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同志社大学名誉教授の太田肇氏インタビュー(後編)/根本的な改革が急務となる日本型組織(後編)

作成者: JOB Scope編集部|2025/04/25

テレビ番組などで、ドミノ倒しの仕掛けが見事成功した時には爽快感を覚える。だが、組織の不祥事やスキャンダルが立て続けに起こる「負のドミノ倒し」には、むしろ嫌悪感がこみ上げてくる。実はそんな事態が、近年日本のさまざまな組織において起きている。「今なぜなのか」「何か共通した要因はあるのか」「個人にとってどんなリスクがもたらされるのか」「どう改革していけば良いのか」…、気になる点が多い。そんな疑問に応えるために、組織論の第一人者である同志社大学名誉教授の太田 肇氏が、近著『日本型組織のドミノ崩壊はなぜ始まったのか』(集英社新書)を執筆した。読者に何を訴求したかったのかを聞いた。後編では、インフラ型組織の有効性やAIが働き方、組織づくりにもたらすインパクトなどを語ってもらった。

 

01「インフラ型組織」への移行に着手する必要がある

太田先生は著書の中で、個人が働きやすく、仕事で成果をあげるために「インフラ型組織」をご提案されています。どのような組織なのでしょうか。

今まで組織論では、欧米の「ピラミッド型組織」(機械型組織や官僚制組織も同義語)であったり、あるいは日本の有機的な「共同体型組織」が取り上げられてきました。いずれも組織の中の個人はその一員です。ですから、直接表に出ることはなく、あくまでも組織の一員、いわば黒子として仕事をして市場や社会に接することはあまりないというスタイルでした。

ただ、今の時代は、それでは通用しなくなってきています。個人が直接市場やお客さんと対峙して仕事をするようになっています。そして、個人の高い意欲や能力によって新しいビジネスが生まれたり、事業が成長したりしています。こういう時代へと大きく変化した背景には、デジタルの影響があります。個人で、例えばパソコン1台を持っていたら、世界とコミュニケーションを取りながら仕事ができます。そういう時代になってきていて、周辺部分は他の人の力を借りれば良いということで、個人が主体になってビジネスができるようになってきています。実際にしているわけです。

そうなると、組織はもう一人ひとりが働きやすく、仕事で成果を導いていくために必要な「場」を提供し、支援することになります。これは、社会の交通網だとか、それからさまざまなエネルギー、情報網、こうしたいわゆるインフラストラクチャー(生活基盤)と同じような役割を組織が果たしていきます。例えて言うと、芸能人やタレントがいて、それに対して組織というのは舞台です。舞台の上で一人ひとりが活躍するというイメージとなります。それを支えるのが組織の役割というので、「インフラ型組織」と呼んでいます。この「インフラ型組織」の詳細については、私の著書『仕事人と組織―インフラ型への企業革新』(有斐閣)で述べていますので、ご興味がある方はそちらもご参照ください。

中小企業は組織規模が小さいので、「インフラ型組織」に移行しやすいと考えられます。何から着手したらよいとお考えですか。

確かに中小企業の方が移行しやすいし、実際にそうなっているところもあります。やはり、基本は個人に権限と責任を与えるということだと思います。ただ、もちろん今いるすべてのメンバーに、「なかば自営業のように、一定レベルまとまった仕事をこなしていく『自営的』な感覚で働いてくれ」とか、「会社は『場』だから、その中で自分が主体になって、お客さんや市場と対峙して仕事をしてくれ」というのは、ハードルが高いのである程度限定する必要があります。企業の中には、そういうやる気も意欲、能力もある社員がいますから、そうした人たちには「自営型」の働き方を促し、そうでない社員はしばらく今まで通りにすることが、一つの方法だと思います。

それからもう一つは、同じ限定をするのでも。期限を区切ることです。例えば、入社して3年間は徒弟制のような働き方をするとか、あるいは今まで通りのような働き方をする。その代わり3年経ったら、もう自分が中心になって会社をインフラとして使って、いわば「自営的」な感覚で仕事をしてもらう。実際に、このような移行期間を設けて成功しているという例はあります。




02野心的な若者が海外に活躍の場を求めつつある

連合の調査(2021年)では「社会問題の解決に向けた運動に参加したい」人の割合は10代が69.5%で年代別のトップでした。しかし、日本財団の18歳意識調査(2024年)で「自分の行動で国や社会を変えられると思う」と答えたのは日本が45%。中国やインドは8割を超えています。この結果に対して、どんな感想をお持ちですか。

私はこの数字は、「ああそうだろうな」という感じがしますね。これまでも述べてきたように、やはり日本の組織は共同体が入れ子(ある大きさの物の中に異なるサイズの物を順番に組み入れたもの)状態になっています。そして、それぞれの共同体の中で序列、特に年功的な序列のピラミッドが存在していますし、メンバーはその既得権にしがみついています。このような中では、特に若い人、下の方から声を上げても潰されるし、届かないということがわかっているからだと思います。

最近は、高校を卒業したばかりの18歳、19歳ぐらいの若者が日本という国、社会を離れ、米国に飛び込んでいくケースが増えてきました。「日本で地力をつけてからで良いのでは」「通用するのか」などと心配するのは周囲の大人たちで、本人は意外と米国という大海の中で気持ち良く泳いでいたりします。そういう人が段々と増えていくのでしょうか。

