自律型組織とは、社員一人ひとりが自ら考えて意思決定し、組織の目的に向けて主体的に行動する組織のことです。野田稔教授は、その実現には会社全体への号令ではなく、まず一つの職場から始めることが現実的だと語ります。
前編では、明治大学大学院の野田稔教授が提唱する、社員を主語にする自立共生型の会社「Convivial Company」と、その姿を表す5つのコンセプトを紹介しました。では、今の日本の会社はどの程度「社員主語」になっているのでしょうか。そして、そうした組織はどうすればつくれるのでしょうか。
本記事では、野田教授へのインタビューをもとに、5つのコンセプトを指標化した「KX Score」の調査結果、社員主体の組織がイノベーションの必要条件である理由、職場から始める実践のステップ、ファシリテーター型リーダーへの転換、そしてリーダーと人事に求められる新しい役割について解説します。
この記事でわかること
・「KX Score」の調査でわかった日本の会社の現状
・日本企業が競争に負け続けてきた理由についての仮説
・社員主体の組織がイノベーションの「必要条件」である理由
・自律型組織を「職場から」つくる4つのステップ
・リーダーは「価値の体現者」、人事は「現場の支援者」という新しい役割
明治大学大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授、リクルートワークス研究所 特別研究顧問(取材時)。1981年一橋大学商学部卒業後、株式会社野村総合研究所に入社。1987年一橋大学大学院修士課程修了。野村総合研究所で経営戦略コンサルティング室長、経営コンサルティング一部部長を経て2001年退社。多摩大学経営情報学部教授、株式会社リクルート新規事業担当フェローを経て、2008年より現職。一般社団法人Japan Innovation Network理事。著書に『組織論再入門』『中堅崩壊』(以上、ダイヤモンド社)、『二流を超一流に変える「心」の燃やし方』(フォレスト出版)、『野田稔のリーダーになるための教科書』(宝島社)、『あたたかい組織感情』(ソフトバンククリエイティブ)など多数。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
KX Scoreとは、野田教授らが、社員主語の会社を表す5つのコンセプトの到達度を指標化したものです。会社の「未来度」を測る指標として、一般の会社員約1,500人を対象とした「カイシャの未来度実態調査」で用いられました。
KX Scoreと、働く個人の会社満足度、仕事満足度、成長実感との関係を調べたところ、非常に強い相関が見られました。内部相関や疑似相関がないことも確認しています。40年以上組織開発に関わってきた野田教授でも、これほどきれいに相関した経験は数えるほどしかないといいます。
自由記述の回答も、スコアに応じてはっきりと変化しました。各指標はプラス100点からマイナス100点までの幅で測定しています。
| スコアの水準 | 自由記述に見られた声 |
|---|---|
| マイナス100点前後 | 「新卒の時に会社の選択を誤った」「会社の理不尽さにうんざりだ」「古い体質だ」 |
| プラスの領域 | 「やりがいがある」「自分に合っている」 |
| プラス100点前後 | 「理想的だ」「ありがとう」 |
しかし全体の平均はマイナス15.9、最も多かった値(最頻値)はマイナス45前後でした。野田教授は、これが今の日本の会社の状況であり、この状態ではイノベーションが起きるはずがないと指摘します。
国際調査も同じ傾向を示しています。米ギャラップ社の調査では、仕事に熱意を持って取り組んでいる従業員の割合は、日本では8%にとどまり、世界平均の20%を大きく下回っています。
| 国・地域 | 熱意を持って働く従業員の割合 |
|---|---|
| 日本 | 8% |
| 世界平均 | 20% |
出典:Gallup「State of the Global Workplace: 2026 Report」(2025年1〜12月調査)
過去30年、日本企業は競争に負け続けてきました。野田教授らの仮説は、その理由は社員がさぼっているからではなく、社員の能力を十分に発揮させられない呪縛的な会社になっているからではないか、というものです。
全社員の能力発揮を実現するために重要になるのが、適所適材です。すべき仕事(適所)に、最も適した人(適材)をアサインする――野田教授は、これこそが本来の意味での「ジョブ型」だと言います。
