「自律的に学べ」と求められる一方で、その方法は個人任せ――。多くの企業で見られるこの状況に対し、関西学院大学・松本雄一教授は強い問題意識を抱いている。人的資源管理論を専門とする同氏が提唱するのは、人が一人で学ぶのではなく、仲間と共に学び合う「実践共同体」という考え方だ。共通のテーマのもとで実践を共有しながら学ぶこの仕組みは、個人の成長だけでなく、組織全体の学びの質や文化そのものを変えていく可能性を持つ。本インタビューでは、実践共同体の基本概念から導入のポイント、成功の鍵、そして自律型人材育成やキャリア形成への影響までを多角的に紐解く。孤立しがちな現代の学びを問い直し、これからの人材育成のあり方を考えるヒントがここにある。中編では、実践共同体のメリットや企業支援のあり方などを聞いた。  

【中編のエッセンス】 
松本氏は、実践共同体の価値として、知識・技能の習得だけでなく価値観や視点の変容を促す点を強調する。越境による新たな出会いや、心理的な居場所の形成が学びの質とモチベーションを高める鍵となる。理想のコミュニティは上下関係を離れ「用もないのに来てしまう」ほど居心地のよい場であり、まずは小さく始め、学びを共有・発信する仕組みと組み合わせることが成功のポイントである。また、企業側は短期的成果を求めるのではなく長期的視点で育み、人事や経営層が支援・理解を示すことで、主体的に学ぶ文化を醸成できると説く。 

01価値観変容と越境が生む実践共同体の真価 

松本先生、「実践共同体」が個人や組織にもたらすメリットを教えていただけますか。

実践共同体のメリットとして10個のポイントが挙げられます。 

1. 学びに関心のある人を集めることができる
2. 参加者間の学びを促進することができる
3. 知識や技能の獲得に加え、価値観やものの見方を変えることができる経営学的には、低次学習と高次学習の両方を促すと言い換えられる
4. 所属している組織に影響を与えることができる
5. 実践によって参加者間の相互作用・相互理解が促進できる
6. 学びのモチベーションが高まる
7. 部署横断、越境(境界横断)を促進する
8. 学んだことを実践にすぐいかせる、学びのループが生まれる
9. 問題解決に向けて多様な人を集め、協働させることができる
10. 心理的な絆を作り、参加者の居場所となることができる 

ここで私が特に申し上げたいのは、第一に実践共同体は知識や機能を少しずつ獲得することに加えて、その人の価値観やものの見方を変えることができる、この2種類の学習を両方達成できるということです。実践共同体を社内に作り、その数が活性化すると会社の中の人、あるいは新しく参加してきた人は、「何かすごいことが起きているな」思うわけです。 

その「すごいことが起こっている」という気持ち、それが今まで自分が学びに対して、「つまらないことやるものでは」といった意識を変えていきます。その価値観の変容が起こることによって学びが進んでいく。それが大事なところなのです。そうすると、参加者の学びや仕事の見方を変えて、ついでにエンゲージメントを高めることもできます。  

それから、集まることで学びのモチベーションを高めますし、その学んだことを実践に生かすことができます。 

私が申し上げたい二つ目は、越境や境界横断を促進するということです。基本的な学びのメカニズムとして、今まで会ったことがなかった人に会って、その出会いからいろんな学びを得ていきます。実践共同体は越境を促進するのですが、基本的にはこの越境先を用意する、「ここに越境して来いよ」という感じで、みんなが越境してくるという形で越境を進めることができます。  

そして、三つ目が心理的な絆を作り、参加者の居場所となることです。会社でいろいろあるものの、「この共同体、コミュニティは自分が働く上で大事な場所だ」とみんなが思ってくれると、そこでの学びが活性化します。大学でいうゼミのようなものです。 

私自身もゼミがみんなの居場所になるように頑張って設計しています。それが彼ら・彼女らの学びを進めるというのはもう分かっていることなので、企業の中にもそういう居場所を作るといろんな良いことがあると思っています。実践共同体のメリットとして、10個リストアップしましたが、私が本当に強調したいのはその3つというところです。  

02「用もないのに来る」理想の学びコミュニティ像 

松本先生、学びのコミュニティにとってどんな状態が理想だと思われますか。ある企業の役員の方に聞いてみたところ、こんな発言をされておられました。「私は今まで、コミュニティ的なものにあまり参加したことがありません。イメージ的なところで行くと、会社はサークルではないので、結局は利害関係者の集まりになってしまいます。だからこそ、逆にその利害関係が何もない状態。何もない状態で自分が知らないことが知れて、自分も誰かの役に立ててお互いにwin-win の価値をもたらせたら理想なのではないかと思います」と。このコメントも踏まえて、理想の状態を紐解いていただけますか。

学びのコミュニティの理想は、用もないのに来てしまう状態です。それでも、今お聞かせいただいた方のご意見もかなり核心をついていると思います。要は、「一遍上下関係や肩書もないところで集まってみよう」ということです。仕事上の関係性を取っ払って集まってみると、違うものが見えてくると思います。  

