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筑波大学人間系准教授 尾野 裕美氏インタビュー記事(後編)/若者はキャリア焦燥感から早期離職に走る

作成者: JOB Scope編集部|2024/08/16

人手不足が加速する中、どの企業も人材の確保には頭を悩ましている。採用が難しいだけではない。ようやく迎え入れることができたと思っても、入社後わずか数年で退職されてしまったという嘆きの声が聞こえてくる。実は、遡ってみるとこれは今に始まった課題ではない。もう30年余りも続いている。どんな理由があるのか。何か防止の手立てはないのか。筑波大学人間系准教授の尾野 裕美氏にインタビューした。後編では、若者のキャリア焦燥感への対応に加え、男性社員に対する育休取得のメリットについても語ってもらった。

01キャリア焦燥感は3つの
要素に分けられる

若者のキャリア焦燥感に対して、企業はどう対応していけば良いとお考えですか。

若い人が「転職したい」「会社を辞めたい」と言う時は、焦っていることに気づいてほしいと思います。「なぜ転職したいのか」「どうして会社を辞めたいのか」と聞いた時に、理由やきっかけが漠然としているケースがあると思います。そういう時は、「ここが駄目だから辞める」という決定的な理由ではなくて、若者が漠然とした焦燥感に苦しんでいて、「それを解消したい」「そこから逃れるために辞めたい」と言っている可能性があります。

そういう焦りがあるのではないかと踏まえたサポートやキャリア支援をしてほしいと思っています。本人にとってキャリアに関する焦りは苦しいはずです。ネガティブな焦りだと転職、離職をしてしまう人もいます。ただ、焦りはネガティブな面だけではなくて、実は色々な行動の原動力にもなります。なので、焦りにはポジティブな面があることも、企業の方には知っておいていただきたいと思います。

このキャリア焦燥感がどんな感情なのかというのも、実際に若手にインタビューをして、その後何百人という若手を対象にアンケート調査も行いました。そうすると、キャリア焦燥感が三つの要素に分けられることがわかりました。

1.切迫感
非常にネガティブな気持ちです。気持ちばかりが焦って何ともやりようがない。すごく追い詰められているような気持ちなので、これは非常に苦しい焦りです。

2.キャリア構築への衝動
こちらは、比較的ポジティブな面だと言えます。目標に向けて早くキャリアを構築しようと駆り立てられる気持ちです。早く自分らしいキャリアを築きたいという焦りが強すぎると苦しいと思います。ただ、焦るからこそ色々なことに挑戦できるという面もあり非常にエネルギッシュな気持ちです。

3.キャリアの懸念
それほど強くはない気持ちです。今の自分や今後の自分のキャリアについて、「このままで良いのか」「この先も大丈夫なのか」という気がかりです。

今までの研究から、一つ目の追い詰められた気持ち、切迫感が早期離職に繋がりやすいことがわかっています。なので、焦っているから早期離職ということでもなくて、苦しい焦りを抱いていると辞めたいという気持ちに結びつきやすいというのがわかってます。

少しポジティブな面のお話をさせていただきたいのですが、「自分のキャリアを何とかしなければいけない」と焦りを感じたとき、「どんな行動をしましたか」とインタビューで聞いてみると、「人に相談した」という回答が数多くありました。「誰に相談したのか」といえば、上司であったり、会社の同期や学生時代の友人などが挙がっていました。

また、一旦自分のキャリアの目標を設定して、「このままではまずいから、その目標に向けてこういう行動計画を立てて行動するようにしました」という人もいました。実は、そういう焦りから行動に出た人たちは、「相談したり、目標に向けて動き出したことで視野が広がった」と皆さんおっしゃっています。「すごく焦っていて苦しかったものの、視野が広がったら焦りは和らいできた」と言うのです。実は焦ってしまい、「もう辞めたい」と思っていたけれど、相談したり、色々な行動を起こした結果、一旦焦りが落ち着いたというか冷静になることができ、「今の会社の良いところに目が向いて転職することを辞めました」という人もいました。

若手がすごく焦っている時は視野が狭まっているので、偏った見方をしてしまう可能性があります。なので、企業の方には若手の視野が広がるような行動を促してあげてほしいと思っています。

「どのようにして視野が広がったのか」とインタビューで聞いてみると、相談という回答が多くありました。その相談相手は本当に色々でした。なので、企業としては若手の人がさまざまな人と会話をして、視野が広がる、刺激を受けられるような場を設定することをお勧めしたいと思います。

あとは、「キャリアの目標を設定して行動したら焦りが和らいだ」というのも、インタビューでわかったことです。ただ、これに関しては一つ注意が必要です。キャリアの目標は、若手はこれまでに幾度も立てさせられています。例えば、研修でも「将来の目標を立てるように」「将来のありたい姿を描け」とかなり言われています。目標がある人は、そうした研修を受けても全然苦ではありませんが、実際にはそうした方ばかりではありません。むしろ、多くの人が「簡単なことではない」と思っているはずです。

