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小ささを強さに変えるマーケティング思考――地域と企業を元気にするブランド戦略と経営哲学(中編)

作成者: JOB Scope編集部|2026/08/24

人口減少や市場の成熟、多様化する顧客ニーズなど、中小企業を取り巻く経営環境は大きく変化している。そうした時代だからこそ、小さな会社には大企業にはない価値と可能性があると語るのが、静岡県立大学教授・岩崎邦彦氏である。同氏は、政府系金融機関や行政での実務経験を礎に、地域活性化とスモールビジネスの研究を長年続けてきた。本インタビューでは、新著『小さな会社を強くするマーケティング思考』を軸に、「拡大しなくても強くなれる経営」「ブランドづくりの本質」「人の心を惹きつけるマーケティング」について詳しく語っていただいた。中小企業が持続的に成長するためのヒントに満ちた内容である。中編では、新著の執筆の意図やアピールポイントなどを聞いた。 

 


【中編のエッセンス】 
1.新著の狙いと「拡大しない強み」 
新著『小さな会社を強くするマーケティング思考』を通じ、安易な規模拡大神話を批判。大企業には難しい細やかなニーズに対応できる、小規模ならではの強みと価値観を提示しています。 


2.3つの視点と時代の追い風  
買い手・経営者・廃業者の3調査から成功法則を立体分析。事業継続には廃業者の逆を行く視点が不可欠とし、「個性」や「専門性」を求める時代の追い風を捉える重要性を説きます。 

3.サイエンスとアートの融合 
理性(水=サイエンス)と感性(春=アート)のバランスを強調。経営陣の補完関係により、一元的な価格競争ではなく「顧客に好かれる」ブランドづくりを提唱しています。 

 

【中編のキーメッセージ】 
①中小企業は規模の拡大を目指すだけではなく、小ささを強みに変え、多様化する市場や顧客ニーズに応えることで独自の価値を発揮できる。 
②成功企業だけでなく廃業企業も分析対象に加えることで、事業を継続・発展させるために必要なマーケティングの本質が見えてくる。 
③マーケティングでは、論理やデータに基づく「サイエンス」と、人の感情や共感を動かす「アート」の双方を生かすことが成功の鍵となる。 

01「拡大しなくても強くなれる」──新著が問い直す経営の常識 

さて、ここからは岩崎先生の新著『小さな会社を強くするマーケティング思考』のお話をお聞きしていきたいと思います。まず、執筆された意図や経緯をお聞かせください。

私は、マーケティングで“地域の元気”に貢献することをライフワークに研究を進めてきました。“地域の元気”を「幹」として、“かけ算の発想”で研究の枝葉を茂らせてきたイメージです。たとえば、「地域の元気×中小企業」、「地域の元気×農と食」、「地域の元気×観光」、「地域の元気×医療」といった“かけ算”です。 

この本は、これまで実施してきた「地域の元気×中小企業」に関わる研究の集大成としての思いで執筆をしました。 

近年、次のような意見を耳にすることがあります。「中小企業の生産性は低い。だから、規模の拡大を目指すべきだ」「生産性が低い中小企業が淘汰されていくのはやむを得ない」といった意見です。こういった議論を聞くと、「本当にそうなのだろうか」と疑問を抱いてしまいます。 

もっともらしく聞こえますが、こういった考えは、「生産性=価値」という単純な前提に立った画一的な見方なのではないでしょうか。 

これらの意見に欠けているのは、生活者の目線、消費者の目線です。まさに、マーケティング的な視点が抜けているのではないかというのが私の問題意識です。 

企業の規模が大きくなればなるほど、需要の多様化で生まれた小さなニーズや地域密着ニーズへの対応が難しくなってきます。売上げの規模が必要な大企業には、こういった小さなマーケットには手を出せません。言い換えれば、「大は小を兼ねない」のです。小さい市場や多様なニーズに対応できるというのが、まさに小さな企業の強みです。 

今著の執筆の狙いは、拡大神話の呪縛を解き、「拡大せずに強くなる」という新たな中小企業の価値観を示すことです。本書で展開しているのは、「規模を追わない経営論」であり、タイトルのとおり「小規模を強みに変えるマーケティング思考」です。

 

