日本のものづくりは、長年に渡り世界を席巻していた。しかし、もはやそれは完全に過去の話になってしまった。国際競争での遅れを取り戻せないままでいる。突破口はないのか。経営戦略論や社会ネットワーク論などの分析手法を用いて、人間関係や組織間関係におけるネットワークの全体構造や、そこでのポジショニングの在り方の是非を考察する、広島大学大学院の秋山 高志 准教授に聞いた。インタビューの後編では、日本企業におけるイノベーション創出の現状や求められる組織像などが語られた。
少なくとも単品売りはもう駄目です。「テレビ1台を売って5000円儲かりました」とかね。モジュラー化が進み、コスト競争力が重要な製品ついては、規模の経済を活かせる中国を中心としたアジア諸国の企業に日本企業は勝てません。持続的な収益モデルにする、サブスクリプションか、もしくはリレーションシップ・マーケティング(既存顧客との関係性を深めて、顧客の生涯価値を最大化するマーケティング手法)です。要は、顧客と長期的な関係を築き、顧客固有の要望に一緒なって解を見出していく。その辺りを上手くやっていくことが日本企業の生き残りの秘訣、もしくは企業成長の秘訣になると思います。
パナソニックやシャープが厳しい状況になったのは、いずれも単品売りから抜け出せなかったからです。それで収益が得られるビジネス・モデルは改めるべきだと思います。外食産業で最近中国に向け事業を積極的に展開し始めたのが、ゼンショーです。他にも、丸亀製麺やくら寿司も意欲的です。中国の大きな市場を上手く攻めて、ファンである顧客と長期的な関係を築いていけたらと思います。
家電各社もテレビ事業やスマホ事業とかではなく、もう関連するものをまとめてビジネス・ユニットとして、研究開発・製造・販売もすれば、その後のアフターサービスも行う。その際、ソリューションサービスも同時に加えていきますみたいな形で、顧客と付き合っていくビジネス・ユニットに変更していくべきだと思います。
おっしゃる通りだと思います。日本企業はイノベーションが不得意だと思います。企業の新陳代謝が進んでいないのがその理由だと言って良いでしょう。日本ではまだまだベンチャー企業が活躍できていません。最近ようやく、ベンチャーキャピタルを始めとするベンチャー投資家が増えて来ていますが、そういうところがもっと増えて、ベンチャー企業を応援する体制が十分に整備されなければいけません。これには、まだまだといった状況です。
学生を見ても思いますが、ワーク・ライフ・バランスの概念が広がり、仕事よりも生活やプライベートを重視する人が増えているのも原因だと思います。「仕事で面白いことをやってやろう」「この仕事に思い切り熱中したい」と思えるような人がもっと出てくれれば変わるだろうと思います。ワークとライフという二項対立で考えるのではなく、自分の本当にしたいワークを見つけ、ワークもライフの一部として捉えられる人が日本企業には必要です。そうではなくて、大企業の縦割り組織の中で前任者から引き継いだことをそのままやれば良いみたいな官僚的な人たちが増えていて、何も変わらないまま今日まで来ていると思います。
もはや多くのモノで国内の需要は飽和していますので、日本企業にとって海外進出は重要です。そもそも、日本は人口が減少していて国内市場が縮小傾向にあります。ならば、どうするべきかと言ったら、新しい製品もしくはサービスを作るか、海外に出ていくかしかありません。進出先の一つとして、アジアがあっても良いと思います。
アジア諸国では中途採用がとても活発です。なので、採用したとしても研修を受けて、何か能力を身につけた後、その能力を武器にジョブ・ホッピング(短期間で転職を繰り返すこと)していく人が珍しくなかったりします。そういうことをさせないためにも、給料を上げていかないといけません。
日本人よりも、アジアの方は給与に対するインセンティブが高いです。とても気にされるので、給与を上げていくことが必要だと思います。給料をどんどん上げていくためには、それこそ収益力を高めていかなければいけません。それには、リレーションシップ・マーケティングをしっかりと実践することです。しかしながら、現状はそれができていません。単品売りのまま海外に進出し、韓国や中国の企業に低価格競争で負けています。
僕は良いことだと思っていません。職務分掌をしっかりするということは、「私の仕事はこれです」「これはしっかりやりますが、その他の仕事はやりません」みたいな感じになってしまいます。それは、日本企業に求められている人材とは違うと思います。
そうではなくて、ゼネラリスト的な人材が重要なのです。自分を中心に色々な部署を巻き込んで、そして面白いことを実現する。そのために、組織内のさまざまな経営資源を上手く集めて、皆を引っ張って、自分のやりたいことを推進していく。そういう人材、そして、能力が必要だと思います。何か一つの分野に絞って、それを専門的に効率的にできますという能力ではなくて、むしろ組織内に色々眠っている経営資源をうまく有機的に結合できる能力を持っている人を育てるべきだと思います。むしろ、昔のようにゼネラリストを育てていく必要があります。
「組織能力論」(限られた経営資源を活用、蓄積、開発し、画期的な製品やサービスを創り出す組織の力をいかに高めていくかを研究する学問)の分野になります。例えば、今なぜアップルが強いのでしょうか。それは、もちろん十数年前にiPhoneを世界に先駆けて発売したからです。では、なぜアップルがiPhoneを発売できたのでしょうか。当時の日本のエレクトロニクス・メーカーもノートパソコンを作っていましたし、カメラもガラケーの携帯電話事業も手掛けていました。日本にはスマホを製品化する技術があったのです。
