一頃、大人気を呼んだ映画「踊る大捜査線」でこんなセリフが話題となった。「事件は会議室で起きているんじゃない。現場で起きているんだ」と。実は、これは経営学というジャンルでも言えるのではないかと痛感させてくれる、企業家研究者がいる。それが、東京都立大学 経営学研究科 准教授の高橋 勅徳氏だ。初めて大学教員として赴任した大学で、先輩教員から言われた、「経営学なんて、ほとんどの人間に必要ない学問だ」との言葉。それが、高橋氏にとって研究者としてのターニングポイントとなった。余りにも大きなショックから立ち直ろうとして、以後は経営学だからこそ見える世界を追い求めている。後編では、高橋氏が考える中小企業の経営手法について語ってもらった。

01ニュージーランドの現地ガイドから「そこそこ起業」を学ぶ

高橋先生は、2024年に『なぜあの人は好きなことだけやって年収1000万円なのか? 異端の経営学者と学ぶ「そこそこ起業」』(集英社)を執筆されました。こちらは、どのような本なのですか。

そこそこ起業

実は、婚活していたときに企業家研究を続けようとしたら何ができると思い直し、至ったのが「もう1回原点に戻りたい」でした。要は、「親父の研究がしたい」と考えたんです。大工とか職人の研究です。僕その頃から「次はそこそこ起業が来る」と言っていました。

取り敢えず、コンセプトとしては生活するのに十分ぐらいの稼ぎ、この本では1000万と書いていますけれど、4人家族が生活するぐらいの規模の事業であったら意外に低リスク、低投資でできるのに、研究者を含めて多くの人たちがそれを見落としているということに改めて注目するようになりました。これは、20年ぐらい色々なベンチャー企業を調査していく中で、肌感覚としてわかっていたことでした。仲良くなった起業家の人、ソーシャルイノベーションやソーシャルビジネスを手掛けている社会企業家の人と話しても、やはり同じ結論だったんです。

1000万ぐらいまでであれば、あまりリスクを取らずに起業ができると。かつて、いわゆる自営と言われていたビジネスに注目して、起業という行為のバリエーションとして位置付け直すことができたら、会社を気軽に辞めても生きていけるような手段を提供できるのではと考えました。そこで最初は、「ゆる起業」が次に来ると、あちこちで言い続けることから始めました。

僕が考えるくらいなら、世界でも似たようなことを考えている人がいるだろう。一応、先行研究もないかなと思って探していったら、ちょうど僕が言い始めた頃に出てきていた概念が「ライフスタイル・アントレプレナーシップ(ライフスタイル起業家)」でした。オセアニア地域、主にニュージーランドで提唱されていた概念でした。

ニュージーランドは観光産業が非常に大きくて、その中でも、例えばトレッキングやスポーツフィッシング、マウンテンバイク、サーフィンの聖地でもあったりしています。そうしたガイド業で生きてる人たちが非常に多くて、しかも特徴的なのが彼らがガイドとして物凄く儲けているかというとそうではなかったりします。

では、彼らがどうしてガイドをしているかと言うと、自分がサーフィンや釣り、マウンテンバイクなどを常に楽しみながら生きていくために、どうしたら良いかと考え、ガイドを始め、オフィスを構え、お客さんを取るようになっていったわけです。しかも、そのお客さんも、元々は一緒に山を走っていた、海で一緒にサーフィンをしていた、川で釣りを一緒にしてた仲間たちが中心でした。その人たちに釣りのやり方や道具の手配をやっているうちにビジネスになっていったわけです。

だから、「今日は天気が良いから」と言って、平気で休みを取って山や海、川に出かけてしまいます。その中には、サーフィンの大会で優勝するような有名な人も出てきたりします。そうなってくると、お客さんが沢山来るようになるので、銀行やコンサルタントが近づいてきて、「会社を設立しませんか」とか、「物販をしませんか」と働きかけてくるのですが、彼らは全部断わっています。

何故なら、そこまで大きくなってくると、日本であれば「県の観光大使になりませんか」「地域活性化の評議員になってくれませんか」という話が次々と舞い込んできます。それらにイチイチ応えていくのも面倒くさいというのもありますし、仕事を大きくしていくと、経営上の責任がどんどん大きくなり、自分がガイドとして出られなくなってしまうからです。そうなると、誰かをガイドに雇用しなければいけなくなってしまいます。

