人口減少や市場の成熟、多様化する顧客ニーズなど、中小企業を取り巻く経営環境は大きく変化している。そうした時代だからこそ、小さな会社には大企業にはない価値と可能性があると語るのが、静岡県立大学教授・岩崎邦彦氏である。同氏は、政府系金融機関や行政での実務経験を礎に、地域活性化とスモールビジネスの研究を長年続けてきた。本インタビューでは、新著『小さな会社を強くするマーケティング思考』を軸に、「拡大しなくても強くなれる経営」「ブランドづくりの本質」「人の心を惹きつけるマーケティング」について詳しく語っていただいた。中小企業が持続的に成長するためのヒントに満ちた内容である。後編では、選ばれるスモールビジネスの原則や成功事例の罠などを聞いた。
【後編のエッセンス】
1.引き算の美学と「象徴」の構築
何でもできる「総花」は個性を薄めます。シンガポールのマーライオンのように、強みを引き算で絞り込み、他社に負けない明確な「シンボル」を作ることで顧客の印象に残り、選ばれる存在になります。
2.ブランドの定義と独自性の追求
品質の先にある「ブランド」構築には、社内全員の認識共有(ベクトル合わせ)が不可欠です。成功事例の模倣を避け、独自の土俵で他社が真似できない一番を目指す重要性を説きます。
3.人を惹きつける「引力」としての価値
マーケティングの本質は売り込む「押し」ではなく惹きつける「引力」です。顧客だけでなく、従業員や採用活動(インナーマーケティング)にも波及し、組織の持続力を高めます。
【後編のキーメッセージ】
①小さな会社が選ばれるためには、「何でもできる」ではなく、「これなら負けない」という独自の強みを磨き、記憶に残る存在になることが重要である。
②ブランドづくりの第一歩は、ロゴや宣伝ではなく、「自社はどんな存在を目指すのか」という共通認識を社内で共有することにある。
③マーケティングとは商品を売り込むことではなく、人の心を惹きつけること。その考え方は顧客だけでなく、従業員の育成や採用活動にも応用できる。
「色々という色はない」。これは、私のつくった格言です。「色々」と聞いた時にイメージが浮かぶでしょうか。イメージが浮かばなければ、選ばれることはありません。
「総花という花はない」という格言もつくりました。チューリップと聞けばイメージが浮かびます。しかし、「総花」と聞いてもイメージが浮かびませんよね。
中小企業は「色々できます」と言ってしまいがちです。これは「どれも中途半端です」と言っているのと同じかもしれません。それよりも、「これができます」「これなら他社に負けない自信があります」と明確なシンボルがあれば、顧客の頭の中にイメージが浮かんできます。
私は、それを「マーライオン効果」と名付けています。シンガポールと聞くと、多くの日本人はマーライオンを思い浮かべます。一方、その隣国、マレーシアと聞いても、多くの日本人には何のイメージも浮かびません。どちらに行きたいですかと聞くと、ほとんどが「シンガポール」を選びます。
シンガポールは超小国です。面積は、私が住んでいる静岡市のわずか半分です。企業でいうと超小規模企業です。一方、マレーシアの面積はシンガポールの約500倍。観光資源が多いのはマレーシアです。シンガポールには、ビーチリゾートも高原リゾートもないですし、世界遺産も一つしかありません。
それなのに、なぜシンガポールが選ばれるのでしょうか。シンガポールにあってマレーシアにないものは何か。それは明確な「シンボル」です。シンボルがあれば、イメージが浮かびます。イメージが浮かぶから選ばれるのです。
中小企業は、自社のマーライオン、すなわち、シンボルを作る必要があります。「全てのケーキが美味しい洋菓子屋店」よりも、「フルーツタルトが有名な洋菓子店」「シュークリームが有名な洋菓子店」がブランドになります。
足し算をすればするほど、自社の個性が薄まります。逆に、引き算をすることによってイメージが鮮明になり、選ばれやすくなります。中小企業のマーケティングには、“足し算”の発想ではなく、“引き算”の発想が必要なのです。
全国の中小企業の方とお話をすると、その多くが「品質には自信がある」「技術には自信がある」と話されます。ただ、「品質には自信がある」「だけど、うまくいかない」と言う方も多くいらっしゃいます。
顧客を引き付けるためには、「売り手が考える品質だけでは、うまくいかない」ということです。
