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大阪大学大学院 経済学研究科 准教授 渡辺 周氏インタビュー(後編)/変わると変えるをいかに上手くリンケージして経営するかが問われている

作成者: JOB Scope編集部|2025/01/31

社会環境がダイナミックに変わりゆく中、企業は生き残っていくために経営戦略や事業戦略、人材戦略を変えていく必要がある。それは、誰もが認識しているはずだと思っていても、実際には何らかの要因によって遅々として進まない、あるいは予想外に時間が掛かってしまうということがありがちだ。どこかに問題があるのは間違いない。そうした中、長年「企業が変わる」をテーマに経営学を研究されてこられた大阪大学・渡辺 周准教授は、豊富な実証研究を通じて得た知見に基づき、経営者に新たな示唆を提示してくれている。インタビューの後編では、人材投資への意義やAIがもたらす可能性などを語ってもらった。

01企業の変革を促す要因、阻害する要因とは何か

渡辺先生が昨今注目されているキーワードは何ですか。

やはり、人的資本経営です。これは、すごく重要だろうと個人的には思っています。アカデミックなところとは違う文脈で話されている場合も多いと思うのですが、意味があると私が思ってるのは、人への投資を促そうとしている点です。

もう少しだけお話をさせていただくならば、ご存知の通り、元々日本企業は従業員の教育に対する投資がすごく少ないと言われています。それに対して、「日本企業はオフJTではなくて、OJTが中心だ」という話もあるわけですが、それを踏まえてデータで見てみてもかなり他の国と比べて少ないです。

私が見たデータですと、2000年から2010年までの期間と比べて、2010年代に入ってさらに従業員への教育投資は減っています。私自身も企業向けの研修のお手伝いをさせていただく機会を頂戴すると以前よりも人の教育への投資、人的資本投資が減っている印象があります。

そうした中で、人的資本投資を促そうという流れが出てくることは大事だと思っています。日本企業の方とお話していると良く聞くのは、「以前と比べてますます競争も激しくなってきて、人への投資を含む様々な投資がしづらい」ということです。また、これは直接聞いたわけではないのですが、転職が増えてきて離職率が上がってきた中で、人への投資、人の教育に対して消極的になっている企業もあるのかな、ということを個人的には感じています。

そのようにお考えの方に是非ともお伝えしたいのは、学術的な研究によると、人への投資は、その人自身が便益を受けるだけでなく、企業にとってもかなりポジティブな効果をもたらすんだということです。それが、最近のデータ分析・実証研究から明らかにされています。

昔から「人に投資して教育をしたとしても、特にOff-JTみたいなものに会社がお金を払ったとしても、従業員が辞めてしまったら意味がない」、もしくは「能力が上がると、転職してしまう」「転職を防ぐためには賃金を上げないといけなかったりするから、割に合わない」みたいな議論がずっとあったわけです。

人的資本理論を切り開き、ノーベル経済学賞を取ったゲーリーベッカーが言い始めた問題で、2024年にノーベル経済学賞を取ったマサチューセッツ工科大学のアセモグルも実はそうした研究をしていました。理論的にはさまざまな見方があったのですが、最近になってデータを分析した実証的な研究というのが出てきました。そうした分析によると、企業は従業員に対してトレーニングを施すと確かに従業員の給与は上がる、つまり能力が上がった分、給与も上がるのですが、それ以上に企業の生産性が上がっているのです。

だから、企業としては従業員のトレーニングに投資をしてあげると、能力が上がり賃金も上げないといけませんが、賃金が上がった以上に企業側がゲイン、利益を得られるという結果が示されているのです。転職が一般的になり、在職期間が短い従業員も増えてきてはいるのですが、例えば1年以内に辞めてしまう割合が高いかというと、ほとんどの企業でそうではないわけです。これは結局、企業側にも従業員側にも、未だに転職のコストというものがあるからであり、企業側に色々な研修を提供する利点、OJTではなくて、公式的な研修を提供して従業員の能力を伸ばす利点となっています。給料は上がりますが、企業側はそれ以上にそこから便益を得るということです。こうした学術的な研究結果とも一致するので、今話題になっている人的資本経営は、私は望ましい動きだと考えています。

