JOB Scope マガジン - インタビュー記事

東北大学大学院経済学研究科准教授秋池篤氏のインタビュー/失敗のリスクを織り込んでこそイノベーション(後編)

作成者: JOB Scope編集部|2025/08/22

近年、日本においてもデザイン経営やデザイン思考、デザインイノベーションなどの概念が声高に叫ばれている。テクノロジー中心主義を貫いてきた日本企業が、イノベーション近年、日本においてもデザイン経営やデザイン思考、デザインイノベーションなどの概念が声高に叫ばれている。テクノロジー中心主義を貫いてきた日本企業が、イノベーションを加速させていくためには、ビジネスにおけるデザインの価値を高めていかなければいけないというアピールなのかもしれない。世界的なコンサルティングファームにならって、国内の大手ファームでもデザイン会社を買収する動きが広がっているのも、その現れと言っても良いだろう。こうしたなか、デザインイノベーションの実現に向けたマネジメントの在り方を研究しているのが、東北大学大学院経済学研究科 准教授の秋池 篤氏だ。その成果を、論文として発表している。その秋池氏に、今企業経営者がなぜデザインを重視する必要があるのかを語ってもらった。後編では、日本企業がイノベーションを加速させる条件や共著書『はじめてのオペレーション経営』のテーマなどを聞いた。

01一概に日本企業の製品デザインが遅れているとは言い切れない

メディア的な立場で行くと、日本は海外と比べて欧米と比べて製品デザイン、デザインイノベーションが遅れているのか、いやかなりキャッチアップできているのかと切り込みたくなります。その辺りは、いかがお答えになられますか。

日本でも、ソニー社は非常にデザイン的にも優れた製品を出し、世界的にも高く評価されています[13] 。そのため、一概に日本企業が遅れているわけではありません。逆に、すべての欧米企業がデザインに優れているわけでもありません。企業としてはグローバルな視点で、国内外問わずデザインに優れた企業の取組を学習し、キャッチアップしていく必要があると思っています。結論としては、日本企業だからと言ってデザインイノベーションが遅れているわけでなく、「デザイン経営宣言」[14] など、現在も着実に進歩していると前向きに捉えた方が良いと思います。

秋池先生の肌感で結構ですが、日本の企業経営者は製品デザインの重要性、デザインイノベーションの重要性をより意識するようになってきているとお考えですか。

先述のように「デザイン経営宣言」も出され、デザインイノベーションを意識する企業も増えてきていると考えます。ただし、全ての企業がデザインをより意識するようになっているかはわかりません。ソニー社などのようにデザインが大事だとずっと認識している企業もありますし、まだ認識していない、優先順位が低いという企業もあると思います。このように、全体的に認識が深まっているかどうかはわかりませんが、「デザイン経営宣言」も出されているように、社会全体でとらえれば関心は深まってきているのではないでしょうか [15]

[13] この点については、以下の文献を参照。Lorenz, C. (1990). The Design Dimension: The New Competitive Weapon for Business. Oxford: Basil Blackwell Limted. 邦訳, クリストファー・ロレンツ (1990) 『デザインマインドカンパニー‐競争優位を創造する戦略的武器』紺野登, 野中郁次郎訳. ダイヤモンド社.

[14] 経済産業省・特許庁(2018)「「デザイン経営」宣言」」https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/kenkyukai/kyousou-design/document/index/01houkokusho.pdf 2025年8月6日最終アクセス.

[15] 以下の文献に基づけば、2020年から2023年にかけてデザインへの投資はやや増加しているとのこと。三菱総合研究所・日本デザイン振興会(2023)「第2回 企業経営におけるデザイン活⽤実態調査 ⽇本企業におけるデザイン経営の効果と取組みの現状」https://www.jidp.or.jp/media/5f2d9fc1-a6f3-41ec-ae4b-dd0232da623f 2025年8月6日最終アクセス. 