02成功企業と廃業企業を比較し、小さな会社の勝ち筋を探る 

新著は、どういった内容なのでしょうか。

高度成長期は、「大きいことはいいことだ」という時代でした。しかし、今は、「小さい=弱い」という時代ではないということです。 

小さな企業には、規模が小さいからこそ果たすべき、独自の役割があります。小さい企業は、大企業の縮小版ではありません。 

この本では、三つの視点から中小企業のマーケティングのあるべき姿を分析しています。第一が、消費者・買い手の視点です。新たに「全国の消費者調査」を実施しました。第二が、中小企業の経営者の視点です。「全国中小企業経営者の調査」を実施し、好調な企業と不振な企業の差異などを分析しています。三つ目が、廃業者の視点です。起業したけれど、うまくいかず、廃業してしまった人々の視点です。「全国の廃業者調査」を実施しました。「廃業者」の視点からの分析は、この本の特徴だと言えます。 

これら三つの視点から、小規模を「強み」に変える、中小企業のマーケティングの「成功の本質」と「失敗の罠」を立体的に分析しています。  

確かに、廃業者にも着目されたというのは、独特といいますか、画期的だと思いました。どうしても成功事例、成功者の視点によりがちなのですが、「実態はそうではない」ということですよね。廃業してうまくいかなかった人もいて、どうしてうまくいかなかったのか、その声を聞くことも大事だというのは納得できます。その点は、岩崎先生のこだわりなのではと思いました。

そうですね。この本の特徴の一つが、全国434人の廃業者調査から得られた示唆から、マーケティングの方向性を検討していることです。 

成功者だけのデータには、「生存者バイアス」が存在します。廃業者調査を合わせることで生存者バイアスを排除し、「何が明暗を分けるのか」をデータから解き明かすことができます。 

今の時代は、起業をすること自体はそれほど難しいことではないかもしれません。自治体などの起業を促進する施策はとても充実しています。大切なのは、起業することではなく、その事業を継続し、発展させていくことです。  

本書で実施した、廃業した経営者の調査結果を見ると、5割が起業から5年以内に廃業していることがわかります。起業は「はじめが肝心」だということです。  

この本で実施した分析の結果、廃業者に共通するマーケティングの特徴や、廃業した人に共通する意識・考え方の特徴が明らかになっています。 

事業を維持・発展させるためには、廃業者が共通して行っていたことの逆を行くことが、不可欠になってくるはずです。 

分析とは、「分けて比較すること」です。本書では、廃業者と好業績の企業を比較することによっても、中小企業の方向性を探索しています。 

03時代の追い風を生かせば、小ささは大きな強みに変わる  

新著を通じて読者に最もアピールされたかったことをお聞かせいただけますか。 

今の時代は、小ささが“強さ”になり得る時代だということです。勘違いしないでほしいのですが、「単に小さければ良い」という話をしているわけではありません。「小さい企業にとって、追い風が吹いている」ということです。 

時代の流れをみてみましょう。全国の消費者に聞いてみると、次のような方向に時代が進んでほしいという人々が大多数です。画一性の時代から「個性の時代」へ。総合性の時代から「専門性の時代」へ。全国画一の時代から「地域の時代」へ。量の時代から「質の時代」へ。効率の時代から「感性」へ。 

このことが示しているのは、これからの時代、「個性」「専門性」「地域性」「質」「感性」で顧客を引きつけることが大切になるということです。どの要素も、小さい企業にとって、チャンスになり得るはずです。高度成長期のような「大きいことはいいことだ」の時代は終焉しています。 

繰り返しますが、小さければいいというわけではありません。時代の追い風をいかに受け止めるのかです。多くの小さな会社は、帆をあげないヨットのようなイメージかもしれません。チャンスの風が吹いても、帆を上げなければヨットは前に進みません。 

本書の狙いは、時代の追い風を、どうすれば現実の力に変えることができるか。小さな会社のマーケティングの方向性を示すことです。  

04「水」と「春」に学ぶ、マーケティングは理性と感性の両輪  

新著の第3章「マーケティング思考とは何か」では、「水」的な発想と「春」的な発想のバランスが重要であることを説かれた箇所がとても印象的でした。本サイトの読者にもなぜ両方の発想が重要なのかを簡単にご説明いただけますでしょうか。 

