しているため、不満を無視あるいは蓋をするようなスタンスは、さらなる不信の種になりかねません。
こうなると、僅かでも賃金の良い競合他社へ従業員が転職をしてしまう状況にもつながってしまいます。
エンゲージメントは、本人の内側から湧き上がる貢献意欲です。
そう考えると、従業員本人との対話・コミュニケーションを通じて、エンゲージメントを高めるプロセスが必ず重要になります。
素晴らしい人事制度を用意すれば、従業員満足には寄与するかもしれませんが、単なる制度構築だけではエンゲージメントの高まりには繋がらない可能性があります。
エンゲージメントの要となるのは、制度の運用です。
例えば、人事が用意した人事評価の評価項目を巡って、マネジメントが日々の現場の行動に置き換えて語るような運用が必要となります。
エンゲージメントと聞くと大きなテーマと思われるかもしれませんが、本人の心に着火するのは、日常の小さなやり取りがスタート地点ということを忘れないようにしましょう。