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東京都立大学大学院 経営学研究科 准教授インタビュー(前編)/高まる人事の危機 旧来の人事の役割に逆戻りしている

作成者: JOB Scope編集部|2023/11/2

近年、人的資本経営や戦略人事が注目されており、上場企業では2023年3月期決算から、人的資本開示が義務化された。開示情報にどのようなストーリーを持たせるか、どのような数値を開示するかなど、企業は悩みながら対応している。

こうした人的資本経営の高まりの中、「人事部のポジショニングが低下してきているのでは」と危惧する人事研究者がいる。東京都立大学 准教授の西村 孝史氏だ。その意味合いを探るとともに、人事が経営側にも従業員側にも寄り添うためにはどうしたら良いのか。西村氏の研究領域を踏まえて考察していく。前編では、人的資本経営や戦略人事、ジョブ型雇用などに対する見解などを語ってもらった。

01人事のポジションが
今脅かされている

西村先生は、大手企業で人事の実務経験をお持ちです。昨今の人事を取り巻くトレンドで何か気になる点がございますか。

最も気になっているのは、いわゆる“人事の危機”というか、人事のポジションが脅かされていることです。まさに、人的資本経営と関わりがあります。人的資本経営のイニシアチブ、舵を取る部門が人事ではなくて、経営企画部や財務部に移行してしまっているのではないかと感じています。

人事は何をしているのかというと、それらの部署に自分たちが集めたデータを渡すデータ提供係になってしまっています。本来であれば「人的資本経営」で「人」を冠しているわけですから人材のエキスパートである人事が中心となり、人的資本経営の開示に向けたデータや指標を考えるべきなのですが、経営企画部や財務部がボードメンバーと一緒になって進めてしまっています。その意味で人事が本来的な役割から後退している気がします。

02人的資本経営の
開示に向けたメカニズムが
解明しきれていない

戦略人事や人的資本経営がバズワード的に取り上げられています。どうご覧になられていますか。

二点ほど挙げたいと思います。まず前提として人的資本経営を考えたときに先ほど申し上げたように、人事から見ると危機感があります。逆に、財務部門の方からすれば追い風になっているわけです。会計の先生とお話をしても追い風を感じているそうです。人事部長が財務部長を兼務することは多分スキル的に難しいのですが、逆はできてしまいます。実はスキルとか能力の違いに現れているというのが一つです。

もう一つは、人的資本経営は私達人材マネジメントの研究者から見ると「何が新しいのだろうか」と思うところがあります。戦略人事も同様です。実はもう40年ぐらい前から「戦略と連動した人事管理」はずっと言われていることです。「従業員だけでなく、投資家(利害関係者)にもその指標を開示しましょう、目を向けましょう」ということも、もう10年以上前から言われていました。それと何か違うというのか、あるいは何に対して人的資本経営が注目しなければいけないのかということです。


守島基博(2010).「社会科学としての人材マネジメント論に向けて」『日本労働研究雑誌』600, 69-74.をもとに改訂
図1 戦略から組織業績に至るまでの経路


僕はポイントが三つあると思っています。この図は、学習院大学の守島先生が昔、提唱された図をアレンジしたもので、これをイメージすると分かり易いと思います。一つは、戦略から何かしらのパフォーマンスへという矢印、要は戦略として何かをすると業績が上がるとか生産性が上がるのかという、因果関係を考えたときに、点線の矢印のような経路を辿るのではなく、実際には、その間に人事施策や人事施策により影響を受けた個人の行動ややる気の変化が入ります。そこの考えを繋ぐためのロジックを、より明確にしなければいけません。人的資本経営と関わりのあるのは図のAで、戦略と人事管理、あるいは人事施策同士の繋がり(図のB)を考えなければいけなくなったのです。

二つ目は、個人の人的資本をどう組織力につなげていくかというところで図のDにあたります。三つ目は、今までの(戦略)人事と違うのは、個々の従業員が自律的に考えて自分のスキルを磨かなければいけなくなってきたことです。この三つが、昨今の人的資本経営の特徴だと思っています。

ただ、少しパスワード的になりつつあるというのも、我々の研究分野から言って、実はAとDの二つは難しいところです。Aは、どういう戦略に対して、どんな人事施策の組み合わせが良いのかを考えることと、個々の人的資本をどう組織力に束ねていくかというメカニズム(D)があまりわかっていないのです。特に後者の組織力をどう指標化するかは、学者もわかっていないし、実務家の人も指標化するのは難しいと言えます。そうすると人事が既に把握している平均勤続年数や男女の勤続年数の平均値であるといった指標で開示する話になってしまいます。何か取りあえずデータを開示しておけば良いとなってしまっているのでバスワード化したり、開示が期待外れと感じる人が多いのだと思います。