02失敗リスクをいかにマネジメントするかが重要

今後、日本企業がイノベーションを加速するためにはどうしたら良いとお考えですか。

この点については、イノベーション論の議論に基づいて回答します。私は、イノベーションに関する研究で指摘されていることを実行していくことが、大事だと思います。しかし、問題は、その指摘を実行すること自体が困難であるということです。

イノベーションを促進するための要因は先行研究で様々挙げられていますが、動機付けの面や、時間的な余裕が前提となります。そこを無視して進めるということは、難しいと思います[16] 。動機付けで言いますと、それが金銭的なものなのか、非金銭的なものなのかに分かれますが、いずれの場合でも従業員のかたが前向きにイノベーションに取り組めるような要素が必要でしょう。もう一つ、時間的な余裕についてですが、新しい考えを実行するといった時に、時間的な余裕なく進めてしまうと新しいアイデアが生まれなかったり、頭に浮かんでも試さなかったりという問題が起きてしまいます。

加えて、イノベーションの失敗に関わるリスクを考慮に入れたマネジメントを進めていくことが大事となります。イノベーションのように新しいことを試みると失敗するリスクは、通常の活動よりも当然高くなります。従業員の方へのインセンティブを良くしても、時間的に余裕を与えたとしても失敗することは起こりえます。

しかしながら、一度の失敗で、「やはり駄目だ」とイノベーションを起こすのを諦めてしまったり、そういった活動に予算を配分しなくなったりということが起きてはいけません。そうではなくて、失敗することもあるということを前提に、それをどうマネジメントしていくかが重要なのです。

例えば、予算を長い目で少額でも出し続けたり、一、二度失敗したとしても人事評価としては落ちないようにして、それよりもチャレンジしたことを評価したり、そのような失敗をするということを前提に、色々な制度や仕組みを用意する必要があります。

イノベーションプロジェクトを小さな規模でまず初めて、成功しそうであれば、投資を増やし、芳しくなければ打ち切るというリアルオプションと呼ばれる手法もありますし[17]、自社から新事業を切り離して、独立した企業とするというスピンアウトという方法を採用し[18]、それで失敗したら新会社に移った従業員たちも、また自社に戻って来ても良いようにするなど、色々な仕組みを考えていくことが大事になってきます。

このような失敗のリスクを含めてマネジメントするという考え方は、企業でもそうですし、国全体の考え方としても有用であると考えます。日本としてスタートアップ企業を増やすという話がなされることがありますが、スタートアップ企業に挑戦しようと思っても「もう戻れない」「ここでやっていくしかない」となると、なかなか第一歩を踏み出せません。たとえ、倒産したとしても全く問題なく元々所属していた企業に入ることができるような制度を作ったり、他にも色々なルートを用意したりといった取り組みをすれば、挑む人も増えていくと思います。このように企業レベルでも、国レベルでも、失敗をマネジメントすることは大事だと思っています。

[16] この点については以下の文献を参照。Amabile, T. M., Conti, R., Coon, H., Lazenby, J., & Herron, M. (1996). Assessing the work environment for creativity. Academy of Management Journal, 39(5), 1154-1184.

[17] この点については以下の文献を参照。Adner, R., & Levinthal, D. A. (2004). What is not a real option: Considering boundaries for the application of real options to business strategy. Academy of Management Review, 29(1), 74-85.

[18] この点については以下の文献を参照。Clarysse, B., Wright, M., Lockett, A., Van de Velde, E., & Vohora, A. (2005). Spinning out new ventures: a typology of incubation strategies from European research institutions. Journal of Business Venturing, 20(2), 183-216.

03トータルなインセンティブ設計とリーダーシップの活用が重要

最近では東大を卒業した後に、大手企業に就職せずスタートアップやベンチャーに行く人が増えていると聞きます。そうかと思えば、企業のトップが「チャレンジしよう」「イノベーションを起こそう」と若手社員に呼び掛けても反応がないという声も耳にします。それは経営者のマネジメントや仕組み作り、企業としての風土作りに問題があるのかもしれないのですが、秋池先生はどうお考えになられますか。

 これまでの話から解釈すると、失敗などのリスクを含めて総合的に考えた時に、あまり前向きに動かない方が、メリットが大きいと判断している可能性があります。例えば、チャ レンジしてみたけれど失敗したとなると、皆に迷惑が掛かり、何か言われる可能性があるなど不安に思っているのかもしれません。そのため、金銭や周りの人の動きや、その後失敗しても動けるかどうかなど、トータルで考える必要があるでしょう。その企業で立ち上げた事業が伸びていて、全然失敗を気にしないような状況であれば「自分もやってみよう」と思うかもしれないですし、周りの皆がやっていれば、「自分も」と思うはずです。

イノベーションを実行するということは、全体としてどうシステムが構築されているのかという問題ですので、その人に動いてほしいというだけでは、上手くいきません。システム全体を如何に構築していくのかというトータルな視点で考えるべきです。 その人自身のモチベーションを引き出すためのインセンティブも、失敗したときに企業・社会全体で支えるシステムもそうです。そのため、従業員の方が新しいことに取り組んでくれないという時には、色々な話を聞き、その真因が何なのかを明らかにして、色々な仕組みを考えていくということが大事でしょう