ただ、残念ながら組織が基本的に縦割りであったために、事業部の壁を越えてお互いに協力するとか、有機的に資源を結合させることができませんでした。一方、当時のAppleは会社の規模が比較的に小さかったですし、カリスマ的な経営者であるスティーブ・ジョブス氏がいました。組織内で経営資金を集めて、それをスマートフォンという一つの製品に有機的に落とし込んだわけです。そういうことができたのが、今日のAppleの収益に繋がっているわけです。
日本企業もそのときにスマホを出していたら、もしくはスマホでなくても良いのですが、組織内の色々な経営資源を有機的に結合できていたら強かっただろうと思います。そのためには、日本企業にもそういった経営資源を有機的に結び付ける組織ルーティン、つまり労働慣行があるかどうかが重要なのです。
自分の仕事だけではなくて、他の人の仕事に関しても首を突っ込んだり、自分の仕事が終わったら人の仕事も見て、自分の仕事と上手く結び付けて何かできないかとか、色々な人とフォーマルとインフォーマル両方のコミュニケーションを取って、面白い製品やサービスを提供できないかと考えていけるような労働慣行があるかどうかです。それが企業の組織能力です。
「我が社には技術があります」だけでは、そのうち他社に追い付かれてしまいます。「うちは8Kのテレビを作ります」「視野角は何とかです」…、そんなものは短期間に意味を失います。それよりも、事業間の縦割りを跨いで仕事をするような労働慣行、上下の組織ヒエラルキーを跨いで行動するような労働慣行、そういった労働慣行を持つ組織を組織能力が高いと言います。そういう能力を組織として持たなければいけませんし、そういう行動を取る従業員を増やすことが重要なのです。
組織能力であればトヨタさんが、日本企業ではとても強いです。トヨタ生産方式に象徴されますが、生産部門だけではなく、研究開発部門も、販売部門も、マーケティングも、経営者も、様々な部署や人が有機的に結び付いて車を作っています。色々なものが複雑に組み合わさってできているからこそ、他の企業が見てもトヨタ生産方式の「何が強いのか良くわからない」となるわけです。昔GMやフォードの幹部がトヨタの工場に視察に来ても、「設備はうちの方が新しいです。どこが強いのかわかりません」と言われたと聞いています。
組織能力は簡単に見えるようなものではありません。だからこそ、模倣されずに競争力が持続します。そういう労働慣行を持っているかどうかが重要なのです。互いに協力し合うのは地味なことであり、競争力として目で見て直ぐにわかるようなものではなかったりします。それこそが組織能力なのです。トヨタさんは強い組織能力を持つ代表であり、だからこそ、コスト削減能力がどこの企業よりも高く、それが収益につながっているわけです。
さらに、次世代の事業ポートフォリオを十分に考えているという意味でも、トヨタさんは強いです。今はガソリン自動車が売上の大半ですけれども、EVの開発、もしくは自動運転も米国で取り組んでいます。次世代でも主要プレーヤーとして生き残ると思います。ただ、自動車産業では今のところは車内エンターテイメント系のOSをAndroidに握られてしまいましたし、駆動系のOSもトヨタさんがどこまで競争力を保っていけるのか、わからない状況にあります。それこそ、トヨタさんがアッセンブリして、Googleのオートノマス(自動運転)・ソフトウェアを積むとなると最悪です。そうなると、以前のIBMみたいな感じでパソコンは作りますけれども、OSはマイクロソフトが作って、CPUはインテルが作りますみたいな感じで、旨味が全部他社に行くみたいなことになってしまいます。
もちろん、トヨタさんとしてもそこは十分に考えておられていて、自動車だけではなく他にも将来的なことを考えて、介護ロボットなどにも種を撒いておられます。その点は、評価するべきだと思います。間違いなく、他の企業も見習わないといけません。
現在の事業の延長線上で技術を高めていくことを深化といいますけれども、その一方で新規事業をどんどん作っていき、現在の事業が衰退した後の将来における「カネのなる木」を育てておくことを探索といいます。その両方ができることは、企業にとってとても重要です。これを「両利きの経営」と言います。
制度とか、ルールで従業員を管理するのが前提ではあるのですが、それ以上に、規範意識とか、道徳観とか、そういったもので従業員が自律的に自らを管理することができる組織が理想です。そのためにも、経営者自身が規範的にリーダーシップを発揮して、従業員のロール・モデルになることが重要です。従業員がそれを見て、自分も「そうありたいと思う」ことによって、従業員一人ひとりが自らを律し、自ら考えて行動できるような組織、そういった組織を作り上げることを目標にして下さい。
経営者が模範となって行動することによって、従業員もそれを見習ってみんな模範的に行動する。それこそ、自分の仕事に捉われずに、他の人の仕事も助けるという感じで、「もっと面白いことをするために今の仕事の枠組みを越えて何をしていけば良いのか」「今の仕事の枠組み自体をどのように変えて行けば良いのか」ということを、現場の一人ひとりが考えられる。そういった企業を作ることが本当は重要だと思います。
―秋山先生、貴重なお話をありがとうございました。
秋山 高志氏
広島大学
大学院人間社会科学研究科
人文社会科学専攻
マネジメントプログラム
准教授
慶応義塾大学経済学部卒。京都大学大学院経済学研究科にて経営学を修め、その傍ら、2004年4月-07年3月まで日本学術振興会特別研究員を務める。その後、2007年4月広島大学大学院社会科学研究科マネジメント専攻に助教として赴任。2009年4月、福島大学経済経営学類で准教授に就任。2014年4月より現職。2010年7月、博士(経済学)取得。研究・教育分野は、経営戦略論と社会ネットワーク論。