当然、雇った人の給料を払わなければいけないので、やりたくない仕事もやらないといけなくなるわけです。そうこうしているうちに、元々自分は可能な限りサーフィンや釣り、マウンテンバイクをして楽しく生きていきだかったのに、気がついたら仕事ばかりに追われれしまう。そんな先輩を見て来ているので、ライフスタイル企業家は「ならば自分はやらない」と決めて、低投資・低関与・低成長を貫いているわけです。

もちろん、彼らも必要なときは積極的に関与します。開発計画によって大切な自然が破壊されるかもしれないとなると、住民反対運動を起こしたりすることもあります。そういう部分で関わりますが、自分の仕事が増えるような関わり方、自分がやりたくない仕事、自分の生活・ライフスタイルに関わらない仕事は増やさず、そこそこ稼げたら良いといったスタンスを守っています。

起業するときにどうして低投資が良いかと言うと、投資をすればするほど損益分岐点が遠くなってしまうからです。当たり前のことですが、初期投資ゼロで起業できてお客さんが取れればその日から黒字なんですよね。そういうふうにした方が生活は成り立ちやすいということをポジティブに捉える。このような生業や自営業に近い起業を、トラッシュ(ごみ、がらくた)起業家と呼ばれたりします。要は産業に全く影響がない起業ということです。だから、調査も支援する必要は無いと考えるのではなくて、彼らは低リスクで自立して、充実した人生を送っています。そういう人たちが集まっている地域は、実は観光資源、観光地として非常に強くなっていきます。ニュージーランドの強さはそこにあると考えたときに、彼らの生き方を肯定する概念を提唱しようと肯定的にとらえて、新しい起業家概念として提唱されてたのが「ライフスタイル・アントレプレナーシップ」だったのです。

この概念を、普通の人にも紹介していかなければいけないと思ったので、敢えて学術研究ではなくて、商業出版社のWeb媒体で連載をさせていただきました。ただ、連載を始めてまもなくのタイミングで、「ゆる起業」という用語が商標登録されていることがわかり、使えなくなり「そこそこ起業」に名称変更せざるを得なかったのは残念です。

商業出版での連載とはいえ、僕としては、企業家的な挑戦を研究者としてやったんです。そういう意味で、海外で言われてきた先端的な議論を日本の事例で調べたり、分析して、書いていきました。幸いにも連載をまとめた本(『なぜあの人は好きなことだけやって年収1000万円なのか? 異端の経営学者と学ぶ「そこそこ起業」』)は、2024年7月に単行本化されましたが、多くの皆さんに注目していただきました。おかげで、Amazonの総合ランキングで最高で133位までいきました。

02不確実性に依存する経営スタイルは、不幸を招く

2024年には、『アナーキー経営学 :街中に潜む野生のビジネス感覚』(NHK出版)も執筆されています。

アナーキー経営学

何か新しい商売を作ろうとするときは、目の前にある事物を基盤にして、事業を組み立てて経営するというのが恐らく一般的というか、昔からある人間の経営感覚のはずです。それなのに、気がついたら何故か知らないけれど、経営学とは潜在的なニーズがこの世にあって、それを捕まえて掘り起こすことを前提にしていました。

マーケティングも典型的だと思いますし、経営戦略も企業家研究もそうです。ニッチ戦略の名の下に、他の企業は取ってない市場をどう目指すのかという話をしています。しかし、現実問題として経営上、新しい事業を作って製造している企業というのは、ほとんどが模倣してる企業なのです。僕らは、それを再生産者組織と言っています。

良くわからない新しい製品で、お客さんから見ても意味がわからない。銀行や株主、機関投資家から見ても投資して良いものかどうかわからない。ただ、ニッチで新しいということだけを武器にしている。あるいは、まだ見ぬお客さんを発掘するために事業を組み立てようとしている。それに対してリスクマネーを取っていくことが、今推奨されている経営スタイルなのです。はっきりいうと、そんな不確実なやり方を目指していると、僕は気づきました。

不確実なことをベースにリスクのある投資をして、そのリスクのある投資をするために、リスクのあるマネーを借りなければいけない。そうすると、もう意地でも売上を上げなければいけなくなるので、滅茶苦茶な働き方を従業員にさせなきゃいけなくなります。それは、社会全体・会社全体からして不幸ではないかと思ったんですよ。僕は近代的な経営学がそうなってしまったのは、ひょっとしたら僕はドラッカーが原因かもしれないと思っているのですが、ドラッカーは経営者の仕事は新たな価値の創造によって市場を生み出すことであると言っています。そういう不確実なものを基盤において、無理な投資をして無理なお金の集め方をして、無茶な働き方をさせないと成り立たないような経営スタイルを当たり前だと思って経営をしていたし、それを前提に経営学という学問が体系化されてそれを大学も教育を通じて推奨していた感があります。

