近年は、人的資本経営の重要性が叫ばれている。加えて、人的資本の情報開示要求も高まっており、多くの企業は右往左往している。こうした中、人的資本経営の本質を見極めず、ただ形だけを追い求める経営や人事の在り方に疑問を呈するのが明治大学大学院 グローバル・ビジネス研究科の野田 稔教授だ。「人的資本経営のその先を見据えていく必要がある」と熱く語る。

後編では、「Convivial Company」となるメリットや実現に向けたステップ、リーダーや人事に求められる役割などをお聞きしました。(前編をまだお読みになっていない方は、前編ご覧ください。

015つのコンセプト
を指標化し、
その到達度を調査

「KX Score」から何が把握できたのでしょうか。

「KX Score」と働く個人の会社満足度や仕事満足度、成長実感との相関を見たところ、恐ろしいぐらいに深くつながっていました。

私は前職の野村総研を含めて、もう40年以上も組織開発の仕事に関わっています。しかし、こんなにも綺麗に相関した経験は数えるほどしかありません。多分我々は知らないうちに、物凄く面白い指標を見つけてしまったというのが今の感覚です。

しかも、内部相関であるとか疑似相関(2つの事象の間に相関関係がないにも関わらず、因果関係があるように推測される状態)があるかどうかもチェックしましたがありませんでした。

一番面白かったのは、フリーアンサーです。各指標でプラス100点からマイナス100点までの幅があるのですが、マイナス100点ぐらいになると強烈にネガティブな意識を持っていることがわかります。例えば、「新卒の時に会社の選択を誤った」「会社の理不尽さにうんざりだ」「古い体質だ」などです。

段々とプラスになって来るに従って「やりがいがある」「自分に合っている」などとどんどん良くなってきます。もう、プラス100点レベルになると「理想的だ」「ありがとう」といった話になってきます。

ただ、残念なことに全体の平均を取るとマイナス15.9。しかも、最頻値で言うとマイナス45ぐらいになります。これが今の日本のカイシャの状況だと言えるでしょう。こんな状態では、とてもイノベーションが起きるはずがありません。

指標を分析した結果として、どんな仮説をお持ちですか。

過去30年、日本企業は競争に負け続けてきました。しかし、その理由は社員がさぼっているからではなくて、社員の能力を十分に発揮させることができない呪縛的な会社になっているからではないかというのが、我々の今の仮説です。これをどう直そうかを私はテーマにしています。

社員一人ひとりの能力、全社員の能力発揮を現実のものにすると、当然のことながら適所適材が重要になってきます。適材適所ではありません。適所、すなわちすべき仕事に、適材すなわち最も適した人をアサインする。本来の意味でのジョブ型です。これをどうやって現実のものにするのかをテーマとして私は活動しています。

02「Convivial」は
イノベーションを
創出する必要条件

改めてお聞きします。「Convivial Company」となるメリットはどこにあるのでしょうか。

「Convivial Company」は私が提示した5つのコンセプト、25のゴールが高いレベルにあります。そういう会社は、明らかにエンゲージメントレベルが高いです。なので、まず入口として当然「Convivial」だと、人々が皆生き生き働いていると言えます。

ただ、創造生産性ではなくていわゆる一般の生産性も高いだろうということまでは、まだ検証できていません。恐らく高いだろうと想定はされます。

さらに、イノベーションという点ではどうかと言うと、私は一般社団法人Japan Innovation Networkの設立以来、理事を務めていますのでイノベーションのエコシステムのインストールをずっと行い続けてきました。いくら、その制度をインストールしたところでイノベーションが起きる会社と起きない会社を見ると、一人ひとりがどのぐらい能力を発揮しているかに依拠してしまいます。

社員にも思い込みがあって、「私はイノベーションをする人ではない」などと言う人ばかりだと当然ながらイノベーションは起きるわけがありません。しかも、イノベーションは目的ではなく単なる手段です。社員一人ひとりが社会に目を向けて、社会の「不」を解決することを自分事化して色々と試行錯誤する結果として生まれるものです。

そうした働き方は自由度が高くなくてはできません。社員を縛り付けていたら、イノベーションは起きるはずがありません。全社員の全能力発揮がイノベーションの十分条件ではないものの必要条件ではあると思うので、まずは必要条件を整えるための「Convivial」であると私は捉えています。

03社員の自主性に
任せた草根運動を、
まずは職場で展開

「Convivial Company」の実現に向け、どのようなステップを踏んでいけば良いとお考えですか。

正直言うと、私達もまだわかっていません。それは会社ごとに全く異なります。一つ言えるのは、一度挫折を経験してみることです。例えば、サイボウズがそうなのです。同社は最初の頃、非常に強力な創業者が引っ張っていた上位下達の会社でした。

その締めつけに耐えきれず大量に退職者が出てしまったんです。それで、経営者がはたと気がついて、考え方を変えました。どうも、これが一つの典型パターンです。ただ、大失敗することを標準プロセスに設定するわけにもいきません。

