「人手が足りない」「資金の確保に悩む」「相談相手がいない」…、中小企業の経営者はさまざまなストレスを抱えている。特に若い経営者ほど、その傾向が顕著だ。しかし、中小企業は我々の生活を支える重要な役割を担っているだけに、その経営者には大いなる働きがいをもってもらい、これからも事業をけん引してほしいと誰もが願っている。そうした中小企業の経営体制の変化を専門に研究しているのが、東洋大学の山本 聡教授だ。アントレプレナーシップ研究でも知られている。その山本教授に、インタビューの前編では中小企業研究における着目点や自営業のバーンアウトなどを聞いた。
元々私は、大学の学部では主に経済学を学んでいました。特にミクロ経済学です。20数年前になります。その後、イギリス留学を経てシンクタンクで勤務しました。そこで、「中小企業の現場調査をやらないか」と言われ、それで仕事として担当することになったんです。実は、学部時代のゼミ担当が中小企業を研究されており。そこで繋がったということになります。
実際に仕事として中小企業の現場調査を続けていったのですが、最初の頃は「それほど面白いものではないな」と思っていました。どちらかというと、私は経済学の中でも理論的な領域や統計学的なデータ分析の方が好きだったからです。いわゆる中小企業の現場には関心がなかったというのが本音でした。
ただ、一つのプロジェクトを任されるようになり、実際に色々な業界や自治体からさまざまな中小企業を紹介してもらい、訪問調査を繰り返していくうちに経営者の方とお話するのが「面白いな」と思えるようになっていきました。数年は掛かりましたけれどね。
特にその頃は、いわゆる金型や表面処理、切削・研削加工という、いわゆる素形材(素材に熱や力を加えて形成された部品・部材)と言われるような産業の調査を主に手掛けていました。それこそ毎週、北は北海道から南は九州まで出張して、全国各地の中小企業、特にものづくり企業と素形材関連の企業に訪問するような毎日を送っていました。その中で「経営者の方と話すのが楽しい」「経営の現場、産業の現場を見るのが面白いな」というふうに思っていたんです。
そんなこともあって、徐々に私の顔と名前が知られるようになり、韓国の業界団体から講演を依頼されることがありました。「日本の中小企業の話をしてほしい」というのです。2009年でしたでしょうか。それで韓国に行き、韓国の金型企業もいくつか拝見させてもらいました。
その後、国際機関による台湾での国際会議からも招待されました。同様に、「日本の中小企業の話をしてくれないか」ということでした。そこで、アジアの中小企業経営者とお話する機会があり、今度は「海外の中小企業の現場が日本と違って面白い」みたいなことを感じて、それで日本と世界の中小企業を回るようになりました。そうした中で、中小企業に関する論文を書くようになっていったというのがきっかけです。
最初の頃は中小企業のもの作り、特に素形材関連の中小企業の経営、どうやって新しい取引先を開拓するのか、人材の育成はどうしているのかなどを研究していました。
2010年頃にリーマン・ショックがあり、円高にもなった時に韓国の製造業がすごく成長していると言われていました。事実、世界中に輸出をしていて、それに対抗して日本ももっと海外展開しなければいけないという話が湧き起こりました。それもあって、中小企業の海外輸出や海外展開の調査をしました。それ以来は中小企業の国際化、海外展開を中心に研究してきました。
それらを研究すればするほど、中小企業の成長の駆動力とは、に経営者自身、あるいはそこで働いてる人たちの心のあり方であるという話に行き着いてしまいます。経営学的な言い方で言うと、中小企業の経営者がどれくらい起業家精神(アントレプレナーシップ)を持っているかといったところに帰着します。
そういった中小企業経営者のアントレプレナーシップと国際化が次の研究ステージになっています。さらに最近では、より企業経営者のメンタルに興味を持っています。具体的には、「東洋大学重点研究推進プログラム」という東洋大学のブランドを構築する研究テーマがあるのですが、その一つに私が研究代表者を務める「後継者の精神的健康とレジリエンス:地域連携を活用した文理融合アプローチによるレジリエンス促進プログラム開発と事業承継支援」も取り上げられています。
これは、中小企業経営者、あるいは次世代2代目3代目の経営者といった人たちのメンタルヘルスや経営上の困難を乗り越える力がどのように形成されるのかをテーマとして研究しています。