自分の研究でも普段は上下関係で、その施設のリーダーと普通のスタッフみたいな感じであっても、実践共同体で何かを学ぶ時には、その地位がフラット化されます。普段は上司というか、自分の雇い主みたいな人に対しても何も気を遣わずに感じで発言したり、「わからないので教えてください」みたいな緩やかな関係性ができてくることが、結構あったりします。 

とにかく、会社や仕事の関係性を一旦取っ払ってみるということ。それがサードプレイスの大事なところだと思いますし、その関係が心地よいと感じることもやはりあると思います。 

そこでは会社で言えないことも言えたり、それこそ積極的にプライドを捨てて自己開示できたりします。そうすると、用もないのに来てしまうということもあるわけです。「とにかく積極的に学ばなければいけない」みたいな感じではなくて、「とりあえず来てみよう」「そこで何か学びがあったらいいね」というような感じのコミュニティができるのが良いことだと思います。

役職や上下関係を気にしない。仕事云々は脇に置いておく。そういうコミュニケーションを図れる状態の中で学ぶのが理想だというお話ですね。そこで一体何を学ぶのか。その辺の学ぶテーマ設定の仕方について教えていただきたいです。 

必要性のあることを学ぶ。もし、それができれば良いと思うのですが、最初は学びに関心のある人たちが集まって、とにかく何でも良いから学ぶことです。そこから始めるのが上策だと思います。最初から生産性をあまり考えないことも大事です。特に必要性もないことをみんなで学びながら、集まってきた人たちが「みんなで学ぶとはどういうことか」という学び方を理解するようになってきます。  

そうした後で、何か仕事に役立つことを学んでみようという流れになると、最初から仕事に関係あることを学ぶよりも上手く学べるものです。だからこそ、そうやって考えることが大事です。仕事に関係あることをどうやって学ぶかと考えるよりも、まずはみんなで学び方を学ぼうという、ライトな考え方を持つのが良いのではないかと思います。 

03小さく始めて広げるが成功事例の共通ポイント 

企業の経営者や人事責任者の方々は、成功事例を気にされます。実践共同体の成功事例をご紹介いただけますでしょうか。

成功事例をご紹介するのが、良いのかどうかはわかりませんが、とにかく上手くやっている会社は上手くやっています。例えば、2023年にスタートした旭化成の「新卒学部」は実践共同体の代表的な事例と言って良いでしょう。また、Schooの授業を通して学びを共有しあっている仲間も良い例です。 

それらがどう運営されているのかと考えることがとても重要です。成功事例に共通しているのは何かと言えば、小さく集まって始めることです。大きい共同体でも良いのですが、個人個人小さく運営しても良いのです。 

むしろ、小さいコミュニティの運営の方が気軽な気持ちになれます。集まった人、あるいは関心のある人がぎゅっと集まって、好きなことを学べば良いのですから。 

その上で、結局企業での学びの大事なポイントというのは、みんなが学んだことをアウトプットする機会を作るということです。なので、会社の中で小さなコミュニティで学んでいる人たちが、自分の学びを社内や社外に発表する場、共有する場を大きな実践共同体として作ることが大切です。 

大きく発表する場と小さく学び実践する。この二種類を組み合わせることが、結構成功事例のポイントだと思います。大きいやつだけだと、規模が大きすぎて何のために来ているのかみたいな感じになります。逆に、小さいやつだけだと、もう自分たちで勝手にやっているみたいに感じます。発表する場がないと、モチベーションもなかなか出てこないはずです。 なので、この二つを組み合わせることで、「うちの会社はこんなことやっているのか」みたいな感じで、ますます小さなコミュニティが増えていきます。 

このように、上手くやっているところは、小さい実践共同体と大きな実践、それを組み合わせているところが成功事例のポイントだと思います。  

この実践共同体、学びのコミュニティを構築する人は誰なのかという話です。それは、どの部署のどの社員でも良いのか、それとも人事部が主導した方が良いのか、どうなのですか。

それに関しては、どちらでも大丈夫です。あくまでも、やりたい人がやれば良いということで、どんどん勝手にやっていこうということです。 

では、人事部は放ったらかしで良いでのかというと、そうではありません。実践共同体と言われて嫌な言葉の第1位に入っているのは、「あなたたちは遊んでいるのではないか」です。「勝手にやっている」と思われるのが嫌なのです。「これは、あくまでも彼ら・彼女らの学びの活動だ」と人事が、雑音から守ってあげること。それがやはり重要なことです。人事部ができる、人事ができる支援があれば支援してもらいたいです。上司や上層部からの関係性を上手くバッファしてあげることが、人事部の役割としてあると思っています。 

 

 