※学習院大学の守島 基博教授については、インタビュー記事もございます。こちらも併せてご覧ください。

職務基準の人材マネジメントであるジョブ型雇用に関しては、どのような見解をお持ちですか。

ジョブ型雇用は、実は功罪相半ばみたいなところがあります。就いている仕事によって賃金が決まるというのは透明性が高いので、納得感が高まります。ただし、これは裏を返すと、仕事が変わらない限り賃金があまり上がらないことを意味します。基本的には日本の職能給みたいな話として、同じ仕事をしていても頑張れば少しずつでも賃金が上がっていく、だから自分のスキルを高めたり、OJTに懸命に取り組んだりする。でも、純粋な職務給だと同じポジションで同じ仕事であっても努力が評価されないということになります。そこは、なかなかインセンティブとして効きづらいというのが一つです。

もう一つとして、かつての日本企業に成果主義が導入されたようなことが起きないか危惧しています。それは何かといえば、他の人事機能との整合性が取れなくなってきたりとか、ずれる可能性があるのではないかということです。

例えば、賃金あるいは格付け制度は職務給にしているものの、それに合わせた人材育成や、あるいは評価や異動方針が職能資格制度に合わせたものであったりすると、そこに齟齬が生じて人材マネジメントが上手く機能しないので、一貫性をとらないと、かつての成果主義のようなことになってしまうのではないかと思っています。

03管理の個別化に
いかに対応するか

不透明さが増す時代において、人事マネジメントを行う上での人事やマネージャーの役割がどう変わりつつあるとお考えですか。

一つは、先ほど人的資本経営のところで少し述べた三つ目のポイントです。個人が、自分でキャリアを考えたり、能力開発を考えなければいけなくなってきています。そう考えると、管理が個別化してくるはずなのです。十把一絡げで管理することが難しくなってくると、それをどう束ねるのか、あるいは個々の人材を管理するための仕掛け作りをどうするのかが、難しさというかクリアしなければいけない課題です。

あとは、DX、AIなどの話になってきたときに、人事に強く求められるのは何のデータと繋げて良いかという倫理感です。色々なデータを集めることが技術的には可能になってきます。逆に言うと、これは繋げられるけど倫理的に繋げてはいけないデータも多分出てくると思います。そのジャッジを人事が下さないと変なことに使われてしまいます。

例えば、つい最近の新聞でも取り上げられていましたが、学校で子供の脈拍をデータとして取って、管理するといった話が出てきます。そうすると会社でも同じようなことができてしまいます。腕時計で脈拍を測り、部長と話してるときにこの社員は脈拍が高いから緊張しているのではないか、嫌いなんだろうとか…。では、そうしたデータを管理して、異動に使えば良いのではという施策をやって良いのか悪いのかといったことが出てくるのではないかと思っています。

西村先生は、「ソーシャル・キャピタル」の考え方を人材マネジメントに応用することを提唱されています。「ソーシャル・キャピタル」とは何で、なぜ人材マネジメントに応用すべきであるとお考えなのですか。

「ソーシャル・キャピタル」をビジネスの用語で平易に説明するなら人脈です。僕の場合は、会社の中の人脈と捉えていただけると良い思います。当然ながら、人脈と考えたとき、会社の中だけではなくて外にも広がっているのですが、研究対象としては外にまで広げると無限に広がってしまいます。それで、一応対象としては人材マネジメントが主に影響を与えることができる会社の中の人脈絡みの話を扱っています。

学術的に言うと、少し難しいのですがソーシャル・キャピタルとは「関係性の中に埋め込まれた資源とか資本」と定義されます。直訳すると、社会資本と訳されますが、そうすると経済学で使われている公園や道路といったインフラと誤解されてしまいます。そこで、一般的には社会関係資本と訳されます。

つまり、人々の間に存在している資本や資源みたいな言い方をするのが、「ソーシャル・キャピタル」です。相手を信用してお互いに助け合うとか、何らかの情報を得たり、助けてもらったりといった関係性のことを言います。多分一番わかりやすいのは人事異動です。人事異動によって会社が人為的に関係性を作り変えているとみることもできます。例えば、職能間での異動となるとその人を全然違う人脈とつながることになるでしょうし、あるいは同じ職能の中で、例えば東京本社から大阪支社に行けば、地理的に離れたところに人脈を繋げるという話にもなるわけです。