かつて日本は先進国、西側諸国の中でGDPが米国に次いで2位でした。そういった中で、日本は一国の中で完結するような産業の仕組みを作ってきたわけです。つまり、頂点に日本の大企業が存在して、多くの中小企業がある特定の顧客との下請け系列関係に組み込まれる。そして、日本全体でものづくりをする。簡単に言うと、そういった仕組みが作られていたわけです。
それが、バブル崩壊や円高で企業の海外展開がどんどん進んでいきました。リーマン・ショック以降もその流れが加速しました。。そのため、、中小企業は取引の多角化をしなければいけなくなります。いかに新たな顧客を開拓するか、新たな市場を開拓するかが重要になったわけです。
その中には、海外市場開拓も存在しています。つまり、相対的に日本の経済規模が小さくなっていて、さらに人口も減少しているとなると海外市場をいかに開拓するかが重要になります。企業は海外に輸出をしたり、あるいは海外生産拠点を構築したりしています。そうした中での、経営者の考え方や戦略、経営資源の活用法、取引のあり方の変化などを総称して経営体制の変化という言葉では表しています。
経営者の燃え尽き感は、恐らく一般的な従業員の方よりも小さいです。ただ、重要なのはその論文にも書きましたが、中小企業経営者とか起業家とか、あるいは自営業者という方たちのストレスであったり、メンタルヘルス、あるいはその延長線上にある燃え尽き感、バーンアウトがあまり研究の対象になっていなかったことです。
いわゆる、ストレスは被雇用者、つまり一般的な従業員だとストレスチェックがあって、どうやってその人の働きがいを惹起するか、どうやってストレスを抑制するかは、珍しい話ではなかったりします。
その一方、企業経営者にはヒーロー幻想があるわけです。ものすごく前向きで、能動的で前向き、革新的でリスクを自分から取るような人たちだというイメージです。ストレスなんか何も感じず、常にやりがいや働きがいに満ち溢れていて、色々な困難を乗り越えていると捉えられています。
ところが、中小企業経営者の話を聞くと我々が思ってる以上にすごいストレスに苛まれている人たちが多いわけです。それはそうですよね。自分で会社を経営しいるわけですから。職場とプライベートが一緒になってしまっていたり、あるいはすごく孤独感を味わっているとか、実際に燃え尽きてしまって廃業・倒産する人も沢山います。メンタルヘルスに支障が生じてしまう方も少なくないわけです。
今までの日本の中小企業政策や中小企業研究は、中小企業経営者のメンタル面、精神的健康、あるいはその対極の概念である働きがいやバーンアウトみたいなものにフォーカスしていませんでした。そこの部分を明らかにしていくことが、今後日本の中小企業政策を考える上でも中小企業振興を考えていく上でも重要ではないかと思ったのです。
ただ、恐らく被雇用者、つまり一般的な従業員の方がストレスは高いはずです。それはそうですよね。自由を求めて起業する人たちが多いわけですから。あるいは起業する人たちや経営者になる人たちは、元々被雇用者の人たちよりも、ストレス耐性があるとも言えるかもしれませんね。
それを今共同で研究しているところです。多くの中小企業経営者がストレスを凄く感じているのは事実です。ただ、雇用者と被雇用者を比較するとその程度は小さいだろうと思います。
中小企業の経営者にも働きがいがあります。特にファミリービジネスであれば、自分と自分の企業がイコールになりやすいです。自分の働きがいと企業の成長もイコールになります。企業の成長や従業員の喜びを自分事として捉えやすくなるでしょう。
被雇用者の場合は、同僚が幸せそうであっても、自分が幸せかと言うとそうでもなかったりするじゃないですか。なぜなら同僚はコンペティターでもあるからです。転職が容易な現代では、自分の勤め先に帰属意識を感じている従業員は、そこまで多いわけでもないでしょう。また、、働き方が多様化しフルタイムで正社員の人がいれば、一方で派遣の方、パートタイムなど色々な方がいます。その中で、被雇用者は会社との一体感はなかなか持ちづらい部分があります。
それに対して、ファミリービジネスとしての中小企業を考えると、経営者は自分の会社と自分がイコールの存在に近くなってくるわけです。そうすると企業の成長や、あるいは社員の方たちが喜んで働いてくれているのを見ることが、働きがいに繋がってきます。
山本 聡氏
東洋大学 経営学部
経営学科 教授
機械振興協会経済研究所、東京経済大学経営学部を経て、2019年4月より東洋大学経営学部教授(担当:中小企業経営論)。金型や部品加工など素形材産業を主な対象としながら、国内・海外の中小企業の経営体制の変化を解明することを研究テーマとしている。学術論文や書籍だけでなく、企業経営者や技術者向けに産業・企業動向に関する多数のレポートを寄稿する一方、国内外でさまざまなセミナー講師も務めている。