5つのコンセプトと25のゴールが高い水準にあるConvivialな会社では、エンゲージメントが明らかに高く、人々が生き生きと働いていると野田教授は言います。一般的な生産性も高いと想定されますが、そこはまだ検証できていないといいます。
イノベーションとの関係について、野田教授は一般社団法人Japan Innovation Networkの理事として、企業にイノベーションの仕組みを導入する活動を続けてきた経験から語ります。仕組みを入れても、イノベーションが起きる会社と起きない会社がある。その違いは、一人ひとりがどれだけ能力を発揮しているかにかかっているのです。
イノベーションは目的ではなく手段です。社員一人ひとりが社会に目を向け、社会の「不」を解決することを自分事として試行錯誤した結果として生まれます。そうした働き方は、自由度が高くなければできません。
「社員を縛り付けていたら、イノベーションは起きるはずがありません。」
――野田教授
野田教授は、全社員の全能力発揮は、イノベーションの十分条件ではないものの、必要条件であると捉えています。その必要条件を整えるための考え方が「Convivial」なのです。
野田教授は、Convivial Companyを実現するステップについて「正直、まだわかっていない。会社ごとにまったく異なる」と率直に語ります。そのうえで、いくつかの手がかりを示しています。
一つの典型は、一度挫折を経験することです。例えばサイボウズは、かつては強力な創業者が引っ張るトップダウンの会社でしたが、締めつけに耐えきれず大量の退職者が出たことをきっかけに、経営者が考え方を変えたといいます。ただし、大失敗を標準的なプロセスにするわけにはいきません。
そこで野田教授らは、いきなり会社全体を変えるのではなく、まず職場単位で「Convivial WorkPlace」をつくることから始めています。現在、複数の会社で進めている順番は次のとおりです。
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| ① 職場での草の根運動 | 社員の自主性に任せ、一つの職場からKX活動を始める |
| ② 複数の職場へ波及 | 1つの職場から複数の職場、10の職場へと広がり、社内に“風”が吹き始める |
| ③ オフィシャル化 | 人事部や経営企画部が動き、取り組みを正式なものにしていく |
| ④ 役員への啓発 | 最後に役員を巻き込み、会社全体の変革へとつなげる |
ただし野田教授は、これが本当に最善かどうかはまだわからず、時間もかかりそうだと付け加えています。
職場単位で始める場合も、まずは自分たちの職場が今どのような状態にあるかを把握しておくと、取り組みの出発点が明確になります。
職場の「今の状態」を可視化し、改革の出発点に
社員主体の職場づくりは、メンバーが今の職場をどう感じているかを知ることから始まります。DEFiDEの「生成AIワークバリュー・スコア分析」は、生成AIで従業員の属性や組織の特性に合わせた質問を作成し、職場や組織の状態を迅速にきめ細かく可視化します。
職場から運動を進める中で、野田教授が「なるほど」と感じたことがあります。それは課長の役割の重要性です。
課長が「命令を下す人」ではなく、皆の総意をうまく引き出すファシリテーター型のリーダーになろうとすると、メンバーが動き出します。そこにコーチングの技法が加わり、最終的には組織に奉仕するサーバントリーダーへと変わっていきます。職場のKX度を高めると、リーダーは権限を移譲し、合意形成を重んじる役割になっていくのです。
| 従来の課長 | Convivial WorkPlaceの課長 | |
|---|---|---|
| 役割 | 命令を下す | 皆の総意を引き出す(ファシリテーター) |
| 手法 | 指示・管理 | コーチング・合意形成 |
| 権限 | 自分に集中 | メンバーに移譲する |
| 行き着く姿 | 管理者 | サーバントリーダー |
権限を移譲するとリーダーの方向付けの力が弱まるのではないかと考えられましたが、意外にもそうはならなかったといいます。ただし現時点で取り組んでいるのは、社内でも感度の高いイノベーターやアーリーアダプターで、人格的にも優れたリーダーが運動を率いている状態です。会社全体に広げたときにどうなるかは、まだ検証が必要です。