「雪がとけると何になる?」。この質問を実際にしてみると、日本人の回答は大きく2つに分かれます。一つが「水」と回答する人、もう一方が「春」と回答する人です。 

雪を試験管に入れて溶かすと、水になります。何度実験しても同じです。法則性がある。これは「サイエンス」的な発想です。 

一方、雪を試験管に入れて溶かしても、春にはなりません。これは、我々の頭の中のイメージです。これは「アート」的な発想です。 

サイエンスは、人の「頭」(理性)に訴えること。アートは、人々の「心」(感性)に訴えることです。 

マーケティングに成功するためには、この「サイエンス」の発想と「アート」の発想バランスがかかせません。 

05好き嫌いで選ばれるブランドが、これからの競争力になる  

岩崎先生がおっしゃるバランスと言うのは、一人の人が両方をバランス良くということではなく、一つの会社の中で「春タイプ」と「水タイプ」の経営陣がいる、ペアになって経営をしている。そういう意味でのバランスですよね。「春タイプの経営者」と「水タイプの経営者」のどちらの業績が良いと言い切れるのでしょうか。

実際に、全国のスモールビジネス経営者1000人を対象に調査を行ってみました。「水タイプ」と「春タイプ」のどちらの経営者の業績が良かったと思いますか?結果は、「どちらともいえない」です。 

「水タイプ」と「春タイプ」のいずれが優れているか、という問題ではないということです。大切なのは、バランスです。 

経営者が「水タイプ」なら、副社長や補佐する人が「春タイプ」であればよい。逆に、経営者が「春タイプ」なら、副社長や補佐する人が「水タイプ」であればよいということです。 

現実のスモールビジネスをみても、夫は技術面に強い「水タイプ」、妻が顧客とのコミュニケーションに長けた「春タイプ」というように、両者のバランスがとれている会社ほど、業績がよい傾向がみられます。 

このような構図は、アップルやソニー、ホンダといった世界的企業の創業期にも見ることができます。いずれも、対照的なタイプのコンビによって創業されています。 

マーケティングは、顧客の頭に訴えるだけでは、うまくいきません。顧客の心、すなわち感情や情緒にも訴えていかないといけません。 

頭に訴えることは、「良いか悪いか」の勝負です。一本のモノサシがあり、勝ち負けがはっきりします。二千円と千円。安さの勝負では全員、千円を選びます。 

一方、心に訴えることは、「好きか嫌いか」の勝負です。一本のモノサシはありません。 例えば、私は、好きなパスタソースはトマトソースです。でも、皆さんは、トマトソースではなくてクリームソースが好きかもしれませんし、和風ソースが好きかもしれません。好き嫌いは、単純な勝ち負けの勝負にはなりません。 

これからの時代の中小企業のマーケティングやブランドづくりでは、顧客の心に訴えること、すなわち、好かれる企業やブランドになることが大切になっているのです。 

岩崎先生がセンター長を務めておられる地域経営研究センターとは、どのような組織なのでしょうか。

地域経営研究センターのビジョンは、「地域経営の新しいモデルをつくる」ことです。“地域経営”は学際的な領域です。そこで、このセンターでは、静岡県立大学経営情報イノベーション研究科が有する教員の専門知識、具体的には経営、公共政策、データサイエンス、観光分野などに関する知的資源を“掛け算”して、地域に関する研究や教育活動を行っています。地域経営研究センターでは、地域の人々を対象とした社会人学習講座の企画運営も行っています。 

地域の社会人が学べる場でもあるわけですね。 

そのとおりです。経営情報イノベーション研究科の教員が、最新の研究を活用した教育プログラム開発を行い、社会人学習講座をとおして、研究成果を地域に発信しています。地域経営研究センターでは、この企画から運営までを手掛けています。 

社会人学習講座の受講者の満足度は、きわめて高く、昨年度の満足度は90%を超えています。リピート者の比率も、約5割にのぼっています。 

岩崎 邦彦

静岡県立大学

経営情報学部

教授・

地域経営研究センター長・

学長補佐 

専攻は、マーケティング。とくに、地域や中小企業に関するマーケティングを主な研究テーマとしている。これらの業績により、日本地域学会賞、日本観光研究学会賞、世界緑茶協会学術研究大賞、日本印刷学会賞などを受賞。

著書に、「小さな会社を強くするマーケティング思考」「地域引力を高める 観光ブランドの教科書(日本観光研究学会 著作賞受賞)」「小さな会社を強くするブランドづくりの教科書」「引き算する勇気」「農業のマーケティング教科書」「世界で勝つブランドをつくる」(いずれも、日本経済新聞出版)などがある。

公職は、静岡県 地域づくりアドバイザー、中小企業診断士 国家試験 試験委員、世界緑茶コンテスト審査員、静岡市 商業振興審議会 会長、静岡市茶どころ日本一委員会委員長など。

岩崎ゼミナール・マーケティング研究室

https://iwasaki-marketing.jp

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