日本企業のROE(自己資本利益率)が欧米企業より低い最大の要因は、利益率の低さです。慶應義塾大学の保田隆明教授は、その背景に「儲からないレガシー事業を続けていること」と「新規事業への投資が十分でなかったこと」の2つがあるとし、選択と集中と新規投資を同時に進める必要があると語ります。
前編では、人的資本経営を目的化させず、財務戦略や企業価値と結びつける視点を紹介しました。後編では、日本企業の稼ぐ力の課題と、それを人材の面から高める方法を考えます。
本記事では、保田教授へのインタビューをもとに、ROEの3つの要素と日本企業の弱点、利益率が低い2つの理由、日立製作所の変革、ジョブ型雇用とリスキリングをパッケージで考える必要性、ウォルマートに学ぶアジリティ(俊敏性)、そして中小・中堅企業の俊敏性とファミリー企業の強みについて解説します。
この記事でわかること
・ROEの3つの要素と、日本企業が特に劣る「利益率」
・利益率が低い2つの理由――レガシー事業の継続と新規事業への投資不足
・選択と集中と新規投資を同時に進めた日立製作所の変革
・ジョブ型雇用とリスキリングをパッケージで考える理由と「アジリティ」
・中小・中堅企業が俊敏性を発揮すべき理由と、ファミリー企業の強み
慶應義塾大学 総合政策学部 教授(取材時)。外資系証券会社2社で投資銀行業務に従事した後、SNS運営会社を起業し売却。ベンチャーキャピタル、神戸大学大学院経営学研究科教授などを経て、2019年から約1年半、スタンフォード大学客員研究員として米国シリコンバレーに滞在し、ESGを通じた企業変革を研究。2022年4月より現職。上場企業の社外取締役・社外監査役も兼任(取材時)。専門はコーポレートファイナンス、ESG/SDGsを通じた事業変革など。著書に『企業価値に連動する 人的資本経営戦略』(2024年)、『ESG財務戦略』(2022年)、『コーポレートファイナンス 戦略と実践』(2019年)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
ROEとは、株主が出資したお金(自己資本)を使って、企業がどれだけ利益を上げたかを示す指標で、企業の経営効率を測るのに使われます。保田教授は、ROEを3つの要素に分けて説明します。
| ROEの要素 | 意味 | 日本企業の状況(保田教授の見方) |
|---|---|---|
| ① 利益率 | 売上に対してどれだけ利益が出ているか | 欧米企業に比べて特に低い |
| ② 生産性(資産の回転率) | 資産をどれだけ有効に活用しているか | それほど遜色はない |
| ③ 財務レバレッジ | 借入をどれだけ有効に活用しているか | それほど遜色はない |
出典:保田教授への取材をもとに編集部作成
なお、2014年に公表された経済産業省の「伊藤レポート」では、日本企業が最低限目指すべきROEの水準として8%が掲げられ、日本企業のROE向上が大きな議論になりました。
| 理由 | 内容 |
|---|---|
| ① レガシー事業を続けている | 時代遅れになった事業は、本来であればそれを専業で行う会社に売却し、選択と集中を進めるべきだった。年功序列・終身雇用のもとで事業売却に及び腰だった。この数年でようやく変わってきたが、儲からない事業を続ける企業はまだ多い |
| ② 新規事業への投資が十分でなかった | 「失われた30年」の間に、インターネットやAIなど世界の時価総額上位企業が手がける領域への投資が十分でなく、新規事業の創出力が高くない |
出典:保田教授への取材をもとに編集部作成
保田教授の提言はシンプルです。選択と集中を進めて得意な分野に特化し、得意でないものは外に出す。同時に、得意なものだけでは先細るため、新規投資もしておくことです(新規事業が育ちにくい構造については、原田勉教授の解説記事でも紹介しています)。
「わかってはいるが、できない」という経営者に対し、保田教授は日立製作所の例を挙げます。かつて「この木なんの木」のCMで多数のグループ会社の名前を流していた巨大グループが、大きく姿を変えたのです。
| 日立製作所の変革(保田教授の紹介) | 内容 |
|---|---|
| 事業の売却 | 多くの子会社・事業を売却した |
| 軸の絞り込み | 「デジタル×社会インフラ」に軸を絞り込み、そこに新規投資をした |
| 事業の入れ替え | 売上高は大きく変えずに、売上規模で約3兆円分の事業を売却し、同程度の新規事業を買収した |
| 結果 | ここ数年で株価が大きく上昇した典型的な成功例 |
出典:保田教授への取材をもとに編集部作成
伝統的な日本企業の典型だった日立製作所にできたのなら、他の会社もできてしかるべきだ、と保田教授は言います。海外投資家は日本を代表する400〜500社をすべて見ており、「この企業にできているのなら、できないとは言えないはずだ」という正論には抗弁しがたいのです(事業ポートフォリオの組み替えと人的資本の関係は、円谷昭一教授の解説記事でも紹介しています)。
ジョブ型雇用について保田教授は、よしあしがあるとしたうえで、メリットと注意点を整理しています。
| 内容 | |
|---|---|
| ジョブ型のメリット | ジョブと対価が結びつくため、報酬の説明が明確になる。従業員にとっても次に達成すべきマイルストーンがわかりやすい |
| 注意点 | 日立製作所やソニーのように業態が変われば、求められるジョブも変わる。今のスキルで雇用されていても、リスキリングしなければ5年ほどで陳腐化しかねない |
