営業やモノづくりのスキルには自信があっても、経理や会計には疎い経営者は意外と多かったりする。簿記や財務諸表の話をされただけでも、「勘弁してほしい。数字は苦手だ」と逃げ出してしまう方も珍しくない。ましてや、管理会計と聞くとどういったものだかまったく想像ができなかったりするかもしれない。そういった企業経営者にこそ、管理会計を学ぶ意味を体感してほしいとアピールするのが、管理会計・原価計算の第一人者である大阪府立大学名誉教授・大阪学院大学 経営学部教授の山本 浩二氏だ。インタビューの後編では、おせちビジネスの面白さやバランスト・スコアカードの特色などを語ってもらった。
『おせち料理専門店 板前魂』(以下、板前魂)は、ナカノモードエンタープライズが展開しているおせち料理の販売ブランドです。楽天、amazon、Yahoo!などのインターネット・サイトや9000店舗ものドラッグストア・スーパーでも販売しています。おせち料理一筋でモットーは「美味しさの追求」「安全・安心」。まさに、日本一愛されるおせち料理専門店を目指しています。
実は、2019年当時のCEO の方は、私が手掛けていた社会人大学院のゼミに入られた学生でもあったんです。それで私の下で管理会計を勉強されていました。それもきっかけではあるのですが、何よりも「このビジネスモデルが面白いな」と思ったのが発端です。今でこそ冷凍のおせちが各社でコマーシャルされ、大々的に販売されていますけれど、まさに板前魂のCEOが事業をはじめられた頃は、そういった冷凍おせちの草分け的な存在でした。おかげで、今でも通販トップの地位を築いています。
昨今は色々な競合相手が参入して来ている状況ですが、当時は「なぜおせちだったのか」と疑問を持たれることが多かったようです。そのCEOの方が経営されていたナカノモードエンタープライズは元々料理屋さんの会社ではありません。アパレル関係のお仕事をされていた会社です。今はおせちの方に全面的に移られています。
ご存じのように、おせち料理は日本のお正月を彩る伝統的な料理、縁起物の料理です。家庭の主婦が作るには手間が掛かりすぎます。そういった料理を少しでもリーズナブルな価格で提供したいという考えがあるものの、ただ安いだけではダメで、やはり味にこだわっておられます。それだけに、和洋中の有名シェフが監修した料理を提供しているわけです。
このビジネスモデルは独特です。おせちを売れる時期は年に一回だけなんですよね。年末だけ。だからその年末の12月30日を中心とした日に一斉に届けるという、そういうビジネスモデルなのです。従って、冷凍の技術を持つ宅配業者が必要でした。今でこそ多くの宅配業者が冷凍ものを運んでいますが、事業を開始した当時はある一社、今の大手宅急便会社がそれを一手に引き受けてくれていました。当然ながら、運ぶために配送車を準備をする必要があります。今はもう30数万食以上とのこと。その数を一時期に配送しなければいけません。何しろ、売り上げはその時だけなのですから。
ならば、年末まで何をしているのかというと海外も含めて食材を調達し、料理をして、それを冷凍倉庫で保管しておくわけです。なので、普段はコストだけが発生するビジネスなのです。それが売上利益となって実現するのが、年末のワンショットのみ。そういうビジネスモデルです。それが、とても興味深かったのです。
もう一点面白いのは、この会社がお店を持っていないことです。注文もスーパーやドラッグストア、さらには直接の注文窓口で夏以降徐々に予約を取っていきます。お店を持たない。売上は年末に集中する。コストは年中継続して発生するというわけです。なので、年明けぐらいからもう来年のおせちを考えていきます。その中で、やはりリスクもあります。実際、この会社ではないのですが、冷凍でないといけないのに普通に手送りしてしまったんです。そういったことをしてしまうとリスクになります。それから、おせちは年末に届かないと意味がありません。何しろ、年明けの料理として期待しているのですから。それが、年が明けても届いていないなんてことが起こると、とんでもないことになります。だからこそ、コストを掛けてでもリスク回避を考えているわけです。
逆にコストを掛けてでも行っている点が面白いビジネスモデルだということで論文として取り上げました。この中でも、管理会計の原価企画という発想やVE の視点でのマネジメントが入り込んでいます。それをまとめたのが、この論文なのです。
だから保管のコスト、具体的には冷凍倉庫のコストも掛かります。それから、宅配業者に一気に配達してもらう必要があります。だから、幾ら沢山の数を請け負ってもらうにしても、逆に値切れません。「これ安くしてくれ」というわけにはいかないのです。むしろ、もう絶対その日に届けてもらわないといけないわけです。だから、そこにコストを逆に掛けないといけないという苦労もあるようです。
