2024年春、日経平均株価は史上最高値である4万円を突破した。2025年初頭でも大台をキープしている。だが、それをもって、「失われた30年からようやく日本は脱却しつつある」という声はほとんど聞かれない。むしろ、「日本は失われた40年に向けてまっしぐらで突入しようとしている」と説いているメディアすらある。本当に日本企業は、再び強くなることがないのだろうか。そこで、今回はコーポレートファイナンスの第一人者として活躍される慶應義塾大学総合政策学部教授の保田 隆明氏に、日本企業が変革を加速するための提言を寄せてもらった。後編では、日本企業におけるROEの低さやシリコンバレーでの滞在から得た知見などについて聞いた。

01選択と集中の遅れと新規事業創出力の低さが日本企業の課題

日本企業は、欧米企業と比べてROE(自己資本利益率。企業の経営効率を見る指標)が低いと指摘されています。その原因は、どこにあるとお考えですか。

ROEは3つのコンポーネントに分解することができます。一つ目は利益率。二つ目は生産性、最後が財務レバレッジ。つまり、借金を有効活用しているかということです。

日本企業が欧米企業に比べて、特に低いのは利益率です。つまり、売上に対して利益が低い。逆に言うと、生産性(資産をどれだけ有効活用しているか)と財務レバレッジ(借金の活用度合い)の二つについてはそんなに遜色はないです。一番劣っているのは利益率です。そもそも、なぜ利益率が低い状況が続いているのかという理由が二つあります。

一つは、従来からのレガシーな事業をまだやっているということ。本来であれば、もう時代遅れになった事業は、それを専業でやっている会社に売却するという形で選択と集中をやらないといけなかったわけです。しかし、いかんせん日本の場合は、年功序列で終身雇用ですので、事業を他社に売却することに及び腰だったわけです。この数年でやっとまともになってきた感じがします。ただ、まだまだ従来からの儲からない事業を継続している企業が多いことが否めません。

もう一つは、失われた30年・35年で新規事業への投資が十分ではなかったことです。今時価総額の世界トップ50ぐらいの会社を見てみますと、インターネット系・AI系など色々ありますが、日本企業はそういうところに対して十分な投資をして来ませんでした。つまり、新規事業の創出力が高くない。これで、利益率が低くなってしまっています。

ならば、今後日本企業はどうすれば良いのでしょうか。選択と集中、それから新規事業への投資に注力していくべきだという流れになるのは理解していても、実行ができていません。保田先生からご提言をいただきたいと思います。

選択と集中を進めて、得意な分野だけに特化していき、あまり得意ではないものは外に出すことです。一方で、得意なものだけに特化していると先細ってしまいます。なので、新規投資もしておく必要があります。

まさに、今ご指摘いただいたその二点ですが、それに対しては「わかっているんだ」と仰る経営者さんもおられます。

「でもこういう会社もありますよね」とお伝えしたいです。その最たる会社が、著書の中でもご紹介いただいた日立製作所さんではないでしょうか。

同社は、それこそ昔は「この木なんの木…」というフレーズで始まるCMで、子会社群の名前がずらずらとエンドロールされていました。それぐらい巨大なグループ会社だったわけです。それをどん売り払っていったんです。一方で、彼らは「デジタル×社会インフラ」に軸を絞り込み、そちらに新規投資をしていきました。現状、売上高は10兆円で横ばいではあるものの、売上高3兆円相当の事業を売却し、逆に売上高3兆円相当の新規事業を買ってきています。まさに、選択と集中を進めつつ新規投資をしていて、その結果としてここ数年で株価は3倍4倍に上がったという典型的な成功例です。日立製作所は多分、伝統的な日本企業の典型であったはずなので、同社ができたなら、いわんや他の会社もできてしかるべきということかと思います。

もう、言い訳の余地はないですね。

そういうことです。結局、海外投資家は日本株に投資をするにあたっては、日本を代表するトップ400から500銘柄をすべて見ています。「この企業、この人たちにできているのであれば、できないとはいえないはずだ」と極めて正論を言ってきます。そこに対しては抗弁しがたいと思います。

02ジョブ型雇用とリスキリングをパッケージで考えよう

ジョブ型雇用に対して、保田先生はどんな見解をお持ちですか。

これは、善し悪しがあります。どのような職種でも陳腐化していくことは間違いありません。ジョブ型にするのであれば、もちろんそれは報酬制度的にも明確になります。このジョブができるから対価はいくらですみたいな形になるからです。報酬の説明が明確になりますし、従業員的にも次のマイルストーンは何を達成すべきかがわかりやすいです。

基本はそれで良いと思うのですが、先ほどの日立製作所さんもそうですし、ソニーさんもそうですけれども、業態がどんどん変わっていく中で、求められるジョブも自ずと変わっていきます。今持っている自分のスキルが認められてジョブ型で雇用されていたとしても、きちんとリスキリングしていかないと、多分もう5年でどんどん陳腐化するのは間違いないわけです。なので、基本は良いものの、それはリスキリングとパッケージでやってかないといけないと思います。