やはり、二極化するでしょうね。一部の意欲のある野心的な若者は、そのように日本を飛び出していきます。そうでない若者は、「今まで通り日本型組織にしがみついて、ぶら下がっていった方が得だ」と考えるはずです。間違いなく、後者の方が多いと思います。

太田先生は長年に渡り、組織論の研究をされてこられました。10年前、20年前と比較して、日本の組織は変革のスピードが速くなってきているのでしょうか。どう捉えておられますか。

一般的には「変わってきている」ように言われています。しかし、私から見ると本質的な部分は何も変わっていないように思います。もう少し長期的にというか、例えば30年とか、そのぐらいのスパンで見ると、むしろ逆かもしれません。逆行しているのかもしれないという印象を持っています。

逆行ですか。

そうです。逆行しているかもしれません。

03AIが働き方や組織の在り方を大きく変える


最後に、太田先生が今後考察を深めていきたいとお考えの論点がございましたら、お聞かせください。

幾つかあります。まず一つは、近年のデジタル化です。とりわけ、AIなどの急速な進化によって、日本人の働き方や行動様式、さらには組織との関係がどう変わっていくかということが気になっています。特に、デジタルを最大限に活用して、個人が力を発揮できるような働き方や組織を考えてみたいと思っています。

面白いですね。デジタルテクノロジーやAIは組織を変えうる可能性がありますか。

大きく変えると思っています。

それは、5年・10年先の話ですか。もう少し近いですか。いかがでしょう。

もっと近いと思いますね。今人間が行っていることで、人間にしかできないと言われていることの多くは、実際もうAIで可能だと指摘されています。ところが、大企業に聞いてみても、「なかなかデジタル化やDXが進まない」とコメントされています。これはなぜかというと、デジタル化やDXが進むことで今の社員の仕事がなくなってしまうからです。経営陣は良く、そうした本音を漏らされます。

だからまあ、ある意味本末転倒なのです。そのあたりは割り切って、AIができることはAIにさせる。そして人間にしかできないことに特化する。AIと人間とで、ある意味の役割分担をしながら仕事をするようにしないといけません。そうなれば、生産性ははるかに上がりますし、業務の効率化も進みます。問題は今までの既得権にしがみ続ける人や変化を嫌う人に対して、いかにケアをするかだけだと思いますよ。

米国のテレビドラマを見ていると、「You are fired!」(クビだ!)って言われた主人公が段ボール箱ひとつ抱えて職場を去っていくシーンがありますよね。どんな理由でクビを言い渡されたのかは分かりませんが、おそらく次の職場も、この段ボール箱ひとつあれば仕事をこなしていけるというスペシャリストとしての自負があるように見えるんですよね。

確かに、「DXで改善・改革すれば業務の効率化ができます」と企業にご提案しても、「それをやってしまうと今その業務を担当している人の仕事がなくなってしまう」と発言されることが多かったりします。これでは、何も前に進みませんよね。太田先生は、『「ネコ型」人間の時代 直感こそAIに勝る』(平凡社新書)という著書も執筆されておられます。こちらは、いつ出版されていらっしゃいますか。

2018年です。7年ほど前になります。変化の激しいAI時代に生き残るための行動様式に転換しなければいけないと説きました。

その頃から、太田先生はAI時代の到来に向けて個人や組織がどうあるべきかを論じておられたのですね。

AIには、ずっと関心を持って見てきました。昨今はテクノロジーが急速に進歩していることもあって、AIはこれまで以上に成長を遂げています。それが、働き方や組織づくりにどのようなインパクトをもたらすのか。今後もウォッチし続けていきたいと思います。AIをはじめとするデジタル革命は、日本型組織をモデルチェンジ(抜本的な改革)する原動力になることでしょう。

―それが、次なる著書のテーマになるかもしれませんね。太田先生は、同志社大学の定年をお迎えになられたとのことですが、ますます多くの著書をご執筆になられることを期待しています。今回も貴重なお話をありがとうございました。

太田 肇

同志社大学名誉教授

兵庫県出身。経営学博士。専門は組織論、神戸大学大学院経営学研究科修了。公務員を経験後、三重大学人文学部助教授、滋賀大学経済学部教授を経て、2004年より同志社大学政策学部教授に就任。2025年4月から現職。個人の能力を引き出す組織のあり方について研究。また猫との暮らしがNHKで紹介されるなど、愛猫家としても知られる。近著は、『日本型組織のドミノ崩壊はなぜ始まったか』(集英社新書、2025)、『「自営型」で働く時代 -ジョブ型雇用はもう古い!』(プレジデント社、2023)、『何もしないほうが得な日本 -社会に広がる「消極的利己主義」の構造 』(PHP新書、2022)、『日本人の承認欲求-テレワークがさらした深層-』(新潮新書、2022)、『同調圧力の正体』(PHP新書、2021)、『「承認欲求」の呪縛』(新潮新書、2019)

『プロフェッショナルと組織』で組織学会賞、『仕事人(しごとじん)と組織-インフラ型への企業革新-』で経営科学文献賞、『ベンチャー企業の「仕事」』で中小企業研究奨励賞本賞を受賞。他に著書約40冊。

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