この BSC というのは、言葉を見るとバランスの取れたスコアカードとなります。スコアカードは業績評価に使う言葉です。スコアをつけるというと、野球などのチームが思い浮かぶかもしれません。最初はそうだったのですが、その後発展していくにあたり、実際の戦略を実施するためのマネジメントシステムという位置付けになりました。つまり、会社である限り、何らかのミッションというか、経営の理念の下で将来どういう会社になっていたいかというビジョンや展望を描いて、それを達成するための道筋となるのが戦略です。だから、ここでミッションがあって、ビジョンがあって、戦略ストラテジーというのがあるという、そういう道筋を示すものが戦略の目標の実現ということになるわけです。それをはっきり明確に認識しましょうということです。
それができたかどうか、つまりその道筋をしっかりとたどれているかどうかを評価していく。すなわち、PDCA です。やはり、一定期間ごとに評価しないといけません。それをするのが、このバランスト・スコアカードというものになります。これは、ハーバード大学教授のR・S・キャプラン氏とコンサルティング会社社長のD・P・ノートン氏が、1992年に「ハーバード・ビジネス・レビュー」に掲載した論文の中で紹介されたマネジメント手法です。
特徴としては、この戦略というもの、すなわち何をすれば良いかという目標を4つの視点でとらえます。具体的には、財務の視点、顧客の視点、内部の業務プロセスの視点、最後が学習と成長の視点です。この4つの視点で目標を振り分けて認識していきます。しかも、この4つの視点の因果関係を想定します。どういうことかと言うと、最終的には会社である限り利益といった目的の財務指標としての売上高や利益に、結びつかないといけません。そのためにはその一つ前の顧客の視点、すなわち顧客が何を求めているか、顧客満足は何かを考えないといけないのです。顧客満足の要素は何かというのが、顧客の視点での戦略目標なのです。それを実現するために、社内でどういった業務のプロセスをしなければならないのか。言い換えれば、優れた業務プロセスができて初めて顧客満足に結びつき目標が達成できるわけです。そういう関係があります。
4つ目の学習と成長というのは、社内の優れた業務プロセスを実現、実行していくためには、それが実行できる人材を育てないといけなくなります。これが学習と成長の視点です。会社によっては人材育成の視点と呼び変えているところもあったりします。つまり、優れた業務プロセスを達成するには、優れた人材が必要となります。あるいは、人材だけでなくて、例えば情報システムです。そういった情報ソフトを使うことによって、優れた業務ができるようになります。例えば、今だったら色々なタブレットやアプリを使ってという話です。
そこにも関わってきますが、この4つの関係はつながっています。つまり、ゴールは財務のところなのですが、そのためには何をすれば顧客が満足してもらえるか、そのためにはどんな優れた業務が必要なのか。それを実行するにはどういう人やインフラ基盤、情報が備わっていないといけないのか。それらを挙げて具体化していきましょうということです。その目標が達成できたかどうかを見極めて、業績評価することでビジョン達成につながっていくことになります。
その際に戦略ができたか、できなかったか。あるいは、どこまでできたかという、その成果を示す必要があります。基本的には、数値目標というのが最も説得力があります。しかし、ここで言う成果はあくまでも行動した結果であって、その成果を生み出すためには、その成果に結びつくアクションプランが必要です。それが活動指標(特定の目標を達成するために行った活動やプロセスの効果を測定・評価するための指標)と言われるものです。そこで、4つの視点の戦略目標のそれぞれの成果に結びつく、それぞれの活動目標、アクションプランを考えましょうというのが BSC なのです。
例えばお客様を訪問するというアクションをすることによって、お客様からの注文を多く受けるといった成果をもたらそうとか。そういうアクションプランと成果との因果関係を想定しましょうということなのです。だから漠然と、「こんな企業になりたい」「こういうのをやりたい」ということだけではなくて、「具体的に何をすればそれが実現したことになるのか」をあらかじめストーリーとして描きましょうというのが BSC です。