このようにして考えると、実は人材マネジメントは、会社の中の人脈に対して影響を与えることができるというのが、提唱したいポイントです。

何故それがマネジメントや経営管理、経営学の中で重要なのかというと、まさしく先の質問で個々の力が組織力に高めるメカニズムの一つとして「ソーシャル・キャピタル」にあるのではないかと思っているからです。つまり、誰々から手に入れた情報とか、あるいは誰かが困っているときに助けるという関係性が、実は個人だけではなくて、部とか課とか、組織単位での力を底上げする、お互い様みたいなところを作り出すことによって、個人の総和以上の生産性や効率性に寄与するのではないかと思うです。そうしたキーワードというか、メカニズムの一つの概念装置として注目されています。

個々の力を組織力に紐づけるためには、何がキーになるとお考えですか。

3つあります。1つは、ダイバーシティ&インクルージョンで、職場メンバーをどう構成するとパフォーマンスが上がるのかというと、メンバーの組み合わせです。ただ、人種・性別といった外形的なものではなくて、バックグラウンド・キャリアが多様なメンバーが集まったときに生産性が高まると言われています。メンバーのダイバーシティが組織力に影響しそうです。

2つ目は、使い方次第ですが360度評価です。部署の元々のジョブサイズの規定値、総和値を測ってから、360度評価の総和値を測れば、その差分が付加価値として現われるのではないかと思っています。3つ目は、目標管理(MBO)です。MBOは、部の目標を個人に分割するだけでなく、チームレベルの目標を設定することで情報を共有したり、助け合う流れが生まれる可能性があります。



04人的資本経営が
殊更に強調されるのは疑問

西村先生は「戦略人材マネジメント」も研究のキーワードとして挙げられています。「戦略人材マネジメント」とは何か、どのような研究をされておられるのかもお聞かせいただけますか。

「戦略人材マネジメント」は英語ではStrategic Human Resource Managementと表記します。我々研究者は略してSHRM(シャーム)と呼んでいます。これは、HR施策が企業業績にどのような影響を与えるのかと、戦略や組織とHR施策の組み合わせを考える場合とHR施策同士の組み合わせを考える場合があります。例えば、差別化戦略といった話であれば、教育訓練をたくさん実施しましょうとか、コストリーダーシップ戦略であれば、ミスに対して罰則を設けるような賃金体系にしましょうとか…、いずれにしても、戦略に対応するような人事施策があるという前提に立ったときに、その組み合わせによって、企業の売り上げや生産性に影響を与えることを検討する学問体系が「戦略人材マネジメント」です。

これは、人的資本経営でポイントになっている経営戦略と人事戦略の連動に該当するところです。先ほどの図で言うとAの部分です。従って、私から見ると、人的資本経営で経営戦略と人事戦略との連動が殊更に強調されているのが良くわからないのです。

戦略人事や戦略人材マネジメントは1980年代から米国で言われている話です。それが、「人材版伊藤レポート」を機に、日本で経営戦略と人事管理との関連性を意識しましょうといきなり強調され始めたというのが、よくわかりません。

もし「人材版伊藤レポート」が経営戦略と人事戦略との連動に関する気づきのきっかけになるとしたら、それは、我々人材マネジメントの研究者の責任かもしれないです。長年同じことを人材マネジメント研究者は言ってきたのですが、実務界に普及しなかった、あるいは人事界隈の人たちに上手く伝わっていなかったからこそ、「人材版伊藤レポート」が話題となり、その結果として人事のポジショニングが相対的に下がってしまっているのですから。一概に実務の人たちが駄目だというよりも、我々のアピール不足というか、人材マネジメント研究者の責任でもあると考えています。





西村 孝史

東京都立大学大学院

経営学研究科 准教授

2020年度-2023年度: 東京都立大学 経営学研究科 准教授
2018年度-2019年度: 首都大学東京 経営学研究科 准教授
2016年度-2017年度: 首都大学東京 社会科学研究科 准教授
2013年度-2015年度: 首都大学東京 社会(科)学研究科 准教授
2011年度-2012年度: 東京理科大学 経営学部 准教授
2009年度-2010年度: 徳島大学 大学院・ソシオ・アーツ・アンド・サイエンス研究部 准教授

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