なので、将来の目標がない若手に無理にイメージさせようとするよりも、「なくても大丈夫だよ」と言ってあげてほしいのです。実際、今の中年社員も若手の頃は、将来の目標を持っていなかった人が多かったりします。仕事を頑張っていたら、いつの間にか目標が見えてきた人も結構多いはずです。なので、1年とか半年という目標でも良いと思います。イメージしやすいスパンの目標を設定することを促してほしいです。比較的短期の目標だと、それに向けた行動が取りやすくなると思います。

その目標の設定も三つぐらいの軸で考えると良いと思います。

1.どんな仕事をしたいのか。
「長期的にどんな仕事がしたいのか」はイメージできなくても、半年後や1年後にどういう仕事をしていたいのかは、今の仕事を出発点として考えやすいはずです。

2.どういう人間関係を築きたいのか。
今の職場で人間関係が上手くいっている人もいれば、上司とコミュニケーションが上手く取れていない人もいると思います。「上司とどういうふうに関係を築きたいのか」でも良いですし、「今接点がない別の部署の人と交流を持ちたい」とかでも良いので、どんな人間関係を半年後ないし、1年後に築きたいのかという軸です。

3.どんな自分になりたいのか。
これも別に10年後、20年後のありたい姿をイメージできなくても、今の自分に満足している人は多分少ないので、半年後とか1年後に自分のどこを変えたいと思っているのか、どう変えたいのか、どんな自分になりたいのか。

この三つぐらいの軸で短期的な目標を設定すると良いと思っています。それでも難しい場合は、三つのうちどれかイメージできるものだけでも良いから立ててみようというふうに目標設定のハードルを下げることです。イメージできたことに対して、とにかく明日からできること、今すぐできることを具体的に考えてみようという流れで、短期的な目標に対してどういうことをするのかを決めて動き出す、そういう促しをしていただけると良いと思っています。

結局、動かないから気持ちばかりが焦ってしまうのです。行動するとネガティブな焦りが和らいでいきます。それは、多分行動した人は実感しているので、それが大事だと思っています。また、視野を広げるきっかけとしては相談以外にもあります。自分の現状や考えを整理することも効果的だとわかってきました。例えば、キャリアについてすごく焦りがあった時に、「何に焦っているのか」「どうして焦っているのか」と書き出していくと、「自分はここが弱いのか」「こういう状況で焦りやすい」などと整理されていきます。そうすると、「これは別に焦る必要がないのでは」と自分で気づける人もいました。

これを踏まえると、企業の方にお勧めしたいのは、先輩の体験談を若手と共有することです。若手から見た先輩はもう仕事ができる姿になっているので、新人の頃や若い頃には成果をなかなか出せていなかったとイメージすることは難しいと思います。しかし、誰であっても若い頃は失敗ばかりしますし、同じように焦って苦しんでいた人ばかりなのです。なので、先輩社員が若い時にキャリアについてどのように考えていたのか、同じように焦っていたとしたら、その時にどんなふうに行動して視野や見方を変えたのかを若手に伝えてあげてください。

若手は仕事ができる人が、実は昔は自分と同じ感じであったことを知るだけでも安心します。何かをやってみたら苦しさから解放されるということもわかります。そういう場を設定してあげてほしいと思います。やはり、若手の視野が狭くなっている時には、短絡的に転職という選択肢しか目に入らなくなる可能性があります。しかし、先輩の体験談を参考にして、「自分の問題もこれに似ているから、こんなふうに目標を設定してやってみよう」と行動を起こしていけば、若手も視野が広がり成長が促されると思っています。

02男性の育休取得促進が職場にさまざまなメリットをもたらす

尾野先生は、男性の育児休業も研究テーマとされています。そもそも、何をきっかけにこのテーマに興味を持たれるようになられたのですか。

これもキャリア焦燥感と一緒で、私は元からの研究者ではなくて会社員出身なので研究が自分の問題意識からスタートしています。男性の育児休業も自分が出産した時に非常につらかったという想いが土台にはあります。それがきっかけとなって始めたテーマです。

今はようやく社会が男性の育休に目を向けてきていると思います。ただ、私が18年前に出産した時には、男性の育休取得率が0.5%でした。私自身、出産後に育児が大変でもう本当にボロボロになっていました。しかし、当時は夫が育休を取るという選択肢が浮かばなくて、何とか夫が部署を異動して乗り越えることができました。出産・育児はすごく大変だというのが、まず体験としてありました。その後、国や社会が段々と男性の育休取得を推奨し始めた時に、体裁だけ取り繕うために人事や総務の男性が1日だけ育休を取る、1週間だけ取って実績を作る、そんな企業がものすごく多かったんです。