もう1つは、リーダーシップが上手く機能していない可能性があります。リーダーシップについて、イノベーションに関係する分野としては、近年「トランスフォーメーショナル・リーダーシップ」という概念に注目が集まっています[19]。これは、リーダーが従業員の人たちに働きかけることで、企業として変革を促すタイプのリーダーシップです。つまり、従業員の方を動機付けして前向きに動いてもらうようなリーダーシップを発揮できているかが、大事であるということです

具体的には、リーダー自身が「これをやろう」「こういう方向で動いていこう」という形で示すことができれば、皆方向性を悩まずに動くことができるでしょう。また、新しい案を皆で考えていこうというときに、「それも良いアイデアだね」「あれも良いね」と引き出していけば、皆楽しみながらアイデアをだすこができるでしょう。そして、リーダーも「何かあれば僕が責任を取るから、皆でやっていこう」という形で行けば、チームとしてイノベーションに積極的に取り組んでいけるようになります。

ここまでの話をまとめると、従業員の方に前向きに新しいことに取り組んでもらうためには、「新しいことをやってみよう」「トライして良いんだよ」と言うだけではなく、まず、リーダー自身のコンセプトの提示、ファシリテートといったリーダーシップを発揮することを意識する必要があります。また、企業全体や社会全体で考えれば、たとえ失敗しても次の機会が存在するということを、システムとして構築することがカギとなるでしょう。

リーダーシップ論も、秋池先生の研究キーワードに入りつつあるのですか。

私自身の研究の関心としては、やはりデザインイノベーションにありますが、イノベーション・マネジメントの分野でも、イノベーションの実行を考慮する必要性が指摘されています。そのテーマのなかでは、イノベーションの実行に適した組織構造やリーダーシップについて議論がなされています[20] 。講義などではこのようなテーマも扱っていますので、参考になればと思い、お話いたしました。

 [19] この点については、以下の文献を参照。Carless, S. A., Wearing, A. J., & Mann, L. (2000). A short measure of transformational leadership. Journal of Business and Psychology, 14, 389-405. 

 [20] この点については以下の文献を参照。Van de Ven, A. H. (1986). Central problems in the management of innovation. Management Science, 32(5), 590-607. 

04全体最適の視点でオペレーションと経営を結びつける


秋池先生は、2024年10月に共著書『はじめてのオペレーション経営』(有斐閣)[21] を執筆されました。読者に最も伝えたかったポイントを教えていただけますか。

経営において、基本的にはお金の調達であったり、従業員の方を雇って仕事を任せることであったりという企業内で生じる日常的な取り組みを企業全体としてしっかりと実行できるようにしていくことが大事であるということがメッセージになります。

このような日常的な業務の実行というのは、オペレーションと呼ばれます。このオペレーションについては、製造を対象とした知見が多く蓄積されています。ただ、工場だけではなく、それはオフィスでの仕事でもそうですし、どこでも似たようなことが起きているため、その考え方を広く経営に適用していこうというのが、この本の元々の狙いとなります。

経営とオペレーションについてですが、例えば、経営戦略との関係性でいえば、その戦略に応じて取るべきオペレーションが変わってきますし、逆に現在企業が手掛けているオペレーションに応じて、企業としても取れる戦略が変わってきます[22]。そのため、企業はなかなか今までのやり方から変われないといった問題が生じるのです。

出所:画像は(株)有斐閣提供

最後に、中小・中堅企業の経営者や人事責任者へのメッセージをお願いします。

私は、イノベーション論が専門ですので、そういった観点からお話をさせていただきます。ここまで、お話させて頂きましたように、イノベーションには失敗は付き物です。イノベーションにおいては、その失敗が許容されるような対応が大事になってきます。失敗を許容することで、その失敗から学習して次につなげていくこともできます。システム的に対応するということも大事ですし、リーダーシップも意識することで、イノベーション人材の育成も進んでいくと思います。

―秋池先生、貴重なお話をありがとうございました。これからのご活躍も期待しております。

 

 [21] 岩尾俊兵・秋池篤・加藤木綿美(2024)『はじめてのオペレーション経営』有斐閣。

[22] この点については、以下の文献を参照。延岡健太郎(2006)『MOT入門』日本経済新聞社

 

秋池 篤

 東北大学大学院

経済学研究科  准教授  

2011年東京大学経済学部卒。2015年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学(2018年に修了)。博士(経済学)。その後、東北学院大学経営学部, 助教・講師・准教授などを経て、2024年から現職。

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