なので、我々としては今のところ、「KX活動」はまず職場ごとの草の根運動から展開しています。もちろん、これがベストかどうかはわかりません。ただ、今複数の会社で、徐々に始めようとしているのは事実です。

こうした草の根運動が幾つか動き出してくれると、1つの職場から複数の職場に波及し、10個の職場に広がるという良いうな流れになり、“風”が吹き始めます。その段階で、オフィシャル化を考えて人事部や経営企画部が動き始め、最後には役員を啓蒙していく。今はそういう順番で行こうとしてます。

ただ、繰り返しますけれども、これが本当に良いかどうかはわかりません。時間もかかりそうです。

いきなり、「Convivial Company」を作るのは難しいということですね。

はい。なので、まずは「Convivial WorkPlace」を作ろうとしてるわけです。まずは、職場から始めようということ。実はこの運動を展開する中で、「なるほど」と思ったことがあります。

例えば、職場だと課長の役割がかなり重要です。課長が自分の命令を下す人であるという発想ではなく、皆の総意を上手く引き出すファシリテーター型のリーダーになろうとすると皆が動くんですよ。そこに、コーチング技法が入ってきたりして、最終的にはサーバントリーダー(組織に奉仕するリーダー)になっていきます。

そういう意味では、権限も移譲しているわけです。合意形成型ですよね。職場でKX度を高めるとリーダーがそういう役割になっていきます。

そういう役割になった時にリーダーの権威や方向付けのパワーが弱まるのではと思ったのですが、意外とそうはなりませんでした。今の段階では、会社の中の感度の高いイノベーター、アーリーアダプター(早期採用者)の人たちしか、こういうことに興味を持っていないので、運動が属人化していました。

要するに、人格的にも立派な方がリードしている状態です。それ故今のところは、権限委譲も上手くいってるような気がします。ただし、これを会社全体に展開する時にどうなるか疑問が残ります。

さらに一番の旗振り役が今度は社長になります。最大の権限を持つ社長が自らの権限を手放す、といったことが求められるわけです。言ってみれば、市民革命の時における啓蒙型君主(開明的な絶対専制君主)のような役割を果たす必要があります。

04リーダーは価値の
体現者に、人事は
現場運用の支援者
であるべき

リーダーはどのような役割を果たしていけば良いですか。

最終的にはサーバントリーダーシップになると考えた時に、リーダーに残された役割とは一体何かと言うと、私は「価値の体現者」という役割が残ると思っています。

要するに、会社にはパーパスがあって、そのパーパスを追求するためのバリューの体現者の役割です。会社がオフィシャルに言ってることを実践できる人間が、人格的にも受け入れられ、嘘がないということで皆が信じることになるのです。言い換えれば、我が社の象徴みたいな存在ですよ。

そういう意味では、最も倫理的で最も綺麗事通りの生き様の人。これって小泉信三が言っています。「リーダーに求められるのは倫理」だと。多分、そういう役割になると思います。

具体的には、完全に権限を委譲することが求められます。価値の体現者、象徴という存在を身をもって示す。そういう人が、リーダーになるということです。

人事はどういう役割を発揮すれば良いとお考えですか。

私は、戦略人事に向けて人事部が果たすべき役割を次のように規定しています。

一つ目は、社員のやる気の総和を可能な限り引き出すために、制度や仕組み・文化などを構築して、現場での運用・実践をサポートすること。今は逆ですよね。人事が一生懸命やる社員の意欲を削いでいます。そうではなく、限られた予算の中で現場が人事を執行する手助けをしてもらいたいです。

二つ目は、企業の戦略に合わせて必要な時に必要な能力・スキル・マインドセットを持った社員を、現場に送り込むことです。現場から「こういう人材が欲しい」と言われたから採りにいくようでは全然駄目です。

こういう戦略を実行するのであれば、こういう人間が必要だと考え、先回りして採って鍛えて備えておくくらいでなければいけません。当然ながら、物凄い戦略性が必要になってきます。これからは「先んじて動く」人事へと進化することが求められていると言いたいです。

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野田 稔氏

明治大学大学院

グローバル・ビジネス研究科 教授
リクルートワークス研究所 特別研究顧問

1981年一橋大学商学部卒業 株式会社野村総合研究所入社。1987年一橋大学大学院修士課程修了。野村総合研究所復帰後、経営戦略コンサルティング室長、経営コンサルティング一部部長を経て2001年3月退社。多摩大学経営情報学部教授、株式会社リクルート 新規事業担当フェローを経て、2008年4月より現職。リクルートワークス研究所 特任研究顧問を兼任。著書:『組織論再入門』(ダイヤモンド社)、『中堅崩壊』(ダイヤモンド社)、『二流を超一流に変える「心」の燃やし方』(フォレスト出版)、『野田稔のリーダーになるための教科書』(宝島社)、『あたたかい組織感情』(ソフトバンククリエイティブ)など多数。

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