もともと、戦略は長期的な視点で考えるべきものです。戦略は短期的に変えるべきものではありませんが、アクションプランはその成果に結びつかないことが明らかになれば変えていったら良いのです。結局、日頃コントロールできるのはこのアクションの部分なわけです。利益は直接働きかけることができない結果の数値なのです。そのためには、アクションとして、例えばPR を充実させるなどといったアクションプランになっていきます。それを明確に示すことによって、会社の従業員が何をすれば良いかを具体的に認識する。そして、それを実行すれば成果に結びつくんだということがわかり、行動してもらう。そういう仕組みのものです。だから、単に絵に描くだけでは無理です。やはり、従業員もそれを理解して、自分の取る行動をどうすれば良いかも考えながら行動していくということも必要になってきますし、それがビジョンを実現することに直結していくことになります。
あまり上から目線で言いたくはないですね…。中小・中堅企業の経営者、あるいは人事の責任者の方々も、今の組織状況に安住することなく、常に先を見て組織を変えていく、そういった組織の風土や文化を作り上げていくことが大切だと思います。つまり、組織というものを成長させて成熟した組織にすることです。そのためにも、人事という部門も大きな役割を持つと思います。
先ほど、一人でできないことをやるのが会社だと言いました。個人商店なら、好き勝手にやってもよいかもしれません。しかし、会社はそうではないのです。そこで、冒頭にも言いましたように価値観が共有されているものが、組織の文化とも解釈できるわけなので、その価値観の共有化を図っていくことが大切です。もっと言えば、現状が最適なものでないという意識があるのであったら、それを変えていく必要が出て来ます。そのための一つの手段として、大企業だけではなく中小・中堅企業も新たな管理システムを導入することです。それによって、組織文化を刺激して新しいものに変えていくことも必要なのではないかと思います。もちろん、大きな企業だからできる、上手くいくなどといった話ではまったくありません。それであれば、今研究会で皆は悩んでいないはずです。皆が悩んでいるということは、組織の大小に関わらず色々な問題点が出て来ているわけです。だから、例えば原価企画という管理会計手法を導入すると言いましても、「それって何」というようなことになってしまいます。「何か余計なことをやらされるのではないか」みたいな雰囲気になりがちです。まるで、最初から抵抗をするような姿勢であれば、改革や改善ができるはずがないです。だから、普段の仕事の中で管理会計システムを上手く取り入れてやっていくというのが必要であって、まるで上からの指示でまた何か新しいことをやらされるというような意識を持って取り組むのではないという意識改革も必要になってくると思います。
特に中小・中堅企業なら、なおさらそういう面が強いのではないでしょうか。私のインタビュー記事をご覧になる方が、どういうバックグラウンドを持った方なのかは分かりませんけれども、悩んだときには学校に戻られてみることをお勧めしたいです。特に、経済や経営分野出身の方ならば、それを学んだ学校の恩師に逆に相談に行かれてはどうでしょうか。そういった積極的なことも良いと思います。
元々私が研究してきた管理会計には、実際の企業で実務を経験しないとわからないことが沢山あります。だから、社会経験のない大学生が十分理解するのは無理な分野なのかもしれません。実は私もそう思っていました。そういう意味で、先ほどの『板前魂』の CEO の方のように、社会人としての経歴を持った方が新たに大学の門を叩いて、大学で学ぶということをされたのは、大きな意義があると思います。もう卒業したから、学びはそれで終わりということではありません。大学に戻るというのも大事なのではないかと思います。教育者である限り、そういう門戸を大学は開いているはずです。昼間に学べる方がいらしたら、大阪学院大学も快くお迎えします。だから、そういうことをするのも一つの手かもしれません。まさにそのモデルを作ってくれたのが、『板前魂』の CEO の方でもあったわけです。
―山本先生、貴重なお話をありがとうございました。
山本 浩二氏
大阪府立大学名誉教授・
大阪学院大学
経営学部教授
1983年神戸大学大学院経営学研究科修了。香川大学商業短期大学部 助教授 や大阪府立大学 助教授 などを経て、1996年に大阪府立大学教授に就任。以後、同学で経済学部長や現代システム科学域 副学域長・マネジメント学類長、特命副学長などを歴任する。2017年に大阪学院大学経営学部教授に就任。大学院商学研究科長、大学院部長、経営学部長を歴任する。公認会計士試験委員、大阪府代表監査委員など公職も多数歴任。