02AIの進歩は予測しずらいが、怖がる必要もない

ところで、今話題の生成AIは経営や人事の領域にどのような変化をもたらすとお考えですか。

二つお答えしたいことがあります。一つは、「わからない」ということです。特に10年、20年ぐらいの単位ではわかりません。わからないからこそ、今、我々が予測しているのとは違った変化が起こるということを前提に経営をする必要があると考えています。これが、まず1個目のすごく大事な点です。

なぜ、こういうことを言うのかというと、今終わりつつあるというような言い方もされますけれども、「ムーアの法則」というのがあります。バリエーションが若干あるのですが、ここでは、「集積回路上のトランジスタの数が18カ月ごとに2倍になる」と考えましょう。そうなると、大体15年で半導体の性能は1024倍になります。具体的に言えば我々今2024年を生きていますが、15年前である2010年ぐらいから考えると半導体の性能が、もう1000倍ぐらいになってるわけです。

我々が日常的にスマートフォンを使っていたり、パソコンを使っている限りでは、10年、15年前と比べて、進歩したという感覚はあると思いますが、その時点から1000倍に伸びたというのは、あまり実感しづらいのではないかと思います。ただ実際には、15年前と比べて1000倍、30年前と比べると100万倍になるわけです。そうしたものがあって、生成AIみたいなものが出てきたと考えると、この領域において10年先を予測することがいかに困難かをご理解頂けるのではないかと思います。2010年の時点でこれだけの生成AIChatGPTやディープラーニングとか、そうしたサービスが出てくると、どれだけ予想ができていたでしょうか。このぐらいの精度になるという予想は、ほとんどできてなかったと思います。

例えば、3年で4倍になるぐらいまでであれば予想できると思いますが、生成AIで使われる半導体の性能は、指数関数的に増えていきます。なので、10年単位では予測がつかないということを前提に考えるべきなのです。これが、私が生成AIについて聞かれたときに、まずお伝えしたい点です。

ただ、予測がつかないにしても過度に怖がる必要はないというのが二つ目の話です。雇用に変化が起こるのは確実だと思います。もしくは、もう既に変化が起きているところもあります。「生成AIでなくなる仕事」について報じられているのを目にしたことがある方も多いかと思います。ただし、生成AIに対して過度に悲観的になったり、敵対的になる必要はないと私は考えています。なぜかと言いますと、二つ理由があると思います。

1つ目は、もう既に問題があちこちで起きてますが、少子化によって日本の場合は、労働人口が減っているので、人手不足があらゆるところで起きています。これが実はますます今後加速すると考えられています。そのため、生成AIで人の仕事が奪われて大量失業が発生するみたいな事態にはならないだろうと思います。

二つ目は、これは私の専門というよりは経済史やマクロ経済学で専門的に研究されていることですが、これまで200年ぐらいの歴史を振り返ってみると、技術の進歩によって人の仕事が失われるみたいなことがずっと言われてきました。

一番古いのは、ラッダイト運動(1810年代にイングランドの北部で起きた機械打ち壊し運動)です。ただ、機械の登場によって人の仕事がなくなったかと言うとそうなってはいません。むしろ、生産性が伸びたことによって経済が発展し、人の雇用は増加しました。さらに、雇用が増えるだけでなく、賃金も増えて、社会は全体として豊かになってきました。こうしたことが、ラッダイト運動に限らず、この200年、登場してきた様々な技術で起こってきたわけです。もちろんこれが生成AIに対しても同じだという保証は当然ないわけですが、大失業時代がやってくるという極端な悲観論はこれまでの歴史を考えると、予測しづらいものだと思っています。