実は、保田先生にはもう一つ、ジョブ型雇用とりスキリングを同時に実施する企業は総じて生産性が高いと指摘されている理由をお聞きしようと思っていたところです。

ここでのキーワードは、多分「アジリティ」になってくると思います。日本語だと俊敏さとか、あるいは柔軟性と言われることもあります。要は、常に自分をアップデートしていくこと。そういうマインドセットを従業員に持たせることができるかどうかです。「私は、そのジョブについては日本でトップ10%に入っている」と言い切れるよう、常にアップデートし続けることが必要だと思います。

保田先生は、2019年8月から2021年3月末まで米国シリコンバレーに滞在されていました。その経験を通じて今、日本企業に何か提言したいことがございますか。

まさに、今申し上げたアジリティです。当時コロナ禍でしたが、日本は学校教育一つをとってもオンラインへのスイッチが非常に遅かったです。それは、日本の企業の働き方変革も同じだったと思います。

その点、米国の会社は変わり身がとても早いです。当時良く事例として取り挙げられたのが、ウォルマートでした。同社は日本のイトーヨーカ堂の同業です。コロナ禍となり、人が外に出なくなってしまい店舗型のビジネスが大打撃を受けました。そのため、オンライン販売やDX化をせざるを得なくなってしまったのです。ただ、従来ウォルマートで働いている人たちには、オンラインやDXのスキルはありません。

米国はジョブ・ディスクリプションが明確なので、レジ打ちというジョブ・ディスクリプションであれば、清掃も棚卸もしません。それぐらいフレキシビリティがないのが、米国の雇用制度の悪い一面です。そんなウォルマートであっても、危機を迎えてオンライン販売をやりますとなったら、今までレジ打ちをしていた人たちが、今度は店舗が逆に今度倉庫になってしまうので、eコマース用の倉庫からシッピング(商品の輸送や配送)をするとか、在庫管理をするなどに役割を変えることができたんです。これが、ウォルマートが人的資本経営ができていると言われている所以です。

「エンゲージメントが重要だ」などと言われますが、危機においてはカメレオンのように瞬時に姿を変えて、危機をチャンスに変換してそれを伸ばしていくことが重要になってきます。そういう意味において、やはり俊敏さ、アジリティです。とにかく、すぐにチャンスを見つけては姿を変える。ここは日本の伝統的な企業にとって、学ぶところが多いと思います。

03中小・中堅企業は、強みである「俊敏性」をもっと発揮する必要がある


実は、こちらのサイトは中小中堅企業の経営者や人事責任者の方が良くご覧になられています。今、先生がご指摘になられた俊敏性・アジリティという意味では、組織の規模が小さいからこそ、難局に向かってスピード感をもって立ち向かっていけそうです。最後に、そんな読者に向けたメッセージをいただいて、終わりにしたいのですが、いかがでしょうか。

まさにご指摘の通りです。組織体が小さい方が俊敏さを持って動くことができます。そこはやはりチャンスなのです。特に二点指摘したいです。一つは、世の中でDX化がどんどん進んでいったとしても、大組織を全部DX化するのはなかなか大変です。それなら、中小・中堅企業側が先にDX化しておけば、取引先として選ばれる確率やチャンスは高まります。サプライチェーンの最適化で大企業から取引先の見直しが掛かる前に、いち早く自分たちの方から変わっておけば選ばれる存在になれます。

もう一つは、中堅中小企業で面白いのは、アカデミックのコンテクストでいくと、ファミリー企業が多いことです。ファミリー企業の研究を系譜で見てみますと、かつてファミリー企業は経営がおざなりで、社長が好き勝手にお金を使っているイメージがあったかもしれませんが、近年の研究だとむしろ、ファミリー企業の方が通常のサラリーマン社長が経営している大企業と比べても業績が良いと言われています。

例えばアマゾンのジェフ・ベゾスも創業カンパニーだった人です。あるいは日本を見てみると、ソフトバンクの孫正義氏、ユニクロの柳井正氏など、確かに創業カンパニー、あるいはファミリー企業の強みが見られます。アカデミックの方でもファミリー企業に再評価されています。

中小・中堅企業に限った話ですが、むしろそこが強さとして再認識されているという状況があったりします。なので、大企業のサラリーマン社長が多くなる中で、相対的な優位性があるのではないかと思います。

保田先生、貴重なお話をありがとうございました。

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保田 隆明

慶應義塾大学
総合政策学部 教授

外資系証券会社2社で投資銀行業務に従事した後に、SNS運営会社を起業し、同社売却。その後、ベンチャーキャピタルや神戸大学大学院経営学研究科教授等を歴任。2019年より約1年半スタンフォード大学客員研究員としてアメリカシリコンバレーに滞在し、ESG を通じた企業変革について研究。2022年4月より慶應義塾大学総合政策学部教授に就任。現在、サツドラホールディンスグ社外取締役(東証上場)、リンカーズ社外監査役(東証上場)も兼任。専門分野は、コーポレートファイナンス、ESG/SDGsを通じた事業変革など。
主な著書に、『企業価値に連動する 人的資本経営戦略』(2024年)、『ESG財務戦略』(2022年)、『コーポレートファイナンス 戦略と実践』(2019年)

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