顧客を惹きつけ、マーケティングに成功するためには、「品質を超えた“何か”」が欠かせません。「品質を超えた“何か”」、それが「ブランド」です。土台は品質、その上にある“とんがり”が「ブランド」と考えると分かりやすいかもしれませんね。
小さな会社のブランドづくりのステップ0は、「ブランドとは何か」についてメンバー全員がベクトル合わせをすることです。実際に「ブランドとは何か」を聞いてみると、答えに詰まってしまう経営者も多くいらっしゃいます。ある人は「知名度を上げること」。ある人は「ロゴをつくること」などバラバラなことが多いです。同床異夢では、強いブランドは生まれません。
ステップ1は、自社がどのようなブランドになりたいのか。ありたい姿、理想の姿を明確にして、それをスタッフ全員で共有することです。
「どうすれば強いブランドが生まれるか」ということは、本書の中でも詳しく検討しているので参考にしていただければと思います。
成功事例のマネをしても、ブランドは生まれません。どこかで一番になる必要があります。「日本で一番高い山は?」と聞けば、誰しも「富士山」と回答します。では、「2番目に高い山はどこでしょう」と聞いたら、どれだけの人が答えられるでしょうか。正解は北岳ですが、多くの人の頭にはイメージが浮かびません。イメージが浮かばなければ、選ばれません。
富士山の成功事例を真似しても敵わない。ならば、別な土俵で勝負をするべきでしょう。「真似をするのではなくて、真似をされる。真似をされても真似ができない」。これが強いブランドの条件です。
そういうことです。うまい親父ギャグですね。
マーケティングで大切なのは、「押す力」ではなく、「引く力」です。すなわち、「引力」です。『買ってください』と押すのではなく、顧客の心を惹きつけて「買いたい」と思ってもらう。これがマーケティングの発想です。
マーケティングは、顧客を惹きつけるだけではありません。従業者を惹きつけるという、インナーマーケティングの発想も大切です。
従業者の満足度なしに、顧客の満足度はありえません。採用人事でも、たとえば、学生をいかに惹きつけるか。マーケティング的な発想がとても重要になっています。
「私が就職活動をしていく中で感じたことは、就職活動とマーケティングが実は似ているということだ」。これは私の講義を受講した学生の言葉です。
「採用活動は、マーケティングだということが分かった」。これは私の講義を受講した企業の採用担当者の言葉です。
マーケティングの力は、「人材採用力」や「人材定着力」にも結び付きます。ぜひ、中小企業の経営者や企業の人事担当者にも、マーケティングに関心を持っていただき、前向きにチャレンジしていただければうれしいです。
【編集後記】
本インタビューを通じて最も印象に残ったのは、「小ささは弱さではなく、強さになり得る」という岩崎教授の一貫したメッセージである。企業経営では、規模の拡大や生産性向上が語られる場面が多い。しかし、本来のマーケティングとは、売り込むことではなく、人の心を惹きつけることであり、その発想は顧客だけでなく、従業員や地域、さらには未来の仲間となる採用候補者にも向けられるべきだという指摘は、新鮮でありながら本質的であった。また、「成功事例を真似するのではなく、自分だけの土俵で一番を目指す」という考え方は、変化の激しい時代を生き抜く中小企業への力強いエールでもある。本記事が、自社ならではの価値やブランドを改めて見つめ直し、「小ささ」を競争力へと転換するきっかけとなれば幸いである。
岩崎 邦彦 氏
静岡県立大学
経営情報学部
教授・
地域経営研究センター長・
学長補佐
専攻は、マーケティング。とくに、地域や中小企業に関するマーケティングを主な研究テーマとしている。これらの業績により、日本地域学会賞、日本観光研究学会賞、世界緑茶協会学術研究大賞、日本印刷学会賞などを受賞。
著書に、「小さな会社を強くするマーケティング思考」「地域引力を高める 観光ブランドの教科書(日本観光研究学会 著作賞受賞)」「小さな会社を強くするブランドづくりの教科書」「引き算する勇気」「農業のマーケティング教科書」「世界で勝つブランドをつくる」(いずれも、日本経済新聞出版)などがある。
公職は、静岡県 地域づくりアドバイザー、中小企業診断士 国家試験 試験委員、世界緑茶コンテスト審査員、静岡市 商業振興審議会 会長、静岡市茶どころ日本一委員会委員長など。
岩崎ゼミナール・マーケティング研究室