それって実は、皆を不幸にしただけかもしれないと考えるようになったのが、『なぜあの人は好きなことだけやって年収1000万円なのか? 異端の経営学者と学ぶ「そこそこ起業」』(集英社)と『アナーキー経営学 :街中に潜む野生のビジネス感覚』(NHK出版)を執筆した一つのきっかけであり、僕の中で得た発見でした。

逆に考えると、お金はそれほど稼いでいないかもしれないけれど、幸福に生きている企業家もいると考えたときに、全く異なる基準があるのではないかと思ったんです。目の前にあるものをベースに事業を組み立てる。手元にある資産を上手く使いながら、自分の生活がまず成り立つ範囲で経営を組み立てる。『アナーキー経営学 :街中に潜む野生のビジネス感覚』で書かせてもらった野生の経営感覚は、実は多くの人々が本来的に持っている力であるはずなのに、経営学という学問がずっと歪めてきていたのかもしれません。

実際、本屋さんに行くと起業の教科書や飲食店業の教科書みたいな本が、沢山並んでいます。そこにあるのはいずれも、見えないニーズを基盤にして、無茶な投資やリスクマネーを取って、必死で働くというやり方です。そこでリスクを取らないと上手くいかないみたいなことを経営者もコンサルタントも言っています。下手をすると経営学者まで言っています。

だとしたら、それとは真逆の経営学も絶対あって良いはずです。それは、何かというと、好きなことだけをやって、大きな稼ぎを目指さないようなやり方です。色々ななものを利用して楽に経営し、ある意味で自分が楽になるための経営のやり方も沢山あるはずだと、経営学からもう1回提案すべきではないかと考えるようになりました。

この二冊の本を出して、それなりに読者からも評価いただいたり、同業の経営学者も、僕がやろうとしていることが、「ようやくわかった」みたいなことを言ってくれる人が段々と出てきました。『アナーキー経営学 :街中に潜む野生のビジネス感覚』は、神戸大学の経営学入門の教科書で使ってもらえていたりします。そうしたことが起こった結果、ようやく僕がやろうとしてることが、根本から経営学の見方を変えようとしている取り組みをわかっていただき始めていると感じています。

それは何かというと、要は幸せになるために人間は生きていて、その手段として仕事をします。だけどやりがい搾取みたいなのは、「これってあなたがやりたいことですよね」と見せかけて、会社の仕事をハードワークさせるっていうのが、実は人事労務管理システムであり、みんなが幸せになるための経営から遠いものです。良く良く考えたら、とんでもない話だと思います。

人的資源管理、いつの間にか人間が資源扱いされています。人本主義という用語もあります。他人の都合でどうして資本にされなくてはいけないのですか。資本にするなら、その分のお金を払ってほしいと思ってしまいます。

だから、僕は『アナーキー経営学 :街中に潜む野生のビジネス感覚』の本の中で、アンチ経営学ではなくて、経営をもう一回働く人に取り戻そうと思った時に目指したことは、多分規範に置くべきものが何かというと、一人ひとりの幸せを会社ではなくて個人に戻す、会社の経営に利用されないようにすることでした。こういう考え方が上手く広まれば、そうすると会社も経営のスタイルも変えざるを得なくなります。

今のZ世代がときには、あしざまに言われることがありますけれど、彼らは普通に自分の幸せを追求してるだけです。だとしたら、そういう個人を前提として経営を組み立て直さなければいけません。そこで、必要なのが何かと言うのを考えなければいけないのですが、そういう意味で僕の中のオルタナティブな思考は何かというと、僕は今のところ自分がそうありたいからというのもあるから、いざというときは会社を辞めと言える選択肢をどう用意するかと言うために、『なぜあの人は好きなことだけやって年収1000万円なのか? 異端の経営学者と学ぶ「そこそこ起業」』という本を書きましたし、「ライフスタイル・アントレプレナーシップ」も学術研究としても取り組んでいて、来年には学術版の本も出そうと思っています。

03従業員のやる気を搾取する経営手法には疑問


経営学そのものを変えなければいけないというお考えですね。

『アナーキー経営学 :街中に潜む野生のビジネス感覚』の内容が評判が良かったこともあり、次の本も私の方から企画を出し、すでに初稿は出しているのですが、「ステルスマネジメント」をテーマとした本を出すために執筆作業を続けています。その本では、人を苦しめる経営学の基本的な前提が、いつどこでどう生まれたのかを真面目に掘り下げていき、その上で全員がさぼり魔の駄目人間でも売り上げが増える会社を作るのが経営者の責任ではないかと説いていこうと思っています。