「それは、もう本質ではない」と思いました。そうではなく、男性の育休は本人のためでもあるし、しっかりやれば妻や家族のためにもなります。さらには、企業もそれをきっかけにすごくメリットがあるのです。そういう思いがあって、形だけの数日間の育休ではなく、1カ月以上の男性育休を研究してきています。インタビューで1カ月以上の育休を取った男性にお話を聞かせていただきました。そうすると、元々仕事人間だった男性が、育休中に自分のキャリアを考え直して、改めてキャリア探索をして復職した後に、自分のキャリアを主体的に考えるようになったという方が多くいました。

インタビューやアンケート調査もしましたが、男性の育休は実はキャリア自律に影響するのではないかということで検証してみたところ、男性が育休を経験することで男性自身のキャリア自律が促進されることも見えてきました。

また、長期育休を取った男性が復職後にどんなふうに働いているのかをお聞きしたところ、当然育休中に家事や育児をこなさなければいけなかったので、マルチタスクができるようになり、効率的な働き方ができるようになったという声がたくさんありました。その一方で、職場のメンバーとの信頼関係をすごく大事にする働き方になったという傾向も見えてきました。「それはなぜだろう」と思ったら、「育児や家事は仕事のロジックが通用しない世界なので、コミュニケーションを大切にしないといけない」と学んだようです。

なので、ある程度時間を掛けてでも職場メンバーとの信頼関係を構築するようになったというわけです。個人にとって育児に関われるということだけではなくて、復職後に育休の経験を活かせるという効果も見えてきました。

企業の人事の方やダイバーシティ担当の方にもインタビューをしました。そうすると、男性の育休を推し進めていくと、従業員全体の意識が変化してきて、会社としてワークライフ・バランスが実現したり、育休を取得した男性のコミュニケーション能力向上や仕事におけるアイデアの広がりによって、組織体制が強化されたという成果を感じているという声が複数聞かれました。

他には、子育てをしている社員に対する理解が深まったという声も複数ありました。結局男性だけではなくて、仕事と家庭を両立させやすい職場になった結果、全員が休暇を取りやすくなったという成果も得られるようです。「子供がいなくても休んでも良い」という空気になったわけです。

これは、育休を取る男性だけではなく、組織で働く人全員が享受できる成果だと思っています。それだけに、企業として男性の育休を推進することは働きやすい組織作りや職場作りに一役買うことができていると思いました。

さらに補足しますと、男性の育休取得に関連してですが、上司の方が職場全体の業務を調整したり、協力して働く体制を構築していくので、結果的に職場の業務効率化が進んだり、生産性が高まることも見えてきています。男性の育休取得に真正面から取り組むと、企業としても成果があるということです。

03社員全員を大切にするという会社の姿勢を伝える必要がある

中小、中堅企業の経営者や人事責任者へのメッセージをお願いいたします。

前提として、会社を辞める若手が悪いという考え方はもう終わりにしたいです。辞める人を非難する会社には誰も行きたくないと思います。もはや、人生100年時代だと言われています。転職は当たり前というところもあるので、次の目標に向かっていく人がいるのであれば、むしろ応援する、温かく送り出すぐらいの気概が必要だと思っています。そういう会社には出戻ってきて活躍する社員がいたりするものです。

ただ、難しいのが社員を大切にすると言った時に、若手の早期離職を防ぐために若手を優遇すると他の社員から不満が出たり、男性の育休を推進するために育休を取得する男性に手厚いサポートをすると、「どうして男性だけなのか」と疑問の声が寄せられてしまいます。「自分の業務にしわ寄せが来るので不公平だ」という声が同僚から上がってしまうのです。

そういう施策を通して、特定の人だけではなくて「社員全員を大切にするんだ」という会社の姿勢が伝われば、皆さん該当者でなくても納得しますし、サポートするようになると今までの色々なインタビューを通じて感じているところです。

恐らく育児だけではなくて、介護や病気、学び直しなども色々なタイミングで課題を抱えている社員がいると思います。そうした方々をサポートすることが求められていると思います。また、サポートすると言っても、社員を楽にさせるということではなくて、何か難しい仕事に挑戦して成長を感じられれば、やりがいに繋がると思います。そういう成果を出さなければいけないという緊張感と、何かあったらサポートしてもらえるという安心感、この辺りのバランスが重要だと思います。もちろん、言うのは簡単ですが実践するのは難しいとは感じています。

尾野先生、貴重なお話をありがとうございました。



尾野

筑波大学

人間系 准教授

日本製粉株式会社(現:株式会社ニップン)の人事、株式会社インテリジェンス(現:パーソルキャリア株式会社)のキャリアカウンセラー、株式会社リクルートマネジメントソリューションズの研究員を経て独立。大学生のキャリア形成支援に従事する。その後、横浜商科大学専任講師、明星大学准教授を経て20234月より現職。

筑波大学大学院人間総合科学研究科生涯発達科学専攻修了、博士(カウンセリング科学)。主な著書に『働くひとのキャリア焦燥感――キャリア形成を急ぐ若者の心理の解明』(ナカニシヤ出版)、『個人と組織のための男性育休――働く父母の心理と企業の支援』(ナカニシヤ出版)などがある。

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