| 結論 | ジョブ型はリスキリングとパッケージで進める必要がある |
出典:保田教授への取材をもとに編集部作成
ジョブ型雇用とリスキリングを同時に進める企業の生産性が高い理由として、保田教授が挙げるキーワードがアジリティ(俊敏性・柔軟性)です。常に自分をアップデートし、「このジョブについては日本でトップ10%に入っている」と言い切れるよう学び続けるマインドセットを、従業員に持たせられるかどうかが鍵になります。
ジョブ型とリスキリングを一体で進めるには、職務の定義、評価、育成の計画を同じ仕組みの中で扱えるようにしておくことが欠かせません。
ジョブ型とリスキリングを、一体で設計する
ジョブ型雇用を機能させるには、職務を定義するだけでなく、変化に合わせてスキルを更新し続けるリスキリングの仕組みとセットで設計することが大切です。DEFiDEの「JOB Scope」は、人事コンサルティングと人事クラウドの2軸で、経営に直結する戦略人事の制度設計から組織への定着までを支援する人事制度改革プラットフォームです。
保田教授は2019年8月から2021年3月まで米国シリコンバレーに滞在しました。コロナ禍で日本は学校教育のオンライン化も企業の働き方の変革も遅かった一方、米国企業の変わり身の早さが印象的だったといいます。
| ウォルマートの対応 | 内容 |
|---|---|
| 危機 | コロナ禍で人が外出しなくなり、店舗型ビジネスが大打撃を受けた |
| 転換 | オンライン販売とDXに踏み切り、店舗を事実上eコマース用の倉庫として活用した |
| 人の役割の変更 | ジョブ・ディスクリプションが明確で柔軟性に乏しい米国の雇用制度の中でも、レジ担当だった人が出荷や在庫管理に役割を変えた |
| 評価 | これがウォルマートが人的資本経営ができていると言われるゆえんになった |
出典:保田教授への取材をもとに編集部作成
危機においてはカメレオンのように瞬時に姿を変えて、危機をチャンスに変換してそれを伸ばしていくことが重要になってきます。
――保田教授
エンゲージメントも大切ですが、すぐにチャンスを見つけて姿を変える俊敏さこそ、日本の伝統的な企業が学ぶべき点だと保田教授は語ります。
最後に保田教授は、中小・中堅企業の経営者と人事責任者に向けて、組織が小さいほど俊敏に動ける。そこがチャンスだとメッセージを送っています。
| 中小・中堅企業のチャンス | 内容 |
|---|---|
| ① 先にDX化して選ばれる | 大組織をすべてDX化するのは大変。中小・中堅企業が先にDX化しておけば、大企業がサプライチェーンの最適化で取引先を見直す前に、選ばれる存在になれる |
| ② ファミリー企業の強み | かつてファミリー企業は経営がおざなりという印象もあったが、近年の研究では、サラリーマン社長が経営する大企業より業績がよいとされることも多い。創業者が率いる企業の強みも再評価されている |
出典:保田教授への取材をもとに編集部作成
大企業でサラリーマン社長が多くなる中で、中小・中堅企業のファミリー経営には相対的な優位性があるのではないか、と保田教授は語ります。
A. 保田教授は、ROEを利益率、生産性(資産の回転率)、財務レバレッジの3つに分けると、日本企業が欧米企業に比べて特に低いのは利益率だとしています。その背景には、儲からないレガシー事業を続けていることと、新規事業への投資が十分でなかったことの2つがあると説明しています。
A. 保田教授は、選択と集中を進めて得意な分野に特化し、得意でない事業は外に出すこと、同時に得意分野だけでは先細るため新規投資もしておくことを提言しています。日立製作所はこれを同時に進めた成功例として紹介されています。
A. 保田教授は、ジョブと対価が結びつくため報酬の説明が明確になり、従業員も次の目標がわかりやすい点をメリットに挙げています。一方、業態が変わると求められるジョブも変わり、スキルは5年ほどで陳腐化しかねないため、リスキリングとパッケージで進める必要があるとしています。
A. 俊敏性や柔軟性のことです。保田教授は、従業員が常に自分をアップデートし続けるマインドセットを持つことや、危機に際して瞬時に姿を変えてチャンスに変えることを指して使っています。コロナ禍で店舗を倉庫に変え、従業員の役割を切り替えたウォルマートを例に挙げています。
A. 保田教授は、組織が小さい分、俊敏に動けることを挙げています。大企業より先にDX化すれば取引先として選ばれやすくなるほか、近年の研究ではファミリー企業の業績がよいとされることも多く、中小・中堅企業のファミリー経営には相対的な優位性があるとしています。
事業の選択と集中も、新規事業への投資も、最後にそれを担うのは人です。財務の視点と人的資本の視点をつなぎ、変化に合わせて人も組織も姿を変えられる俊敏さを持つことが、日本企業の稼ぐ力を取り戻す鍵になります。
職務とスキルの更新を支える仕組みを、実際の画面で確かめる
業態の変化に合わせて人の役割を切り替え、スキルを更新し続けるには、職務やスキル、育成の状況を一元的に把握できる仕組みが役立ちます。DEFiDEの「JOB Scope」では、実際の画面を見ながら説明を受けられる個別オンラインデモを行っています。
▶ 前編:人的資本経営はなぜ「目的化」するのか?財務戦略と結びつける視点と、ウェルビーイングが企業価値につながる理由(内部リンク)
▶ インタビュー全文:財務戦略と人的資本経営の融合が問われる時代に(後編)(JOB Scopeマガジン)