04短期成果に縛られない「育む」視点の重要性 

松本先生は、実践共同体を企業が育んでいくことが大事だと指摘されています。この育むという言葉に込めた思いを教えていただけますか。  

ありがとうございます。私の著書をしっかりと読んでいただいているので、本当に助かります。企業側がKPIを用意して、「すぐ学べ」みたいな感じで運営すると、大体の実践共同体はもう半年くらいで全部なくなってしまいます。上手くやっている会社の共通点は、学びの文化が作り上がっていくプロセスを、最終ゴールにおいて長い目で見ているということです。その長期的な視点がすごく大事です。 

実践共同体を育むにあたっては、彼ら・彼女らが必要としていることの中で人事部があげられる資源があるのであれば、しっかりと提供してあげることです。といって、お金をあげるというのはなかなか大変かもしれません。せめて、活動のために部屋を用意してあげたりとか、上司の理解を上手く取り付けてあげることも、人事部の仕事というか大事な役割になると思います。 

彼ら・彼女らは遊んでいるのではありません。あくまでも、学びの活動なのです。もし業務内でそれをやる時には、「ここは時間を空けてあげてほしい」と上司に通しておいたり、経営層にも、「この学びの活動にはこういう意図がある」と話をつけてあげるなど、良いタイミングでトップを巻き込むことが重要です。  

そうすると、「社長も認めてくれている」という話になって、もっと活動が活発になってきます。その辺りが、コツと言って良いでしょう。 

05上司・経営層を巻き込む学び文化醸成の鍵 

松本先生、上司の理解を得るのは重要だと思います。ただ、実際にはかなり難しいところです。例えば、人事部が企画した研修ですら、「こんな忙しい時にうちの部下を研修に送り出さないといけのか」「部署としての目標を達成しなければいけないのにどうしてくれるんだ」などと不平不満を口にする上司の方もいたりします。 ましてや、会社主導、人事主導ではなく、とある社員が立ち上げた実践共同体、学びのコミュニティのために、業務時間を割くとなるとハードルが高そうな気がします。どう思われますか。

上司の理解を取り付けるのは、すごく大事なことです。 そこをどうやってやるかというのは、それぞれやり方があると思います。重要なのは、「人が成長するのが悪いことなのか」ということです。「我が社の人材は成長しなくても良い」と考える企業経営者は一人もいないはずです。 

しかし、現場では「研修をしてもどうせ何も身につかない」「だけど、やらなくてはいけないから時間は取っているものの、非生産的な必要悪だ」と考える上司は結構多いです。そこの価値観を変える必要性があります。 

「そこは誰が変えるのか」と言われたら、人事部よりも経営者だと考えることができます。 しかるべき時に経営者、トップを巻き込むのは、「この会社は本気で人材育成を考えている」ということですし、自分の研究も含めて自主的・自律的にみんなで学んでいく、そういう文化醸成のためには、いろんなやり方があると思いますが、「そこに通じる取り組みだ」という説明をしっかり行うことがポイントになってきます。  

確かに、「2時間、3時間座っていればいいんでしょ」みたいな態度で研修に参加しても、多くの学び、気づきは得られません。何か得られたとしても、その場だけで終わってしまい、現場にフィードバックされるものは何もなかったりします。その点、この学びのコミュニティ、実践共同体は興味を持てるテーマであれば、自分から積極的に「今日も来てしまった」みたいに、思わず来たくなる雰囲気、学びたくなる雰囲気があるはずです。しかも、それが一回、二回で終わりではなくて、継続的に学ぶことによって定着していけるものがありそうですね。 

そういうことです。実践共同体は行きたくない時は行かなければ良いのです。行きたくなる実践共同体を作ることの方が難しいわけです。行きたくないのに、実践共同体に行く必要性はありません。だけど、「行きたいのであれば、沢山学んでおいで」ということです。そういう実践共同体が社内に数多くできることが大事だと思います。   

研修は行きたくなくても行かないといけません。一方、実践共同体は行きたくないなら、行かなくても良い。だけど、行きたいならどんどん行って学ぼう、そこの差です。両方用意する、アドオンするというのは、そういう意味合いがあると考えても良いと思います。 

frame-40

frame-5-1

松本 雄一

関西学院大学

商学部 教授  

関西学院大学商学部教授。博士(経営学)。北九州市立大学経済学部経営情報学科助教授、関西学院大学商学部准教授を経て現職。専門は経営組織論、人的資源管理論。主な研究テーマは実践共同体による人材育成、組織における技能形成。『ベーシックテキスト 人材マネジメント論Lite』『ベーシックテキスト 人材開発論Lite』(同文舘出版)、『学びのコミュニティづくり ―仲間との自律的な学習を促進する「実践共同体」のすすめ』(同文館出版)ほか、著書多数。『実践共同体の学習』(白桃書房)が2019年度日本経営学会賞(著書部門)研究奨励賞を受賞。 

JOB Scope メディアでは人事マネジメントに役立つさまざまな情報を発信しています。

経営・人事に役立つ情報をメールでお届けします