社内の学びのコミュニティは、関心のある人が小さく集まって始め、社内外に発表する場と組み合わせながら、成果を急がず長い目で育むことで根づきます。関西学院大学の松本雄一教授は、実践共同体には価値観の変化、組織の境界を越えた学び、居場所づくりという効果があり、人事と経営層は放置せず、温かく守り支えることが大切だと語ります。
社内勉強会を立ち上げたものの、いつの間にか参加者が減り、半年ほどで消えてしまった――そんな経験を持つ人事担当者は多いのではないでしょうか。
本記事では、松本教授へのインタビューをもとに、実践共同体がもたらす効果、理想のコミュニティ像、小さく始めて広げる進め方、人事と経営層の役割、そして実践共同体を育てる「構築の7原則」を解説します。
この記事でわかること
・実践共同体がもたらす3つの効果(価値観の変化・越境・居場所)
・「用もないのに来てしまう」理想のコミュニティ像
・小さな実践共同体と、発表の場となる大きな実践共同体の組み合わせ
・成果を急がず「育む」ために、人事と経営層ができること
・実践共同体を育てる「構築の7原則」
関西学院大学 商学部 教授(取材時)。博士(経営学)。北九州市立大学経済学部経営情報学科助教授、関西学院大学商学部准教授を経て現職。専門は経営組織論、人的資源管理論。実践共同体による人材育成、組織における技能形成を研究。著書に『実践共同体の学習』(白桃書房、2019年度日本経営学会賞〈著書部門〉研究奨励賞)、『学びのコミュニティづくり――仲間との自律的な学習を促進する「実践共同体」のすすめ』(同文舘出版)、『組織と技能――技能伝承の組織論』(白桃書房)、『ベーシックテキスト 人材マネジメント論Lite』『ベーシックテキスト 人材開発論Lite』(同文舘出版)など。
聞き手:JOB Scopeマガジン編集部
松本教授は、実践共同体には10ほどのメリットがあるとしたうえで、特に次の3つを強調します。
| 効果 | 内容 |
|---|---|
| ① 価値観やものの見方が変わる | 知識や技能を身につけるだけでなく、ものの見方そのものが変わる。経営学でいう「低次学習」と「高次学習」の両方が起きる |
| ② 越境が進む | 部署や組織の境界を越えて、多様な人が学び合い、協働する |
| ③ 居場所になる | 参加者の間に心理的な絆が生まれ、一人ひとりの居場所になる |
出典:松本教授への取材をもとに編集部作成
このほかにも、関心のある人を集める、学びを促進する、学びの循環を生む、エンゲージメントを高めるといった効果があります。社内で実践共同体が活性化すると、新しく参加した人が「何かすごいことが起きている」と感じ、学びへの見方そのものが変わっていくといいます(組織の外で学ぶ越境学習の効果については、厨子直之教授の解説記事でも紹介しています)。
松本教授が理想とするのは、参加者が「用もないのに来てしまう」状態です。上下関係や肩書きを脇に置き、仕事上の利害関係から離れて集まる場です。
ある企業の役員は、会社は利害関係者の集まりになりがちで、利害関係のない場で互いに役立ち合えれば理想的だと話していたといいます。松本教授が研究で関わった施設では、普段は上下関係のあるリーダーとスタッフが、実践共同体ではフラットな関係になり、上司にも気軽に質問できるようになりました。
| 段階 | 進め方 |
|---|---|
| ① まず集まる | 関心のある人が集まり、とにかく何でも学んでみる。最初から生産性を考えない |
| ② 学び方を学ぶ | みんなで「どう学ぶか」を学ぶ段階を経る |
| ③ 仕事に役立つテーマへ | 学び方が身についてから、仕事に役立つテーマへ進む |
出典:松本教授への取材をもとに編集部作成
「とりあえず来てみよう」と思える雰囲気を大切にすることが、コミュニティを育てる第一歩です。
松本教授が挙げる成功事例の共通点は、小さく集まって始めることです。例えば、旭化成では2023年に、新入社員が学び合う「新卒学部」という取り組みが始まりました。オンライン学習サービスのSchooで授業を通じて学びを共有する仲間づくりも、その一例です。
重要なのは、小さな実践共同体での学びや実践と、それを社内外に発表・共有する大きな実践共同体を組み合わせることです。
| 形 | 起こりがちなこと |
|---|---|
| 大きな場だけ | 何のために参加しているのかがわからなくなる |
| 小さな場だけ | 周りからは「勝手にやっている」ように見える。発表の場がないと、意欲も続かない |
| 小さな場+発表の場 | 小さな場で学び、大きな場で共有することで、意欲が続き、学びが組織に広がる |
出典:松本教授への取材をもとに編集部作成
実践共同体は、部署や立場を問わず、やりたい人が始めればよく、人事が主導しても構いません。ただし人事は、立ち上げた後に放置しないことが大切です。
松本教授によれば、実践共同体の参加者が言われて最も嫌な言葉は、「あなたたちは遊んでいるのではないか」だといいます。人事には、こうした雑音から活動を守り、上司や上層部との間に立って関係を調整する役割が求められます。
KPIを設けて「すぐに学べ」と運営すると、多くの実践共同体は半年ほどでなくなってしまうと松本教授は言います。大切なのは、学びの文化が形づくられていく過程を、長い目で見守ることです。
| 支援する人 | できること |