当然ながら、全体としてはそうではあるものの、職種によっては仕事がAIに代替されてしまったりすることもあると思います。また、仕事自体は失われないものの、AIを上手く使いこなせないと、もはや仕事ができなくなってしまうというようなこともあると思います。

前者の例で言うと、単純な事務作業、例えばデータ入力みたいなものの求人は減ってしまっています。また後者のAIをうまく使いこなせないと、というところでいうと、2024年度のノーベル化学賞の受賞理由ではAIの誕生によって、「化学の研究手法が変わった」と述べられていました。やはり幾つかの仕事は、AIを上手く使いこなせることが前提となってくると思っています。

そういう意味で言うと、個人としては仕事が失われるか、上手くできなくなってしまうということなので安心はできないと思います。なので、変わる必要があります。逆に言えば、変わる覚悟を持っている個人であったり、組織にとっては変化というのはむしろチャンスだと思います。変化に主体的・積極的に対応していくことが、必要なのではないかということが、私として生成AIに関してお伝えしたい二つ目のことです。

 

03一見して割高に見えるものへの投資が、中長期の成長につながる

時代が変わる、技術が変わる、社会が変わる中で企業が生き残っていくには戦略を変える、事業を変える、いろいろ変えなければいけないことを改めて痛感しました。変わると変える。これを上手くリンケージし、そしてまた変える中でも阻害する要因にも上手く対応していかなければいけないということですね。それを含めて、読者である中堅・中小企業の経営者や人事責任者の方に、渡辺先生からメッセージをいただきたいと思います。

私自身、それほど多くの中堅・中小企業の経営者とお付き合いがあるわけではありませんが、中堅・中小企業、特に中小・零細企業だと、経営者の方が全て中心になって回されている場面をよく見ます。「それがまさに中小企業だ」「そういうものだ」というところもあるかと思いますが、そうした中小企業の経営者の方に、私として何かお伝え出来るのであれば、一見したところは割高であったとしても、自分の時間、自分がやる仕事を本当に価値を生み出す部分に絞り込めるような、価値を生み出す部分に時間を割けるようなサービスなり、人材への投資・登用ということを考えてもらうと良いと思っています。

確かに人へ投資したり、人を追加で雇ったりコンサルタントを雇うとなれば、追加でコストがかかります。ただ、この際に考えて頂きたいのは、それによって経営者の皆さんがどれだけ高い価値を生み出す活動に注力出来るか、ということです。それと、追加のコストを比較して頂くのが良いのではないか、ということです。

中堅・中小企業の経営者の方だけに限らず、人は誰しもそうだと思いますが、仕事の中には、大きな価値を生み出しその人にしか出来ない仕事もあれば、小さな価値しか生み出さず他にも多くの人が出来る仕事の両方をかかえています。そして、中小・零細企業の経営者の方ほど、前者の仕事をこなす能力があり、またそれによる創出価値が大きいにもかかわらず、この両方をほぼ全て自分でこなそうとされ、結果として、後者に前者が圧迫されていることがあるのではないかと私は見ています。

そうだとすると、短期的には費用がかかったり、一見すると割高に見えたとしても、人材を登用したり、コンサルタントを雇ってみると、、それによって、まず経営者の方がされている仕事の中で、その方でないとできない訳ではない仕事というのも結構あることがわかってきます。さらにそうした仕事を、誰かに任せられるようになることで、経営者にしかできない仕事に注力をしたり、そちらへより時間を割くことができるようになると思っています。

そういう意味で、一見したところ割高に見える、コストがかかるものに投資をするというのが、中期的な成長なり、発展を考える上で大事なのではないかと思います。



渡辺 周

大阪大学大学院経済学研究科
准教授

2010年一橋大学商学部卒業。2015年一橋大学大学院商学研究科博士課程単位修得退学。
一橋大学大学院商学研究科特任講師、東京外国語大学世界言語社会教育センター助教、同大学大学院総合国際学研究院講師などを経て、2022年4月より大阪大学大学院経済学研究科准教授に。

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