今の経営スタイルは組織開発もそうですし、モチベーションやリーダーシップ、キャリアを重視してやりがいある仕事、良い職場を演出するという仕事のやり方は、一言で言うと、従業員のやる気に依存している経営なんです。先程指摘した通り、不確実なものに基盤を置いて、それ活を用して経営しようとしています。なので、パフォーマンスが不安定になりますし、不安定になるのが怖いから、過剰に働かせてしまうと同時に管理もどんどん厳しくなっていきます。

もっと確実なものをベースにするとしたら何か。人間は、そもそもサボります。仕事より好きなものがあるからです。それが、たまたま一致しているときは、すごく働いてくれますが、そのたまたまをより確実にしていくため、目標による管理、MBOは個人の夢と会社の目標を無理やり一致させる仕組みですよね。そんなことをしたら、従業員が怒るか騙されたふりするに決まっています。そこそこ働いて、給料をもらうと選択するに決まっています。それだったら、最初から期待しないで最低限の労力を組み合せて、経営が上手くいく仕組みにした方が良いのではないでしょうか。

当然のことながら、従業員もそれで楽になった分、どういう生き方をするかを自分自身が今後考えなければいけません。という提案をしなければいけないと思い、「実際にどうやったら好きなことでご飯を食べていけるのか」と気になる人が当然いらっしゃるはずなので、「そこそこ起業」を具体的に実現するための手引き書も書く予定です。

04中小企業の経営手法を抜本的に見直す必要がある

人々を苦しめる経営学をいけない、幸せにするための経営学を高橋先生が追求されておられることを理解しました。

一応、僕は金井 壽宏先生の門下です。金井先生は、米国の社会心理学者であるエドガー・ヘンリー・シャイン先生の門下です。金井先生も人の幸せな働き方とは何かという研究をずっとされていました。そこにあるのは、夢に向かったときに人は死ぬ気で働くから、それを会社として、マネジメントとしてどう利用しようかという発想があると思っています。

例えば、ジョブクラフティング(働く人が自ら仕事に対する認知や行動を変えることで、やりがいを感じない仕事をやりがいのあるものへと変える手法)の話とかも、根底にはそれを無自覚に受け入れていないかという疑問があります。

企業家研究から見ると、好きなことを自分のために使うのが企業家です。オーストラリアの経営学者であるヨーゼフ・アロイス・シュンペーター、「創造の喜び」とか「私的王国の建設」と言っていて、自分の夢のために会社を作ってマネジメントする存在として企業家を定義しています。それが経営だったはずなのに、社会としても会社としても、気がついたら人の夢をどう利用するかという話になっています。この根底にあるのは、人のやる気を第三者がどう利用するかっていうある種の思想です。これは先ほど言ったように、要は自分の心は人のものではないのです。利用できるものでもないし、絶対支配できるものではないのです。そんな曖昧なもの、不確実なものを基盤に経営しようすると、失敗するに決まっているというのが僕の考えです。

特に中小企業の経営者は、資金が足りないからマンパワーだという人が沢山います。逆です。大企業は人も多いです。人が多いということは、その中の何割かはわかりませんが、やる気のある人たちを絞り上げる事もできるし、その数も違います。と考えると別のやり方を考えなければいけないのです。

ベンチャー研究は中小企業研究の一部でもあります。なので、そういう経営のやり方・在り方を考えていきたいと思ってます。

中小企業経営者に向けた高橋先生からのメッセージだと受け取りました。しかし、お話をお聞きしていて、時代がようやく高橋先生に追いついて来た印象があります。

だったら良いと思います。でも、元々人間はこうだったと思っています。好きなことだけをやりたいし、人に言われた仕事はやりたくない。それが、人間の本性です。だから、それ前提に経営を考えようということです。

高橋先生、貴重なお話をありがとうございました。

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高橋 勅徳

東京都立大学大学院

経営学研究科 准教授

神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了、博士(経営学)。沖縄大学法経学部専任講師(2002‐2003年度)。滋賀大学経済学部准教授(2004‐2008年度)。首都大学東京大学院社会科学研究科准教授(2009年‐2017年度)を経て現職。専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。第4回日本ベンチャー学会清成忠男賞本賞受賞。第17回日本NPO学会賞優秀賞受賞。

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