会社全体に展開する段階では、旗振り役は社長になります。最大の権限を持つ社長が、自らその権限を手放すことが求められる――野田教授は、市民革命の時代の「啓蒙君主」のような役割が必要になると表現しています。
最終的にサーバントリーダーシップへと向かうとき、リーダーに残る役割は何か。野田教授の答えは「価値の体現者」です。
会社にはパーパスがあり、それを追求するためのバリューがあります。会社が公式に掲げていることを自ら実践し、人格的にも受け入れられ、嘘がないから皆が信じる。そうした会社の象徴のような存在がリーダーになるということです。野田教授は、「リーダーに求められるのは倫理」という経済学者・小泉信三の言葉を引き、最も倫理的で、掲げた理想どおりに生きる人こそがリーダーにふさわしいと語ります。そのうえで、権限は完全に移譲することが求められます。
野田教授は、戦略人事に向けて人事部が果たすべき役割を、次の2つと規定しています。
| 役割 | 内容 |
|---|---|
| ① 現場の支援者 | 社員のやる気の総和を最大限に引き出すため、制度や仕組み、文化をつくり、限られた予算の中で現場が人事を実践できるようサポートする |
| ② 先んじて動く人材供給者 | 企業の戦略に合わせ、必要なときに必要な能力・スキル・マインドセットを持った社員を現場に送り込む。言われてから採るのではなく、先回りして採用・育成しておく |
野田教授によると、今は逆に、人事が一生懸命な社員の意欲を削いでしまっていることが少なくありません。また、現場から「こういう人材が欲しい」と言われてから採りにいくようでは不十分です。戦略から必要な人材を見極め、先回りして採用し、鍛えて備えておく。そこには相当な戦略性が求められます。
「これからは「先んじて動く」人事へと進化することが求められていると言いたいです。」
――野田教授
社員の意欲を引き出す支援者であり、戦略の先を読んで人材を整える戦略家でもある。それが、これからの人事部の姿です。
A. 野田教授は、会社ごとに最適な方法は異なるとしたうえで、いきなり会社全体を変えるのではなく、まず一つの職場で社員の自主性に任せた草の根運動から始める方法を示しています。職場から複数の職場へ広げ、人事部や経営企画部によるオフィシャル化を経て、最後に役員を巻き込むという順番です。
A. KX Scoreとは、野田教授らが社員主語の会社を表す5つのコンセプトの到達度を指標化したもので、会社の「未来度」を表します。一般の会社員約1,500人を対象にした調査では、会社満足度や仕事満足度、成長実感と強く相関した一方、全体の平均はマイナス15.9、最頻値はマイナス45前後でした。
A. 野田教授は、全社員の全能力発揮はイノベーションの十分条件ではないものの、必要条件であると捉えています。イノベーションは、社員が社会の課題を自分事として試行錯誤した結果として生まれるものであり、自由度の高い働き方がなければ生まれないためです。
A. 命令を下すのではなく、メンバーの総意をうまく引き出すことで組織を動かすリーダーです。野田教授によると、職場で社員主体の取り組みを進めると、課長はコーチングの技法を取り入れながら権限を移譲し、最終的には組織に奉仕するサーバントリーダーへと変わっていきます。
A. 野田教授は2つの役割を挙げています。1つ目は、社員のやる気の総和を引き出す制度や文化をつくり、現場が人事を実践できるよう支援すること。2つ目は、企業の戦略に合わせて必要な人材を先回りして採用・育成し、必要なときに現場へ送り込むことです。
人的資本経営を開示のための取り組みで終わらせず、社員一人ひとりが全能力を発揮できる会社へ。その変化は、一つの職場から始めることができます。
「先んじて動く」人事を実現する制度づくりを
適所適材を実現し、戦略に必要な人材を先回りして育てるには、仕事の役割を明確にし、評価や育成を一体で設計する人事制度が欠かせません。DEFiDEの「JOB Scope」は、人事コンサルティングと人事クラウドの2軸で、経営に直結する戦略人事の制度設計から組織への定着までを支援します。
▶ 前編:Convivial Company(自立共生型の会社)とは?開示ありきの人的資本経営を越えて「社員を主語にする経営」へ(内部リンク)
▶ インタビュー全文:人的資本経営の先を見据えよう。全社員が全能力を発揮する「Convivial Company」とは(後編)(JOB Scopeマガジン)