|---|---|
| 人事 | 活動の場所(部屋)を用意する。上司の理解を取り付け、業務時間を空けてもらう。資源があれば金銭的な支援も行う |
| 経営層 | 活動の意図を理解し、「社長も認めている」と示す。それによって活動がさらに活発になる |
出典:松本教授への取材をもとに編集部作成
研修ですら上司から不満が出ることがあるなかで、業務時間を割く実践共同体は、なかなか理解を得にくいものです。研修を「身につかない、非生産的な必要悪」と考える上司も少なくありません。
しかし、人が成長することは悪いことでしょうか。人材育成を否定する経営者はほとんどいないはずです。松本教授は、こうした価値観を変えるのは人事部よりも経営者であり、適切なタイミングでトップを巻き込むことが、「本気で人材育成を考えている」というメッセージになると言います。そのためにも、活動の意図を丁寧に説明することが鍵です。
学びの場を長く育てるには、場所や時間、上司の理解といった環境を、人事制度や育成の仕組みとして支えていくことが欠かせません。
学びを支える制度と環境を整える
社員が自ら学び合う場を長く育てるには、時間や場所の確保、上司の理解、評価や育成の仕組みを一体で整えることが役立ちます。DEFiDEでは、人事制度や人材育成の課題について相談を受け付けています。
松本教授は、実践共同体を育てるための原則として、次の7つを紹介しています。これは、ウェンガーらが著書『コミュニティ・オブ・プラクティス』で示した原則に基づくものです。
| 原則 | 内容 |
|---|---|
| ① 進化を前提に設計する | アイデアを大きくする、会社に影響を与えるなど、活動が発展していくことを考えて設計する |
| ② 内部と外部の視点を生かす | メンバーの視点と、外部の人の視点の両方を運営に生かす |
| ③ さまざまな参加の度合いを認める | 参加の理由や関わり方は人それぞれでよい。多様な意図や背景を歓迎する |
| ④ 公と私の空間をつくる | 公式と非公式、研究会と交流会を厳密に分ける必要はない |
| ⑤ 価値に焦点を当てる | 参加するメリットをみんなで考える。最初から用意しなくてよく、途中で変わってもよい |
| ⑥ 親しみと刺激を組み合わせる | 定期的な会合と、刺激のあるイベントを組み合わせる |
| ⑦ リズムを生み出す | 次の予定が常に決まっている状態をつくり、活動のリズムを保つ |
出典:松本教授への取材と、Wenger, McDermott & Snyder(2002)をもとに編集部作成
研修は行きたくなくても参加しなければなりませんが、実践共同体は行きたくなければ行かなくてもよく、行きたい人はどんどん学べます。両方を用意し、組み合わせることが大切です(豊富な経験を持つミドル・シニアが越境で強みに気づく考え方については、高尾義明教授の解説記事でも紹介しています)。
A. 松本教授は、特に3つの効果を挙げています。知識や技能だけでなく価値観やものの見方が変わること、部署や組織の境界を越えて学び合う越境が進むこと、参加者の間に心理的な絆が生まれて居場所になることです。エンゲージメントを高める効果もあるとされています。
A. 関心のある人が小さく集まって始めることが成功事例の共通点です。最初から生産性を考えず、まずみんなで学び方を学び、その後に仕事に役立つテーマへ進みます。小さな場での学びを、社内外に発表する大きな場と組み合わせると、意欲が続きやすくなります。
A. 松本教授は、KPIを設けて「すぐに学べ」と運営すると、多くの実践共同体は半年ほどでなくなると指摘しています。発表の場がないと意欲が続かないことや、「遊んでいるのではないか」という周囲の雑音も原因になります。成果を急がず、長い目で育むことが大切です。
A. 人事は立ち上げ後に放置せず、活動の場所の用意や上司の理解の取り付け、業務時間の確保などで支え、周囲の雑音から活動を守ります。経営層は活動の意図を理解して認めていることを示すことで、本気で人材育成に取り組むというメッセージになります。
A. 進化を前提に設計する、内部と外部の視点を生かす、さまざまな参加の度合いを認める、公と私の空間をつくる、価値に焦点を当てる、親しみと刺激を組み合わせる、リズムを生み出す、の7つです。ウェンガーらが示した原則に基づいています。
では、実践共同体は、企業が求める「自律型人材」の育成にどうつながるのでしょうか。後編では、学びを牽引する「ファーストペンギン」の支え方、失敗から学べる場の大切さ、そしてロールモデルとの出会いがキャリアを広げる理由を紹介します。
社員の育成と学びを見える化する
社員一人ひとりの職務やスキル、育成の状況を把握できれば、学びの場の効果や次の育成の打ち手を考えやすくなります。DEFiDEの「JOB Scope」は、職務やスキル、評価・育成の情報を一元的に管理できるクラウドサービスです。
▶ 前編:実践共同体とは?「一人で学ぶ」限界を超える学びのコミュニティと、個人と組織をつなぐ「学びの第3の場所」(内部リンク)
▶ 後編:自律型人材はどう育てる?「失敗してほしくない、でも自律してほしい」の矛盾を超える、失敗から学べる場とロールモデルとの出会い(内部リンク)
▶ インタビュー全文:孤立する学びを超えて――実践共同体が切り拓く人材育成と組織変革の新潮流(中編)(JOB Scopeマガジン)